第304話 プリズデータ大国 三日目(午後)③
――闇の月19日の午後 王都~エルラス~
プリズテータ大国の王都は商業地区、住宅地区、宿泊地区、国営地区、王城地区、そして中央広場の計六つの区画が存在していて、王城へと続く門がある王城地区をてっぺんに右が住宅地区、左が国営地区、右下が商業地区、左下が宿泊地区という形でしっかりと分けられていた。
その中でも最も賑わいを見せているのが、王都の右下を占める商業地区である。
それは雪の降る今日でも変わりなく、商業地区にはローブを纏った人々が多く行きかっていた。
雪が降る事が多いプリズテータ大国で外に出歩く時は、基本的にフード付きのローブを纏う事が多い。住民が外に出る時は基本的に買い物をするのが目的である為、亜空間に入りきらなくなった荷物は両手に持たないといけないので傘をさす事は無いのだ。
ここまでの説明を聞いていて、何故雪が降る今日であっても商業地区は賑わいを見せているのか疑問に思った者も居るだろう。
それは、プリズデータ大国では雪が降ろうとも雨風が強かろうとも、出店を開くことが出来る画期的な魔道具が存在するからだ。
店舗とは違い外の天気に左右されがちな出店などに関しても、商業ギルドにキチンと申請していれば、雪や雨風を遮断する簡易結界の魔道具を遣わせてもらうことが出来る様になっている。使用料に関しても日数換算で売り上げから支払う事が出来る為、商人にとってはプリズデータ大国で商いをするのに必要不可欠な存在となっていた。
これは、ユミラスが”爆炎の魔女”――ロゼ・ル・ラヴァール――に依頼してその権利と作製方法を纏めて買い取った物である。
当然ロゼも、作製方法を記したメモごと買い取らせて貰いたいと言う旨は聞いていたので、アーシエルの援護もありある程度の魔道具制作の技術を持つ者なら作れる様に手を加えている。
そんな魔道具の存在も合って、王都の一画を担う商業地区では店舗エリアと出店エリアの二つに分けられて、それぞれが違った賑わいを見せていた。
「……ここが商業地区ですか、こんなに雪が降っているのに凄い人ですね」
「はい、我が国ではまず見れない光景です」
中央広場の右下辺りに作られた大きなアーチ状の出入り口。
アーチの一番高い所には横長の鉄製の看板が溶接されていて、そこには大きな文字で『商業区画』と書かれている。
商業地区への出入り口付近、人の流れを邪魔しない様に右端に寄りつつも頭を覆うフードが付いた白い生地に金の装飾が映えるローブを纏う少女――シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスはアーチ状の出入り口で行きかう人の流れを見てそんな言葉を漏らした。
そんなシーラネルの呟きを聞いていた従者――コルネ・ルタットは、シーラネルの纏うローブから金の装飾を取り除いた白いローブを纏い、浅く被ったフードの隙間から辺りを警戒するように観察しつつ、そう言葉を返す。
「シーラネル様、くれぐれも私の傍を離れないで下さい」
「ええ、勿論です。それが捜索に加わらせて頂ける条件ですから」
真剣な表情で自分を見つめて話すコルネに対して、シーラネルは柔らかな笑みを浮かべてそう答えた。
そもそもの発端は、今から少し前に遡る。
王城に作られた応接室にて、プリズデータ大国の二代目女王である"氷結の弟子"――ユミラス・アイズ・プリズデータから制空藍の滞在を聞いたシーラネルは、テーブルを挟んだ先に座っていたユミラスに詰め寄る様な形で『会いたいです!!』と告げた。
そんなシーラネルの熱量に若干気圧されつつあったユミラスであったが、そんな彼女の真っ直ぐな気持ちは自分にも理解出来る部分がある為、苦笑を浮かべつつも『確認を取る』と口にしてソファーから立ち上がった。
しかし、その直後に応接室の両開き扉が大きな音と共に開かれる。
いきなりの出来事に体を跳ねさせるシーラネルと、怪訝そうな顔をしたユミラスが見つめる扉の先には……"栄光の弟子"――レヴィラ・ノーゼラートが青い顔をして立っていた。
応接室の扉を勢いよく開いたレヴィラに驚くシーラネルを他所に、自国の王城の一室を無遠慮に開け放ったレヴィラに対して文句の一つでも口にしようとしたユミラスであったが、青い顔をしたレヴィラが放った一言で事態の緊急性を理解する事となる。
――――ランが別邸から脱走した。
レヴィラから放たれた事実にユミラスは動揺を隠すことが出来ず、シーラネルもまた想定外の事実に混乱する。
やっと会えると思った藍が居なくなったと言うのは理解出来たが、散歩でも外出でも無く”脱走した”と言われているその内容に、シーラネルは思わず『だ、脱走ですか?』と呟く。
シーラネルの言葉を受けてユミラスは今朝の出来事の全てを説明し、藍が現在ミラスティアの指示のもと自室で待機……所謂”軟禁状態”であった事を伝えた。
そしてそんなユミラスの説明を引き継ぐ形で、”軟禁状態”であった筈の藍が忽然と自室から姿を消していた事、それに気づいた使用人達が慌てて訓練場にやって来た事、訓練場に居たライナがすぐさま訓練の中止を表明し続けてアーシエルが藍の捜索準備を始める様に使用人達に命令した事がレヴィラによって伝えられていく。
事の経緯を説明するレヴィラもまた、師である”栄光の魔女”――フィオラ・ウル・エルヴィスから藍の捜索に協力するように命じられていた。レヴィラが応接室まで駆けつけたのはユミラスを連れて行くためだ。
レヴィラの話を聞いたユミラスは、あれほど大人しくしていて欲しいと伝えていた筈の藍が脱走した事実に溜息を吐くが、その表情は決して怒っている訳ではなく『これから大変ですね、ラン様』と呟いたユミラスは苦笑を浮かべながらもレヴィラからの要請に応えた。
早速藍の捜索に向かおうとしていたユミラスは使用人であるメイドの一人を呼び出すと、来客であるキリノとシーラネルには客室での待機を要請する旨を伝えて、この場に居るシーラネルを客室へ送り届ける事を頼んだ。
しかし、そんなユミラスの言葉を聞いていたシーラネルが待ったを掛ける。
レヴィラとユミラスの前でシーラネルは――全て自己責任のもと、藍の捜索に自分も向かう事を宣言したのだ。
当然の様に二人はシーラネルの申し出を突っぱねたのだがシーラネルの意思はとても固く、『例えここで無理やり客室に戻されても、一人で王都へと向かいます』と堂々と宣言する。
その後も何度か大人しくしている様に説得を試みる二人だったが、それでもシーラネルは探しに行くと言い続け、最終的には直ぐ側に護衛として従者でるあコルネ・ルタットを付ける事と、離れた所からユミラスの眷属達が常に監視する事を条件に、二人が折れる形でシーラネルの捜索隊への加入が許されたのだった。
そして現在、シーラネルとコルネは王都の商業地区を歩きつつ周囲を行きかう人々を眺めながら藍の捜索していた。
「――シーラネル様、出来るだけ一人を見つめる時間は短くお願いします。あまり見つめすぎると、相手によっては変に絡まれてしまいますので」
「ご、ごめんなさい、ルネ」
藍を捜索していたシーラネルはソワソワとした様子で行きかう人々を一人ずつ眺めて居た。しかし、中にはフードの先まで覗こうとするシーラネルに怪訝な表情を見せる者も存在し、その事に気づいたコルネがシーラネルに注意を促す。
コルネの話を聞いてシーラネルは自分が思っていたよりも見過ぎていたのだと自覚して、不注意であった事を素直に謝罪した。
「いいえ、私はシーラネル様を御守りする事しか出来ませんから。我々がラン様を探すにはシーラネル様の記憶だけが頼りです。注意は払いつつも、シーラネル様には引き続きラン様の捜索の方をお任せする事になってしまいますので、よろしくお願いします」
「はい。頼りにしていますよ、ルネ」
コルネからの言葉を受けて柔らかな笑みを浮かべたシーラネルは、コルネの傍へ一歩近づいて再び藍を探すことに専念する。
コルネは自分の指示には従いつつも何処か落ち着かない様子のシーラネルを見て苦笑を浮かべたのだった。
(果たして、ランと言う人物はどういった人なのだろう……これを機にシーラネル様がお慕いする相手を知れればいいのだが)
頭の中でそう思案するコルネであったが、少しするとすぐにその考えを捨て去り護衛に専念する。
そうして二人は商業地区を歩いて巡り、藍の捜索を続けていくのだった。
ちなみに、今回の騒動で動員された人数は合計で300名を超えている。
ミラスティアとグラファルトを筆頭にした森の家に住む9人とレヴィラとユミラス、シーラネルとコルネの4人に、ユミラスの眷属である戦闘部隊、メイド部隊が王城の警護として数人を残して次々とその人数を増やしていた。
各自が二人から三人の捜索班を組んで王都全体に広がる様に探し回っている。
そんな大騒動になっている事を知らない藍は、リィシアとファンカレアを連れて商業地区を散策中。
実は、メイド部隊の数名が藍達とすれ違っては居たのだが……”女神の羽衣”の効果で気づく事が出来ずそのままスルーしてしまっていた。
こうして、賑わいを見せる王都の裏では多くの人間が一人の人物を探す為に動き回っている。
そんな捜索隊の望みはただ一つ……何事も無く、制空藍が見つかる事だった。
「――ふぅ。ようやく辿り着きましたね」
だが、運命とは時に大衆の願いを裏切る事がある。
「――着いて早々に王城へ赴く必要はないでしょう。旅の疲れもあるでしょうし、少しお腹を満たしてからにしましょうか」
「ハッ……つまんねぇなぁ……」
世界を揺れ動かす事の出来る存在がプリズテータ大国の王都へ集うこの瞬間に――金狐種の獣人ともう一人。
「なんでったってこの俺様が、こんなつまんねぇ旅に同行しなくちゃいけねぇんだよ」
2mを超える巨体で金狐種の獣人に悪態を吐く銀色の尾を持つ獣人が、王都へと足を踏み入れていた。
「分かってはいると思いますが、勝手な行動は控える様にしてください。今回の目的はあくまで勧誘です。ただでさえ王都へ入る際にも警戒されていたのですから、問題を起こせば我々は直ぐに追い出されてしまいます」
「……へいへい、まぁ俺様は美味い飯が食えりゃあそれでいい」
鋭い双眸で銀色の尾を持つ獣人を見た金狐種の獣人は、その声音を低くして忠告する。そんな金狐種の獣人に気圧された銀色の尾を持つ獣人は面白くないと言わんばかりに鼻を鳴らすと、そう呟いてその鋭い嗅覚を頼りに商業地区へと向かい始める。
「ふぅ……念には念をと思い戦闘面で役に立つ護衛を連れてきましたが、失敗だったかもしれませんね。少なくとも、プリズデータ大国の女王陛下との交渉が決裂するまでは大人しくしていて欲しいのですが」
右手に持つ金色の扇子を開き、隠す事のない溜息を吐いた金狐種の獣人――クォン・ノルジュ・ヴィリアティリアは先を歩く銀色の尾を持つ獣人の後を追う。
ローブを纏う事無く歩く二人は周囲の注目を集めており、二人の登場によって王都はいつもとは少し違う賑わいを見せ始めていた。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
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