第305話 プリズデータ大国 三日目(午後)④







 リィシアの後に続いて歩いていた俺達は、あっという間に門の前に辿り着いた。


 特に何の問題もなく門を抜けたら少し端へ寄り、リィシアが”女神の羽衣”を纏った所で門から真っ直ぐ伸びる道を歩く。

 どうやら門から少し先までは王城地区と呼ばれるエリアらしく、ユミラスの眷属しか暮らしていないのだとか。その為、しばらくの間は静かな街並みを眺めるだけだったのだが、やがて賑やかな声が聞こえ始めた。


 

 ふっ……ふふふ……王都……王都だ!!




「――お兄ちゃん、落ち着いて」

「え? あ、ごめんなさい……」


 静かな街並みから打って変わり、人々がそれぞれの目的を果たすべく歩いている姿を眺めて興奮していると、物凄くドライな声音でリィシアに注意された。


 いや、俺達三人は他の人には見えていない訳だから幾らはしゃいだって何の問題も無いと思うんだけど……え、右を見てみろ?


 俺が何かを言う前に、無言で俺の右側を指さすリィシア。そんなリィシアに首を傾げつつも右へ首を動かすと……そこには瞳を輝かせたファンカレアの姿があった。


「うわぁ……ひ、人がいっぱいですね!! あ、あれ見てください!! 噴水がちゃんと機能していますよ!! 寒いのにどうして水が凍らないんでしょうか!? あ、わかりました!! 温水です!! 魔石を使って常に温水が出る様にしているんです!! んん!? あの人が持っているのは何でしょう!? あ、よく見たらあっちの人も!! あ、あそこにも――」


 ファンカレアは人が多く行き交う光景を眺めていて終始興奮した様子だった。

 俺の右腕のローブを引っ張り明らかに話しかける様に話すファンカレアだが、俺が返事を返すのを待つことなく矢継ぎ早に話し続けている。


「……お兄ちゃんまでああなったら、ちょっと恥ずかしい」

「……ごめんなさい」


 一番子供らしい見た目をしているリィシアが一番大人でした。


「……お兄ちゃん?」


 あれ、口に出てたか!?

 左手に何かが強く触れている感覚があり目を向けると、目のハイライトを消したリィシアが俺の左手を抓っていた。


 とりあえずリィシアが怒っているのは明らかだったので、俺は素直にリィシアに謝罪をしてその後で興奮しっぱなしのファンカレアにも声を掛けた。

 リィシアはまだ膨れっ面ではあったが、俺が左手を差し出すと直ぐに手を握ってくれたので、それ程怒っている訳ではないと思う。


 問題はファンカレアの方で、幾ら俺が声を掛けようとも全く聞く耳を持たず目の前の光景に見惚れるばかりだった。

 俺はもう十分に堪能したので早く移動したいなと思わなくもないが、だからと言って目の前で子供みたいにはしゃいでいるファンカレアを無理やり止めるのは気が引ける。


 ファンカレアは今まで神界から世界を覗くだけで、実際に人が多い所には行けなかったのだ。そんな彼女からしてみれば、俺達にとっては当たり前……もしくは予想できる光景であったとしても特別なものに感じるのだろう。

 だからこそ俺はファンカレアに声を掛けるのを止めて、仕方が無いなと思いファンカレアが納得するまで待つことにした。


 これからもファンカレアとは長い付き合いになる。

 そして俺は今後とも、こうしてファンカレアと色々な場所を回って行きたい。

 新しい場所に行けばまたこうして驚いて興奮して目を輝かせるんだろうけど、きっと年月が経つにつれて”そんな事もあったね”って笑い合えるようになる日が来るだろう。


 そんな日が来ることを、今から楽しみにしている。




「――うるさい」

「ひゃっ!?!?」




 まあ、リィシアには関係のない事だよな……。


 数分くらい我慢した末に俺から離れてファンカレアの背後へ移動したリィシアは、紫色のウサギのぬいぐるみの耳を掴んでおおきく振りかぶると、ウサギのぬいぐるみでファンカレアの膝裏を叩いた。

 不意を突かれたからか、そこまで重さもないであろうぬいぐるみで叩かれただけなのに、ファンカレアは驚いて声を上げるとその場に尻もちをついてしまう。


「いたた……酷いです、リィシア」

「……いつまでもはしゃでるファンカレアが悪い」


 転ばされたファンカレアはゆっくりと立ち上がると背後に立つリィシアへと振り返り文句を言い始めた。

 しかし、リィシアはリィシアで早く移動したかったのか転ばせた事に関して謝る様子は無く、寧ろはしゃぎ過ぎだとファンカレアに注意していた。


 ……うん、見た目からして普通は逆だよね?


「うっ、た、確かにはしゃぎ過ぎたかなとは思いますが……」

「……だったら私に文句を言う前に反省する」

「うぅ……私のことを崇めていた筈のリィシアがぁ……何だか冷たいです……」


 いや、あなた女神だよね?

 それもかなり上位に位置する強さを持つ女神様だよね?


 女の子に冷たくされたからって泣くことはないんじゃないかな……。


 リィシアの言葉を受けて、ファンカレアは叱られた子供のように泣き始めた。


 流石にそろそろ間に入るか?

 まあ、いくらリィシアでも泣いている相手に対してこれ以上文句を言ったりは――


「……別に崇めた事なんて一度もない。敬うようにはしていたけど……それももうやめた」


 ――するんだ……。

 しかも割と辛辣な事をはっきりと……。

 でも、流石にこれは言い過ぎだと思う。


「コラコラコラ、言い過ぎだぞリィシア」

「……?」

「いや、なんで首傾げてるんだよ……見ろ、お前の発言で灰になりそうな女神様がここに居るんだぞ?」


 リィシアの頭に左手を載せて注意すると、リィシアは首を傾げて俺を見ていた。いまいち理解していない様子のリィシアに呆れつつも、俺は目の前に立つファンかレアを指さしてリィシアに言い聞かせる。


 指さした先に辛うじて立っていたファンカレアは、リィシアの一言がよほど効いたのか落ち込んだ様子でがっくりと肩を落としている。


「リィシアがなんでファンカレアに厳しいのかは正直分からないけど、流石に言い過ぎだったと思うぞ?」

「……どうして?」

「いや、どうしてって……。リィシアにとってファンカレアは偉い立場の女神様で――」


 そこまで口にした後、俺は不意に違和感を覚えた。

 そうして俺は今までのやり取りを思い出していき、リィシアとファンカレアの関係性についても改めて考える。


 そんな中で自分が不意に感じとった違和感について考えていくと……ある可能性を導き出す事が出来た。


 それは、神界で行われた初めてのクリスマスパーティーの時のこと。

 ファンカレアはその場に居た全員に対して確か……。


 "これからは身分など関係なく――の様に接して欲しいです"


 今思えばそれからだったかもしれない。


 ――リィシアがファンカレアの居る神界に一人で遊びに行く様になったのは。


「なあ、リィシア」

「……ん?」

「ファンカレアの事を、どう思ってるんだ?」


 俺がそう聞くと、リィシアは少し考える素振りを見せた後で淡々と答えてくれた。


「……世間知らず」

「うっ……」

「……天然」

「うぅ……」

「……たまにドジ」

「ぐすっ……ぐすっ……」


 ああ……三角座りで背中をこっちに向けていじけてる。


 これは質問のチョイスを失敗してしまったかもしれない。

 リィシアから次々と語られるその内容に、ファンカレアが精神的ダメージをくらい続けていた。


 ちょっとまずいかなと判断した俺がファンカレアの元へ向かおうと足を踏み出すと、それよりも早くリィシアがファンカレアの元へと歩いて行く。

 俺を通り過ぎて行った時のリィシアの表情は柔らかいものであり、そんなリィシアの姿を見た俺はもう少しだけ見守る事にした。


「……私よりも長生きなのに知らない事が多いから、子供みたい。でも――」


 そう言うと、リィシアはフード越しにファンカレアの頭にその小さな手を置いてゆっくりと動かし始める。


「――それも含めて……私はファンカレアが好きだよ」

「ッ……」


 リィシアの真っ直ぐな言葉を聞いてファンカレアは顔を上げるとパァっとその表情に花を咲かせるが、直ぐにその花を枯らせて疑う様な視線を送り始めた。


「で、でも、リィシアはもう私の事を敬っていないと……」

「……以前までのファンカレアなら、私はちゃんと敬い命令に従っていた。それは認める。私とファンカレアは……女神とその使徒の関係だったから。でも、今は違う。ファンカレアが言った”これからは身分など関係なく家族の様に接して欲しいです”って」

「あっ」

「……だから、私はファンカレアに対してもう敬う事をやめた。敬語で話す事をやめた。遠慮する事をやめた。我慢する事をやめた。尊敬する所もあるけど、全てじゃない。お願いは聞くけど、嫌な事は嫌だって言う。もう私とファンカレアは主従の関係じゃなくて、家族だから」

「リィシア……」


 リィシアが長々と話している姿は新鮮だった。

 でも、先程までとは違ってリィシアの考え方、ファンカレアに対する思いはしっかりと伝わった筈だ。

 リィシアの言葉を聞いたファンカレアが、嬉し泣きをしているのが何よりの証明だろう。


 その後は余程嬉しかったのかファンカレアがリィシアに抱き着き、そんなファンカレアにリィシアは恥ずかしそうにしている。

 言葉足らずなリィシアの発言で一時はどうなることかと思ったが、こうして丸く収まって一安心だ。


「……鬱陶しい」

「あうっ」


 ……仲、良いんだよね?


 こうして、ひとまず王都の中心地へと辿り着いた俺達は、リィシアの先導のもと王都で一番の賑わいを見せる場所である商業地区へと向かう事となった。


「~~♪」

「ファンカレア、嬉しそうだな」

「……浮かれ過ぎ」


 商業地区へと向かう最中、俺達はリィシアを中心にして並び歩き出す。

 リィシアの気持ちを聞いてご機嫌なファンカレアは鼻歌混じりにリィシアの右手を握り歩いていた。

 そんなファンカレアの姿を見てリィシアは溜息を吐いていたが、その口元には笑みを作っていて満更でもない様子で二人が更に仲良くなれた様で何よりだ。


「さあ! 王都観光は始まったばかりです! 今日はいっぱい楽しみましょう!!」


 満面の笑みで告げるファンカレアの言葉に頷いた後、中央広場に作られたアーチ状の出入り口をくぐり俺達は商業地区へと足を踏み入れた。













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