第292話 プリズデータ大国 二日目(午後)①
エルヴィス大国から”転移魔法”を使い長距離移動をした六人は、眩い光が収まると冷たい風が体に当たるのを感じ始める。
六人が目を開いた先には雪の降る空の下に巨大な鉄の門が聳え立っていた。
前方に存在する鉄の門に気圧される六人は警戒を怠ることなく周囲を見渡し始める。
地面は雪で覆われてはいるが、自分たち以外の何者かが歩いたであろう足跡が残っており、この場所に人が出入りしていることを意味している。
鉄の門の周囲には雪が僅かに積もった背の高い木々が植えられていて、その木は寒さに強く木材としても重宝される事で有名な木だ。
(……視線、それも一人ではない)
そんな木の奥から六人を見つめる視線に最初に気付いたのはキリノだった。視線に気づいて直ぐに、キリノは腰に携帯していた両刃剣を抜剣する。
それが合図であったかの様に、キリノに付き従う二名の女騎士も抜剣し、キリノの左右へ移動した。
三人で全体を補う様にカバーし合うヴォルトレーテ大国の左側ではエルヴィス大国が誇る"栄光騎士団"の副団長――アリン・モルダークが第三王女であるシーラネルとその従者であるコルネの前に仁王立ちして周囲を見渡していた。
「ふむ……敵意はなし。コルネ・ルタット、お前は武器を構える必要は無い……私が居るからな。たが、警戒は常に怠ることなくシーラネル様を御守りしろ」
「はい、アリン様」
「アリン……無茶はしないで下さいね?」
不敵な笑みを浮かべつつコルネに指示を出していたアリンを、シーラネルは心配して声を掛ける。
その声にアリンが振り返ると、そこには不安そうな顔を浮かべるシーラネルの姿があり、そんなシーラネルの顔を見てアリンは高らかに笑い声をあげる。
「はっはっはっ! ご心配には及びませんよ、シーラネル様! どうやら我々の様子を伺っているだけのようですからな。それに……仮に戦うことになろうとも、負ける気はありませぬ!!」
にっこりと笑みを浮かべたままシーラネルにそう語るとアリンは再び正面へと向き直り周囲の森へと視線を向けた。
そんなアリンを頼もしいと感じていたシーラネルであったが……日頃からアリンと死闘とも言える訓練をしているコルネや、森へと視線を送るアリンの顔を見てしまったキリノはその背中に冷や汗が流れるのを感じていた。
"栄光騎士団"副団長――アリン・モルダーク。
彼女の家系モルダーク家は代々"栄光騎士団"へと所属し、その力を国の為に振るってきた。そんなモルダーク家の事をエルヴィス大国の歴代国王達は頼りにしていたが……同時にその強大な力に対して畏れを抱くようにもなっていた。
畏れを抱かせるのにはそれなりの理由があり、それはモルダーク家の人間が代々好戦的である事や、不安定ではあるものの一族の血に時より反応して覚醒するとされる"血統魔法"の力の所為だったりする。
そして、今代の国王であるディルクもまたアリンの力に畏れを抱き、その好戦的な性格に頭を悩ませていた。
何故ならば、ディルクはアリンが騎士団へと所属する際にアリンの父親である騎士団の指南役から忠告をされたからだ。
『娘はモルダークの血を濃く受け継いだ様です。恐らくその力も衝動も……一族の中で特出しているでしょう』と。
その為、ディルクはその性格に難があり騎士を纏めることは不可能だと判断してアリンを団長ではなく副団長へとし、"血統魔法"を抜きにすればアリンと肩を並べる事が出来る実力を持つルーカスを団長へ任命した。
最初は自分では不相応だと固辞し続けていたルーカスだったが、ディルクと最終的には指南役であるアリンの父親からの説得により渋々ではあるが団長になった。
しかし、ルーカスは団長になった事を今でも後悔しているらしい。それは当初固辞していた時のような不相応だからと言う理由ではなく、アリンと言う問題児が起こす騒動を収めなければならないからだ。
数日ではあるがアリンがエルヴィス大国を離れると言う話を聞いた時は、長年保管していた上物の葡萄酒を開けて心の底から喜びを噛み締めていたくらいには苦労をしているらしい。
長くなってしまったが、アリン・モルダークという女性は血気盛んなモルダーク家の中でもその血を濃く受け継ぐ問題児である。
そう……強い力を持つ故に、彼女は誰よりも強さを求め続けてしまうのだ。
アリンは常に戦いに飢えている。
そして現在……アリン自身も未知である土地で戦いが起こる可能性に心躍らせ獰猛な笑みを浮かべていたのだ。
「さあ! 戦うのであれば姿を見せよ!! 私の名前はアリン・モルダーク!! "栄光騎士団"の副団長を任されている者だ!!」
「……」
アリンの叫びに、森の中に居る監視者は反応を示すことは無かった。
その反応を見て、アリンは訝しげな顔を作り視線を感じる森を睨みつける。
「ん? やはり戦うつもりは無いのか……私としては全然構わないのだがな」
「――エルヴィス大国の騎士は中々に勇猛であるな」
『ッ!?』
突如として背後から襲い来るプレッシャーに、戦いに飢えていたアリンも含む六人がその身を強ばらせる。
一歩も動く事のない六人の身体は徐々に震え始めてその場に膝を着いてしまった。
一言……たった一言放たれたその言葉の重圧によって、六人の身体が本能的に負けを認めてしまったのだ。
「――やはり、あの御方が特別なのか」
六人の惨状を目の前にした声の主は、六人には届かないくらいの小さな声でそう呟いた。
例え壁越しであっても声の主が意図的に魔力を込めた声を聞いただけで、通常の人間であれば抵抗する事すら難しい。声の主よりも強かったり、敵意や殺意を抱いていた場合など、特別な存在や敵対者であれば別だが……通常時であれば不可能に近い。
ただ、声の主が”あの御方”と呼び敬愛する人物は、たった一度ではあるが声の主が意図的に魔力を込めた声を聞いても平然とした顔をして謁見の間に入って来たのだ。
その時の出来事を思い出し、声の主はその口元に自然と笑みを作り出す。
自分がどれだけ力を振るおうとも怯えたりせず、親しい存在として接してくれる”あの御方”……制空藍の存在は、声の主でありプリズデータ大国の女王でもあるユミラス・アイズ・プリズデータにとって大切で嬉しくて……愛おしくも思える存在になっていた。
そんな事を考えていたユミラスだったが、森から出て来た眷属達へと顔を向けると直ぐに現実へと思考を戻す。
「……すまない。客人が来たら案内をする様に言い聞かせて居たのだが、少々問題が生じてな。客人であるかどうかを確認する為に部下が森で監視していたのだ。いつまでも門が開く様子がないので見に来てみれば……中々出ずらい状況になっていた様だからな。介入させてもらった」
そう説明をした後、ユミラスはその声に込めていた魔力を消して六人を囲む様に立って居た眷属である使用人達へ視線を送り自身の背後へ集まる様に支持を出す。
すると眷属である使用人達はあっという間にユミラスの背後へ左右三人ずつになる様に並び、両手を腹部辺りで重ねて待機し始めた。
六人は自らの体が自由に動くことを確認すると、後ろへと振り返りユミラスの姿をその瞳に移す。
こうして、プリズデータ大国へとやって来た六人は氷の女王と対面するのだった。
『――あ!! ――――よ!! ――…………』
「…………ん?」
六人がユミラスと対面している頃、制空藍は別邸の庭にて黒椿とトワの二人と一緒に雪だるまを作っていた。
「どうしたの?」
「パパー?」
「いや、今何か聞こえたような気がして……まあ、いいか」
一瞬だけ気にはなったものの、目の前で明らかにその小さな体よりも大きい雪玉を持ち上げようとしているトワに気づいた藍は声については気にしないことにして慌ててトワの傍へと駆け寄るのだった。
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【作者からの一言】
着いて早々の再会は出来なさそうですね……果たして再会を果たすことが出来るのでしょうか? ぜひ今後の展開をお楽しみに!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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