第309話 プリズデータ大国 三日目(午後)⑧





――”術式破壊”。


 それはミラが編み出したオリジナル魔法の一つであり、森での生活の中で俺が教えて貰った魔法の一つだ。

 この魔法の効果は単純で、対象とした魔法の術式を大小に関わらず破壊することが出来る。それだけだ。

 それだけではあるがその効果は非常に強力であり、ミラからも悪用しない様にと何度も忠告された覚えがある。


 悪用される可能性もあるであろう”術式破壊”なんていう魔法をミラが教えてくれたのは、俺が外の世界で戦わなければいけない時に役立つと判断したからのようだ。


 ミラに”術式破壊”を教えて貰った時は、まだ俺の魔力がフィエリティーゼの人たちにとってどのような影響を及ぼすのか判明していなかった。だから、ミラとしてはなるべく俺が外での生活で困らない様にと配慮してくれていたんだと思う。


 ”術式破壊”はコツさえ掴めば魔力の消費量を極端に抑える事が出来るし、魔法のぶつけ合いではなく”相手の魔法に干渉する事でその効果を発揮する”魔法だから通常の魔法よりも魔力の余波を大幅に抑えることが出来ると教えて貰った。


 実際に使ってみて分かったけど、本当に魔力の消費量が少ないんだな。全く魔力を使った感覚がない。


 いやぁ、なんかラグバルドとか呼ばれてたあの獣人の男よりも強そうなのが出て来たから慌てたけど、余裕で間にあったな。流石は【神速】。





「シーラネル様……!!」

「ルネ……!!」


 白いローブを纏ったスカイグレーの髪の少女……確かルネとか呼ばれてた子が俺の横を走り去り、シーラネルの名前を叫ぶ。

 すると、シーラネルもルネさん? の名前を叫んでいた。振り返ってないから分からないけど、多分抱きしめ合ってるんだと思う。


 それにしても……や、やってしまったなぁ……。


 あのままだったらシーラネルが危なかったし、仕方がないんだけど……魔力を使ってしまった。


 フィエリティーゼの人達への影響は、多分ないと思う。アルス村で魔法を使ったりした時も、特に問題はなかったからな。

 だからその事については特に心配してないんだけど……問題は一瞬だけだったとは言え"魔力感知阻害"が解除されたことなんだよなぁ。


 魔法という形で練り上げた魔力を解放して外へ出している以上、無意識ではなく意識的に解放した魔力の方がその濃度は高い。"魔力感知阻害"はあくまでも無意識に漏れ出る魔力を基準としている為、練り上げた魔力までを隠すことは出来ないようだ。


 とは言っても、俺の存在に気づく可能性は極めて低いままだよ?


 "術式破壊"で消費する魔力量なんてたかが知れてるし、発動までの時間も一、二秒と短い。発動してから術式破壊対象である魔法へ当たるまでは距離による計算とかで変わっちゃうけど……今回の場合はすぐ目の前にまで迫っていたから、発動から足していったとしても合計五秒も掛かっていないだろう。


 シーラネルは勿論、アリーシャも俺の正体に気づかず警戒しているくらいだし、大丈夫な筈なんだ。


 なのに……どうしてさっきから悪寒が止まらないんだろう……。


 いや、目を逸らすな制空藍。

 お前はもうとっくに気づいている筈だ。


――こういう時に限って鋭い直感を発揮させる者達の事を。


 見つかったら殺されるかな?

 いや、なんだかんだでみんなは優しいから……半殺しぐらいで許してくれるだろうな……ハハハッ。


 そうして脳裏に浮かぶのは冷え切った笑みを浮かべる女性陣の姿。

 先頭に立つグラファルトはその額に青筋を浮かべていて、俺に一言こう言うんだ。



 ”正座”って。



 ……と、とりあえず身を隠そう!!


 流石にこのまま放って置くことは出来ないけど、なるべく目立ちたくはない。

 幸いな事にシーラネル達も泣いていてこっちを見ていないし、今なら注目を浴びる事無く”視認阻害”を発動できる。

 これだけの騒ぎが起これば俺の件が無くても誰かしら”転移魔法”を使って来てくれるだろうし、それまではなるべく後方から支援する形で”スキルを中心に、目立たず”だ!!


 早速俺は左手でローブへと触れてから”視認阻害”を発動してそそくさと移動を始める。


「なっ!?」

「……消えた?」


 突然俺が消えた事で獣人の二人は驚いていたけど今はお前達に構っている暇はない!!

 こっちは命が懸かってるんだ!!


(ファンカレア!! とりあえずシーラネルを助ける事は出来た!!)

(はい、見ていました! お疲れ様です、藍くん)


 嗚呼……脳内に響く優しい声に癒される……。


 安心してくれ、ファンカレア。

 もしも、ミラ達が俺達の存在に気が付いたとしても、君だけは守って見せるから。

 ……【漆黒の略奪者】を道連れにして全力で戦うから。


 さて、冗談はこれくらいにして身を隠す事について説明しなきゃ。


(ありがとう、ファンカレア。でも、シーラネルを助ける為に僅かではあったけど”魔力感知阻害”が解除されちゃったからもしかしたらミラ達が俺に感づいてここに来るかもしれない……それが無くてもこれだけの騒ぎになればユミラスあたりがやって来ると思う。そうなれば俺達はあっという間に捕まって、お説教コースは免れないだろう……)

(うっ……ミラのお説教は怖いんですよね……)

(分かる……分かっちゃいけない事なのに凄く分かる……!! だからこそ、ここからは”視認阻害”を利用してなるべく後方支援と言う形をとりたいんだ。幸いにもあの獣人二人くらいなら、魔法無しだとしても俺だけでなんとかなるから)

(藍くんなら間違いないと思いますが……改めて言葉にすると凄いですね)


 うん、我ながら凄い発言をしてしまっているとは思うが事実だから仕方がない。

 確かにあの獣人の女性はちょっと強いみたいだけど、それでも俺には勝てないだろう。

 肉弾戦でも勝てるだろうし、いざとなれば魔力を使わないスキルを用いれば余裕だ。


(まあ、そう言う訳だから。とりあえずファンカレアはリィシアと一緒に大人しくしててね?)

(…………)

(ん? ファンカレア?)


 あれ、いきなりファンカレアの声が聞こえなくなったぞ?


(おーい、ファンカ――ッ!? はぁ!?)


 おかしいなと思いつつ再びファンカレアに念話を送ろうとしたら……膨大な魔力の波が俺を襲った。

 油断していた為に少しだけ気圧されてしまったが、直ぐに落ち着きを取り戻し周囲を確認するようにしながら魔力を放っているであろう人物の方へと視線を動かした。


 おいおい……嘘だろ……。


 荒れ狂う様な強い魔力の波にあてられて、周囲に集まっていた人々はその場に倒れ込んでいる。

 三年くらい前に俺が漆黒の魔力を世界中に撒き散らしてしまった大事件の時もこんな感じだったのだろうか?


 近くに倒れている男性を見るとしっかりと呼吸はしている様だ。命に別状はない。


 シーラネルはと言うと意識はあるけど無事とは言い難い状態だった。その場に膝を着き、遠目からでも分かるくらいに体を震わせている。あの様子だと逃げる事も出来ないだろう。

 アリーシャもメイドさん達も、ルネと呼ばれていた人も頑張って立とうとしてはいるが……足に力が入らないのだろう。膝を浮かせては地面に着いてと言う動作を何度も繰り返している。


 そして問題なのが――魔力を放っている人物だ。


 視線をシーラネル達が居る右側から、左側へと移動させていく。

 そこには俺が良く知る人物がその長い髪を自身が放ち続けて居る魔力によって波打つように揺らしていた。

 その人物の前には獣人の女性の姿があり、女性はシーラネル達とは違って体を震わせながらだが何とか動けるようだ。

 その顔を青くしながらも懸命にその場から逃れる為に後退し続けて居る。


 獣人の女性の隣に居たラグバルドは、魔力への耐性があるのか震える事無くその場に立ち、苦々しい顔をして大剣を自身の前へと構えていた。


「――言い残す事は、無い?」

「ヒッ……」


 魔力を解放したは冷え切った声音で獣人の女性へと尋ねる。

 しかし、獣人の女性は完全に少女に怯え切っており答える事が出来ずにいた。


「……そう。じゃあ……死んで償ってね?」


 冷徹にして冷酷な一言を放つと、少女はその右手を獣人の女性へと翳して五色に光る球体を掌の先に生み出した。



「……さようなら」



 ――リィシア・ラグラ・ヴィリアティリア。


 口数は少ないが愛嬌のある雰囲気を纏っていた少女はいま、獣人の女性を殺す為に五色に光る球体を放った。



 怒りをも通り越した殺意。

 リィシアの横顔を見てはじめに抱いたのはそんな感想だ。


 リィシアはいま、俺の目の前で人を殺そうとしている。

 きっとこれまでも、こうして多くの命を奪った経験があるのだろう。

 手慣れた様子で実行するリィシアを見て、俺はそう感じた。


 俺だって多くの人間の命を奪った。

 後悔はしていないけど、その事実は未だに俺の脳内で確かな記憶として残り続けて居る。

 きっとリィシアも、この時の出来事を記憶として思い出してしまうのだろう。



 三人でこっそりと観光を楽しんだ思い出を……ドロドロとした黒い感情で塗りつぶして。



「……何してるの」



 驚いた表情を浮かべたリィシアが、俺のそう呟いた。


 自分でも驚いていた。

 あんなに隠れなきゃと思ってたのに、なんで俺は目立つような行動をしてしまっているのだろうか?


「なに……してるんだろうな」

「ッ……邪魔、しないで……!!」


 苦笑を浮かべながら呟く俺にリィシアがその顔を赤くしながら俺を睨みつけてそう叫び、今度は五色に光る球を十数個も出して俺の背後に立つ獣人の女性に向けて放った。


 だが、リィシアの攻撃が獣人の女性に届く事は無い。


「――奪い尽くせ、【漆黒の略奪者】」


 獣人の女性に届くよりも前に、俺がリィシアの攻撃を全て奪い尽くしたからだ。


「……どうして、どうして邪魔をするの!!」


 リィシアが何を思って獣人の女性を殺そうとしているのか、正直俺には分からない。

 でも、リィシアには怒りや殺意に身を任せて全てを解決する様な人間に……俺はなって欲しくなかった。


「事情は分からないけど、まずは落ち着け」

「……駄目。そいつは殺すの。私が殺さなきゃいけないの!!」

「リィシア……」

「……邪魔をするなら、お兄ちゃんでも容赦はしない!!」


 説得を試みたが、リィシアは更に魔力を解放してその表情を冷たいものへと変えていく。

 先程までは何とか起きていたシーラネル達や獣人の女性とラグバルドも、強すぎるリィシアの魔力に耐えられなかったのか気を失って倒れてしまった。


 いま意識があるのは俺とリィシア、そしてファンカレアの三人だけ。


「……分かった。お前が退かないって言うのなら……俺が全力で受け止めてやる。ファンカレア、いざという時は無理のない程度にみんなの事を守ってあげてくれ」

「は、はい……わかり、ました……」


 何か言いたげではあったが、ファンカレアは一度だけ頷いてそう呟くとシーラネル達の傍へと移動して行った。


 さて、まさかリィシアと戦う事になるとはな……それも本気に近い形で。

 正直、リィシアがどれくらい強いのかとかさっぱり分からないけど、それでも怪我だけはさせたくない。

 例え俺が傷だらけになろうとも、それでリィシアが怪我一つなく止まってくれるならそれでいい。


 幸いにも痛みは感じない体だ。

 リィシアが落ち着きを取り戻すまでは、サンドバックにでもなろうかな。


「……逃げるなら今のうち。私は加減するつもりはない」

「俺はお前が落ち着きを取り戻すまで退く気はない。やりたいようにさせてあげられなくて申し訳ないけど……俺はリィシアが、怯え切った人を殺害する姿なんて見たくないんだ」

「ッ……お兄ちゃんはずるい。でも、私は退かない」


 ……説得はおしまいだな。


 リィシアの解放した魔力が練り上げられるのを感じて、俺もすかさず左腕をリィシアへと向けて翳す。


 こうして、相まみえぬ俺達の戦いはいま始まろうとして――




「ええい、そこまでだ二人とも!!」




 ――いたのだが、突如空から降って来た少女によって中断される。


「ただ事ではない魔力を感じて転移してみれば……何をしておるのだ貴様らは!!」

「グ、グラファルト……」

「ッ……」


 隠す事のない怒りの感情を言葉に乗せて、魔竜王――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルは俺とリィシアを交互に睨み付けてくる。


 グラファルトを筆頭にして俺を探していたであろう女性陣達はどんどん集まって行き……最終的には俺がそれ以上動く必要もなく、ミラ達の助太刀によってリィシアの暴走は何とか止める事が出来た。


 リィシアを止める事が出来て一安心したけど……これから大変な事になりそうだな。














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 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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