第314話 プリズデータ大国 三日目(午後)⑫






 痛覚が戻って早々に激しい痛みを経験する事となった俺は、精霊達の声が聞こえない状態で精霊達に話し掛ける。


「”度々申し訳ないが、出来ればもう少し離れてくれ。そして代表者を決めるか順番に話すようにしてくれないか? 一人ずつ、ゆっくりと話して欲しい”」


 俺がそう言うと、精霊達は特に反感する様子を見せる事無く素直に頷きながらも後退してくれた。

 少し警戒しながらも再び耳へと魔力を込めて、恐る恐る左手を挙げてみる。


 って、待て待て待て!! 何故近づいて来る!? ああ、このままだとぶつかるっ……くそっ!! 【神そ――


『えっへん! 一番だよ~!』

『『『『『ぐぬぅ……!!』』』』』

「…………は?」


 手を挙げて直ぐの事、少し離れた所に居た妖精達が全員で俺の方へと飛び込んで来た。

 そして勢いよくぶつかると思ったら直後に、その精霊達の中でも一番速かった青い光を纏う精霊の手が俺の額に触れると他の全員がガーンッといった風に肩を落としてそろそろと後ろへ下がって行く。


 どうやら、一番早くに俺の額へ触れた精霊が代表となる様だ。

 びっくりした…・・・頼むからそう言う事は事前に言って欲しいな。

 危うく【神速】を使って逃げるところだったぞ。


 俺の額に触れた精霊が嬉しそうに声を上げながら俺の周囲をグルグルと回り乱舞している。

 その後方には乱舞する精霊を恨めしそうに睨む精霊達の姿があり、今にも襲い掛かりそうな勢いで唸り声を上げていた。


 いや……順番でも良いんだよ?


『王様~! ”一番の”、私とお話しよ~?』

『『『『『ぐぬぬぬぅ……!!』』』』』


 こ、こいつ……煽りやがった!!

 一番最初に触れただけなのに何をそんなに自慢する事があるのだろうか……あ、でも効果は抜群だ。後ろに並ぶ精霊達の妬みの視線が更に増した。

 中にはその恨みの強さ故にフラフラと一番を自慢する精霊の元へ近づこうとして周囲の精霊から止められている。

 

 だから順番に話してくれれば俺はそれで良いんだけどな……。


 そうして数分くらいが経過して、煽り続けて満足したのか俺の額に触れた精霊はその動きを止めて俺の前でニコニコと笑みを浮かべている。


『それじゃあ王様~! お話しましょ~?』

「”あ、うん……えっと”」


 そこで初めて気が付いたのだが、俺の目の前に浮かぶこの精霊には名前は存在するのだろうか?

 黒椿の話では名前付きの精霊は珍しいとの事だったが……。


「”じゃあ始めに、お前には名前はあるのか?”」

『名前~? 無い!! 私達はね~名前は無いよ~? お姉様にも無いよ~? 名前があるのは女王様だけ~! ”女神様から頂いたらしい”ってお姉様達が言ってたよ~!』


 なるほど、やっぱり名前付きの精霊は珍しいのかもしれないな。

 目の先でクルクルと小さな体を回しながら話す精霊に同調して、後方で待機していた精霊達も頷いていた。


 それにしても、精霊達の口調はこう……伸び伸びとしているな。

 何処となくロゼに似ているからか、さっきから頭の片隅ににへへと笑うロゼの顔が思い浮かぶ。最近はロゼと一緒に居る時間が少ない気がするから、今度時間を作って遊びたいな。


 まあ、とりあえず精霊達に名前があるのは精霊を統べる存在である精霊女王だけと言うのは分かった。

 それじゃあ、次の話をするか。


「”教えてくれてありがとう。じゃあ次の話なんだが――『『『『『駄目ぇーーーー!!!!』』』』』……はい?”」


 次の話へ移ろうとした矢先、目の先に浮かぶ精霊の後方に控えていた精霊達が大きな声で叫びながら止めに入って来た。

 離れた場所に居たから精霊達が叫んだと同時に耳を塞ぎダメージを軽減する事に成功する。危なかった……それにしても、何で駄目なの?


『王様言った~!!』

『順番って言った~!!』

『次の人を決めるの~!!』

『私も王様とお話したいの~!!』

『『『『『王様とみんなお話したいの~!!』』』』』


 う、うるせぇ……!! 耳を塞いでも全く効果がないんだが!?


「”わ、分かったから落ち着いてくれ!! そもそも俺は全員で一斉に話されると何を言っているのか聞き取れないから順番にして欲しいって言ったんだ。だから、今みたいにそれぞれが順番に話してくれれば一々次に話せる人を決める必要はないぞ?”」

『本当に~?』

『王様とお話しできる~?』

『みんなで出来る~?』

「”順番に被らない様に話してくれるならな? だから俺の顔の前で全員声を合わせて叫ぶのはやめてくれ……耳が痛くなるから”」

『『『『『は~~……あっ、はぁいっ』』』』』


 忠告したそばから全員で叫ぼうとしたのをジト目で見ていたら、思い出したかの様に声を潜めて返事をする精霊達。

 声を潜めるのが面白かったのか、中にはクスクスと言った風に笑っている精霊も何人かいた。


 さて、次は本題に入ろうかと思ってたんだけど、ちょっと気になる事が増えたから先に消化しておこうと思う。


「”えっと、それじゃあ次の質問なんだが……お前達はどうして俺を王様って呼ぶんだ?”」


 思えば精霊達は最初から俺の事を”王様”と呼んでいた。

 俺は精霊達に何かをした覚えがないから、その理由が全く分からないんだよなぁ。


『ん~? 王様は王様だよ~?』

『そうだよ~みんな言ってたよ~?』

『お姉様も言ってた~!!』

『リィシア様から聞いたって言ってた~!!』

「”リィシアから?”」


 どうやら精霊達が俺の事を”王様”と呼ぶようになったのはリィシアが発端のようだ。


『リィシア様はねぇ~優しいの~!!』

『いつも私達の居るところを回ってお話してくれるの~!!』

『たまにお家に招待もしてくれた~!!』

『あ~!! 私も~!! お花とお野菜がとても元気だった~!!』

『リィシア様が言ってたよ~? ”お兄ちゃんは女神様からも愛されている人”だって~!』

『リィシア様が言ってたよ~? ”お兄ちゃんの魔力は温かくて、精霊にも優しい人なんだ”って~!!』

『リィシア様が言ってたよ~? ”だからお兄ちゃんは、私達の王様なんだ”って~!!』


 精霊達は次々にリィシアとのやり取りを話してくれた。

 その話の一つ一つがリィシアの優しさと精霊達をどれだけ大事に想っているのかを教えてくれる。

 そうして笑顔で話す精霊達を見て……俺はちゃんと笑顔を作って精霊達に向き合えているか不安になる。


 それはきっと、俺がリィシアに対して後ろめたい感情を抱いているからだ。


『王様~?』

『大丈夫~?』

『病気~?』

『お姉様呼ぶ~?』

「”え、ああ……大丈夫、病気とかじゃないから”」


 やっぱり上手く笑えていなかった様だ。

 精霊達がずいずいと近づいて来て、俺の周囲を飛んで体に異常が無いのか調べ始めてしまう。俺はそんな精霊達に平気だと告げて、精霊達を一度見渡してから……深々と頭を下げた。


「”――ごめん。俺は今日……精霊であるお前達に謝りに来たんだ”」

『どうして~?』

『王様、悪ことしたの~?』

『王様は実は悪者だったの~?』

「”悪者か……確かに、リィシアやお前達にとってはそうかもしれないな。俺さ、今日リィシアが――”」


 顔を上げた先には、不安そうな表情で俺を見ている精霊達の姿があった。

 俺はそんな精霊達を前に今日あった出来事について話し続ける。


 ヴィリアティリア大国の森で精霊達を殺した人物と遭遇した事。

 家族を殺された敵を討つ為に、激怒したリィシアがその人物を殺そうとしていた事。

 そして、その人物を殺そうとしたリィシアを……俺が止めてしまった事。


「”甘い考えだったんだ……殺すことは無いのではないか。そんな生温い考えで、俺はリィシアがそいつを殺そうとしたのを止めてしまったんだ。そして、後になってリィシアがそいつを殺そうとしていた理由を知って――俺は後悔した”」

『『『『『……』』』』』

「”本当にごめん。俺はお前達の敵を討とうとするリィシアの邪魔をしたんだ!! お前達の事を大事にしているリィシアの気持ちを踏みにじったんだ……ッ”」


 精霊達に謝りながらも、その脳裏にはリィシアの顔が思い浮かぶ。


 もう、元の関係には戻れないのだろうか。

 精霊にも嫌われてしまうのだろうか。

 考えれば考える程にそんな結末が頭の中を支配して行く。


 取り返しのつかない事なのはわかっていた。

 許されない行動だと言われても仕方がない。

 でも……それでも俺は、謝らずにはいられなかったんだ。


『――王様~』

「”やめてくれ。俺はお前達に王様なんて呼ばれる様な人間じゃない”」

『……ううん。王様はね~やっぱり王様だよ~?』

「え?」


 思わず声に魔力を込めるのを忘れてしまった。

 でも、それくらいの衝撃を受けたのは間違いない。

 しかし、俺が何かを返すよりも早く精霊達は続けて話し始めてしまった。


『人間はね~命令しかしないんだよ~?』

『私達の事をね~”道具”って言ったりしてる人も居たね~?』

『でもね~リィシア様と王様は違ったんだ~!!』

『他の人間みたいに命令しない~!!』

『お願いしてくれるの~!!』

『それにね、私達とお話してくれる人は少ないよ~?』

『リィシア様と王様はね~優しくてあったかいんだ~!』

『それにね~、お姉様は言ってたよ~?』

『お姉様は”これは自分達の問題だ”って言ってた~!』

『私達もね~、そう思ってるよ~?』

『リィシア様も~王様も~僕達に優しくしてくれてありがとう~!』

『私達を想ってくれてありがとう~!!』


『『『『『ありがとう~!!』』』』』


 ……やばい。

 精霊達の言葉を聞いて、俺は思わず顔を下げる。


 ああ、油断してたなぁ。

 本当に油断した。


 だって、そんなことを言われるなんて思ってもいなかったから。

 何とか堪えようとしたけど、こんなの無理だ……。


『あれ~? 王様泣いてる~!!』

『あ~!! ほんとだ~!!』

『泣いてる~!!』

『どうして泣いてるの~?』

『悲しい事でもあったの~?』


 精霊達から隠そうとしたけど、直ぐにバレてしまった。

 揶揄う訳ではなく、精霊達は俺を心配してくれているのか顔の周りを飛んで様子を伺っている。中には俺の涙を拭おうとしてくれる精霊も居て、その優しさが余計に涙を加速させた。


『困ったね~?』

『困ったよ~!』

『どうしようね~?』

『どうしよ~?』

『『『『『う~ん……あっ!!』』』』』


 顔を俯かせていると、直ぐ側で精霊達のそんなやり取りが聞こえて来た。

 最後に驚いたような声を上げた精霊達は俺の後方へと飛んで行ってしまう。

 そして精霊達が飛んで行った後方では、精霊の声と誰かの声が言い合っているのが聞こえて来て……次第に近づいて来るその声を聞いて俺は顔を上げた。


「……リィシア?」

「…………」


 振り返った先に居たのは、紫色をしたウサギのぬいぐるみを抱えたリィシアだった。

 精霊達にドレスを引っ張られてやって来たリィシアは、抱えたぬいぐるみで顔を隠す様にして立って居る。


「えっと……」

「…………」


 どうして、ここに居るのか。

 どうして、顔を隠しているのか。

 どうして、俺の前に姿を現してくれたのか。


 他に聞きたい事は沢山ある。

 それはきっと、精霊達から色々な話を聞いたからだろう。

 でも、実際に話そうと思ったら上手く声が出なかった。

 リィシアもまた、特に話し掛けて来る様子もなく黙ったままである。


 そうしてお互いに黙り込んでしまっていると、俺とリィシアの間へ精霊が飛んで来て頬を膨らませながら声を上げ始める。


『どうして王様は何も言わないの~?』

『どうしてリィシア様は何も言わないの~?』

『王様〜! リィシア様ねぇ〜……泣いてたよ〜?』

「ッ……」


 精霊の言葉に、リィシアの体が一度だけ跳ね上がる。


『王様と一緒でね〜、リィシア様も泣いてるの〜!!』

『だからね〜私達は思いつたんだ〜!!』

『王様〜! リィシア様を慰めて〜?』

『リィシア様〜! 王様を慰めて〜?』


 そう言うと、精霊達は小さな体に魔力を纏わせて俺とリィシアの背中へ移動する。そして、体当たりするような形で俺達のことを押し始めるのだった。


 徐々に押されて近づいて行く俺とリィシア。

 抵抗すれば出来るのだが、俺はこのチャンスを逃す様な事をしたくないので精霊達の行動に感謝しつつも押される形で近づいて行く。

 俺と同じ思いなのかは分からないが、リィシアもまた抵抗している様には見えなかった。


 そうして、俺達は手を伸ばせば触れられる距離まで辿り着いた。

 あと一歩踏み込めば、リィシアに手が届く。

 そう思った俺が軽く左手を挙げると、そのタイミングで精霊達に背中から強く体当たりをされた。


「うおっ……ッ」

「…………」


 押されて前に出た瞬間、リィシアも同じことをされたのか俺にしがみつく様に抱き着いて来た。

 頭を腹部に付けて抱き着くリィシアがぬいぐるみを持っていない事に首を傾げていると、右側に浮かぶ精霊が数人掛かりでぬいぐるみを持ち上げていた。

 どうやら体当たりしたタイミングでリィシアから回収したらしい。のほほんとした雰囲気を出しているのに、こういう時には気が利くとは……精霊は本当に凄い存在だなと思う。


 こうして俺とリィシアは触れ合う事が出来たのだが……ここからどうすればいいのだろうか。

 顔を腹部に付けたまま、リィシアは離れようとはせず寧ろ離れない様に俺の腰に回された手には力が込められているのが分かる。


「……リィシア?」

「…………なさい」

「え?」


 腰に回された手がきゅっと俺の軍服を握る。

 小さく呟くリィシアの声は、明らかに上擦っていた。


「ごめんなさぃ……ごめん、なさぃ……ッ」

「待て待て、どうしてリィシアが謝るんだ?」


 慌てて抱き着いているリィシアの左肩を掴んで離してから俺はしゃがみ込む。

 光源が照らす夜の森で顔を合わせたリィシアの瞳には、大粒の涙が溢れてポロポロと地面へ零れだしていた。


「わた、し……おに、ちゃんに、ひど、こと……」

「あーもう! 大丈夫だから!! リィシアは全く悪くない! ゆっくりでいいから。ほら……おいで、大丈夫だぞ」

「うぅっ……おにいちゃ……ごめ、なざぃ……」


 言葉を上手く話せないくらいに子供の様に泣きじゃくるリィシアを、俺は膝を地面に着けた状態で抱き寄せてからその頭を優しく撫で続ける。

 するとリィシアは俺の脇の下あたりに腕を通して軍服をぎゅっと握りながら、しがみつく様にして泣き続けていた。


「ごめんなざいぃ……わたし、ごわがったぁ……おにいちゃんに、ひどいことを……ごめんなさぃ……あやまるから、きらいにならないで……」

「……嫌いになる訳ないだろう? 寧ろ嫌われたと思っていたのは俺の方なんだから。リィシアがこうして抱き着いてくれて、俺は凄く嬉しいぞ? 俺は変わらずリィシアが大好きだぞ?」

「う”ん”……わたしもすき……おにいちゃんが、だいすきぃ……ッ!!」


 そう叫んだあと、リィシアは俺にしがみついた状態で泣き続けた。

 時に俺の事を呼びながら、時に自分の気持ちについて話しながら、時に俺のこと”大好き”だと言いながら。


 そんなリィシアの言葉を聞きながら、俺もリィシアへと謝罪をして、そして何度も”大好きだ”と返し続けた。


 良かった……もう、戻れないと思っていたから。

 こうしてリィシアが俺の所へ来てくれて、本当に良かった。


 俺は泣き続けているリィシアの体を左腕でしっかりと抱きしめながら、その小さな温もりを感じて安心感を覚えていた。


 ……もう、絶対に間違えたりしない。

 この温もりに誓って、俺はリィシアの抱えている全てを背負い共に助け合って行く。


 こうして俺は――リィシアと仲直りが出来た。


 精霊達が見守る夜の森。

 周囲に居た精霊達は喜びを表す様に光源と月明かりの下で舞い踊る。


 そんな精霊達に見守られながらも森の中に響く少女の泣き声は……日付が変わるまで続くのだった。












@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 【作者からの一言】


 これにて三日目は終了です!

 いやぁ~長かった……お付き合いいただきありがとうございました!

 四日目はどうなるか分かりませんが、それ以降については基本的にダイジェスト風になって短いと思いますので、そこで帳尻を合わす形になると思います。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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