第300話 プリズデータ大国 三日目④
――時刻は藍がファンカレアと邂逅してから一時間が経過した昼の12時過ぎ。
プリズテータ大国の王城にて、ユミラスは予定よりもかなり遅れてしまった約束を果たすべく応接室にある長ソファの一つへと腰掛けていた。
ユミラスとテーブルを挟んだ先の長ソファにはヴォルトレーテ大国の第二王女であるキリノの姿があり、キリノ側のテーブル上にはトレーに置かれた空の食器が乗せられている。
それは予定よりも遅れてしまった結果お昼時になってしまった為、ユミラスが使用人であるメイドに運ばせたものだった。尚、ユミラスの前には食事は置かれていない。この後で直ぐにシーラネルとの会談があり、まだ昼食を摂っていないと言うシーラネルと共にしようと考えていたからだ。
「……では、やはりプリズデータ大国でも難民が増えているのですね?」
昼食を食べ終えたキリノが口元を用意されたナプキンで拭いながらユミラスに話し掛けた。
現在、二人が話していたのは近年増えつつあるラヴァール大国とヴィリアティリア大国からやって来る難民についてだった。
「そうだな。最早あの二つの国は大国と誇れるかも怪しいくらいに国という基盤が機能していないだろう。民を蔑ろにしていては、国が亡ぶだけだと言うのにな……」
「二大国は一体何を考えているのでしょうか……」
「分からない。ただ、各地で怪しい動きを見せているのは確かだ。ふっ……我の元にも同盟の話が来ていたぞ?」
「ッ!?」
ユミラスの発言を受けて、キリノは隠す事の出来なかった驚きをその顔に浮かべてしまう。
そんなキリノの表情が可笑しかったのか、ユミラスは亜空間から同じ物と思われる封蝋が付けられた手紙を複数枚出してテーブルの上――キリノの手前側――に投げ渡した。
「それが送られてきた手紙だ。差出人はヴィリアティリア大国、現国王――クォン・ノルジュ・ヴィリアティリアとなっている。周辺諸国を介して数年前から続いていたものだ」
「て、手紙を拒否したりはしなかったのですね」
「別にヴィリアティリア大国との同盟が無くなったとは言え、今のところ敵対国と言う訳でもないからな。内容は全て言い回しは変えてはいるものの……要約すれば”自分達の陣営に加わらないか?”と言うお誘いだったぞ」
「……拝見しても?」
「構わぬ」
既に封が切られている手紙の一つを持ち上げたキリノがユミラスに読む許可を貰うと、切り口から中身の手紙を取り出して読み始めた。流す様に見始めた手紙には、この手紙を送った季節に沿った挨拶文が書かれておりその後の流れはユミラスが言っていた通りの内容。
長々しく言い回してはいるが、その内容は”連盟を抜けてヴィリアティリアとラヴァールの二大国と手を組まないか?”と言う勧誘そのものだ。
「この件に関して、魔女様方はどの様なお考えなのでしょうか?」
「現状では何とも言えんな。そもそも弟子だからと言ってあの方々の本心の全てを聞ける訳でもない。ただ、リィシア様とロゼ様は自国に対して特に執着のない方々だったからな……過激化したら何かしらの対策に出て下さるかもしれないが、期待するのは良くないだろう。我らは魔女様方から国の後を任されたのだからな。なんでも魔女様方に頼りきってしまうのは止めるべきだ」
「……確かにそうですね」
手紙の全容を読み終えたキリノは、手紙を元の形に戻した後「ありがとうございました」と一言添えてユミラスに返した。
そして、ユミラスが手紙をしまい終わるを待ってから再び話を再開させる。
「あの……女王陛下は、これからも我が国とエルヴィス大国の味方でいてくださいますか?」
手紙をしまい終わったユミラスが、鋭い眼光でキリノを見つめる。これは決して威嚇している訳ではない。鋭い眼光はユミラスが真顔である事を意味しており、他人との接し方が分からないユミラスは特に親密ではない相手が居る前だといつもこうなのだ。
そんなユミラスの真顔(鋭い眼光)を受けて体を強張らせるキリノ。彼女の瞳には怯えよりも前に不安が表れていた。
再三に渡るヴィリアティリア大国からの勧誘を知って、今後の三大国間での繋がりについて不安に思ってしまったのだ。
そのキリノの問いを受けて、ユミラスは視線を正し凛とした声で答えを述べる。
「――我は別に、他国への拘りは無い」
「ッ……」
「アーシェ様の大切にしてきた者達と、アーシェ様の作り上げた我が国を守る事が大事なのだ。それはキリノ……お前とて同じだろう?」
ユミラスの言葉にその顔を俯かせながらもキリノは小さく頷いて答えた。
「はい……私にとって、第一に守るべき場所は家族の居るヴォルトレーテ大国です」
「そういう事だ。我にとって優先すべきはプリズデータの発展と存続であり、それは他国に左右されるようであってはならない」
「そう……ですか」
ユミラスが少しの間を置いたところで、俯いた状態のキリノが小さくそう呟いた。昨日と違い全身鎧ではなく、汚れても良い茶色の半袖に鋼の胸当てを着けた状態のキリノは誰が見ても分かるくらいに落胆した様子である。
出来ることなら新たに結ばれた三大国連盟を大切にしたいキリノにとって、ユミラスの回答は期待していたのとは違ったからだろう。
しかし、この時キリノは俯いていた為に気づいていなかった。
ユミラスの鋭い眼光が……柔らかな笑みに変わっている事に。
「安心しろ、キリノ・ミナガワ・ヴォルトレーテ」
「え?」
「
「ええ!?」
「ああ、そう言えばこれは機密事項だったな。口外しないでくれ」
衝撃の事実に驚きを隠せないキリノだったが、何とか落ち着きを取り戻しユミラスの言葉にコクコクと頷く。
「まあ、だからそんなに不安がる必要はない。我は家族を大切に想っているからな……弟子であった五人は特別だ。特にエイトとレヴィラは目つきも悪く誰にも近づこうとしなかった我と仲良くしようとしてくれていた。そんな二人を敬う二大国とはこれからも良い関係でありたいと願っている」
「女王陛下……」
心の何処かでユミラスに対し恐れを感じていたキリノだったが、その優しい声音と微かに笑みを浮かべるユミラスを見て自然とその恐怖心は消えて行った。
「ユミラスで構わないぞ? そうだ、エイトの昔話をしよう。あいつは無理して我と話をしようとしていたが、レヴィラの背中に隠れていてな?」
「そ、そうなんですか!?」
「ああ、それでな――」
そうして、ユミラスはエイトとの思い出を話す事でキリノとの仲を深めていく。
だが、キリノは勿論のことユミラス自身も気づいていない。
ユミラスが他者と触れ合える様になった要因に、一人の青年が関わっている事を。
青年から”普通だ”と言われた事で、ユミラスの張り詰めた心に微かなゆとりが生まれていた事を……誰も知らないのだった。
こうしてユミラスとキリノの会談は和やかな雰囲気のまま終わりを迎え、ユミラスは親切からキリノが去る時に訓練場へ行くように勧める。
ユミラスの説明によって訓練場にライナや他の”六色の魔女”が居る事を知ったキリノは、亜空間から愛刀を取り出して早足で応接室を後にすた。扉の外で待機していたキリノの護衛の二人は応接室へ向けて一礼すると、早足で過ぎ去って行くキリノを慌てて追いかけるのだった。
「くはは……ああ言う所はエイトにそっくりだな」
そんなキリノの姿に家族であるエイトの姿を重ねて、ユミラスは思わず笑みを溢して楽し気にそう呟いた。
「女王陛下、次のお客様をお呼びしましょうか?」
楽し気に笑うユミラスの姿を見て、使用人であるメイドも自然とその顔に笑みを浮かべながらそう声を掛ける。
ユミラスが「そうだな、ついでに昼食の用意も頼む」とメイドに告げると、メイドは「かしこまりました」と一礼をしてキリノ側に置かれていた食器を片付け始めた。
キリノとの会談を終えたユミラスはそのまま応接室に残り、テーブルに並べられた昼食に手を付ける。
そんなユミラスの正面では、ユミラス同様に並べられた昼食に手を付ける事無くカチコチに固まり緊張し続けているもう一人の来客の姿があった。
「そこまで緊張する事はないのだが……やはり従者を呼び戻すか?」
「い、いいいえいえ!! だ、大丈夫でしゅ!!」
「…………」
何度も言うように、ユミラスは他者と接する事が苦手だ。キリノの時は上手くいったが、次もまた上手くいくとは限らない。
現に次の来客が入って来た直後、ユミラスは案の定その瞳を鋭くさせて表情も硬くなっていた。
しかし……現在のユミラスはそうではない。
自分よりも緊張した様子の相手を見て、ユミラスの心には大きなゆとりが生まれていたのだ。
(初対面の時には堂々としていた風に見えたけど、やっぱり私と二人きりは無理だったかな?)
心の中で素の口調でそう考え始めたユミラスは、改めて目の前の来客を見る。
そこには手をプルプルと震わせながらパンを手に取ろうとする少女――シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスの姿があった。
ちなみにシーラネルの従者であるコルネ・ルタットはと言うと、二人きりで話をしたかったユミラスの勧めで現在は訓練場に向かっている。
シーラネルの従者として強さを求めているコルネに”閃光の魔女”であるライナが訓練場に居ることをユミラスが教えたのだ。勿論、主であるシーラネルにコルネは許可を取り向かったのだが……コルネが居なくなり、昼食の配膳をしていたメイドも居なくなった直後、シーラネルの様子は激変してしまう。
初対面であり、ユミラスの強い魔力にあてられているシーラネルはすっかりユミラスに怯えてしまっていたのだ。
「……おい」
「ひ、ひゃい!! あっ……」
「…………」
ユミラスが声を掛けようとした瞬間、タイミングよく皿の上に乗せられたパンを取ってしまっていたシーラネルは驚いてしまいそのパンを手放してしまう。
空中で離されたパンはテーブルを転がる様にして床に落ちてしまい、その光景を見たシーラネルは顔を真っ青にして絶望的な表情を浮かべてしまうのだった。
「も、もうし、申し訳、ございま、ま……」
「だ、大丈夫だ! 大丈夫! だから泣くな!?」
「ひっ……す、すみま、すみま……」
「ミザーーーー!!」
ユミラスの叫びを聞いて扉を開ける事もなく一瞬で応接室へ現れたミザは、応接室の状況を見て溜息を溢す。
「女王陛下……」
「ち、違う!! 私は何もしてないよ!?」
ユミラスがシーラネルを威圧したと勘違いしたミザは冷ややかな目で主であるユミラスを見下ろす。そんなミザに慌てて弁明しようとするユミラスは、シーラネルが居るにも関わらず素の口調でミザと話してしまっていた。
しかし、シーラネルもまた自分の事でいっぱいいっぱいになっていた為、ユミラスの口調の変化に気づいていない。
そんな混沌とした応接室が落ち着きを取り戻すのは……それから十数分後の事だった。
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【作者からの一言】
昨日はすみませんでした……。
藍くんとシーラネルのお話は午後編からお送りします。
次回はシーラネルとユミラスのお話で、話題は勿論――藍くんです。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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