第294話 プリズデータ大国 二日目(午後)③





――プリズデータ大国二日目の昼過ぎ。


 相も変わらず予定のない俺はお菓子でも作ろうと思い別邸のキッチンで材料の確認をしていたのだが、肝心の砂糖が切れている事に気がついた。

 俺の亜空間から取り出しても良かったんだけど、俺の亜空間に入ってる砂糖は全部地球で買ってきて貰った物でフィエリティーゼで流通している物では無い。

 もしかしたら特に違いはないのかもしれないけど、今回作ろうと思っていたお菓子はアリーシャにレシピを渡そうと思っていたので、出来ればフィエリティーゼ産の物だけを使って作りたいと思っていた。


 と言うのも、今日の昼食は俺の手料理を振る舞うことになっていたので、その際にデザートとしてアイスクリームを出したらユミラスが大層気に入ってくれたのだ。それを見ていたアリーシャから、対価は幾らでも払うので後でいつか作り方を教えて欲しいと言われたのである。


 そんな訳で、比較的暇である俺は早速アリーシャにレシピを渡すためにアイスクリームを作ろうと思ったのだが……砂糖がないとは思わなかった。


 とりあえずミザさんかアリーシャに砂糖の在処を聞こうと思ったのだが、二人とも午後から来るという来客の準備で王城へ出向いている事を思い出し、どうしようかと悩んだ末に俺は王城へと向かう事を決めた。

 このまま諦めてしまってはやる事が無くなってしまうし、他のお菓子を作ることも考えたのだがどの道お菓子の甘さを出すためには砂糖は必要だろうと判断し早速俺は王城へ足を運ぶ。


 正面ではなく別邸側に作られた扉を開けて王城へと入ると、廊下が真っ直ぐに続いている。ここまで来て俺は自分が王城のキッチンの場所を知らない事に気づき、自分の浅慮さにガクリと肩を落とした。

 でも、今更引き返すのもなんなのでそのまま廊下を歩き、誰かに会ったらキッチンの場所を聞こうと決めて歩き始める。


 そうして歩いていると、俺が歩いている廊下の左右に分岐路が何回か現れるが人影は見えず、下手に曲がったりすると絶対迷子になると確信していたので人に会うまで真っ直ぐに進んでいくことにした。


 ……そう言えば、【気配察知】の範囲を広げれば人を簡単に見つけられるのでは?

 確か今は5mくらいに範囲を狭めているから、いっそのこと100mくらいまで伸ばしてみるのもありかもしれない。


 そう思い、歩きながら【気配察知】の有効範囲を伸ばそうとした直後……右の曲がり角から二人の気配を察知した。

 そうして【気配察知】に導かれるままに直ぐそこまで迫っていた曲がり角を見てみると、そこには見覚えのある一人の女性が立って居た。


 あれ……一人だけ?

 あ、後ろに居て見えずらいだけか。


 そう判断して頭を少しだけずらして見ると、女性の後ろにもう一人見覚えのある人物が居る事を確認できた。

 見知った顔の二人に出会えた事に安堵しつつも、俺は二人に声を掛ける。


「あれ、ユミラスと……ミザさん?」

「ラ、ラン様!?」


 驚いた様子のユミラスがそんな声を上げるとユミラスの後ろで頭を下げていたミザさんが顔を上げて同じく驚いた様子でこっちを見ている。

 いや、俺としては廊下で頭を下げているミザさんにビックリだよ……。


 そんな俺の内心などお構い無しに、顔を上げてユミラスの隣へ移動したミザさんが俺に話し掛けてくる。


「ラン様は王城で何を……?」

「あ、そうそう。頼まれてたアイスクリームのレシピを書くために改めて作ろうかなって思ったんだけど別邸の方の砂糖が無いみたいだったから、王城のキッチンにあるかなって」

「なるほど、そう言った理由でしたか。気づけなくて申し訳ございません。砂糖はキッチンに用がある私がお持ちしますのでラン様は……女王陛下のお部屋でお待ち下さい」

「うぇっ!?」


 ミザさんの言葉にユミラスが素っ頓狂な声を上げた。

 オロオロとした様子でミザさんを見ているユミラスだったが、ミザさんはそんなユミラスの事を華麗にスルーして俺が通ってきた通路へと姿を消していく。

 どうやら俺はキッチンへ続く通路を通り過ぎていたみたいだ。


 ミザさんが居なくなってしまった後、オロオロとしたユミラスはゆっくりと体の向きを変えて俺の方へと向き直る。

 その顔は俺と目が合うや否や真っ赤に染まり始めて、行き場のない両手がわなわなと動いていた。


「えっと……無理することは無いぞ? 俺はここで待ってるから」


 とりあえず、何だか慌てた様子だったので部屋に入られたくないのかなと思った俺は、ユミラスが断りやすい様にそう提案してみた。


 しかし、何故か俺の言葉を聞いた瞬間……ユミラスの顔は真っ青になり明らかに落ち込んだ様子でその瞳に涙を溜め始める。


 いや、なんでだよ!?


「ちょっ、ユミラス!?」

「…………ないのですか?」

「えっ?」

「……ラン様は、私の部屋に入りたく……ないのですか?」

「………………」


 えっ、もしかしてさっきまでの慌てようはただ照れてただけだったの!?


 いやいやいや!! だって明らかに嫌そうな感じだったよ!? ミザさんを見てユミラス、"お前なに余計なことを"みたいな感じだったよ!?

 もしあれが照れていただけだとしたら――分かりずらいよ!! 女の子って複雑だよ!!


 ……ふぅ。


 心の中で大いに叫び続けた後、俺は涙を浮かべるユミラスと目を合わせて……なんて答えるべきなのか考える。


 だ、大丈夫かな……?

 "入りたい!"とか言って引かれたりしないかな?

 こういう時は、当たり障りのない感じで一先ず様子を見るべきか……?


「えっと……ユミラスが嫌なら無理をすることは――」

「……うぅ」

「あーー入りたい!! 俺はユミラスの部屋に凄く興味があるんだ!!!! ユミラスさえ良ければ是非入らせて欲しい!!」

「……ッ!! そ、そうですか……良かったぁ」


 うん、本当に良かった……危うくユミラスを泣かせてしまう所だった。いや、もう半分くらい泣かせてしまってたけど。


 こうして、悲しそうな雰囲気から一転してパァっと花が咲く勢いで嬉しそうな笑顔を作り始めたユミラスは、嬉々として部屋へ向かって案内を始めてくれた。



 そしてこの日、俺は自分自身に誓った。

 幾ら嫁が四人居ようとも、自分のことを好きでいてくれる人が多くいようとも、女の子への対応に関して……決して慢心してはいけないと。



















 ――藍が自身の心の中で誓いを立てている時、藍が知らない所でユミラスの眷属である使用人達は大いに盛り上がっていた。


(――こちらアリーシャ。御二方は現在、ユミラス様の自室へと向かって進行中です)

(――了解。何か変化はありましたか?)

(――一つ、ご報告すべき事が)

(――何でしょう?)


 藍が【気配察知】の範囲を広げることを忘れた事で、気づかれる事無く秘密裏に護衛をする事が出来ているアリーシャは、メイド長であるミザに念話をしていた。


 そして、そんなアリーシャが立つ廊下の足下にはポタポタと赤い水滴が垂れ落ちている。

 アリーシャは震える身体を何とか奮い立たせて右手で血が垂れる鼻を押さえると……歓喜に震えた様子でミザへの念話を続けるのだった。


(――我らが尊き主ユミラス様に……春が訪れたかもしれません!!)

(――なんですってッ!?!?)

(――私はこの目で、そしてこの耳で全てを把握していました!! ラン様がユミラス様のお部屋に"大変興味がある"と仰り、その言葉を受けたユミラス様が乙女の様な顔をなされていた所を!! この耳で聞き、この目で見ましたァァァァ!!!!)


 抑えていても流れ出る鼻血のせいで貧血になりその場に膝を着くアリーシャ。青白くなっていく顔とは逆にその脳内の声は歓喜に打ち震えていた。


 しかし、それはアリーシャだけでは無い。

 アリーシャからの念話を受けたミザもまたキッチンにて手に持っていた砂糖をそっと調理台へと置いた後、その場に四つん這いになり喜びのあまり涙を流していたのだから……。


(――なんということでしょう……これ程までに嬉しいことはありませんッ)

(――ですがメイド長。ラン様は既にアーシエル様と恋仲なのでは? 私は……一体どうしたら……)

(――安心しなさいアリーシャ。この世界は一夫多妻制であり、ラン様もまたその制度を受け入れています。現にラン様には既に四人の奥様が居らっしゃるそうですが、その四人ともに変わらぬ愛を捧げているとの事……)

(――ッ!! で、では!!)

(――ええ、そうですアリーシャ。きっとラン様はアーシエル様、そしてユミラス様の御二方を愛する覚悟があるのでしょう)

(――嗚呼、我らを創りし創造神様……アリーシャは、今日という日に心から感謝致します!!)


 遠く離れた二人だが、まるで一心同体であるかのように同時にその場に片膝をつき創造神であるファンカレアに祈りを捧げ始めた。

 そして、祈りが終わるとアリーシャは自身の鼻に"回復魔法"を掛けながら、足下に広がる血痕と服に付いた血を"浄化魔法"で消し去る。


 ミザもまたスっと立ち上がると自身の服に"浄化魔法"を掛けてアリーシャとの念話を再開した。


(――アリーシャ、全眷属に伝えなさい。"ユミラス様に春が訪れた"と。そして"我々の使命はその春を見守り陰ながら応援することである"と)

(――はっ!! このアリーシャ、必ずや成し遂げてみせます!!)


 こうして二人は念話を終えるとそれぞれのやるべき事をすべく動き始める。


 アリーシャから話を聞いたユミラスの眷属達が集い、使用人達の間で"ユミラス様の春を見守り隊"なる部隊が結成されている事を……ユミラスは勿論、藍も知りはしなかったのだった。












@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 【作者からの一言】


 どうしてこうなった……!!

 ただユミラスさんを応援する二人を書きたかっただけなのに、何か恐ろしいモノを生み出してしまった気がします……。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る