第310話 プリズデータ大国 三日目(午後)⑨






 グラファルトの仲裁によって、俺とリィシアの戦いは始まる事もなく終わりを迎えた。


 不完全だった以前の”共命状態”から解放されたグラファルトは、元に戻った白銀の翼を背にして飛んで俺達をその鋭い双眸で睨み付け【威圧】スキルを使って見下ろしていたが……グラファルトの威圧は俺には効かない。

 正確には俺とグラファルトは共命者となってからその身体的特徴以外のステータスを共有している為、威圧されても鏡の前に立った自分に睨まれている感覚で特に怯んだりしないからだ。


 ただ、リィシアは違う。

 グラファルトの威圧を受けて、リィシアは明らかに気圧されていた。

 怯えた様子は無く震えたりはしていなかったが、その額には汗が流れている。


 それでもリィシアは諦める事無く、解放した魔力を身に纏い無理にでも抗おうとしていたが、グラファルトの後に現れたミラ達を見て……その魔力を霧散させた。


 そこからの展開は早かった。

 プリズデータ大国の初代国王であるアーシェと現国王であるユミラスがユミラスの眷属を束ねて噴水広場で眠る人々の介抱と修復、そして王都全体の視察を行い異常が無いかの確認作業を。

 レヴィラとフィオラはシーラネルとルネさん―フィオラから聞いたけど、本名はコルネ・ルタットというらしい―を休ませる為に先に王城へと戻って行った。

 後に残った俺達も大まかな情報の共有を行った後に王城へと転移……その際に、意識を失った状態であるラグバルドと獣人の女性―ミラ曰く、ヴィリアティリア大国の現女王―の二人も連れて移動した。






 そして現在、俺はプリズデータ大国の王城の中にある訓練場に居る。

 訓練場に居るのは俺以外に当事者であるリィシアとファンカレア、見届け人としてグラファルト、ミラ、フィオラ、ライナ、ロゼ、ウルギア、そして捉えたラグバルドとヴィリアティリア女王の十人だ。

 トワには席を外して貰っている。何が起こるか分からないからね。付添として黒椿も一緒だ。


 訓練場にはフィオラが防音と転移阻害の結界を張り、拘束した二人に関しては更に視界を奪う霧を発生させる事の出来る結界で二重に覆っている。今の俺は”女神の羽衣”を纏っていないので身バレ防止の対策も兼ねて。


 訓練場の中央に拘束した二人が結界によって収容され、俺とリィシアはその傍らで正座しており、座る俺達の前にはグラファルト達が立って居た。

 最初はファンカレアも俺の隣に正座しようとしてたけど、ファンカレアに関しては俺の為にしてくれた行動と言う事で俺が全責任を負うとして許してもらう事になった。本人は納得していない様だったけど、俺が外に出たいと思ったが故にファンカレアがお説教さるのはちょっとね……。


「――さて、どうして私達が怒っているか理解しているのかしら? 特に……リィシアは」

「ッ……」


 ミラが語気を強めてそう言うと、リィシアはその顔を歪めて俯いてしまう。

 その言葉自体は俺に説教をする時と何ら変わりないのだが、その声音は固く静かな威圧が込められている気がした。

 それはミラだけではなくフィオラやライナも同様みたいで、リィシアを見るその視線は厳しいものだ。


「リィシア、君が大国を退いた後の雑務処理を請け負った時……僕がなんて言ったのか覚えてるかな?」

「……」

「僕はこう言ったんだ――『世界に混乱を招く行動を控えてくれるなら、後は引き受けるよ』って。今回の行動はどうかな?」

「そ、れは……でも……」

「リィシア、僕達は<使徒>だ。僕達の力は世界を守る為に使われるべきであり、一時の感情に身を任せて揮って良いものじゃない」


 厳しい口調で告げるライナに、リィシアは何も言えずドレスの裾を握りしめていた。

 しかし、そんなライナの言葉にファンカレアが待ったを掛ける。


「――ライナ、それは違います。私は貴女達の力を縛る為に<使徒>の称号を渡したわけではありません。世界を守る為だからと言って、全てを我慢する必要は……」

「ファンカレア、そうであったとしても絶対に避けるべき行動はあるんですよ」

「フィオラ……」


 世界を守るという使命が為に、自分達を縛るような行動は間違っていると諭すファンカレア。

 そんなファンカレアの言葉を肯定しつつも、フィオラはリィシアの行動には問題があったと説明する。


「リィシアが手を下そうとしていたのはヴィリアティリア大国の現女王――クォン・ノルジュ・ヴィリアティリアという人物です。もしプリズデータ大国の王都で彼女が死ぬことがあれば……最悪の場合、国家間の戦争にまで発展していたかもしれません」

「ですが、それを言うならクォン・ノルジュ・ヴィリアティリアが連れていたラグバルドが起こした騒ぎも同様では無いですか?」


 それについては俺も思っていた。

 俺達が駆けつける前に噴水広場で暴力沙汰を起こしていたラグバルドは、どう見てもクォンとか言うヴィリアティリア女王の知り合いだ。その事実が判明したいま、プリズデータ大国がヴィリアティリア大国を批難するのは明白であり、多くの人々が目撃している以上言い逃れも出来ないだろう。


 一応リィシアの行動を止めた側だからクォン女王が死んでも良いとは思わないけど、仮に亡くなっていたとしても"先に動いたのはヴィリアティリアだ"とか言ってしまえばいい気がする。

 この世界の情勢や国に関する話について、ミラとフィオラの二人から少しだけ教えられたくらいの知識しか持っていない俺にはフィオラが何を問題視しているのかいまいち理解が出来なかった。

 多分、その理由は違うだろうけどファンカレアも同じ気持ちだったからフィオラに疑問をぶつけたんだと思う。


 そんなファンカレアの疑問に対して、フィオラは厳しい表情を崩すことなくその口を開いた。


「ヴィリアティリア大国が普通の国であれば、向こうからの反感は買えど戦争になるような事態は避けられたでしょう。しかし、現在のヴィリアティリア大国は普通とは程遠い国へと変わり果ててしまったのです。ランくん、以前私が教えた現在の国の動きは覚えていますか? 特に、ヴィリアティリアとラヴァールの二大国についての」


 唐突にフィオラに話を振られて驚いたが、俺は思考を巡らせてフィオラから教えて貰った事について思い出してみる。


「……確か、五大国連盟の崩壊後に二大国から来た難民が他国へと押し寄せたとか」

「そうです。主にエルヴィス・ヴォルトレーテ・プリズデータの三大国に難民が訪れました。三大国間で細かな連絡を取り合い難民の受け入れを周辺諸国へと宣言して積極的に行っていたからです」

「ん、そう言えばそもそもどうして難民が?」


 思えばおかしな話だ。

 五大国連盟が崩壊したと言っても別にそれをきっかけに大国同士で戦争が始まる訳ではない。ラヴァール大国とヴィリアティリア大国に関しても二大国間での交流はあるとフィオラが言っていたし、第三者の目線で見れば特に問題は無いように感じるが……。


「……意図的にですよ」

「え?」


 俺の質問に答えたフィオラは苦々しそうに顔を顰めると続けて話し出す。


「ラヴァール大国とヴィリアティリア大国は五大国連盟から脱退した直後に国の法律の全てを破棄、そして国王であるクォン女王とガノルド王を崇め称える者だけを残し……残りの国民全てを追放したのです」

「なんだそれ……」

「難民の殆どの方がそう言っていましたし、ディルク王の話によれば最後の五大国連盟会議が行われた際にクォン女王は難民を生み出したのは自分だと宣言していた様です。最早ラヴァールとヴィリアティリアに残っているのは両国の王を崇拝する者達だけ、そんな状況で王が死ぬなんて事態になれば……間違いなく暴動が起きるでしょう」


 フィオラの説明を聞いて、俺はただただ困惑するしか無かった。

 まさか二大国の状況がそこまで酷いものだとは思っても居なかったからだ。五大国連盟から脱退したと説明された時にはあまり意識してなかった不穏な気配がもうすぐ目の前まで迫ってきている様な不安感。


 些細な出来事が引き金となって戦争へと繋がる可能性があるからこそ、慎重に行動するべきだとフィオラは真剣な様子で語る。


「ランくんには感謝しています。リィシアを止めてくれてありがとうございました。リィシアが暴走した事情は分かりませんが、それでもクォン女王を殺す事は避けるべきだと思いますから。もう、戦争は懲り懲りですので」


 俺に頭を下げたフィオラは、その顔を上げると苦笑を浮かべてそう語った。


「いや、俺もあの時は必死だったから。俺はただリィシアに――「……なんで、駄目なの」――え?」


 リィシアを止めた時の事を思い出しながらフィオラに返事をしていた矢先、先程から俯いて黙り続けて居たリィシアが俺の言葉を遮りそう呟いた。

 リィシアの言葉を聞いたミラ、フィオラ、ライナの三人はその顔を険しくしながらも黙ってリィシアの言葉を待っている。

 呟いたリィシアはその体を小さく震わせると、俯かせていた顔を三人に向けて上げて溜め込んでいたものを吐き出す様に叫んだ。


「なんで私は駄目なの!? 人を殺すのだってこれが初めてじゃない!! あいつは精霊を蔑ろにしたんだよ!? ヴィリアティリアの森から逃げて来た精霊に聞いたの、あいつがいきなり森へやって来て仲間の精霊を……次々に殺して行ったって……」

「やはり、そうでしたか……」


 激情に駆られているリィシアはその顔を怒りに染めて三人に叫び続ける。

 事情を知らなかった俺達はその事実に驚き言葉を失うが、そんな中でファンカレアだけは悲し気にリィシアの事を見つめていた。

 どうやら、ファンカレアはリィシアが怒り狂うその原因に気づいていたみたいだ。


「どうして……どうして誰も分かってくれないの!? 私は家族を殺されたの!! 幼い精霊も、大人の精霊も、あいつに殺されたの!! どうして……私はあいつを殺しちゃいけないの!?」


 全ての感情を吐き出すリィシアに、誰も言葉を返せないでいた。

 何も言わずに俯くみんなを見ていたリィシアは、ゆっくりと俺の方へ顔を動かす。


 そうして俺と目が合うと、リィシアは不気味な笑みを浮かべながら俺の方へと近づいて来て、その小さな両手で俺の肩を掴んだ。


「ねぇ……どうして、お兄ちゃんは私を止めたの?」

「それは……リィシアに人を殺して欲しくないと思ったから」

「お兄ちゃんは知らないだけだよ。私もお姉ちゃん達も、遥か昔から沢山の人を殺して来たの。罪を犯した人達を、世界に混乱を招く人達を、私達は殺し続けて来た……」

「……それでも、俺は――「……しの癖に」――ッ」


 肩を掴んでいた両手が力を無くしてゆっくりと俺の両頬へと添えられる。

 何かを小さく口にしたリィシアに、俺は何故か強い胸騒ぎを覚えた。


 ――これ以上、リィシアの言葉を聞くな。


 ――きっと、後悔する事になる。


 そんな警告にも似た胸騒ぎが俺を襲う。

 しかし、逃げようにも手遅れだ。

 小さな両手で顔を抑えられた俺は、逃げる事も叶わずリィシアと視線を合わせる。


 真っ直ぐと俺を見つめたリィシアは、その不穏な雰囲気を隠すことなく不気味な笑みを浮かべながら……俺に向かって声を出す。



「――人殺しの癖に」

「ッ……」

「――同じ地球から来た多くの転生者を殺した癖に……私が人を殺すのは邪魔するんだね」

『リィシア!!!!』


 痛覚が麻痺してから久しい感覚だ。

 胸が締め付けられて、呼吸が乱れていくのが分かる。


 視界の先では暗い表情をしたリィシアをグラファルトが俺から引き剥がしていた。

 そして、リィシアは引きずられるような形でミラ達に引き渡されて、何かを言われている。


 視界ははっきりとしているのに誰かがリィシアの名前を叫んだ後くらいから、なぜか外の音が聞こえなくなった。

 それでも相変わらず視界だけははっきりとしていて、リィシアをミラ達へと引き渡した後、グラファルトがゆっくりと俺の目の前へやって来ていた。


「――――」


 グラファルトが何かを言っている気がする。

 胸元しか見えていなかった視線を上へと向けると、そこには何故か悲しそうにしているグラファルトの顔があり、その口元が動いているのが分かった。


「――――? ――――ッ」


 やっぱり、何か言っているみたいだ。

 悲し気だった顔が、その口を動かす度に焦っている様な表情へと変わり始めている。

 そうして右へと顔を動かしてその口を大きく動かすと、グラファルトの背後にウルギアとファンカレアが駆け付けて来ていた。


「――!! ――――!?」

「――――――」


 ウルギアとファンカレアが俺に向かって何かを言っているが……やっぱり聞こえないな。


 しばらく慌てた様子の三人を見ていると、段々と眠気が押し寄せて来た。

 さっきまでは良好だった視界が徐々にぼやけて来て、体に力が入らなくなっていく。

 うっすらと映るぼやけた視界の中で、グラファルトが俺を抱きしめようとしている姿が見えた。


 その光景を最後に、俺の視界は暗闇へと変わり果てる。


 音もない暗闇の中で次第に意識が薄れて行く。

 そして意識がなくなるその時まで……リィシアに言われた言葉と締め付ける様な胸の痛みは……消える事無く最後の最後まで俺を襲い続けていた。













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 【作者からの一言】


 作者が想定していた何倍も重い展開になってしまいました……。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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