第296話 プリズデータ大国 二日目(午後)⑤
飲み始めてまだ十分くらいしか経っていないのに、ユミラスが顔を真っ赤にして酔っぱらってしまった。
楽しそうに飲んでいるからこっちも楽しくなってきて注いでいったけど……十数分で4、5杯は流石に異常なペースだったかなと反省しています。
一応、俺も同じペースで同じワイン――フィエリティーゼでは葡萄酒って言うらしい――を飲んでたけど……全く酔う気配がない。
改めて味わってみるとユミラスが持ってきてくれた葡萄酒は、地球のワインに比べるとアルコールが強いかもしれないな。とは言えウイスキーとかウォッカに比べてば低いけど。
それでも確実にアルコール度数が10%を超えているであろう葡萄酒をグビグビとハイペースで飲み続ければ、普通なら酔ってしまうのかもしれないな。
「らんさまぁーー!!」
「うわっ!? ユミラス!?」
心の中で反省していると、左隣に座っていたユミラスが俺の左足に倒れ込んできた。酔っぱらっている所為か発音がいつもよりふわふわしている気がする。
綺麗に内側だけ染っている青いインナーカラーの入った金髪が俺の太ももの上で根を張るように広がっていた。
「こらこらこら」
「えへへ……らんさまに〜会いたかったんですよぉ……」
うん、これは完全に酔っぱらってるな。
とりあえずグラスの中身を床に零したらまずいと思って、俺のグラスをテーブルに置いた後でユミラスが左手に持っていたグラスを取り上げた。
「あーー!!」
「もうお酒はやめておこう。それよりも、状態回復の魔法を掛けた方がいいんじゃないか?」
「ぶぅ……まだいいれす(まだいいです)!! それよりもあたまをなでてくらはい(それよりも頭を撫でて下さい)!!」
「えぇ……」
これ以上醜態を晒すことは無いだろうと思って割と気を使って提案したんだけどな……本人が嫌がるなら仕方がないか。
最初はうつ伏せで倒れ込んできたユミラスだったが、俺が酔い覚ましに魔法を掛ける事を提案した途端……ゴロンとひっくり返りその両頬を膨らませると、今度は呂律の回らなくなってきた口を一生懸命に動かして子供のようなお願いをしてきたのだった。
この二日間で俺が接してきたユミラスは基本的に自分のお願いを積極的に言うことはなく、何かと俺やミラ達に気を使うタイプだったのでこの豹変っぷりには若干驚かされた。
まあでも、これはこれで可愛らしいなとも思ったので俺はユミラスの要望通りに頭を撫でる事にする。
その際に頭が撫でやすい様に座る位置を代ってもらった。左腕しか使えないからね。
改めて膝枕に近い状態になったユミラスの頭を撫でると、幸せそうな顔をしたユミラスが左手を動かす度に「えへへ」とはにかむ。
これは最近思ったことなのだが、長い年月を生きてきた人……つまりはミラ達"六色の魔女"とか、グラファルトとか、ファンカレアとか、どうして俺の周囲の長生きの人達はこんなにも子供っぽいのだろうか。
似たような事をミラに聞いた事があって、その時は『私たちは確かに長生きではあるけれど、その人生の殆どを世界と自らの能力の開花に使ってきたから普通の人の様には生きていないのよ』と言われた。
あとは六人が世界中から敬われる存在だった事や、個々の元々の性格だったりも起因しているのだろうと言うことだ。
当然の様にフィエリティーゼで暮らす人々はミラ達を神の使徒として見ている為、普通に接する事はまずないらしい。
表舞台に立つこと自体減ったにも関わらず、今現在でもそれは変わらない様だ。
それならば転生者などはそうでも無いんじゃないかと思ったんだけど、そもそも滅多に会う機会は訪れないし、ミラ達と出会う前にフィエリティーゼについて大まかな知識を身に付けてしまう者が殆どだったみたい。
だからこそ、ミラ達に対して普通に接している俺が珍しく写り甘える形になってしまっているのだろうとミラは推測している様だ。
『あの子達も普通の女の子になれる場所が必要なのよ……それは分かってあげて?』
話の最後にミラは微笑みながらそう言って来て、俺はなんて答えていいのか分からなかったがとりあえず苦笑しておいたのを覚えている。
ミラの言っていること自体は理解出来るけど……分かってあげるもなにもフィエリティーゼの知識が全くない頃からの付き合いである俺にとっては、みんなは普通の女の子にしか見えない訳で、現にプリズデータ大国に訪れた初日にミラと腕を組んでいただけで案内役の人に驚かれた事に驚いたくらいだ。
まあ、その後でミラに説明されたから一応知識としては六人の立ち位置について頭に入れているけど、今更態度を改めるような事は出来ればしたくない。
そう思えるくらいには、俺は今の生活が気に入っていた。
多分その気持ちは、これからも変わることは無いと思う。ちゃんと節度と周囲の目には気をつけるけどね。
……さて、そんな事をふと思い出してしまうくらいに子供の様な甘え方をするユミラスは、尚も酔いは覚めることなく幸せそうにその頭を俺に預けていた。
うーん、ユミラスって酔ったら誰にでもこうなのだろうか?
さっき話していた時外にも飲みに行くって言ってたし、だとしたらちょっと心配だな……。ユミラスはアーシェの弟子だから強いんだとは思うけど、酔っぱらってる時は油断も生まれるかもしれない。
ちょっとだけ注意しておくか。
「ユミラス、外ではあまり飲み過ぎない様にな?」
「なんれれすか(何でですか)?」
「酔っぱらってる所を襲われたりしたら危ないだろ?」
「らいじょうぶれす(大丈夫です)! わたひはつよいのれ(私は強いので)!!」
うん、やっぱりそう返してくるよね……。
勿論、ユミラスは本当に強いんだと思う。謁見の間で初めて会った時も、その魔力量や気配が何処と無くミラ達に似ていたし。
でも、それでも心配にはなってしまうものだ。
俺は撫でていた手を止めて頭から滑らせるようにしてユミラスの左頬へ移動させる。
くすぐったかったのか、手を移動させている最中にユミラスがモゾモゾと動く様子を見て猫みたいだなと思った。
「んー……らんさま?」
赤くなり少しだけ熱を帯びている左頬に手を添えて、俺は不思議そうにこっちを見つめるユミラスの左頬を軽く抓った。
「ひぅ!? らんひゃま(ラン様)!?」
俺に抓られた事に驚いたのか、ユミラスは少しだけ意識が覚醒した様子で目を見開いて慌てている。本人はしっかりと喋っているつもりだった様だが、俺が左頬を抓っているせいで上手く話せていなかった。
そんな絶賛困惑中であるユミラスを無視して、俺は真面目な顔を作りユミラスに語り掛ける。
「確かにユミラスは強いのかもしれない。でも、油断は禁物だ。どれだけ強くても、隙を狙われれば心身に大怪我を負うことだってある。俺は出来れば、ユミラスにはそんな経験をして欲しくないんだ」
「……」
日本でも良く聞く話だ。
お酒に酔ってトラウマを抱えるくらいの出来事を経験して、それを一生引き摺る人も居る。俺は体質的に酔えない人間だから平気だけど、ユミラスの様に直ぐに酔ってしまう人は本当に気をつけないと……いつか取り返しのつかない傷を負う事になるかもしれない。
俺は抓っていた手を解き、今度は優しくその柔らかな左頬へ手を添えた。
「ユミラス本人や他の人がなんて言おうが、俺にとってユミラスは美人で可愛い……普通の女の子なんだ」
「ッ!?!?」
「だから、あまり心配になる様な事は出来れば控えてくれ」
それにユミラスに何かあったら、俺だけじゃなくてアーシェやミザさん、アリーシャとかも悲しむだろうしな。
「出来ることなら誰か知っている人の前で飲むように。それが無理ならほろ酔いくらいで切り上げて帰るようにしないと…………ユミラス?」
「…………」
ユミラスの顔を見てみるが、驚いた様な顔をしたまま固まってしまっている。
全く反応が無いユミラスが心配になって、念の為”状態回復魔法”を掛けてみるが何故か顔も赤いままで魔法が効いている様子が無かった。
もしかして泥酔状態だと効かないとか?
だとしたらお酒を飲ませたのは失敗だったかもしれない。このまま変わらないようだったらミザさんを呼ぶべきかな……。
「ユミラス……なんか酔い覚ましの魔法が効かないみたいだから、ミザさんを呼んで――「大丈夫です!!」――そ、そう?」
「はい!! 大丈夫です!! ちゃんと酔いは覚めているので!!」
勢いよく起き上がったユミラスは相変わらず顔が赤いままだった。
ソファーの反対側まで移動したユミラスの顔は相変わらず赤いが、確かにユミラスから発せられた言葉の発音はしっかりしたものに戻っている。
「うーん……本当に大丈夫か? もしかして熱があるんじゃ……」
「い、いえいえ!! 私は本当に大丈夫ですので!! え、えっと……そろそろ来客の対応をしなくてはいけないので行ってきます!!」
「え、ちょっユミラ――――行っちゃった……」
熱があったら大変だと思い左手をユミラスの額へと重ねようとしたら、慌てた様子でユミラスは外へと出て行ってしまった。
「あれ、そう言えば此処ってユミラスの部屋だよな!? ど、どうしよう……」
結局その後はユミラスが帰って来るかもしれないと思いながら一時間ほど粘ったけど帰って来ず……アーシェに事情を説明して迎えに来て貰いました。
一応、迎えに来てくれたアーシェにユミラスが風邪をひいたかもしれないと説明をしたのだが、俺から全ての事情を聴いたアーシェは「それは多分風邪じゃないと思うから大丈夫だよ」と笑うだけで特にユミラスを心配する様子は無かった。
まあ、俺よりも長い付き合いであるアーシェがそう言うなら大丈夫か。
そう判断して、俺もそれ以上ユミラスの体調を気にするのは止める事にした。
こうして、ユミラスとの密かな飲み会をしてその後は特に何かが起こる訳でも無く二日目は静かに終わりを迎えたのだった。
あ……でも一つだけ。
夕食時に聞いた話だが、レヴィラの滞在期間が延長される事がフィオラによって決定したらしい。
どうやらライナに鍛えて貰っていた使用人達よりも早くに悲鳴を上げてしまったのがフィオラの逆鱗に触れてしまったらしく、ディルク王に念話を送り後数日はレヴィラを預かる事を伝えたらしい。
それを知ったレヴィラが午後の訓練から戻って来るなり俺に抱き着き泣き続けたのは言うまでもない。
すまないレヴィラ。
俺にはどうする事も出来ないんだ……どうか強く生きて欲しい。
――時は少しだけ遡る。
「……~~ッ!!!!」
自室から勢いよく飛び出したユミラスは、自室から少しだけ進んだ廊下の壁に背中を預けてへたり込んでしまう。
その顔は自室に居た時よりも更に赤くなっている。
へたり込んでしまったユミラスは両手で顔を覆い隠し、先程までの出来事……正確には、藍から言われた言葉を思い出していた。
――俺にとってユミラスは美人で可愛い……普通の女の子なんだ。
「……美人だって……可愛いって……普通の女の子って……ッ!!」
藍から言われた言葉を噛みしめるように
(どうして……こんなに胸が苦しいの……)
激しい胸の高鳴りが痛いくらいに両手を伝ってユミラスに響く。
未だ熱を持ったままの顔を傾げて、ユミラスは今まで体験した事のない激しい動機に動揺を隠せずにいた。
そんな中でも、ユミラスの脳内には藍に言われた言葉が繰り返し再生される。
その度にユミラスの鼓動は強く高鳴り、繰り返される現象からユミラスが抜け出せたのは……それから十分以上も経過してからだった。
この時――ユミラスの心の中では大きな変化が起きていた。
ユミラスにとって藍は、師であるアーシエルと同等に敬愛すべき尊き存在であった。
しかし、今のユミラスにとって藍は……アーシエルとは違う”特別”な存在になりつつあったのだ。
その”特別”の正体に関して、ユミラスはまだ気づいていない。
だが、ユミラスがその思いに気づくのに……時間は掛からないであろう。
(普通の女の子……ラン様にとって、私は普通なんだ……えへへ……)
何とか立ち上がる事が出来たユミラスは、ゆっくりとした足取りでシーラネル達が待つ応接室へと歩き出す。
藍の言葉を思い出して”普通”と言われた事を喜ぶユミラス。
そんなユミラスが頬を微かに赤らめて微笑んでいる姿を見て、既にアリーシャから連絡を受けていた使用人達は廊下でユミラスとすれ違った直後、ユミラスとすれ違った全員がその場で膝を着き中には鼻血を流してしまう者まで居た。
最初はアリーシャの勘違いから伝わった”ユミラスの春”だが、それが現実になるのは時間の問題なのかもしれない。
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【作者からの一言】
と言う事で、相変わらずの藍くんです!
次回は三日目……色々と動きがある予定ですので、是非お楽しみに!!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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