第291話 プリズデータ大国 二日目⑤
朝食が終わり、特に予定のない俺は食堂でアリーシャが淹れてくれた紅茶を飲んでいる。
アリーシャの淹れてくれた紅茶はプリズデータ大国でしか採取出来ない茶葉らしく、氷点下の下でしか育たない品種らしい。
飲んだ後に爽快感を感じる辺りはミントティーに似ている気がするが、その味はミントティーよりも複雑で繊細……簡単に言うと凄く美味しいです。
王都に行けば売っているお店があるらしいので、後日行く事を誓った。
うん……この紅茶は絶対お菓子と合う。と言うか俺の好きな味だ!!
そうして紅茶を飲みつつも、俺は今後の予定について考えてみる。
とは言っても、今回の旅行の目的はあくまでも”療養”であり俺は基本的に予定が無い。
昨日が17日で、帰るのが23日だから……プリズデータ大国に居られるのは帰る日を合わせて六日間くらいだ。アーシェと二人きりで過ごすのは一応四日目と五日目になっている為……今日、明日、六日目は基本的にフリーだ。
まあ、三日目となる明日に関してはアーシェとのデートの下調べも兼ねて王都の散策でもしようかなとは思っている。
アーシェにとっては故郷なのだから俺が下調べをする必要もないとは思うけど、何も知らないよりは知っていた方がいい事もあるかなと思った。でも、デートの楽しみを減らすのもあれなので一応道を歩くだけにして極力お店とか観光スポットっぽい場所は避けるつもりだ。……屋台や出店くらいは覗いちゃうかもしれないけど、それは許して欲しい。
問題は一人で外に行けるかどうかなんだけど……駄目っぽいよなぁ。
一応朝食を食べながら俺の右腕が今どういう状態なのかは説明してある。
誰も居ない所で勝手に調べたことに対してみんなから少しだけ小言を言われてしまったが、リハビリが必要だけど回復しそうだと告げると安心した様に食事を再開していた。
……もしかしたら、もしかするのか?
ちなみに今食堂に残ってるのは俺、ミラ、ロゼ、リィシア、ウルギアの五名だけ。
フィオラ、アーシェ、ライナ、グラファルト、レヴィラの五名はユミラスの眷属である王城に仕える使用人達を鍛える為に、王城の敷地内にある訓練場へと向かった。
ユミラスに頼まれたのはライナとアーシェであり、近接戦闘訓練はライナが担当し遠距離戦闘訓練はアーシェが担当するらしい。
グラファルトは暇潰しについて行って、レヴィラに関してはフィオラからの
……フィオラはレヴィラが脱走しないように見張るための監視役らしい。
レヴィラは今日の夜には帰る予定なので、フィオラとしては普段とは違う環境下での訓練を今日中にして起きたいのかもしれない。
お昼には戻ってくるだろうし、レヴィラのご要望通り美味しい昼食を用意しておこう。……きっと、また泣いて帰って来るんだろうなぁ。
黒椿とトワは別邸の周囲を歩いて来ると言って、朝食を食べ終わると早々に食堂を後にしていた。
食堂の壁には等間隔で壁に窓が作られている為、二人の楽しそうに笑う姿が時より窓に映るので二人と目が合った時は手を振るようにしている。
ユミラスは朝食を終えて直ぐに王城へと戻って行った。
どうやら客人が来るとの事で、王城に用意された客室の最終確認と夕食時に行う歓迎会の準備だそうだ。
どうやらアポ無しで来た俺達とは違い前々から約束をしていたらしい。何だか申し訳なくなって謝罪したが、ユミラスは「気にしないで下さい」と笑って言ってくれた。
一応お昼は俺達と一緒に食べるらしいが、夕食は前述の通り歓迎会がある為俺達と一緒に食べれないとの事だ。残念ではあるが仕方がない。
そんな訳で、やる事がある面々以外の居残り組の一人……俺の右隣に居るミラに俺は外出の許可を貰おうと試みる。
「あのさ、ミラ。お願いが――「駄目」――……早くない?」
「どうせ外出許可を貰うつもりでしょう?」
うっ……何故バレた?
俺がそう問いかけると、呆れたように溜息を吐きながらミラは答えてくれた。
「さっき、アリーシャから茶葉について説明を受けた時に『王都……王都かぁ……』って呟いてたから直ぐに予想できたわ」
「くっ……」
何やってんだ俺!! 子供じゃないんだから!!
どうやら自分でも気づかないうちに王都への気持ちが昂って漏れ出ていたらしい。
しかし、諦める訳にはいかない! そもそも明日の王都観光に関しては下見の意味合いが強いのだから特に問題は無い筈だ!
「あ、明日は下見だけだから紅茶を買いに行ったりはしないぞ? 買い物とかはアーシェとのデートにとって置くつもりだから……本当に、プリズデータの王都がどんな感じなのか見に行こうと思っただけなんだ。だからいいだろ?」
「うーん……それでもやっぱり賛成はできないわね」
「ええ……なんで?」
俺がそう聞くと、ミラは手に持っていたカップをテーブルへと置いて俺の方へと体を向けると嫌そうな顔をしながらその口を開き始めた。
「これは私の勘なんだけれど……あなたを王都に出したら何かしらの騒動に巻き込まれる気がするの。いえ、絶対に巻き込まれるわ」
「いやいや、流石にそれはないだろう?」
「普通ならそうなんだろうけれど、藍は何かと巻き込まれやすい体質だから……本当ならアーシェとのデートもお家でして欲しいし、今後も森で生活し続けて欲しいって思ってるわ」
いや、それほぼ軟禁状態じゃないですか。
真剣な顔をして凄く物騒な事を言いだしたよこの人。
その後も下へ下へと食い下がってみたものの、最終的には”例え私達が一緒だとしても駄目よ。アーシェとのデートでは許してあげるから我慢しなさい”と言いくるめられてしまった。
くそ……絶対に諦めるものか!!
こうなったら大量にあるスキルや魔法を駆使して、必ず王都へ行って見せる!!
怒られるかもしれないけど構うものか!! 俺は絶対に王都へ行くぞ!!
「ああ、そうだ――抜け出したりしたら……分かってるわね?」
「…………はい」
……や、やっぱり、止めようかな。
――闇の月18日の昼過ぎ。
エルヴィス大国の王宮、その玄関口には王宮に住まう多くの人々が集まっていた。
王宮内から外へと体を向ける人々の先には、六人の女性達の姿がある。人々が集まっていた理由は、六人の女性達を見送る為でもあった。
そんな六人の女性達を前に、見送りに来ていた人々を代表してエルヴィス大国国王――ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスとエルヴィス大国王妃――マァレル・レヴィ・ラ・エルヴィスが一歩前へと進み出る。
「――我が娘シーラネル、ヴォルトレーテの王女キリノ、そして二人に付き従う者達よ。此度の旅はプリズデータ大国の女王からの招待である為危険はないとは思うが、くれぐれも注意してくれ」
『はい!』
六人が一列に並び、その中央にはエルヴィス大国第三王女――シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスとヴォルトレーテ大国第二王女――キリノ・ミナガワ・ヴォルトレーテが立っていて、ディルクから見て左側にエルヴィス大国の三人が並び、右側にヴォルトレーテ大国の三人が並ぶように分けられている。
自分の言葉に強く返事をする六人を一瞥してからディルクは満足そうに頷き、マァレルへと視線を送るのだった。ディルクからの視線に気づいたマァレルはゆっくりとした動作で六人に近づくと、優しい笑みを浮かべて一人一人の手を取り始める。
「――行きは我が国に仕える宮廷魔法師が、帰りはプリズデータ大国の女王陛下自らが”転移魔法”を使い安全に行き来できる様になっています。ですが、それでも心配しない理由にはなりません。元気な姿で、無事に帰って来て下さる事をここにお祈りいたします」
マァレルの言葉を受けて、六人は僅かにその瞳を潤ませる。
母性溢れるマァレルの雰囲気とその優しい言葉を受けて、それぞれが母親の存在を思い出し感動で胸を締め付けられていた。
そんな中でもシーラネルの反応は特に過剰で、実の母親であるマァレルに抱き着き数日の別れを寂しく思い涙を流す。他国へと向かうこと自体初であるシーラネルは、心の何処かで不安な気持ちを抱いていたのかもしれない。
そんなシーラネルの様子を優しく見守り頭を撫でるマァレルは「大丈夫……大丈夫ですよ」と何度も声を掛け続けた。
そうして、ようやくシーラネルが落ち着きを取り戻したところでマァレルはディルクの隣へと戻り、今度はマァレルがディルクへと視線を送る。
マァレルからの視線を受けたディルクは後ろへと振り向き、控えていた宮廷魔法師数人に目配せをした。
「これより、プリズデータ大国への送迎を行う!! 宮廷魔法師、並びに使者である六人は”転移魔法”の準備を始めるのだ!!」
ディルクの掛け声を受けて、六人の女性達は六人で丸くなる様に密集しその周囲を五人の宮廷魔法師が囲み始める。そして、宮廷魔法師達は両手を密集している六人へと翳すとその手に魔力を込めて”転移魔法”を行う為の詠唱を始めるのだった。
密集するようにして集まっていたシーラネルがふと顔を上げると、そこには父と母である二人が微笑みを浮かべていた。
その微笑みに答える様にシーラネルのめいいっぱいの笑顔を浮かべて二人に向けて声を上げる。
「お父様、お母様、行ってきます!!」
先程までの不安が吹っ切れた様子のシーラネルが元気いっぱいに声を上げた直後、準備が整った宮廷魔法師達による”転移魔法”が発動し――六人は、エルヴィス大国の王宮前からその姿を消したのだった。
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【作者からの一言】
昨日はお休みをいただきました……まだ本調子ではありませんが、とりあえず一区切りつきましたので投稿します!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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