第312話 プリズデータ大国 三日目(午後)⑩







 目が覚めた俺は、起きて早々ベッド上で泣いてしまった。


 どうしてかは分からない。

 意識を失う前、リィシアに言われた言葉はちゃんと覚えているのだが、気を失う直前から今までの事が殆ど思い出せなかった。

 覚えているのは毎晩の様に見続けていた悪夢を見ていた事と、独り言の様に何かを考え続けていたと言う記憶。

 それ以上の事を思い出そうとするが、どうしても思い出せなくて……思い出せないんだと理解した直後に、原因不明の悲しみが押し寄せて来た。


 とめどなく流れる涙は眉間に力を入れて我慢しようとしても止まらない。

 下半身に掛けられたシーツに染みを作りつつも、俺はどうしようもない状況に唯々困惑し続けていた。


 ただ、そんな俺よりも困惑し驚いている人物が右側に居た。


「あ、ランくん起きた……うぇっ!? ど、どうしたの!?」


 その声の方へ顔を動かすと、そこにはぎょっとした顔で俺を見ているアーシェの姿があった。

 それと同時に部屋全体を見る事が出来た俺は、ここが別邸の自分が寝泊まりしている部屋だと気づき、アーシェが眠っていた俺の傍に居てくれていた事を理解した。


「ご、ごめん。なんか、起きたら急に溢れて来て……」

「ええ!? ど、どうしよう……ミ、ミラ姉達を呼ぶ?」


 相当動揺しているのだろう。忙しなく動くアーシェは何度も「大丈夫?」と気遣いながらもミラ達を呼ぶべきかどうか俺に聞いて来た。

 そんなアーシェに「大丈夫だから」と何とか返す事が出来た俺は、その後もアーシェに見守られながら落ち着きを取り戻すまで泣き続ける。


 ようやく落ち着いた後、ずっと見守っていてくれたアーシェに謝罪をしてから、俺が眠っている間に起きたことを簡単に説明してもらい、説明を終えるとアーシェは夕食を持ってくるとだけ言って俺の部屋を後にした。


 時計を確認すると時刻は夜の8時、どうやらかなりの時間眠っていたらしい。


 そうしてアーシェが帰って来るまでの間、俺はぼーっとして居たのだが……次第に聞こえて来た大人数の足音に気づき扉の方へ視線を向けると、閉じられていた扉が勢いよく開いた。


「藍くん!!」

「藍様!!」


 開いた扉から最初に飛び込んできたのはファンカレアとウルギアだ。

 二人は俺が起きている姿を見るや否や抱きついてきてその瞳に涙を溢れさせながら矢継ぎ早に話し続けていた。


 何とか聞き取れた二人の言葉を要約すると、俺が倒れたことよりも倒れる直前に起きた出来事が気になっていて心配だった様だ。


 どうやら俺はリィシアから責めるような言葉を投げかけられた後、一時的にショック状態に陥っていたらしい。グラファルトやファンカレア、それにウルギアも声をかけ続けていた様なのだが、何を言っても俺が言葉を返すことは無く虚ろな瞳で3人を見続けていたのだとか……全く覚えていない。


 ウルギアに関しては俺の魂へと侵入して調べてくれたりしていたらしいのだが、何も分からずじまいで途方に暮れていたのだとか。

 ここまでウルギアが感情的になっていた原因はどうやらここにあるみたいだ。


 結局何も分からず、ただただ眠る俺を看病するしか出来ない状態にやるせなさを感じていたらしい。それはファンカレアとしても同じで、ウルギアと一緒になって何か打つ手はないのかと俺が目覚めるまで話し合っていたようだ。


 とりあえず、多大な心配を掛けてしまった事を詫びて二人の頭を撫でて居ると、今度はミラとフィオラ、それにロゼが俺の前に立っていた。


 三人はファンカレアとウルギアの後ろに立つと悲しみに沈む顔で俺を見つめ、そして――。


「「「リィシアに代わって謝罪します」」」


 三人でそう言うと俺に深々と頭を下げ始めたのだった。


 勿論、俺はそんなことを望んでいないから慌てて三人に「謝らなくていい、頭を上げてくれ!」と懇願した。

 最初は全く聞く耳を持たなかった三人だが、俺が逆に頭を下げて頼み続けると渋々といった感じで下げていた頭を上げてくれて、悲しそうな顔をする三人を見て、なんだか申し訳なくなってしまう。


「言われた直後はショックだったけど、落ち着いて考えてみればリィシアの怒りは当然の事だから。俺は全く気にしていないし、もう大丈夫」


 謝り続ける三人にそう説明して、納得してもらうことにした。


 眠っている間に色々と話していたからだろうか。その細かな内容は覚えていないが、何か自分の中で深く根付いていたものが消えた様な感じ。

 気を失う前はリィシアが人を殺す事をあんなにも恐れていたのに、今は事情があるのなら仕方がないのかもしれないと自分でも驚く程に冷静に判断することが出来ている。

 今になって考えてみれば、言い方は悪いけど、どうしてリィシアよりも何の関わりもない第三者を優先していたのか不思議で仕方がない。

 家族の為に生きてきた人間である俺が、家族の誰かに頼まれたわけでもないのに自分の意思で他人を守ろうとしていた事が驚きだ。


 もしもいま、時間が巻き戻ってリィシアがクォンって人に攻撃を仕掛けようとしていた場面になったとしたら、事情を聞く為に一度止めはするけど精霊――リィシアにとっての家族――を殺したと言う事実を知ったら、多分俺はリィシアを止めたりはしなかったと思う。

 まあ、その結果として大国間で戦争が起こったりしたらミラ達は怒るのかもしれないけど……俺はリィシアを全力で擁護するし、戦争が始まる前に俺が全責任を負って"後始末"をする覚悟はある。


 だから、今の俺としてはリィシアに対して怒りを抱いているとかは全くない。

 寧ろリィシアの言葉は最もだと思うし、止めてしまった事に対しての罪悪感の方が強いのだ。

 まあ、だからといって今更クォンを殺すことは出来ないんだろうけど……精霊を殺したことについては、何らかの罰を与える形で償わせたいな。


「「「…………」」」


 なーんて話をちょっとだけしてみたらロゼには苦笑されてミラとフィオラには睨まれました。


 だ、大丈夫です。

 勝手に殺したりはしないから……本当に。


 ライナは部屋に籠っているリィシアの監視をしているらしい。

 監視の意味がよく分からなかったので聞いてみると、なんと拘束していたクォンとラグバルドはまだ王城に居るそうだ。

 本当であれば直ぐに処分を下して国へ帰す予定だったらしいけど、俺が倒れてしまったのが原因で明日の朝まで拘留しておく事になったのだとか。


 実はミラ達としても、意図的に精霊を殺す事は許し難い行為であると判断していたらしく、殺すことは出来ないが何らかの罰は世界の平和を守る<使徒>として与えるつもりなのだとか。


 精霊とは自然界に存在する魔力を循環させる存在でもあり、世界にとって必要不可欠な存在との事だ。そんな精霊を意図的に殺し、精霊達から反感を買うような行為を行ったクォンは、世界の均衡を崩す存在とも言える。


 度を越した殺戮であれば神罰として世界からの追放……つまりは処刑を行えたのだが、今回は規模も小さく初犯であった事と、クォン自体が国を治める王の立場である事を考慮して殺した後のデメリットの方が多いと判断した結果、世界からの追放は出来ないらしい。


 俺からすれば反省なんかしてないし、これからもしないんだろうから面倒だし追放してしまえばいいのにと思ってしまうが、クォンを崇拝する国民は少なくは無くその全てが弔い合戦として暴れ回ったりしたら間違いなく世界規模で問題が起こるとフィオラはクォンの追放について反対していた。


「でも、罰を与えた時点で国民たちの怒りは変わらないんじゃないか?」

「見えない所で処刑されていたのと、見える形で処罰されていたのとでは大きく違います。それに、今回の処罰は警告の意味合いも込められているのです。仮に今回の一件を不服に思いクォン女王が国民を扇動して戦争を起こそうと言うのであれば……その時こそ、戦争が始まる前に私達が動きます。出来れば、反省していただきたい所ではありますが……私もリィシアの気持ちが理解できない訳ではありませんからね」


 どうやらフィオラもクォンの行動には相当怒っているらしい。

 世界の平和を第一に考えているフィオラはクォンを生かす選択をしたけど、だからと言ってそれで終わらせるつもりは無いようだ。


 クォンに与える罰に関しては明日にでもリィシアを含めた"六色の魔女"の全員で協議するらしい。


 俺としてもリィシアには悪いことをしてしまったから何かあれば協力すると伝えておいた。

 フィオラは遠慮していたけど圧を掛けて協力すると言い続けた。絶対に何かします。


 そうして三人と俺に抱き着いていたファンカレアとウルギアの二人が俺から離れると、今度はレヴィラとユミラスが俺の側へとやって来た。


 ユミラスは王都の後始末が無事に終わったことを教えてくれて、俺の体を気遣ってくれる。レヴィラはシーラネル達の様子について教えてくれて、あまり心配をかけないで欲しいと釘を刺された。いやはや申し訳ない。


 プリズデータ大国の現国王であるユミラスとしては、今回の騒動は全てミラ達に一任する形で自分から特に何かをするつもりは無いらしい。ただ、クォンを解放した後のヴィリアティリア大国の動向は常に監視するつもりらしくて、既に眷属の何人かをヴィリアティリア大国へと向けて放ったそうだ。


「表向きは静観しますが、向こうが動くつもりであるならば直ぐに対処します。ヴィリアティリア大国の様子に関しましては同盟国や魔女方にも報告するつもりですのでご安心を」


 そう言って一礼すると、ユミラスは凛々しい顔のまま「それでは、私は失礼します」と言って扉の方へと歩き始めた。


 そんなユミラスの背中を見送りながら"ちょっとかっこいいなぁ"って思ったんだけど……扉の向こうで『だ、大丈夫だったかな? ちゃんと女王として振る舞えてた!?』『はい、完璧ですユミラス様』と言うユミラスとミザさんの会話が聞こえてきて、部屋の中にいた全員が額に手を置き溜息をこぼした。


 うん、ユミラスはやっぱりユミラスだったよ。


 残ったレヴィラからはシーラネルの話をされた。

 何でも、シーラネルが俺に会いたいと言ってくれているらしい。どうやら昼頃にユミラスから俺がプリズデータ大国に居ることを教えてもらい、会えるのなら会いたいと思っていたようだ。

 タイミングが悪く俺が別邸から脱走していた時だった為にその時は叶わなかったけど、会える時間があるのなら出来れば会いたいとのこと。


 俺としては問題はないのだが……残念な事に、シーラネル達は明日の朝には帰る予定らしい。明日はクォンとラグバルドの件が午前に、アーシェとのデートが午後から入っているので、正直スケジュール的には厳しい。


 今からとも思ったのだが、未婚の歳若い女性……しかも王女様が夜に男へ会いに行くのはどうなのかと言うこともあり、結局俺はシーラネルに会わない選択をした。


「思えば、今月の25日になれば会えるからな。会えた時の喜びは大きい方が良いと思うから、当日までのお楽しみって事にしておこう。手紙でお詫びとそう言う旨の内容を書いておくから、それをシーラネルに渡してもらっていいか?」

「分かったわ。あの子は残念がるだろうけど、こればっかりはタイミングだからね。それじゃあ手紙が書けたら念話で連絡をして」


 レヴィラはそう言いながら右手をひらひらと振って俺の部屋を後にした。

 アーシェが運んで来てくれる予定の夕食を食べたら書いてレヴィラに渡そう。


 そうして最後にやって来たのはグラファルト、それに黒椿とトワの三人だった。


 トワは俺が笑顔で迎えると嬉しそうに駆け寄ってきて抱き着いてくる。

 その可愛さに癒されていると、呆れたような表情を浮かべる黒椿とグラファルトが交代で俺の頭を撫で始めた。


「全く〜心配したよ……ファンカレアもウルギアも手がつけられなくて、本当に疲れた……」

「本当にな。余計な心配をかけおって、この埋め合わせはいずれしてもらうからな?」


 今までの見舞い客とは違う言葉に、俺は思わず苦笑してしまう。

 まあ、言葉ではそう言うものの、二人が撫でてくれている手つきは優しいし、時より俺を見る表情が優しさを帯びている様な気がするから、何だかんだで気を使ってくれているんだと思う。


 俺に抱きつくトワの笑顔と二人の気遣いが嬉しくて頬を緩めていると、グラファルトから「ちゃんと分かっているのか」と軽く小突かれる。


 グラファルトに小突かれた俺は更にその頬を嬉しさから緩めてしまい、小突いたグラファルトが若干引いてしまっていた。


 確かに小突かれて頬を緩めるなんてどうかしてるとは思うが、こればっかりは許して欲しい。

 グラファルトに小突かれた時、微かに感じた痛みを噛み締めていたら自然と頬が緩んでしまったのだ。


 その痛みを感じて、俺は何となくだがもう大丈夫なんだなと思った。

 右腕は相変わらず動かないけど、それ以外の問題は全部解決したんだと思う。


 ショック状態から目が覚めた俺は、大切な家族に見舞われながら精神の回復を実感していた。









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 【作者からの一言】


 藍くんが気を失ってからの顛末のお話です。

 三日目は明日か明後日までには終わらせますので、どうかお付き合いください!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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