第293話 プリズデータ大国 二日目(午後)②





 ユミラスの登場により緊迫した空気は一気に霧散し、六人はその警戒を解いてユミラスに招かれるまま巨大な鉄の門の先にある王城へと足を踏み入れた。


 そうして招かれるままに王城内を進んで行くと、応接室と思われる部屋へと辿り着きユミラスは閉ざされていた両開きの扉を開いた。


「謁見の間ではないのですね?」


 扉を開いたユミラスにそう声を掛けたのはシーラネルの隣を歩くキリノだった。

 他国を訪れる機会が多かったキリノにとっても初の来国となるプリズデータ大国の訪問の為、てっきり謁見の間での話し合いから始まる者だと思っていたのだ。


 そんなキリノの問いに対して、ユミラスはキリノへと視線を向けてその口元に笑みを作る。


「それがお前の望みであるならば謁見の間で対応しても良いぞ? だが、生憎と我が国には他国の様な役割を果たす貴族は居ない。その為、特に縁を結ぶべき相手は存在しないから随分と殺風景な謁見になるぞ?」

「……貴族が、存在しないのですか?」


 ユミラスから告げられた言葉にキリノは驚愕する。そんなキリノの隣ではシーラネルもまた驚きを隠せない様子だった。


 プリズデータ大国の国土は、その形は違えど他の大国と同様に広大である。六つの大都市がプリズデータ大国の中枢である王都を囲む様に円状に広がり、その人口は総数で数百万人にもなる。この人口総数は中央国家と呼ばれるエルヴィス大国に次ぐ人数であり、これはプリズデータ大国が数百万人にも及ぶ国民を賄える程に裕福であることの証明でもあった。


 しかし、人口数が多いという事は必ずしも良い事という訳ではない。

 過去に大国に並ぶと称された中堅国家が存在したが、その国は人を集めるだけ集めただけで農村地帯の拡大も碌にせず、唯々土地だけを明け渡して税を搾取するという愚かな政策を繰り返していた。

 その結果、国の為に働こうとする者は徐々に数を減らして行き、国民は夜逃げをする様に姿を消して行き、最後には国と民の間で大きな戦争が起こり国は滅びの運命を辿る事となったのだ。


 だが、これはこの国だけに起こりうる問題ではない。

 国がしっかりと政策を打ち出し、国民の声にもしっかりと耳を傾けそれを活かす努力をし続けなければ……いずれは同じ道を辿る事となるのだから。


 だからこそ、キリノやシーラネルは驚いていたのだ。

 大国と誇れるプリズデータに”貴族が存在しない”というユミラスの言葉に。


 そんな二人の驚いた顔を見ても、ユミラスは特に気することなく話し続ける。


「まあ、我が国は特殊だからな。我が国を嫌う者達は口を揃えてこう言うぞ――”あの国は民を苦しめる女王が頂点に君臨する独裁政権の国だ”――とな。まあ、貴族を作っていないのだからそう言われても仕方がないとは思う。その考え自体を否定するつもりもないからな」

「「……」」


 ユミラスの言葉を聞いた二人はまるで自嘲するかのように語るユミラスを見て、悲し気な顔を浮かべてしまう。

 そんな二人を見て余計な気を遣わせてしまったと感じたユミラスは苦笑を浮かべつつも二人を応接室へと招き入れるのだった。


「まあ、我が国が本当に悪政を敷く最低な国家なのかどうかは、二人がその目で見て決めると良い。今日を含めて二、三日は滞在するのだろう?」

「は、はい。女王陛下のお許しが頂けるのでしたら、そのつもりです」

「私も同じく。父であるワダツミからの手紙も預かっております」

「あ、私もです。父であるディルクからの手紙を……」


 二人は慌てた様に国王であり父親であるディルクとワダツミの手紙を取り出すと、深々と頭を下げながらユミラスへ渡した。二人の王女が頭を下げたのを合図に、後ろに控えていた四人も頭を下げ始める。


 そうして頭を下げた事で、そんな六人の様子を見ていたユミラスが少しだけ悲し気な表情を浮かべていた事に気づく者は誰一人いないのだった。


「……確かに受け取った。では、我はこの手紙を自室へと置いて来るとしよう。その間にお前達はこの中で休んでいてくれ――ミザ、全員分の紅茶と菓子の用意を」

「はい、女王陛下」


 そうして、ユミラスはミザと共に六人の対応を他の使用人に任せて応接室を後にした。

 手紙くらいであれば亜空間に入れるだけで済む。ユミラスの背後を歩くミザはそれを理解した上で口を出すことなく後ろを歩く。


 ミザの視界に移るユミラスの背中。

 その背中がミザには……何処か寂しげに映っていた。



――我は別に強くなりたい訳ではなかった。



 それは数千年も昔にユミラス本人がミザを前にして口にした言葉だ。


 ユミラス・アイズ・プリズデータ。

 彼女は他の弟子たちの中で――最も"六色の魔女"に近い存在である。


 原初の吸血種として生まれたユミラスは、生まれながらにして他者を寄せ付けない強さをその身に宿し、何よりその頭脳が抜きに出て発達していた。

 己の身体の使い方を理解し制御する力を早々に有したユミラスは、後に生まれた同胞である吸血種達とは一線を画しており、本来であれば仲間として共に歩むはずの吸血種からも畏れられる様になっていった。


 そうして他の吸血種から距離を置かれてしまったユミラスは一人で生きて行くことを決意して吸血種達が暮らしていた場所から一人去って行く。

 仲間の元を去り一人で世界を生き抜かねばならなくなったユミラスだったが、その力のお陰で特に不自由な思いをすることなく生き抜くことが出来ていた。

 他種族の生命を自らの眷属とする能力も持っていたが……ユミラスは他人と関わることを煩わしく思いミザに使うまでの間、誰にも使うことは無かった。


 そんな孤高の強さを持っていたユミラスだが、それがユミラスにとって良い事だったかと言われれば……そうでもない。


 ユミラスの強さは、弱者が強者に成り上がる為に積み重ねた努力の結晶ではない。生まれ持っての強者であるユミラスには、傍に居てくれる人など存在しなかった。


 当時、その力を抑える事無く振るっていた彼女を前にして恐怖しないのは、知性の低い魔物か後に出会う事になる”六色の魔女”だけ。

 それ以外の生命はユミラスを前にすると怯えて涙を流し、ユミラスが話し掛ける前に何処かへ消えてしまう。


 それは益々ユミラスの心を閉ざす要因となり、独りぼっちであったユミラスは常識を知らず、本来であれば他者と触れ合って培う筈のコミュニケーション能力も欠如していた。

 魔法や戦闘に置いてはカリスマ的な能力を身に宿しながらも、ユミラスの精神だけは……いつまで経っても子供のままだったのだ。


 そんなユミラスの心を癒したのが師匠である”氷結の魔女”――アーシエル・レ・プリズデータである。


 精神的に不安定な所為か好戦的だった当時のユミラスの前に立ちはだかり、まだ心を閉ざす前であったアーシエルはユミラスを完膚なきまでに叩き潰した後、弟子として……そして家族として引き取る事にしたのだ。

 常に孤独であったユミラスにとって、アーシエルとの生活は苦痛を伴うものだった。引き取られて直ぐの頃は何度も脱走し、その度にアーシエルに捕まり連れ戻される生活を繰り返していた。

 アーシエルと触れ合い、他の魔女達とも触れ合い、魔竜王を出会い、仲間である弟子達が増え……少しずつ、少しずつではあるがユミラスは精神的にも成長を遂げる。


 何よりもユミラスが嬉しかったのは、師であるアーシエルの存在とそのアーシエルが得意とする”認識阻害魔法”の存在だ。

 この二つの存在によりユミラスは他者と向き合う事が出来る様になり、まだまだ未熟ではあるがコミュニケーションを取れるようになるまでに成長する事が出来た。


 しかし、それでもユミラスは未だに他者と関わる事に対して過度な期待を抱かない。

 何故ならば、例え偽りの能力で他者と触れ合えるようになったとしても……ユミラスがその力の一端を見せただけで、そのほとんどの生命はユミラスに畏れと恐れを抱いてしまうからだ。


 その度にユミラスは期待と落胆を繰り返し……誰にも気づかれない様に涙を流した日も多々あった。

 確かにユミラスの精神は成長したが、それは長い年月を孤独に過ごしていたユミラスにとって僅かな成長でしかなかったのだ。


 ユミラスの精神は未だに幼いままであり、寧ろ他者と触れ合う温もりを知ってしまったからこそ――その孤独をより強く感じてしまう様になってしまったのだった。




 ……そして現在、ミザはユミラスの背中を悲し気に見つめながら一体どうすればいいのだろうと考え始める。

 どうすれば、主であるユミラスの心を満たすことが出来るのか。

 ユミラスの悲しみを、苦しみを、嘆きを、消し去る事が出来るのだろうか。

 永久の命を持つ眷属の自分達にも、家族である魔女様達であっても救う事が出来ないユミラスの孤独を一体誰が――。


「ッ……」


 そうして考え事をしながら歩いていた所為で、油断していたミザは歩くのを止めていたユミラスの背中にその頭をぶつけてしまう。


 ミザは主であるユミラスにぶつかってしまった事に気づくと、慌てた様子でその頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「も、申し訳ございません! ユミラスさ――」


 しかし、ミザが最後まで言い切る前に……ミザの声に重なる様にして聞き慣れた声が頭を下げたミザの耳に入って来るのだった。



「――あれ、ユミラスと……ミザさん?」

「ラ、ラン様!?」



 驚いて声を上げるユミラスに反応して、ミザも下げた頭をゆっくりと上げ始める。

 顔を上げたミザがユミラスの横へと移動すると、そこには軍服を纏う灰色の青年――制空藍が優しそうな笑みを浮かべて廊下に立って居た。










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 【作者からの一言】


 今回は一話全部が第三者の視点で書かれていますが、次回は藍くん視点でお話が再開します。

 登場人物が増えると、どう割り振るべきか悩ましいですね……。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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