第308話 プリズデータ大国 三日目(午後)⑦






「こいつは俺様のお気に入りでなぁ、魔力を込めれば込めるだけその大きさを変えられるってぇ言う優れもんだ」


 獣人の男性はそう言うと大柄な体格には少し小さく見える刃渡りの大剣を私達の前へと翳し始めました。

 そして魔力を解放し始めたかと思えば、右手に握っていた大剣のは渡りがどんどん伸びていき、刃渡り2m程にまで伸びたのです。


「……ミスリル鉱石と魔鋼鉄、それに極少量ですがアダマンタイト鉱石も使われている様ですね」

「はっ、細かい事は知らねぇがあいつもそんな事言ってたなぁ……まあ、俺様は使えればそれでいいがよぉ!!」


 私を守って下さっているメイド隊の一人……確かアリーシャと呼ばれていた女性が徐にそう呟くと獣人の男性は少しだけ首を傾げてからそう吐き捨てて、空を切る様に大きな大剣を横へ薙ぎ払いました。

 振り切った直後、周囲には荒々しい横風が一瞬ではありましたが吹き荒れ、遠目に見守って居た人々が不安そうにこちらを見ているのが分かります。


 失態でした。

 もっと周囲の事を考えて発言をするべきだったと、今更ながらに後悔しています。


 あの時、ラン様にお救い頂いてからこの命に恥じぬように王族として、そして立派な淑女として研鑽の毎日を送り、多少なりとも恥じる事のないレディとして振る舞えていると思っていましたが……まだまだみたいですね。

 周りの目も気にせず、怒りに任せて事態を悪化させてしまうとは……。


「ルネ、それにメイド部隊の皆様。私の発言の所為でここまでの事態になってしまった事、心から謝罪いたします。申し訳ございません」


 何よりも、私の護衛をしてくださっている皆様に申し訳が立ちません。

 もしかしたら、私の所為で……。


「お気になさらないでください、シーラネル様。私の使命は貴方様を守る事であり、貴女様が真っ直ぐに望まれた先へ歩めるように道を均すのもまた私の生き甲斐なのですから」

「ルネ……」

「わたくし共メイド部隊の事もお気になさらず。寧ろ、王都での暴力沙汰に対して直ぐにご対応下さったシーラネル王女殿下に感謝していますから」

「皆様……」


 優しいルネの言葉に続いて、アリーシャ様が私に微笑み掛けてくれました。それだけではなく、他のメイド部隊の方たちも優しい瞳で私の事を見てくれます。

 私は恵まれていますね……こんなにも素敵な方々に守って頂けるなんて。


「チッ……胸糞悪ぃもん見せんじゃねぇよ」


 私達の会話が聞こえていたのか、獣人の男性は不機嫌そうな顔を向けてそう吐き捨てると、片足で強く地面を踏みつけました。

 踏みつけられた地面には形の整えられたレンガが等間隔に敷き詰められていたのですが、獣人の男性が踏みつけてしまった所為で大きくヒビが入り崩れてしまいます。


 その瞬間、メイド部隊の皆様の纏っていた雰囲気が瞬く間に変わり始めました。

 先程までは特に感じる事の無かった強い感情……よく見れば先程よりもその体勢を低くして何処から取り出したのかは分かりませんがその両手にはナイフが握られています。どうやらメイド部隊の皆様は、獣人の男性が地面を壊したことに怒りを覚えているようですね。


 しかし、不思議な事に獣人の男性はメイド部隊の方々が臨戦態勢を取っているのを見ると、先程までの不機嫌な顔を獰猛な笑みへと変えて愉快そうに声を上げました。


「ハッ!! いいねぇ……俺様はそういうのを待ってたんだよ!!」

「な、何なのでしょうか……あの方は」


 意味が分かりません……敵意を向けられて、喜んでいる?

 私が不可思議に思えるその光景に混乱していると、私の前で臨戦態勢をとるルネが私の呟きに対して答えてくれました。


「シーラネル様、あの獣人の事を理解しようとは思わないで下さい。あの獣人は本質的にその性格が破綻しているのです」

「ルネは、あの方をご存知なのですか?」

「……名をラグバルド、銀狼種の獣人で"銀の暴風"の二つ名を持つ元Aランク冒険者です。冒険者ギルドでお世話になっていた際にラグバルドの噂は聞き及んでいました」


 ルネの話によれば、ラグバルドと呼ばれている獣人の男性は実力だけで言えばSランクにもなれる程の力を持っているようです。しかし、その性格の悪さと何でも暴力で解決しようとする素行の悪さからAランク止まりとなっていて、数年前に冒険者ギルドを脱退したのだとか……。


「冒険者ギルドを脱退してから行方をくらませていたと聞いていましたが、何故プリズデータ大国に……?」

「その理由に関しては、一つ心当たりがあります」


 疑問を口にしたルネに答えたのは、睨み合いを続けているアリーシャ様でした。

 こちらへ振り向くことなく警戒を続けるアリーシャ様はそのまま言葉を続けます。


「実は、我々ユミラス様の眷属である者達は他国にて情報収集なども行っていますので、ラグバルドについても調べていました。なんせかの獣人は悪評が絶えない方でしたので……そして、私達は彼が冒険者ギルドを脱退して直ぐに"ある大国"へと向かった事実を知ったのです」

「その大国とは一体……」

「その大国の名は――ッ……やはり、来ていた様ですね」

「ッ!? こ、この魔力は一体……!?」


 アリーシャ様がラグバルドが向かったという大国について話そうとした直後、突如として不気味で強い魔力が私を襲いました。

 どつやらその魔力を感じていたのは私だけでは無かったようで、ルネもメイド部隊の皆様も強い魔力の反応に警戒心を強めます。


 そうして私達が警戒する中……正面に立つラグバルドの右隣に扇情的なドレスを纏った美しい獣人の女性が現れました。

 不気味で強い魔力は、その女性から溢れ出ているようです。


「――何やら騒がしいと思い駆け付けてみれば、何をしているのですか……ラグバルド」

「……チッ」


 金色の三尾を持つ獣人の女性が叱責するように声を掛けると、ラグバルドはその顔を不快げに歪めて舌打ちをしました。


「わたくしは言いましたよね? プリズデータ大国での交渉が終わるまでは大人しくしているようにと。それなのに貴方という人は……交渉が始まる前から問題を起こすなんて想定外です」

「はんっ、どうせ上手くいくかも分からねぇ話し合いなんだろ? 失敗したとしても俺様達に問題わねぇってあんたも言ってたじゃねぇか」

「だからと言って約束を違えて言い訳ではありませんよね? それに上手くいけばヴィリアティリアとしては良い結果になったのも事実……可能性が低かったとは言え、それをゼロにするのはどうかと」

「……チッ」


 言葉で責め立てる獣人の女性にラグバルド反論しますが、獣人の女性は負けじと反論し返します。


 それにしても、ヴィリアティリアとして良い結果……それにプリズデータ大国との交渉とは……?


「まさか!? あの方は……」

「シーラネル様?」


 思わず声を上げてしまった私を心配して、ルネが声を掛けてくれました。しかし、私の頭は今それ所ではありません。お会いした事はありませんでしたが、間違いないでしょう……いま、私の目の前にいらっしゃる獣人の女性は、恐らく――ヴィリアティリア大国の女王様です。


「ルネ、あの方は恐らくヴィリアティリア大国の現女王――クォン・ノルジュ・ヴィリアティリア様です」

「本当ですか!?」

「先程の会話を聞く限り、間違いないでしょう……そうですよね、アリーシャ様?」

「はい、シーラネル様の仰る通りです」


 私の言葉にアリーシャ様が答えてくださった事で、驚いてはいましたがルネも納得してくれた様です。


 しかし、ヴィリアティリア大国とプリズデータ大国の間でどんな交渉が行われる予定なのでしょうか……。

 五大国連盟が崩壊した現在、ヴィリアティリア大国とプリズデータ大国には繋がりが無いと思っていました。三大国連盟に加盟しているプリズデータ大国にとってヴィリアティリア大国はどういう立ち位置の国なのでしょうか。

 もしも今回行われると言う交渉によって三大国連盟の繋がりに問題が生じる事になれば……。


「大丈夫ですよ、シーラネル王女殿下」

「アリーシャ様?」


 顔に出ていたのでしょうか?

 これから先の行く末が不安になっていた私にアリーシャ様が声を掛けて下さいました。


「女王陛下はヴィリアティリア大国の事を良く思っていません。ヴィリアティリア大国の女王から何度も同盟の申し出がありましたが、全てを断り無視していますから」

「そうなのですか?」

「はい。ですのでどうかご安心を――「ああ、うるせぇなぁ!!」――ッ!!」


 アリーシャ様は私に振り向き笑顔を見せて下さいましたが、ラグバルドが声を荒げる始めると直ぐに前へと視線を向けて警戒し始めます。

 どうやら、ヴィリアティリア女王とラグバルドが揉めている様で二人とも険呑な雰囲気を纏っていました。


「今日と言う今日は我慢ならねぇ!! あんたについて行けば戦いに困らねぇって言うから従っていたが結果はどうだ!? 俺様に嘘を吐きやがって!!」

「嘘は吐いていませんよ? ただ、貴方がわたくしの想定よりも少し我慢が足りない子供だっただけです」

「ああ!?」

「正直がっかりです……わたくしは貴方に期待し過ぎていた様ですね。もう良いですよ。貴方の様なお子様は不要です」


 ヴィリアティリア女王のその一言が決定打だったのでしょう。

 ラグバルドは怒りに任せて右手に握っていた大剣をヴィリアティリア女王に対して振り下ろしたのです。


「危ないっ」


 無意識の内に私はそんな声を上げていました。

 しかし、当のヴィリアティリア女王は大男による重い一撃を目の前にしても逃げる素ぶりを見せず、ぶつかると思った直後……甲高い金属音が私の耳へと響きました。

 それは、ヴィリアティリア女王が右手に持っていた黄金色の扇子が大剣とぶつかり合う音だったのです。


「ッ……」

「これだから頭の悪いお子様は……その程度の力で王たるわたくしに傷を与えられるとでも?」

「クソッ!! この女狐がぁ!!」

「はぁ……貴方に割く時間は勿体ないですね。プリズデータ大国での交渉もこのままでは上手く行かないでしょうし――早々に退散するとしましょうか」


 そう言ったヴィリアティリア女王は畳まれた扇子でラグバルドの大剣を薙ぎ払い後退すると、体勢を崩したラグバルドへ目掛けて魔力を解放し始めました。


「――”風よ、我が声に応えその姿を現したまえ”」

「ッ……まずい事になりました!! 周囲の人々の避難を!!」


 ヴィリアティリア女王が詠唱を始めた直後、荒れ狂う風が巻き起こりその規模がどんどん広がって行くのが分かります。その風の危険性を直ぐに理解したアリーシャ様が他のメイド部隊の方々に対して見守って居た人々の避難誘導を命じますが、到底間に合うとは思えません……。


 避難誘導を命じた後、アリーシャ様は直ぐに次の行動へと移り、手に持っていたナイフをヴィリアティリア女王へ向かって投げつけました。

 国際問題に発展しうる行動ではありますが、先にプリズデータ大国の王都へ多大なる被害を及ぼす可能性がある魔法を発動させたのはヴィリアティリア女王です。いざという時には私が証言いたしましょう。

 しかし、アリーシャ様の投擲したナイフは黄金色の扇子に弾かれてしまいます。


「ルネ、私はここに居りますのでアリーシャ様の援護を」

「はっ!!」


 その光景を見た私は直ぐにルネへそう命令しました。

 ルネもこの状況を不味いと思っていたのか、躊躇う事無くアリーシャ様と共にナイフや遠距離から放つことのできる魔法を駆使してヴィリアティリア女王の発動させた魔法の邪魔をし続けます。


 ……その選択が、私の運命を変えてしまったのでしょう。


「……”自由を愛する風よ、我が声に応じてその流れを変えたまえ”」

「「ッ!?!?」」

「あっ……」


 それは一瞬の出来事でした。

 ラグバルドへ向けられていた筈の荒れ狂う風が、その向きを変えて私の方へと向かってきたのです。恐らく、二人が私を守っている事を理解した上での攻撃なのでしょう。

 私の前方にはアリーシャ様とルネが居たのですが、荒れ狂う風は操られているかの様に二人の上空を移動し……降り注ぐ様な形で私を襲い始めたのです。


「…………」


 もとはと言えば、これは私が蒔いた種。

 自分勝手な正義を振りかざした結果が、このような結末だったと言う事ですね。

 それならば、その結果を甘んじて受け入れましょう。


「シーラネル様!!」

「駄目です、ルタット様!! 間に合いません!!」


 嗚呼、ルネ……ごめんなさい。


 泣きそうな顔をした彼女の姿を見て、私は申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 思えば、彼女の人生は私に縛られてばかりでしたね……これで私が亡くなる事になったら、ルネにはもっと年相応の女の子として生きて欲しいものです。


 上空から降り注ぐ暴風が、もう目の前に迫っています。

 確実に殺すつもりなのか、その規模は縮小され風の乱れは更に増していました。


 ……私が標的になった事で、この王都への被害が最小限になった様で安心しました。


 自分の死を理解した私は、ゆっくりと世界との別れを覚悟して瞳を閉じます。

 ルネが叫んでいるのが聞こえていましたが、徐々に風の音が強くなっていってその叫びも聞こえなくなってしまいました。


 私の我が儘の結果です。

 仕方がない事なのでしょう。

 だから、私は私の死を受け入れます。


 ただ……。


 もし、願いが叶うのであれば……。




 ”――間に合って良かった……君を助けに来たよ”




 あの方に……もう一度だけ、会いたかったな……。


























「――”術式破壊”」

「…………え?」


 誰のか分からない、聞いたことのない声です。

 その声が聞こえたかと思った瞬間、ガラスが割れる様な音が周囲に響き荒れ狂う風の音は止みました。


「……どなたでしょうか?」


 風が止み、静かになった耳にヴィリアティリア女王の声が聞こえてきます。

 その声は何処か不満げであり、刺々しいものに聞こえました。


 そう感じたのと同時に、私は前方に人の気配がする事に気づきます。


 私の前に……誰かが立って居る?


 閉じていた瞳をゆっくりと開き、私は別れを覚悟した世界との再会を果たしました。


 開いた瞳で見た景色は焦げ茶色が広がる世界。

 状況が飲み込めて来て直ぐに、それが私を守る様に立つ誰かのローブの色である事を理解します。


「あ、あの……あなたは一体……」

「……わ、我は、ただの旅人だ」


 声は低めでしたが、男性か女性かは分かりませんでした。とても不思議です。


 ですが、怖いとは思いませんでした。


 私の前に立つその方の背中は――私がお慕いする”漆黒の英雄”の背中にとても似ている様に見えたのです。













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 【作者からの一言】


 突如として現れたローブの人……い、一体ダレナンダ……!!


 あ、次回からは藍くん視点へ戻ります。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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