第307話 プリズデータ大国 三日目(午後)⑥





 ――ラン様の捜索を開始して、かれこれ数時間が経過しています。


 しかし、未だにラン様の発見には至らず、一番可能性が高いと言われていた商業地区にも居ませんでした。


「シーラネル様」


 商業地区から戻って来て直ぐ、私が中央広場の隅に立っていると正面から私を呼ぶ声が聞こえてきます。

 その声に顔を上げると、そこには私の従者であるルネ――コルネ・ルタット――の姿がありました。

 中央広場に戻ってきたは良いのですが、並ぶように立っている人混みが出来ている事が気になり、ルネに確認してもらっていたのです。


「ルネ、どうでしたか?」

「どうやらこの列の原因は、転生者であるミナト・カシワギ様が経営している製菓店の出張店が影響している様ですね」

「まあ! 我が国で大変人気のあると言うあのお店の?」


 カシワギ様はエルヴィス大国において有名な御方です。彼がこの世界へ転生して来たのは私がまだ幼い頃の事であり、偶然にもエルヴィス大国の王都前で倒れていた所を我が国の騎士団が見つけて保護したのだとお父様から聞きました。


 目が覚めた直後のカシワギ様は酷く混乱しておいでだったようで、彼が転生者であると知ったお父様は天涯孤独も同然であるその境遇に同情し、彼が自立できるまでは騎士団の宿舎で面倒を見つつ、この世界の常識を教える為の教師を付けました。

 そうして王宮の敷地内で生活を始めたカシワギ様は、徐々にその心を癒して行き一年足らずで自立できるまでに回復した様です。

 カシワギ様は『どこの馬の骨かも分からない自分を拾ってくれた国王様には感謝しかありません』と何度も感謝の言葉を述べていた様で、王宮を出た後もエルヴィスの王都で暮らし続けて居て、それは現在まで続いています。


 カシワギ様はこの世界へ転生する前はお料理を学んでいた様で、特に製菓類に関してはご両親から厳しく指導されていたと聞いています。ご両親からの指導はとても厳しかった様ですが、それでも製菓類を作るのがカシワギ様はお好きな様で、王宮を後にしてからは製菓職人として修業を続け、開業した製菓店が有名になった今でもお好きな製菓類を作り続けている様です。


 私は覚えていないのですが、小さい頃は良く遊び相手になって貰っていた様で……お恥ずかしい話なんですが、たまに王宮へいらっしゃるカシワギ様に『あの時は王女殿下に怪我をさせてしまったらと肝が冷えた物です』と良く揶揄われます。


 ……死祀の事件があった際は一時期売り上げが傾き大変だった様ですが、カシワギ様は私が攫われるよりも前にお父様へ転生者の方々の怪しい行動について報告してくださいました。そんなカシワギ様を私もお父様も非難するつもりはありません。


 あれは一部の転生者の方々が暴走してしまっただけであり、カシワギ様には何の罪も無いのですから。


 私が救出された後に額を床に打ち付けながら謝罪してくださったカシワギ様に言った言葉です。

 当然ながらお父様もカシワギ様を罰する事は無く、寧ろ残された転生者の方々が迫害されない様に今日まで尽力してきました。

 その成果としてカシワギ様の製菓店は売り上げを徐々に戻して行き、以前と同様の賑わいを取り戻したようです。


 お父様宛てに届いた感謝状にそう書いてありました。新作だと言う”蒸しプリン”はとても美味しかったです。


 しかし、そうですか……エルヴィス大国だけではなく、離れた大国にまでその販売経路を伸ばせるようになったのには驚きましたね。

 実際にこうして目に見える形でカシワギ様の製菓店が繁盛しているのが分かるのは、なんだか嬉しいものです。 


「オーナーであるミナト・カシワギ様はいらっしゃらない様ですが、王都の本店で働いていた従業員が数名居ますね」

「あら、そうなのですか」


 カシワギ様がご不在なのは残念ですが、本店での業務がありますから仕方が無いですね。ですが、本店で働いていた方達がいらっしゃっているのなら顔見知りの方を居るかもしれません。


「ルネ、出来ればご挨拶に伺いたいのですが……」

「お買い上げにならなくて良いのですか? 私が在庫を残して頂ける様にお伝えして来ます」

「皆さんが並んでいらっしゃるのに、いきなり訪れた私が横から奪う様な真似は出来ませんよ。それに、私は国へ戻れば食べられますから、今回は労いのご挨拶だけさせていただければそれで大丈夫です」

「承知しました、シーラネル様」


 ルネは私の事を思って言ってくれたのでしょうけど、他所様の国で恥ずべき行動は控えるべきです。た、確かにカシワギ様の製菓は美味しいので、食べたいとは思いますが……今回のお客様はあくまでこの国の方々であり、私では無いのです。

 カシワギ様としても、まだ食べて頂けていない新規の皆様に食べて欲しいと思っていらっしゃるでしょう。ならば私がすべき事は、従業員の方々を労い今日の盛況ぶりをカシワギ様にお伝えする事です。


 改めてそう思った私は、ルネの案内に従い一旦行列とは反対側へと噴水を大回りして出張店の裏方へと向かいました。流石に堂々と行列の前を歩いて行くのはお客様のご迷惑ですからね。


「エッ!? シーラネル様!?」

「「「「ええっ!?」」」」

「突然の訪問、申し訳ございません」


 ローブのフードを外して裏方へ近づいて行くと、注文を頂いたと思われる製菓類を梱包していた男性と目が合い、残りの従業員の方々も最初に目が合った男性の驚いた声を聞いて私の方へ顔を向けて驚きの声を上げてしまいました。

 これでは、折角目立たない様に裏から入った意味がありませんね……店頭近くに立っているお客様も私の方を見て困惑している様子です。


「驚かせてしまった事、重ねてお詫び致します。ですがどうか、私の事はお気になさらず作業を進めてください」

「はっ……そうだった!! みんな、作業に戻ってくれ!!」

「「「「は、はい!!」」」」


 製菓の梱包をしていた男性の掛け声で、従業員の方々は慌てた様にお客様への対応を再開しました。

 そして、男性は梱包作業を終わらせると他の従業員の方に一時的に自分の仕事を任せた様で、手が空いて直ぐに男性が私達の元へ駆けつけその場に跪こうとします。

 そんな彼の行動を、私は慌てて止めました。


「ここはエルヴィス大国では無いのです。跪く事はありませんよ」

「し、しかし……」

「どうか楽にしてください。オーナーであるカシワギ様とお父様は知人であり、私も仲良くさせて頂いていますから」


 そこまで言うと、ようやく男性は折り曲げた膝を伸ばし立ち上がってくれました。

 王女という立場である以上、これは私の背負う宿命ではありますが……もう少し肩の力を抜いた関係でありたいものです。


 そこから従業員の男性と少しだけ話をしていたのですが、何やら店頭が騒がしい事に気がついて私達三人は直ぐに会話を中断して店頭へと向かいました。


 一応フードを被り直しながら向かい辿り着いた私達の前に広がる光景は……とても衝撃的なものだったのです。


「クソガキが!!」

「危ない!!」

『きゃあああ!!』


 獣人の男性が行列の先頭に立って居た男の子を口汚く罵り、その大きな腕を男の子に向かって振り下ろします。しかし、振り下ろされた拳が男の子へと届く前に二人を仲裁しようとしていたのか二人の直ぐ近くに居た従業員の若い男性が男の子の前へと立ちはだかり、男の子の代わりに殴られていました。

 その光景を見たお客様達が悲鳴を上げる中、殴られた若い男性はその場に倒れてしまいます。


「ルネ、直ぐに治療を!!」

「はいっ!」

「……店の代表の者です。一体何があったのかご説明願いませんか?」


 私とルネが倒れた若い男性の元へと向かう間に、私達と一緒に居た代表だと言う男性が獣人の男性に話を聞こうと声を掛けます。

 獣人の男性は身長も高く体格も大きいのに、代表の男性はその怒りを隠すことなく獣人の男性の前に立ちはだかっていました。


「あ? 俺様がてめぇの店の食いもんを買ってやろうと思ったら、そこのクソガキが図々しくも俺様に向かって生意気な事を言ってきやがったんだよ。だからお灸をすえてやろうと思ったんだが……邪魔しやがって」

「邪魔……ですか」


 代表の男性は獣人の男性の話を聞いてその拳を力強く握りしめていました。きっと、獣人の男性の発言に怒りが込み上げているのだと思います。

 ……私も、同じ思いですから。


「うっ……」

「大丈夫ですか!?」

「は、はい……」

「良かった……ルネ、状況は?」


 ”回復魔法”を掛け終えたルネは直ぐに男の子の方へと足を進めて情報収集へ向かっていました。そんなルネが戻ったのを確認した私は早速何があったのかを聞き出します。

 私の声に一礼したルネは右隣へと腰を落とし聞き出した情報についてわかり易く教えてくれました。


「どうやらあの獣人が列の先頭へと割り込んできたようですね。庇われた子供が買おうとしていた直ぐ目の前で割り込んで来たので子供が注意をした様ですが……」

「それに逆上して、殴ったという訳ですか……」

「そちらの方の仰る通りです。私が気づいた時には既に獣人のお客様がお怒りになっていて、このままでは危ないと思ったらつい体が動いていました」


 若い男性は苦笑を浮かべながらもそう語ります。

 私はそんな若い男性の勇気を称賛した後、先程からお礼を言いたそうにしている男の子の方へ向かうように若い男性に言いました。


 そうして、若い男性が男の子の方へと向かって行ったのを確認してから私は代表である男性の隣に立ち、間に入ります。


「――話は全てお伺いしました」

「あ、なんだてめぇは?」


 私がフードを被っていたからでしょう。どこの誰かも分からない私がいきなり話し掛けて来た事で、獣人の男性は不愉快そうな顔をして私を見下ろしてきます。

 これは、普通の女性でしたら怯えてしまっていたかもしれませんね。

 まあ、もっと恐ろしい目に遭った事のある私にとっては特に気にもなりませんが。


「失礼しました。私の名前はシーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィス。エルヴィス大国の国王――ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスの娘の一人です」


 被っていたフードを外して自己紹介をすると、お客様達の方からざわついた声が上がりました。

 一方、獣人の男性はと言うと一瞬だけ驚いた素振りは見せましたが、直ぐにその表情を不愉快そうな顔へと戻し、舌打ちをします。


「チッ……めんどくせぇ」

「……話は男の子や殴られた従業員の方から聞きました。列に並ぶこともなく横入りをした貴方が、男の子に注意された途端に逆上して更には暴力を振るおうとしていたと」

「あ? だったらなんだよ?」

「……非常識だとは思わないのですか? 皆様の迷惑も考えず楽をしようとするその浅慮な考え、しまいには注意されたと言うだけで小さな子供に手を上げる愚かさ――恥ずべき行為です!!」

「ああッ!?」


 私が叱責をすると、獣人の男性は威圧の様なものを私へと向けて放ちました。先程までとは違う重圧を体に感じますが……それでも、先生――レヴィラ・ノーゼラート様から受けた本気の威圧に比べれば些細なものです。

 ですが、私が威圧を受けた事で従者であるルネ、それに遠くから私達を見守って下さっていたと言うユミラス様の眷属であるメイド部隊の五名が私と獣人の男性の間へと立ち私を守る様にして現れました。


「はっ!! 王女様ってのは臆病者だなぁ? こんだけ守られねぇと俺様に文句の一つも言えねぇなんてよぉ?」


 護衛の存在を確認した獣人の男性が、ここぞとばかりに煽り口調で話してきますが私は特に気にせず獣人の男性の恥ずべき行為について叱責します。


「そうですね。私はこれでも王女と言う立場の人間ですから。なんでも暴力で解決しようとする野蛮な方を前にする際にはどうしても護衛は必要なのです」

「てめぇ……調子に乗ってんじゃねぇぞ卑怯者がぁ!!」

「狡をした貴方にだけは言われたくありませんね。お店と殴られた従業員の方への謝罪をなさい」


 その表情に怒りを見せる獣人の男性が声を荒げますが、私は冷静に言葉を紡ぎ謝罪を要求します。


「あ? なんで俺様が謝罪なんかしなきゃいけねぇんだよ!!」

「ですから、そもそも貴方が狡をした事が原因ではないですか!! ちゃんと謝罪をするべきです!!」

「うるせぇなぁ、なんで俺様がこんな列に並ばなきゃいけねぇんだよ? 俺様の言うことを聞いて大人しく食いもんを寄越してりゃあ、そいつも怪我することは無かったんじゃねぇか?」

「それがルールであり、お客である私たちが守らねばならない事なのです! それが理解できないのであれば大人しく立ち去れば良いのです!! 貴方のしでかした事はただの暴力であり、許されるべき行為ではありません!! 最低です!!」

「あ? さっきから大人しくしてりゃあいい気になりやがって……女の癖に生意気なんだよ!!」


 一向に理解を示さない獣人の男性に対して、私も徐々にヒートアップしていくのが分かります。しかし、それでも私は許せません。

 ルネやメイド隊の皆様には申し訳ないと思いますが……それでも私は獣人の男性へと声を上げ続けました。


「性別など関係ありません!! 自分のしでかした愚かな行為を恥じなさい!!」

「ッ……もういい、あいつに言われて大人しくしてたが……もう我慢ならねぇ!! てめぇみたいな小娘が俺様に意見なんてしてんじゃねぇよ!! 徹底的に痛めつけてわからせてやる!!」

「シーラネル様、これ以上は危険です。どうかお下がりください」

「ッ……ごめんなさい、ルネ」


 遂に獣人の男性が怒りを爆発させたのでしょう。

 腰に携えていた大剣の柄を片手で握りその鋭利な刃を見せてきました。


 ……対話だけで解決する事が出来なかったのが、非常に残念です。









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 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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