第302話 プリズテータ大国 三日目(午後)①





――闇の月19日の昼前。


 ファンカレアとの再会からかれこれ30分が経過した現在、俺はファンカレアと一緒に別邸を出て王都へと繋がる坂道を下っていた。


「うふ、うふふ、えへへっ」

「………」


 俺の右隣には焦げ茶色のローブを羽織ったファンカレアが恍惚とした表情を頭から被っているフードの隙間から覗かせて、時より喜んでいるのか変な声が漏れ出ている。

 あ、ちなみに俺もファンカレアと同じローブを纏っています。


「それにしても……本当に気づかれなかったな」

「当然です! その為に用意した"女神の羽衣"なんですからっ」


 別邸から坂道までの道中で、俺達に気づいた者は誰一人居なかった。

 部屋を出て一階に降りた時に気づいたんだけど、玄関付近に知らない使用人さんが三人くらい巡回していて、会話を盗み聞いた感じだと、どうやら俺の逃亡対策として用意された人員らしい。うん、十中八九ミラの仕業だな……。


 そんな訳で、一階まで降りてきたは良いものの流石にバレるんじゃないかなと思ったら……そんなことは無かった。

 両開きの扉を開けて普通に出てきたけど、特に監視の三人が気づく様子は無く、扉がしまった音に気づいた一人が扉を開けて外を覗きに来たけど、特に騒ぐ様子は無くそのまま別邸の中に戻って行った。


 そうした経緯もあって、ファンカレアから貰った焦げ茶色のローブ――女神の羽衣――の性能は認めざるを得ない。これは本当に凄いローブだ。





 ――時は30分程前に遡る。


 突如として"女神の羽衣"なるローブを纏い現れたファンカレアは、満面の笑みを浮かべて『助けに来ました!』と言った。


 すっかり忘れてたけど、一度【女神召喚】で呼び出したことのあるファンカレアは、黒椿みたいに俺のスキルを介せば自由にフィエリティーゼに来れるのだ。流石に時と場所は考えてはいるようだけど、それでも今回の登場にはちょっと驚いたな。


 そうしてファンカレアの話を聞けば、どうやら俺がプリズデータ大国へと向かう前にファンカレアの居る神界へ報告に行った時、『タイミングを見て私も行きますから』と言ったのは冗談では無かったらしい。


 しかしながら、ただ遊びに来ただけでは怒られるというのもファンカレアは理解しており、ならば俺が困っているタイミングを見計らって助ける形で訪れれば良いのでは? と考えついた様だ。


 そうして訪れたチャンスというのが今日であり、急いで"女神の羽衣"を創造したファンカレアは意気揚々と俺の所へやって来たという事だった。


 ……最初はやんわりと断りましたよ?


 まず、ファンカレアがプリズデータ大国に来ていること自体が問題だろうし、そもそも"女神の羽衣"を使ったとしても俺が別邸から居なくなっちゃったらその時点でお説教は確定だからね。


 そんなことになったらレヴィラじゃないけど泣く自信あるもん。あの女性陣から矢継ぎ早にまくし立てられる恐怖は実際に体験しないと理解できないと思う……ちょっとトラウマになるレベル。


 だから俺はファンカレアにやんわりと『うーん……今日はやめておこうかなぁ〜』って言って断ったんだ。

 でも、ご存知の通り俺はいまファンカレアと一緒に別邸を抜け出している訳で……。


 ええ、そうです。

 断った瞬間に泣きそうな顔で『そう、ですか……藍くんとお出掛けしたかったですが、しょうがない、ですね……』と言うファカレアに罪悪感を覚えてしまい、結局は抜け出してしまいました。

 俺には女の子を……それも愛する妻を泣かせる選択をする事は出来ない!!


 その結果、例え怒りの形相をした女性陣に責められようとも……終わったな、俺の人生。冥土の土産に王都観光を楽しもう。





 とまあ、そんな冗談はさておき(いや、本当に怒られはするんだけど)。

 そんなやり取りをした上で現在に至る。

 "女神の羽衣"についてはファンカレアが複製してくれたものを受け取ってその使い方や効果について説明を受けた。


 "女神の羽衣"は、言ってしまえば自身の存在を様々な形で消す事が出来る隠密装備だ。

 身につけた瞬間に体内の魔力を勝手に消費してローブに備わっている様々な能力が発動する仕組みであり、例えば今なら"視認阻害"、"反響阻害"、"魔力感知阻害"、"音声阻害"、"認識阻害"の計五つが発動している。


 "視認阻害"は、周囲から自分の姿が見えなくなる効果で、ぶつかってしまったとしても気づかれることは無い。


 "反響阻害"は、自分が発生させる音を全て遮断することが出来る能力で、足音から話し声まで幅広く調整が出来る。"視認阻害"を使っている時は同時に発動させておいた方がいい能力だ。


 "魔力感知阻害"は、自身から漏れ出ている魔力を感知されないようにする能力であり、仮にスキルによってこちらの魔力を辿ろうとしても弾く事が出来る様になっている。


 "音声阻害"は、自身の声を特定されないように出来る能力で、その声は第三者が聞いたとしても印象に残りづらい声として認識されるようになるらしい。これによって俺は最初、ローブを纏っているのがファンカレアだと気づけなかった。


 最後は"認識阻害"。これに関しては"認識阻害魔法"と殆ど変わらないけど、その効果は上位互換と言ってもいいほどに優れているようだ。ファンカレアの話ではミラ達"六色の魔女"であっても"認識阻害"が発動した状態では俺に気づけないらしい。王都の様な人が行き交う場所では尚更見つけるのは不可能に近いという事だ。


 紹介した五つの能力が発動するのが"女神の羽衣"であり、その効果は使用人さん達で立証済み。これなら割とゆっくり観光が出来そうだ。

 まあ、みんなに迷惑をかける訳にはいかないから短い時間になるだろうけど。


 ちなみに"女神の羽衣"を着た者同士なら相手の"女神の羽衣"の効果は影響しない。

 これのおかげでお互いローブを纏っているの状態の俺達はいつも通りに会話が出来ているのだ。


「……ふと疑問に思ったんだけど」

「なんでしょう?」

「この"女神の羽衣"をもっと昔に作っていれば、ファンカレアは気兼ねがなくフィエリティーゼを訪れる事が出来てたんじゃないか?」


 それこそ、俺が居なかったとしても"女神の羽衣"さえあれば問題ない。誰よりも世界との交流を望んでいたファンカレアが気づかないはずはないと思うんだが……。


「……実は、"女神の羽衣"に似た道具を創造しようとした事は何度もあったんです。ですが――当時の私では創造する事が出来ませんでした」

「作れなかった……?」

「恐らくですが、当時の私では魔力制御と"創世"の力に対する理解力が足りなかったんだと思います。当時の私は強くなる事を恐れて現状維持を望んでいましたから」


 強くなることで、今以上に人が離れて行くと考えたのかもしれない。

 孤独を嫌い、人との触れ合いに飢えていたファンカレアならありえそうな事だ。


「でも、今は違うんだ?」


 ファンカレアの口ぶりからして、多分今は強くなることを恐れてはいないのだろう。

 現に俺の質問を聞いたファンカレアは優し気に微笑みながらしっかりと頷いていた。


「はいっ! 藍くんも知っての通り、現在は黒椿と共に鍛錬を行っています。もう、強くなる事を恐れる理由はありません。それに……」


 そこで一度言葉を途切れさせると、ファンカレアは俺の傍まで近寄り、右腕に絡める様に両手を回し始めた。


「それに、強くならないと大切なモノを守れませんから」

「ファンカレア……」


 満面の笑みでそう答えるファンカレアに、自然と俺の顔を綻び始める。


 うん、俺も同じ気持ちだよ……。


 みんなを守る為なら、例え――――。








「――――お兄ちゃんと……ファンカレア?」

「「…………」」


 幸せムードで坂道の終わり付近に立って居ると、正面から可愛らしい少女の声が聞こえて来た。

 いや、というかおかしい……。

 いまの俺達は”女神の羽衣”の効果で誰にも気づかれない様になっている筈だ。だからこそ、俺達の目の前に居る小さな少女――リィシアがこっちを見て俺達の事を呼ぶのはあり得ない事なのだ。


 俺はゆっくりとリィシアに向けていた視線をファンカレアへと向ける。

 すると、視線の先に映るファンカレアは大きく目を見開き驚愕を露わにしていた。


「……なんで、無視するの? ……お兄ちゃんと、ファンカレアだよね?」


 俺とファンカレアが驚きのあまり無言でいると、リィシアは両手に抱えていたぬいぐるみをギュッ力を込めて抱きしめ始めて、悲しそうな表情をしながらそう言ってきた。


 あれぇ……? 話が違うぞぉ?














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 【作者からの一言】


 はい、ここでまさかのダークホース二号――リィシアさんの御登場です!

 ヒントとしましては、リィシアは他の人達よりも優れている能力があり、そして何よりもファンカレアさんがドジりました。

 次回は答え合わせから始まります!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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