第301話 プリズテータ大国 三日目⑤ ※少し長めです
王城の応接室にてシーラネルが泣きだしてから十数分が経過した現在、ようやく泣き止んだシーラネルはゆっくりとした動作で昼食を食べ始めていた。
その様子をほっとした様子で見守って居るユミラスの右隣には、王城の使用人であるメイドを統括するメイド長――ミザの姿がある。
事態の収拾がついた後、ミザが部屋を出ようとした瞬間シーラネルが絶望的な表情を浮かべていたからだ。
ちなみに、ミザに”シーラネルを泣かした”と誤解されていたユミラスだったが、必死の弁明によって何とかその誤解を解くことに成功していた。
しかし、ミザに弁明している時に素の状態であった事を思い出し、しかもその素の状態をシーラネルに見られている事に気づいたユミラスは自分の食事に手を付ける事無く、ぐったりとした様子でソファの背に体を預けていた。
尤も、シーラネルはパンを落としてしまった事に対する申し訳なさと、ユミラスへの恐怖心からそれどころではなかったので全く気づいていなかったが……それをユミラスは知らない。
「あ、あの……女王陛下はお召し上がりにならないのですか?」
小さな口で少しずつではあるが食事を摂れたシーラネルは少しだけ心にゆとりを持つことが出来た。
そうして目の前の状況にもようやく視野を向ける事が出来たシーラネルは、ユミラスが食事を摂ることなくソファにぐったりとしている姿を見てそんな疑問を口にする。
しかし、ユミラスはその問いに答える事無く黙ったままであり、そんなユミラスの代わりにミザが淡々と答えるのだった。
「シーラネル様、このお馬鹿さn……いえ、女王陛下の事はお気になさらないでください。直ぐに元に戻りますので」
「は、はぁ……そう、ですか(あれ、いま”お馬鹿”って……)」
ミザの話を聞いていたシーラネルは、自然な流れで主である筈のユミラスに対して”お馬鹿”と発言した事に対して戸惑いを見せるが、それを軽いノリで突っ込める余裕など現在のシーラネルは当然ないので、シーラネルはスルーする事に決めたのだった。
その後はシーラネルが食事を進めて行き、半分ほど食べ終えた所で回復したユミラスも食事を再開してミザを仲介するようにして三人で他愛もない話をしていく。
特に意味のない話題がほとんどではあったが、言葉のキャッチボールの効果は絶大であり二人が昼食を食べ終えた頃にはシーラネルも自然に笑みを溢せるようになるくらいにはユミラスに慣れて来ていた。
とはいえ、既に時刻は一時になろうかとしているのだが……まだ本題には入れていない。
「さて、お二方も大分お話が出来る様になったと思えますので、そろそろ私は仕事に戻らせて頂きますね?」
「うむ、助かったぞ」
「は、はい! ありがとうございました!」
二人分の空となった食器を纏めてトレーごとその両手に持ったミザは、二人からの感謝の言葉を聞いてから立ち上がり、応接室の扉を外で待機しているメイドに開けて貰うとユミラスとシーラネル方へと体を向き直し一礼してからその場を後にした。
そうして応接室の仲には再びユミラスとシーラネルの二人きりとなり、テーブルの上にはミザが置いて行ったティーセットが置かれているのみ。
幾分か話しやすくなったとはいえ、未だに緊張気味であるシーラネルはチラチラとユミラスの様子を伺う素振りを見せていた。
「シーラネルよ、そんなに気を張らなくても良いぞ?」
「も、申し訳ございません。女王陛下が私を害するとは思っていないのですが、どうしても体が勝手に震えてしまって……」
「そうか……どうやら我の魔力はお前との相性が悪いみたいだな」
「ま、魔力の相性……ですか?」
聞き慣れない言葉にシーラネルが首を傾げると、ユミラスは一度だけ頷いて話を続ける。
「偶にある事だ。知っているとは思うが、魔法を使える者には必ず魔力が流れている。その魔力の質は個々によって異なり、特例を除けば他者と一致することは有り得ない」
「それならば確かに学園の特別授業で習いました。特例と言うのは本体から分裂させた分体を生み出す魔物や、一卵性双生児の場合ですよね?」
「ああ。過去に魔女様方によって討伐された厄災の蛇に関しても、六色の魔力を宿しては居たが基となる魂の魔力自体は全て同じであるとされている。要は、生命は生まれた時から個別に認識が出来る魔力を宿していて、その魔力を対外へと放出するのに必要なのが六系統の魔力色という訳だ……いや、今は五系統だったな。スキルである五色の魔力色を媒介とする事で、初めて我らは魔法を使うことが出来る。我の場合は【青魔力】だな」
ユミラスは最後に自分の魔力色を呟くと右手の掌を上に向けて魔力を少しだけ解放する。すると深い蒼の魔力が出現しユミラスの掌の上で静かに光り揺らめいていた。
「……」
「ッ……」
「……やはり、間違いないようだな」
ユミラスが試す様に右手をシーラネルの方へと伸ばすと、シーラネルは見るからに怯えてしまう。
ユミラスが右手の魔力を霧散させるとシーラネルは怯えてしまった事に対して申し訳なさそうに顔を俯かせてしまうが、ユミラスにとってそれは予想通りの反応であった為、特に気にするそぶりは見せなかった。
「今ので分かったように、魔力色が加わったと言っても個々の魔力の性質はそのまま残っている。そして……個々の魔力には昔から相性と呼ばれるモノが存在すると言われているのだ」
「じゅ、授業ではそんなことは……」
「まあ、存在は確認されては居るものの稀ではあるからな。授業と言うのは基礎学習が主なものなんだろう? 魔力の研究者でもない限り知る機会すらない現象だ。知らなくても不思議ではない」
現在、シーラネルが通っている学園では主に魔法での戦い方や世界情勢などを中心に教えている為、魔力そのものの細かな知識まで教える事はない。レヴィラに関しても聞かれた事に関してはシーラネルが理解するまで説明してくれてはいたが、聞かれない事に関しては特に自分から教える事は無かったため、シーラネルが魔力には相性がある事を知らないのも当然の事だった。
「魔力の相性が悪いと自然と相性の悪い相手を拒絶するようになる。それは自分の意思とは関係のない防衛本能から起こる対応の為、お前がどれだけ注意していたとしても勝手に我を恐れてしまっているのだろう」
「そ、そうなのですか……」
「まあ、我の様に魔力には相性が存在する事を理解している者なら特に気を悪くすることは無い。だから、あまり気に病むな」
「ありがとうございます。女王陛下……」
ユミラスが優しく声を掛けると、まだ微かに体が震えてはいるもののシーラネルは硬くしていたその表情を和らげユミラスの気遣いに感謝を示す。
そんなシーラネルに「ユミラスで構わない」と返したユミラスはテーブルに置かれたカップを手に取り紅茶に口を付けた。
「よ、よろしいのですか?」
「ああ。シーラネルとはこれからも定期的に話をしていきたいと思っているからな。まあ、魔力の相性についても心配ない。しばらく交流を続けていれば自然と消える様な現象ではあるし……対策がない訳ではないから」
「それって……ッ!?!? あ、あれ?」
ユミラスの言葉の意味を聞こうとした瞬間、本当に一瞬ではあったがユミラスから漏れ出た魔力にあてられてシーラネルはその体を大きく震わせてします。反射的に瞳を閉じて恐怖から身を守る様に体を抱きしめるが、数秒もしない内に体の震えが収まった事に気が付く。
そうしてシーラネルは目を開いてユミラスの方を見るが、先程まで感じていた恐怖心が消え去っている事に驚いた。
「こ、これは一体……」
「【偽装】と”認識阻害魔法”の併用だ。【偽装】によって魔力の性質を偽り、”認識阻害魔法”によって魔力を感知しづらくする。公の場では魔力を消費し続ける方法だから出来ないが、今は二人だけで特に戦う訳でもないからな」
それは”氷結の魔女”アーシエルの弟子であるユミラスだから出来る方法であった。高度な魔力制御をその天才的な理解力で成し遂げたユミラスによる”認識阻害魔法”はアーシエルが絶賛するほどに長けていて、特殊スキルである【偽装】に関しても”認識阻害魔法”に似た毛色という理由から扱いには慣れていたのだ。
「わ、私の為にわざわざありがとうございます」
「気にするな。何度も言うが我はお前と話をしてみたかったからな。怯えたままでは会話も難しいと判断したまでだ」
「……そう言えば、父であるディルク王から聞きました。今回のプリズデータ大国への訪問に関して、ユミラス様が私の事をご指名されたと」
そう。
今回シーラネルがプリズデータ大国へと訪れる事となったのは他でもないユミラスからの指名があったからだ。
シーラネルは一度も会った事のないユミラスからの指名に困惑していたものの、折角の指名を断る訳にはいかないと判断して今回の訪問を受け入れる事にした。
シーラネルの言葉を聞いたユミラスは不敵な笑みを浮かべながら「そうだ」と話し始める。
「我はお前と話してみたかった――死祀と呼ばれる愚か者共に攫われてしまったお前を救った”漆黒の英雄”に関して」
「ッ!?!?」
シーラネルはその言葉に今日一番の驚きを見せる。
それもそうだ。死祀に関する事件は”栄光の魔女”であるフィオラによって秘匿を命じられていた内容である。
だからこそ、最後の五大国連盟会議にてディルクはその詳細については話すことなくフィオラから伝えられた事実を言葉を濁す形で締めくくったのだから。
だからこそ、シーラネルは分からなかった。
何故、ユミラスがその事実を知っているのか。
(まさか、既にエルヴィス大国の中枢にプリズデータ大国の者が紛れていた……? いいえ、だとしてもあの事件に関してはフィオラ様の指揮の元完全に情報統制が成されていた筈……)
動揺が隠せず、頭の中で必死に思考を重ねるシーラネルは再びその体を震わせ始めていた。しかし、それはユミラスの魔力にあてられた訳ではない。秘匿されている筈の情報をユミラスが知っていた事実に混乱して怯えていたのだ。
しかし、混乱していたからこそシーラネルは大事な事を忘れていた。
「そんなに驚かなくても良いだろう? 忘れたのか? 我はアーシェ様の弟子だぞ?」
「あっ……」
そう、シーラネルの目の前に居るユミラスはプリズデータ大国の女王である前に”六色の魔女”の一色――アーシエルの弟子なのだ。
「アーシェ様から事件の事は聞いている。そしてお前の身に起こった出来事に関しても。勿論その情報は外部には漏らしていない。知っているのは数少ない我の眷属だけであり、その眷属の全員に情報の秘匿を命じているから安心しろ」
「そ、そうですか……では、全てを知っているのですね?」
「ああ、そう言う事だ。だからこそ我はお前と話をしたかった」
そう口にしたユミラスは持っていたカップをテーブルに置くと、情報がエルヴィス大国から漏れた訳ではないと知り安堵しているシーラネルへと詰め寄る様にテーブルに両手をついて前のめりの体勢になる。
その深紅の瞳には期待と高揚が表れていた。
「当時の……お前を救った時の藍様の様子を、ずっと聞きたかったのだ!!」
「へっ!?」
「藍様はどの様な感じで現れたのだ!? やはり、一瞬にして相手を倒してしまったのか!? お前を助ける時にはどのようにして、そしてどんな言葉を投げ掛けてくれたのだ!?」
「ユ、ユミラス様!! お、落ち着いて――」
「落ち着いてなどいられるか!? 本当であれば直ぐにでもお前を招待したかったのに、昨今の情勢の変化に伴い安易に招待出来なかった我の気持ちを考えてみよ!! 藍様の事を知る数少ない人物が今ようやく我の目の前に居るのだぞ!? 我は、我は……はっ!!」
シーラネルを救った制空藍の話になった途端、暴走を始めてしまったユミラス。シーラネルはその豹変っぷりに混乱しつつも、ユミラスの赤くなった頬と話の内容を聞いて、ユミラスが藍の事をどう思っているのかを察した。そして、それが自分と同じ感情であることに嬉しさと焦りを同時に抱き、尚も暴走気味に話すユミラスをどうすればいいのか苦笑するしかない。
しかし、そんなシーラネルの悩みはユミラスが我に返った事で無事に解決を果たし、安堵の表情を浮かべたシーラネルはユミラスのギャップに思わず笑を零した。
「あ、あ、あのな? ち、違うんだ……」
「ふふふ、驚きました。ユミラス様はああいった面もお持ちなのですね」
「うっ……」
「ご安心ください。もちろん今回の件は家族にも口外しません。ですのでお聞きしたいのですが…………ユミラス様は、藍様をお慕いしているのですか?」
「なっ!?!?」
痴態を見られてしまったことで気まずさと恥ずかしさに苛まれていたユミラスだったが、シーラネルから発せられた最後の言葉にその顔を赤く染めあげる。
そして、言い逃れをしようと口を開くが、シーラネルの表情が真剣そのものである事を理解して、その口を一度閉じ意を決した様にもう一度開き始める。
「…………お、お慕いしている」
「……そうですか。そのお気持ちは、凄くわかります。ユミラス様は、藍様にお会いしたことは御座いますか?」
「あ、ある……お話もさせていただいた」
シーラネルの言葉を聞いて、ユミラスは赤くなった顔のままシーラネルの顔を見た。
そこにはユミラス程ではないにしても、微かに頬を赤らめるシーラネルの姿があり、その表情と話の内容でシーラネルもまた藍の事を好いているのだとユミラスは理解した。
「そうですか……羨ましいです」
「ん? シーラネルも会って話はしたのだろう?」
「……いいえ。私はお手紙や誕生日の日に一度、映像を記録する魔道具にてお祝いの言葉を頂いただけで、しっかりとこの口で感謝の言葉を伝えられていません。それに、死祀の者達に囚われていたところを救われた時も、疲弊しきっていた私はその現状をあまり理解出来ず、すぐに眠ってしまったのです。ですから、ちゃんとお会いして藍様とお話をしたことは無いんですよ」
そう語るシーラネルの表情が寂しそうで、ユミラスも釣られるように「そうだったのか」と呟いた後その表情を曇らせる。
ユミラスからすれば、藍に直接救われたことは大変羨ましい出来事であり、必ず印象深く残るものだと思っていたが……実際はそうではなかった。
印象には残っているものの、既に満身創痍であったシーラネルは救われたことに対する安堵感から直ぐに眠りについてしまったのだ。その為、気が付けばベッドの上であり当然その周囲には藍の姿はない。
シーラネルは藍へ感謝の言葉を直接告げることも出来ないまま、今日まで迎えてしまっていたのだ。
「今月の25日は会えるのでそこまで悲観的にはなっていません。ですが、やっぱり中々会う機会がないと言うのはどうしても寂しく思えてしまうのです……」
「…………そうか」
そうして、応接室には沈黙が訪れてしまう。
どれくらいの沈黙が続いただろうか?
数分は経過している沈黙を破ったのは、ぎこちない笑みを浮かべたシーラネルだった。
「あ、そ、そうです! ユミラス様も25日のお誕生日会にぜひいらして下さい!」
「わ、我が行っても良いのか?」
「もちろんです! 藍様の事を知っているユミラス様ならお父様も許可してくださると思いますし、こうして知り合えたのですから」
「…………」
そう語るシーラネルの表情は先程まで無理に作っていた笑みとは違うものだった。本当に心の底から自分の事を歓迎しているシーラネルを見て、ユミラスはしばらくの間思考を重ねる。
「あ、あの……」
そして、何かまずい事を言ってしまったのではと不安になったシーラネルが声を掛けた直後――ユミラスはある決断を頭の中で下してその口を開くのだった。
「ぜひ、参加させてもらう。当然、祝いの品も用意しよう」
「そ、そうですか! ありがとうございます! でも、あまりお祝いの品はお気になさらないでくださいね? ユミラス様がお祝いに来て下さるだけでも嬉しいですから」
「シーラネルはとても優しい性格をしているんだな……そんなお前に、我から提案があるのだが」
「はい、なんでしょう?」
ユミラスが祝いに来てくれる事を喜び、その顔を綻ばせるシーラネルははにかみながらもユミラスの言葉に首を傾げる。
そんなシーラネルの様子を微笑ましく見ていたユミラスは、シーラネルにとって予想外の言葉を語り掛けるのだった。
「――シーラネル……藍様に会わないか?」
「……え?」
「実はな――いま、この国に来ているのだ」
「………………ええっ!?!?」
その衝撃的な事実に、シーラネルは大きな声を上げてしまう。
シーラネルが恋焦がれ、ずっと待ち望んでいた相手――制空藍。
彼女にとって英雄とも言えるその青年は、同じ国に滞在していた。
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【作者からの一言】
とりあえず、これにて一旦午前の部は終わりです。
次は藍くん視点に戻るのですが……お気づきでしょうか? 現在、藍くんが出会っている人物について……。
次回からは午後の部です!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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