第303話 プリズテータ大国 三日目(午後)②





 ファンカレアと隠密行動をとっていた矢先の出来事。

 俺達の目の前に立つ”新緑の魔女”――リィシア・ラグラ・ヴィリアティリアは、”女神の羽衣”の効果によって完全に姿を消している筈の俺達を見つめてこう言ったのだ。



――なんで、無視するの? ……お兄ちゃんと、ファンカレアだよね?


 ……と。


 それは俺にとって予想外の展開であり、隣に立って居たファンカレアにとっても同じであった様子。

 二人してリィシアの言葉に驚愕している最中、再びリィシアがその瞳を潤ませながら話し始める。


「……二人とも、私の事が嫌いなの?」

「「そんな事ない(です)!!」」


 即答だった。

 それも二人同時に。


 もしも、気づかないフリをするのならば無視するのが一番の解決方法だっただろう。

 だが、そんなことが出来る程俺は冷酷には成り下がれなかった。

 リィシアは俺にとってかけがえのない家族であり、俺は家族にはなるべく誠実で居たいと思っている。少なくとも、相手を自分の意思で傷つける様な事は……出来ればしたくない。

 だからこそ、本当に悲しそうな顔をしたリィシアに思わず叫んでいたのだ。


 多分、ファンカレアも同じだと思う。


 ただ、さっきも言ったように”気づかないフリ”をするべきなのに返事をしてしまった俺達は自分達の首を自分達で絞めてしまっている。


「――やっぱり、二人だったんだ」

「「……あっ」」


 ほらね?

 あっという間にバレた。

 あれ、と言うか……どうなってるんだ?


(ど、どういうことだファンカレア!! 普通にバレてるんだけど!?)

(わ、分かりません……!! ”女神の羽衣”はちゃんと機能している筈です!!)

(じゃあ何でリィシアは俺達に気が付いたんだ!?)


 リィシアが頬を膨らませてこっちに近づいて来る間に、俺とファンカレアは念話を使って脳内で叫び続けていた。

 しかし、いくら叫んだところでリィシアにバレてしまった事実は変わらない。


 リィシアが俺達に触れられるくらいまで近づいて来たところで、俺とファンカレアはそれぞれ”女神の羽衣”に触れて、頭の中で”魔力感知阻害”以外の全ての効果を一時的に切る様に念じた。

 それでも、一応顔を隠す様にフードは深く被ったままにしてある。


 リィシアは俺達を見上げる様に見つめると、膨れっ面から嬉しそうな笑みに表情を変えて「顔が良く見えるようになった」と呟いた。


 いや、普通は俺達は見えない筈なんだよ……。


「えっと、リィシアは何をしてたんだ?」


 とりあえず、まずは当たり障りのない会話から始める事にする。ここで変にリィシアの機嫌を損ねればミラ達を呼ばれて王都に行く前に俺の人生が終わってしまう。

 それだけは何とか避けたかった。


「……散歩」

「そ、そうかぁ……散歩かぁ……楽しかったか?」

「……普通」

「…………」


 はい、会話が終了しました。

 誰か俺にコミュニケーション能力を分けてくれ!!


 普段は話し掛けられる事の方が多いから忘れてたけど、俺って日本では家族以外と関りを持たない様にしてたんだよな……その弊害がコミュニケーション能力の欠如な訳で……。


 そもそも、リィシアとの会話って自分達の思っている事を呟くだけで、いざ会話らしい会話をしようとすればさっきみたいな会話になってしまう。

 助けを求める様にファンカレアを見てみるが……駄目そう。なんかぎこちない笑みをリィシアに向けて黙ったままだ。


 しかし、このままという訳にはいかない。

 会話が終わった事で何も言わないままリィシアを帰してしまったら、折角死を覚悟してまで出向いて来た意味がなくなってしまうからだ。


 考えに考えた末、俺は遠回しに進めていく事を諦めて率直な疑問をリィシアにぶつける事にした。多分、リィシアにはそうやって接した方が一番伝わるし一番理解できると思ったから。


「それで、その……何で、俺達に気づくことが出来たんだ? もう気づかれてるようなものだからはっきり言うけど、俺とファンカレアはこのローブのお陰で誰からも見えない様になっていた筈なんだ。それなのに、リィシアはどうして気づけたんだ?」


 ローブを左手で指しながらリィシアにそう言った。

 俺の隣ではファンカレアが何度も頷きながらリィシアからの返事を待っている。

 そんな俺達の視線を受けても、リィシアは特に普段と変わらない様子で淡々と俺の言葉に返事を返すのだった。


「ん……? ……もしかして、気づいてない?」

「「な、何に(ですか)……?」」


 またファンカレアと被ってしまった。

 いや、なんか仲良し夫婦みたいでちょっと嬉しいかも……ってそんな甘々な事考えてる場合じゃない。


 ”気づいてない”と言うって事は、ファンカレアさえ気づかなかった穴があるって事だ。

 うーん……もしかしたら俺には理解できない内容なのかもしれないな。


 そうなったらあとはファンカレア頼みになると思うし、俺は聞き手に回って――





「――二人の周囲、精霊がいっぱい集まってる。そんなに精霊が集まるのは……お兄ちゃんとファンカレアの前だけ」

「……おい、ファンカレア。ちょっとお話しようか?」


 物凄く単純な理由じゃねぇか!!


 視線をリィシアから右へ向ければ、そこには青い顔をして汗をダラダラと垂らすファンカレアの姿がある。

 そこからはリィシアを間に挟みつつファンカレアの尋問を行う事となった。


「リィシア、とりあえずさっきまで俺達がどう映っていたのかを教えてくれ」

「……二人の姿は見えなかったけど、二人分の人型を作るくらいに精霊が集まってた。だから、お兄ちゃんが居ることは確定で、お兄ちゃんの次に精霊が集まるのはファンカレアしか思いつかなかった……だから、多分ファンカレアも居ると思ったの」


 え、そんなに寄って来てたの?

 そう言えば最近は”精霊眼”も使ってなかったな……うん、後で使ってみよう。


「それじゃあ、俺達の会話が聞こえてたのは? このローブには俺達が発生させる音を遮断する効果があるんだ。だけど、リィシアは俺達の声に反応してたよな?」

「……正しくは私には聞こえない。でも……精霊に仲介して貰って、お兄ちゃん達の会話の内容を教えて貰う事は出来る」


 ……なるほど。

 これもリィシアが精霊との相性がいいから出来る事なのかな。

 俺は精霊からは好かれてるみたいだけど、精霊を行使する事に関してはまだまだだからなぁ。

 前に”精霊眼”の応用で耳に魔力を集めたら、満員のライブ会場に居る様な感覚に襲われた。多分だけど、あれは俺が細かな調節を出来ていなかったのが原因で、リィシアはそういった細かな調節も容易くやってのけるんだと思う。

 精霊魔法を得意とするリィシアだから、俺達の存在に気づけた訳か。


 さて、原因はわかったな。


「……ファンカレア」

「は、はい!」

「とりあえず、精霊の対策もしっかりとしような?」

「……も、申し訳ございません」


 大丈夫、怒ってないよ。

 リィシアに会う寸前の会話が記憶の片隅へと消えただけだ。


 ファンカレア、相変わらずのドジっぷりである。天然でドジっ子って、創造神として問題は無いのかな? ちょっとこの世界の事が心配になってきたぞ……現在神界に居るであろうには、是非とも頑張っていただきたい。


 結局、この後ファンカレアは一旦神界へと戻り、"女神の羽衣"の調整をする事となった。まあ、精霊に関する対策を行うだけなので数分で終わるらしい。


 さて、"女神の羽衣"の問題は解決しそうだけど……リィシアはどうしようかな。












「お、お待たせしたした……」


 ファンカレアが神界へと戻ってから数分後。

 リィシアの指摘を受けて精霊が集まっている様子を見ていたらあっという間に時間が過ぎていた。


 いやぁ……凄かったよ、精霊。

 視認できる様に"精霊眼"を使ってみたけど、視界を覆い隠す程に精霊が居て驚いた。俺が幾ら「どいて」と言っても全く聞く耳持たないし、視界に映る精霊は全員鼻息荒くしてへばりついてたし、若干引いちゃったよ。


 でも、見兼ねたリィシアが「散って」って言ったら、ちゃんと言うこと聞いて散り散りになるんだよな。いや、若干不服そうにしているヤツらもいたけど。

 うむむ、俺とリィシアの違いは何なんだろう?


 そんな感じで時間を潰してたので、ファンカレアを待つのは退屈ではなかった。


「おかえり。もう大丈夫そう?」

「はい! しっかりと精霊対策を施してきました。あ、藍くんのにもしちゃいますね?」


 そう口にしたファンカレアが右手で俺のローブに触れると、ローブが一瞬だけ光ったように見えた。

 その光景は"精霊眼"を使用した状態で見ていたんだけど、俺の周囲を漂っていた精霊達がローブが光った直後まるで何かを探すような素振りをして森へと消えてしまう。


「どうやら、上手くいったようですね。光の眩しさで精霊達が目を塞いでくれたので、精霊達からすれば目を開けると藍くんが消えてしまった様に映るはずです。そして、藍くんが消えたことを知った精霊達はリィシアの側を漂うか、元いた場所へ戻るという訳です」

「確かに、俺やファンカレアに気づいている精霊は居ないな」

「……不思議」


 精霊が見えているリィシアも突如として俺から離れて行く精霊を見て驚いていた。


 そうして、俺達は無事誰にも気づかれる事のない移動手段を手にした訳だが……。


「…………」

「「……」」


 うん、凄い見てる。

 さっきからリィシアが俺達のローブを物欲しそうな目で見ている。

 チラリとファンカレアへ視線を向けると、どうやら彼女もその事を理解している様で苦笑を浮かべて「どうしましょうか?」と言った感じに俺を見ていた。


 いや、どするもこうするも……答えは一つしかないよね?


 そう思い俺が念話でファンカレアに確認を取ると、ファンカレアもまた予想通りの内容だったのか準備をしてくれていた様だ。

 念話を切る直前に『本当は二人っきりが良かったんですけどね』と不貞腐れた様に言って来たが、そもそもはファンカレアのミスが生んだ結果なので諦めて欲しい。でも、今度は夫婦水入らずでデートをするとちゃんと約束しておいた。


 そして、話が纏まったところでファンカレアがその両手に折り畳まれた焦げ茶色のローブを出現させる。

 そう……俺とファンカレアが纏っている”女神の羽衣”だ。


「ッ!!」


 おー、見てる見てる。

 キラキラと輝かせた瞳でファンカレアの持つ”女神の羽衣”をガンミしている。


「えっと、リィシアも一緒に――「行く」――うん。それで、お願いがあるんだけど――「絶対に密告しない。怒られる時は一緒」――ありがとう。ファンカレア……渡してあげて」

「は、はい」


 この返答の早さ……さては置いて行ったりしたら即刻ミラに密告するつもりだったな?


 手に持っていたぬいぐるみを一旦亜空間へとしまって、ファンカレアからローブを受け取ったリィシアは満面の笑みでローブを抱きしめる。

 どうやらリィシア様にサイズを調整していたらしく、ファンカレアの準備の良さにちょっと感心した。……別にいつもこうならとか思ってないよ?


 そうしてリィシアは自分の体に合ったサイズであるローブを纏おうとして……不意に手を止め、再びローブを畳み亜空間へと放りこんだ。


 あれ?


「リィシア?」

「……王都に行くなら、門をくぐらないといけない。だから……私がわざと姿を見せた状態で門をくぐるから、お兄ちゃん達は私の後に続いて?」


 ぬいぐるみを取り出して胸元の辺りで抱き締めながら、リィシアは凛とした表情でそう言うと坂道を下り始めた。


 リィシアって時よりその見た目とは反した行動と表情をするんだよな。


「――あっ!! それもそうですね! 門の事なんてすっかり忘れてました!」

「…………」


 うん……大丈夫、それもファンカレアの魅力だよ。


 こうして見た目と中身が反する二人の様子を眺めつつも、俺は後に続く様に歩き始めるのだった。












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 【作者からの一言】


 という訳で、リィシアも参戦して三人での観光となります!!

 が、忘れてはいけないのは王城・別邸に居る他の女性陣の事……果たして、無事王都観光を終わらせられるのか!?


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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