第315話 プリズデータ大国 四日目①






 ――闇の月20日の朝6時。



「――やあ、おはよう。今日は僕が先だったみたいだね」

「おはよう、ライナ」


 日課となりつつあるリハビリをする為に別邸の外へ出ると、既にライナが剣の鍛錬を行っていた。


 いつもは俺の方が早くに来ていたからなぁ。

 呪われた魂達の一件以来ずっと見続けていた悪夢を見なかったからか、今日は夜明け前に起こされる事なく眠れた。


 ライナにもそう説明すると、俺の方へと近づいて来て「そっか。それは良かったね」と凄く優しい笑みを浮かべながら頭を撫でられてしまう。

 身長自体は3cmしか変わらないから踵が少しだけ高いブーツを履いているライナと俺は向かい合う状態で目線もほぼ同じな為、ちょっと恥ずかしい。


 ミラやグラファルトなんかだとここから更に追撃して来るけど、ライナは優しいからそんなことはしない。撫でていた右手を俺の頭から離すと、そのまま右手を亜空間へと突っ込んで椅子とタオルを用意してくれた。


「今日もリハビリをするんだろう? 良かったら使って」

「あ、ありがとう」

「気にしないで、それじゃあ僕は鍛錬に戻るから」


 そう言って右手を振りながら、ライナは剣を振っていた場所まで戻って行った。


 か、かっこいい……俺もあんな風に気を遣える人間でありたい。


 ライナに用意して貰った木製の椅子に腰掛けて、俺は早速右腕のリハビリを始める事にした。

 今日は雪も降っておらず、雲は多いがプリズデータ大国に来て二番目くらいに晴れていると思う。本音を言えば初日の快晴が望ましかったが、天気は良好である事に変わりはないのでまあデート日和であると言えるだろう。

 気がかりだったリィシアとの仲も直ったし、今日は思いっきりデートを楽しむとしようかな。


 そんな事を考えつつも、右腕に流す魔力量を増やして見る。もちろん右腕を動かすのも忘れない。

 始めた頃はどちらか一方しか出来なかったけど、こうして両方同時に行えるようになっただけでも成果が出ているって事かな?

 滅茶苦茶しんどいけど……。


「ッ……やっぱり駄目か……」


 ゆっくりとなら動かせるが、瞬発的な動きはまだ無理らしい。

 そして何よりも痛覚が戻った所為か痛い……。

 魔力を流す方も手首くらいまでは届いている感覚はあるけど、掌にはまだ至っていない。

 そしてこっちも滅茶苦茶痛い……。

 前者は筋肉痛に似た痛みが、後者は注射の様な痛みが、腕を動かし魔力を手の先へ伸ばそうとする度に襲って来る。


 あれ、もしかして痛覚が無かった時の方がリハビリ楽だった説……。

 これからはこの痛みに耐えながらリハビリをしなくちゃいけないのか……やめようかな?


「……まあ、やめないけどさッ」

「……なにを?」


 苦痛に耐えながらリハビリをしていると背後から声が聞こえて来て、それと同時に背中に小さくて暖かな感触を伝わって来る。

 その温もりに気づいて右腕から意識を外し、首だけを右へひねるとそこにはリィシアの姿があった。


 いや、待て……ちょっと待て。


「……お兄ちゃん?」

「リ、リィシア……お前、なんて格好をしてるんだ!?」

「……寝る時はこれ」

「だ、だとしたらその寝間着は外に出るのには適していません!! 直ぐに着替えて来なさい!!」


 上は長袖の黒Tシャツ一枚である俺の背中に感じる女の子特有の小さな膨らみ。いつもはフリルの付いたドレスを身に纏っている為、ロゼよりも膨らみが小さなリィシアが抱き着いて来てもその小さな感触を感じる事は無かった。


 しかし、今は違う。

 リィシア本人が言っていた様に、現在のリィシアはドレス姿では無いのだ。


 俺は知っている……いや、正確には違うんだろうけど、似たような服を妹――制空雫――の買い物に付き合っていた時に見せられたから。

 リィシアが身に着けている寝間着は、地球でベビードールと呼ばれている服装だった。

 ライトグリーンのレースの様な薄い生地、胸の中心には白いリボンが付けられていて、リボンから下は左右に分かれて傷一つない肌が見えてしまっている。


 何よりも生地が薄すぎる……!!

 リィシアの見た目が幼い所為でいけないことをしている気分になって罪悪感が凄い……間違っても視線を下には向けないぞ。


「と、とにかくほら、着替えて来い! そしたらいくらでも抱き着いていいから!!」

「……えい」

「いや、なんで!?」


 何故さらに体をくっつけて来るの!?

 そして何故、頬をすりすりして来るの!?

 

「リ、リィシア!?」

「……寒いから」

「なら尚更着替えようよ!?」

「……めんどう」


 いやいやいや、そんな訳ないだろ!?

 ”魔法装甲”で一瞬だろうが!!


 そして、頬をすりすりと合わせてくるリィシアに離れる様に言おうとした直後――


――ぶんっ!!


「ひっ……」

「あ……ラナお姉ちゃん……」


 俺の前で剣の鍛錬をしていた筈のライナが、明らかに木剣では無いであろう大剣を片手で握り横に振り切った。

 振り切った事で発生した風だけで威圧出来る程に力強い一閃。流石はライナという所だろうか。

 本当ならその剣技に対して称賛の声を上げるべきなんだろうけど、残念ながらそんな事を言っていられる状況じゃない。


「い、いや、違うんだライナ!!」

「うーん? 僕は別にいつも通り素振りをしているだけだよ?」


 嘘つけてめぇ!!

 明らかにこっちに向かって振り切ってたし、そもそも剣が違うだろうが!!


 叫びたい……黒い笑みを浮かべるライナにそうやって叫びたいけど……それは悪手。

 火に油を注ぐ必要はないのだ。


「……ラナお姉ちゃん、なんで怒ってるの?」

「別に怒ってないさ。ただ、どうして昨日まで険悪ムードだった二人が、こんなにも仲良くしているのかなぁ? 砂糖よりも甘い雰囲気を周囲に纏わせるくらいに……いやぁ、まさかランがリィシアに手を出すとは思わなかったよ」


 で、ですよねぇ。

 やっぱり仲直りしていること、気になっちゃいますよねぇ。


 当人である俺とリィシア以外からしたら、昨日まではギスギスしていた二人が急に仲直りしていたら、そりゃ驚くよね……。


 でも、甘い雰囲気なんて出てたか?

 俺はリィシアを注意していただけからそんな雰囲気を出した覚えは無いんだけど。


 まあ何はともあれ、ライナがあらぬ誤解をしているのは確かだし、昨日の件は話しておこう。

 別にやましい事はしてないし、正直に話せば分かってくれる筈だ。


「ライナ、実は昨日の夜に俺とリィシアは――「……お互いの気持ちを確かめあった」――そうそう、お互いの気持ちを……っておい!」


 ちょっ、リィシアお前なに言ってんだ!?

 あと、そのドヤ顔やめろ!!

 "任せておけ"みたいなドヤ顔を即刻やめろ!? 不安でしかないから!!


「お、お互いの、気持ち?」

「……そう。ぎゅっとして触れ合って、撫でてもらって、そして"大好き"って言い合った」


 リィシアァァァ……!!

 間違ってないけど……間違ってないけどさぁ!!

 喋るの面倒だからって説明を端折るのは良くないよ!! 絶対誤解されてるから!!


「…………へぇ?」


 あぁライナさん……違うんです……。

 だからやめてください……お願いですからそんなゴミを見るような目で俺を見ないでください……。


「……最初は怖かったけど、でも直ぐに暖かくて心地よくて……幸せな気持ちになれた」


 あの、もう黙っててくれないかな!?

 リィシアが説明すればするほどに誤解を解くのが難しくなるから!!


 相変わらず俺の背中に抱き着きながら、その頬を赤く染めてライナに説明するリィシア。

 そんなリィシアを見つつも説明を聞いていたライナはその目元に影を作った笑みを浮かべて俺へと顔を動かした。


 あっ……これ死ぬやつだ。


「……ラン、"最期に"何か言うことはあるかい?」

「いや、落ち着いてくれライナ! これには訳があって――「よし、分かった。もう良いね?」――えっ、いやまだ言ってな――「もう、良いね?」――あ、はぃ……」


 もう釈明すら許されないんですね……。


「よし。それじゃあとりあえず、"姉さん達"を呼ぼうか? 朝で良かったねぇ? グラファルトは起きてこないだろうから」

「ッ!?」


 ま、まずい展開だ……二日連続でミラ達からのお叱り、しかも内容が内容だけに絶対に怒られるやつ。


「あの、それだけはどうか……何卒ご勘弁を……」

「そうしたいのは山々だけど――もう、来ちゃったから」

「え?」


 刹那――ライナの背後から次々と残りの"六色の魔女"のメンバーが現れた。

 転移して来た面々は俺とリィシアを見下ろした途端、ライナと同じように黒い笑みを浮かべ始める。

 六人の怖い魔女達に見下ろされていた俺は正面へ顔を向ける事が出来ず、ダラダラと冷や汗を垂らしながら俯いていた。


「……藍」

「ッ……は、はい」


 俯かせた顔の先にある地面に、紫黒色を基調としたドレスの裾が見える。

 ライナが下がり、先頭に立つドレスの持ち主――ミラに名前を呼ばれた俺はゆっくりと顔を上げた。


 そこには冷ややかな視線を俺へと向けるミラの姿があり、ミラは腕を組んだ状態で俺を見下ろしている。


「……グラファルトが居ないから、私が代わりに言うわ――"正座"。あ、リィシアは着替えてからこっちにいらっしゃい」

「……はぃ」

「……うん」


 そうして俺は椅子から立ち上がると、少し左へと移動して雪の積もった地面に正座をする。

 というか、リィシアは無罪なんですね……。


 そこからはもう酷い言われようだった。

 やれ"ロリコン"や"子供好き"、"そんなに小さい子が好きなのか?"など、本当に泣きそうだった。


 最終的には一生懸命に説明(ウルギアを証人として召喚して弁明してもらった)して、何とか納得してもらうことが出来たけど、もうこんな誤解をされるのは懲り懲りである。


 なんか最後にミラ達の事をどう思っているのか一人ずつに言う羽目になったし、怒られるだけじゃなくて恥ずかしい目にもあった。

 ちゃっかりウルギアもミラ達の横に並んでたしね。


 兎に角、誤解が解けたようで何よりだ。

 まあリィシアだけは若干不満そうだったけど、今のところリィシアと大人な関係になるつもりは無いからなぁ。

 ハグとかは大丈夫だけど、その先のことはもう少しだけ俺の気持ち的に納得が出来るまでは待って欲しい。

 地球での常識が強く根付いてるから、見た目は小さな女の子にしか見えないリィシア相手だと……中々踏み切れないのだ。


 こうして俺の誤解は無事に解け、リィシアとも仲直りが出来たとミラ達に知らせることが出来たのだった。

 いや、朝から本当に疲れたよ……。






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 【作者からの一言】


 四日目のスタートです!

 流れ的には朝……シーラネル達の見送りとクォン達の処分について、昼……アーシェとのデート、と言った感じです!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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