第288話 プリズデータ大国 二日目②






「……えっと、つまり――あの涙は”嫌だった”訳じゃなくて”嬉しくて”泣いてしまった?」

「は、はい…………」


 急に泣き出してしまったユミラスが落ち着いた頃に話を聞いてみると、どうやらユミラスは俺に頭を撫でられた事に感動して泣いてしまった様だ。


 ユミラスは師匠である”氷結の魔女”――アーシエル・レ・プリズデータを敬愛していて、敬愛する師匠がプリズデータ大国へ……家である王城へ帰って来てくれる事をずっと待っていたらしい。それは数年や数十年と言った話ではない。

 その規模は数千年と言う歳月での話であり、アーシェからそんな話をされた事が無かったので正直驚いた。

 ただ、ユミラスもそこまで詳しく話してくれた訳ではなかったので話の根幹は分からず仕舞いで、俺も追及して良い事なのかどうか分からなくて結局それ以上踏み込むことが出来なかった。


 そうして数千年もの間をアーシェの帰りを待ち続けていたユミラスだったが、ここ数十年は正直諦めかけていたらしい。

 その時の王城の雰囲気はお通夜状態で、ユミラス自身も部屋に籠ってしまったり酒に溺れてしまったりとかなり落ち込んでしまっていた様だ。


 もうキッパリと諦めて生きて行かなければいけない……そんな事を考え始めた時に――アーシェがプリズデータ大国へ帰って来た。


『嬉しかったです……涙が止まりませんでした……』


 本当に幸せそうな顔をしながらユミラスはそう語ってくれた。

 それは王城に勤める使用人の人たちにとっても同じで、アーシェの帰りを王城の全員が祝福したそうだ。


 時期的には丁度俺が森で暮らす事になった頃くらいなので、きっかけとしては確かに俺かもしれないなぁと思う。

 でも、アーシェ自身も嫌々帰る訳では無くプリズデータ大国から森にある家に帰って来た日は少しだけ酔っ払いながら"楽しかった〜"と笑っている姿を見ることが多かった気がする。


 その事についてユミラスに聞いてみると、どうやらアーシェが遊びに行った日には必ずと言っていいほどにお酒を飲むことが多かったそうだ。

 そうして話すのはユミラスが弟子としてアーシェから魔法を教わっていた時の話だったり、今の二人の心境であったりと楽しい会話が続いて二人揃って酔っ払ってしまうらしい。


 ユミラスは恥ずかしそうにモジモジとしながら教えてくれたが、二人が幸せなら俺からは特に言うことは無いので気にしないように伝えておいた。


 大分話が長くなってしまったが、そう言った経緯もあってユミラスはアーシェがプリズデータ大国へ戻って来てくれる様になったきっかけである俺に大きな恩義を感じているらしい。


 別に何もしてないからと説明はしたんだけど……。


『いいえ、アーシェ様から全てを聞きました。その結果、私はラン様に救われたのだと気づくことが出来たのです。アーシェ様の心の闇を払ってくれたラン様には、感謝してもしきれません!』


 と力説されてしまい、その熱量に気圧されてしまった。


 何だか話が大きくなっている気がしなくもないが、正直俺とユミラスだけでは判断がつかない内容もあると思うので、やっぱりアーシェとは一度この件に関して話し合おうと思う。本当にアーシェに対してなにか特別な事をした記憶はないからなぁ……アーシェの心の闇ってなんだろう?


 まあ、そういった訳でユミラスは俺の事をアーシェを敬愛するように想ってくれているらしく、出来ればアーシェの様に仲良くしたいとも思ってくれていたようだ。


 まずは出会い大事。

 俺との初対面は印象を良くしておきたいという事で、王としてちゃんと働いている姿を見せようとしてくれていたのが……あの謁見の間での一幕だったそうだ。

 その結果は、まあご存知の通りで緊張してしまっていたユミラスは見事に言葉を噛んでしまい王としての威厳を見せると言う作戦は見事に撃沈してしまった。


 だからこそ、駄目駄目な自分の事なんてきっと見向きもされないと思っていたユミラスは、俺と楽しげに話すレヴィラの事を羨ましく思っていたらしい。そして、レヴィラの頭を俺が撫でたのを見て、思わず"良いなぁ"と声が漏れてしまった様だ。


 その声が俺にも聞こえていたと知ったユミラスは、これで完全に引かれてしまったと絶望したらしい。

 だからこそ、まさか頭を撫でてもらえるとは思ってもいなくて、その温もりと優しい言葉に感動して泣いてしまったのだと教えて貰った。


「謁見の間で、私は失敗してしまいました。だから、もう嫌われたくないと思って我慢するつもりだったので……凄く嬉しかったんです……」

「うーん……謁見の間での出来事をユミラスは失敗だと言うけどさ。それは少し違うと思う」

「ち、違う……ですか?」


 不思議そうに首を傾げるユミラスの言葉に、俺は頷いて答えた。


 確かに、王としての威厳を見せるという点においては失敗だったかもしれない。

 でも、俺としてはあそこでユミラスが緊張してくれていて良かったと思う。


「……ユミラスがあの謁見の間で緊張してくれていなかったら、きっと俺はユミラスの事を今でも凛とした雰囲気を持つ女王として見ていたと思うから」

「そ、それは良い事なのでは?」

「必ずしもそうとは限らないよ。もしもあの場でユミラスが凛とした雰囲気のまま俺に接し続けていたら、俺はきっとこんなにも気軽にユミラスと話は出来なかったと思う」


 これは俺の気持ち的な問題だ。元々が一般人であり、貴族でもましてや王族でもない俺にとって身分が偉い人との謁見……それも華やかな装飾などがされている王城での話となると、どうしても疲れてしまう。


「俺にとって王様や貴族って言うのは、雲の上の人なんだ。だから、敬称や敬語は不要だと言われても、気が楽になることは無い。ユミラスの事も多分"ユミラス王"って呼んでたかもしれない」

「それは……凄く悲しいです……」


 しょぼんと落ち込んでしまったユミラスを見て思わず笑みが溢れてしまう。

 弟子だったからなのかもしれないけど、喜怒哀楽の表現が何処と無くアーシェに似てるんだよな。


 だからなのかもしれないけど、落ち込んでしまったユミラスの頭に俺は自分の左手を乗せて撫で始めていた。


「だから、これで良かったんだよ。あの時、ユミラスが自分を偽る事無く曝け出してくれたから……確か、ミザさんが同じことを言ってた気がする」


 『寧ろ……ラン様に素の御身を曝け出せた事を喜ぶべきでしょう』だったかな?

 ミザさんの言う通り、素の状態のユミラスを知ることが出来たから、俺も変に緊張することなくこうして友人として接することが出来る。


「俺はあの時のユミラスの失敗に感謝してるよ。ユミラスはアーシェが言ってた様に……可愛らしくて良い子なんだなって思うし」

「か、かわ!? ら、ラン様にそんな風に言って貰えるなんて……」


 俺が褒めると、ユミラスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 うん、照れてる所も少しだけアーシェに似てるかもな。


 まだまだ知り合って間もないけど、ユミラスとは今後もこんな風に仲良くして行けたらなって思う。












「――――――あの、私の事忘れてない?」

「……………………ワスレテナイヨ」



 ……ユミラスを泣かせてしまったから、レヴィラには約束通り土下座してもらってたんだった。


 視線を下に向けると、その顔に白い雪を付けたレヴィラがジト目でこっちを見ていた。

 いやあ……すっかり忘れてた。










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