第287話 プリズデータ大国 二日目①





 プリズデータ大国へ訪れてから一日が過ぎた闇の月18日の朝。

 まだ暗い外に出ると、うっすらと雪が降っていることに気がついた。


 そう言えば、地球で暮らしてた時も冬の朝ってこんな感じだったなぁ……。


 そんなことを思い出し過去に浸りながら、革靴で少しだけ積もっている雪を踏んで別邸の庭を歩き回っていた。

 白い地面に足跡をつけながら歩いていると、常時発動させていた【気配察知】に二つの反応がある事に気がついて背後の王城への道へ視線を向ける。


「あれ、レヴィラと――?」

「おはよう……うっ」

「…………ます」

「……おはよう」


 眠そうに目を擦りながら、レヴィラは俺に挨拶をしてくれた。

 そんなレヴィラの背後には、何とかレヴィラの背中に隠れようとするものの160cmはある身長に加えてハイヒールを履いている為、身長の低いレヴィラに隠れきれていないの姿がある。


 ユミラスの呼び名に関しては昨日の夕食時に『これから数日間よろしくお願いします。ユミラス様』と挨拶をして教えて貰った作法通りに片手をお腹の前で折り頭を下げたら、『様付けと敬語は本当に止めて下さい』と土下座されレヴィラや他のみんなからも止める様に促されたので、砕けた呼び方と話し方にさせて貰っている。


 プリズデータ大国の女王に対して失礼だと思ったんだが、他ならぬユミラスの頼みであることと、これを機に仲良く出来たらなと言う意味も込めて友達の様に接することに決めた。

 一応夕食後に別邸へ戻った時アリーシャに聞いてみたけど『ユミラス様がラン様と仲良くしたいと常々仰っていたのは使用人達全員が周知しておりますので大丈夫です』と言われたので、ちょっと安心している。


 二人の頬や鼻先は微かに赤みが帯びていて、レヴィラはそれプラス全体的に真っ青である事から……多分酔っ払ってると思う。


 そしてユミラスに関しては緊張からなのか何なのか分からないけど全く声が聞こえなかった。昨日の夕食時もそうだったんだよな……。

 全く会話が成り立たなかったから、途中でアーシェが間に入る形で話していたのを覚えている。


「もしかして二人とも、朝まで飲んでたのか?」

「ええ……ちょっと、この子に付き合わされてね……」

「…………」


 俺が聞くとレヴィラは青い顔のまま右手を胸元へ寄せて自分に向けて魔力を解放し始めた。すると、レヴィラの体を白い魔力が包み込み具合の悪そうだった顔色がみるみる内に普段の顔色へと変わっていった。


 尚、その間もユミラスはレヴィラを盾にするばかりで全く話し掛けて来ない。

 目は合うんだけど、直ぐに逸らしちゃうんだよなぁ……やっぱり謁見の間での出来事を気にしているのかな?


「ランはこんな朝早くにどうしたの? まだここの使用人達も起きていない時間よ?」


 ユミラス事を考えているとレヴィラが首を傾げながらそう聞いて来る。

 俺が「たまたま朝早くに起きた」と返すと「ふぅん」と言う返事が返って来た。


「ランって昨日も朝早くに起きてなかった? 早起きなの?」

「いや、そういう訳じゃないと思う。ただ、最近はなんか夢見が悪くてさ」

「ええ……それってお師匠様達に相談しなくて良いの?」

「うーん……夢見が悪いだけだからなぁ……」

「でも、最近ずっと続いてるんでしょ? 心当たりとかないの?」


 心配してくれているのか不安そうな顔をしながらそう聞いて来るレヴィラ。その後方には同じように不安そうに俺を見ているユミラスの姿があった。


 心当たり……まあ、思い当たるのは一つだけある。

 夢に出て来るのは死祀に属していた転生者達の人生であったり、前世から現世までの記憶であったり、怨嗟の声であったり……。

 黒椿やウルギアに調べて貰ったが、間違いなく俺の魂に浸食していた呪い――転生者達の呪われた魂――は消滅しているとの事だ。

 だから俺がまだ呪われているという事はないのだろう。


 夢見が悪い原因は体や魂にあるのではなく……俺の心の問題なんだろう。


 幸いなことにまだ誰にも気づかれていないと思う。

 外に出る時も”認識阻害魔法”や【隠密S】などを使ってから出る様にしてるし、隣で寝ているグラファルトも眠り続けたままだったから。


 レヴィラはミラ達に相談するべきだと言うが、話したところで誰にも解決することは出来ないだろうし、これは……俺が背負って行かなきゃいけない罪でもあると思うからどうしても言えないんだよな。


「……ラン?」

「え?」


 色々と考えていると、いつも間にかレヴィラが目の前にまで近づいて俺の顔を見上げていた。当然の様にユミラスもレヴィラの背後に立っていてオロオロとした様子で俺を見ている。


「本当に大丈夫? なんだったらお師匠様達を呼んでくるけど?」

「いや、大丈夫。ごめん、ちょっと考え事をしてた」


 ずっしりと纏わりつく様に伸し掛かって来る罪の意識を振り払う様に、俺はレヴィラとユミラスに笑いかけながらそう言った。


「……そう。なら良いけど、何かあったら何時でも言うのよ?」

「うん。心配してくれてありがとう。レヴィラ、それにユミラスも」


 レヴィラの優しい言葉が嬉しくて、思わずそのエメラルドグリーンの頭を優しく撫でた。


「……あの、ラン。流石にユミラスの居る前で撫でられるのは恥ずかしいんだけど……」

「あ、ごめん」


 その頬を少しだけ赤らめたレヴィラにそう言われて、慌てて撫でていた手を離した。森で暮らすようになってからと言うものの、毎日の様にグラファルトやリィシア、ロゼと言った面々の頭を撫でていたからついつい手が伸びてしまっていた。


「まあ、別に嫌って訳じゃないから良いけど……貴方、親しい人には誰彼構わずこうだとしたら本当に気をつけなさい?」

「え? 何を?」

「…………無自覚なのね」

「ん??」


 何故か注意されたレヴィラに首を傾げていると、呆れたような顔をしたレヴィラが溜息混じりに小さく何かを呟いた。

 残念ながらその声は俺には届かず、聞き返す様に耳を傾けたのだが「何でもないわ」と言う返事しか聞くことが出来なかった。凄く気になる……。



「――良いな……」



 ん? 今のって……。


 不意に聞こえてきた声の方へ視線を向けると、そこには羨ましそうにレヴィラを見ているユミラスの姿があった。

 俺にも聞こえたのだから、その声は当然レヴィラにも聞こえていたようで、ユミラスの方へ振り返ったレヴィラは揶揄うようにユミラスへと話しかけ始める。


「あらあら、ユミラスってば何を見て"良いな"と思ったのかしら?」

「〜〜ッ!? な、何でもない!!」


 若干イラッとする声音で話し始めたレヴィラを見て、ユミラスは自分の発言を思い出したのか顔を真っ赤にして声を上げた。しかし、レヴィラはそれでも止めることなく尚もユミラスに話し続ける。


「遠慮しなくてもいいのよ〜? 何なら私からランに頼んであげよっか?」

「そ、そんなことしなくていい!! わ、我は別に……ッ」


 ん? 今一瞬ユミラスと視線があったような……。

 それにレヴィラの話を聞く限りだと、何か俺に頼み事でもあるのかな?

 プリズデータ大国には数日お世話になる訳だし、俺に出来ることであればしてあげたい。


「ユミラス、何か俺にして欲しい事があるのか?」

「へっ!? い、いえ!! ワ、ワタシハベツニ!?!?」


 あれ? レヴィラと俺とでは話す時の一人称が違う……? 何か自分なりの法則でもあるのかな?

 いや、今はそんな事よりもユミラスの願いを叶えてあげる方が先決だな。


「ユミラスにはこれからお世話になる訳だし、俺は今回の旅行後もユミラスと仲良くしたいと思ってる。だから、俺に出来ることならなんでも言ってくれ」

「い、いえ、本当にそんな……」

「遠慮しなくていいんだぞ?」

「あ、あの、本当に私は……」

「確かに何でも叶えられる訳じゃないけど……それでも、俺はユミラスに感謝してるからどうしても力になりたいんだ。些細な事でも言ってくれないか?」

「……うぅ」


 あ、あれぇ……?


 遠慮気味だったから食い下がる様にユミラスの説得を続けていると、何故か顔を真っ赤にして泣きそうな顔になってしまった。


 おかしい……ただお願いを聞こうと思っただけなのに、どうして泣かすことになってしまったんだ?


 そんなユミラスの様子に困惑していると、俺とユミラスの間に立っていたレヴィラが俺の軍服の左袖を引っ張った。


 レヴィラを見ると、レヴィラは右手をこめかみの少し上あたりまで持っていき人差し指と中指の二本で軽く頭を続き始める。それはフィエリティーゼでは良く使われる合図であり、確か意味は"念話を繋ぐ"だったと思う。

 レヴィラの合図に頷くと、案の定レヴィラから念話が届いた。


(ちょっと……泣かせてどうするのよ)

(いや、俺としては本当になにかして欲しいことがあるなら聞かせて欲しいと思っただけなんだが……)

(いや、まあ……貴方に悪気がないのは知ってるけど……はぁ)


 まだ何か言いたそうにしていたレヴィラだったが、チラりとユミラスの顔を見ると溜息を零しユミラスがして欲しい事について教えてくれた。

 ただ、レヴィラから聞いたユミラスの願いは意外なものであり、本当にそれで合ってるのか何度も聞き返してしまう。

 しかし、何度聞き返しても"間違いない""絶対に合ってる"とレヴィラは言い、しまいには"もし間違っていたらこの雪の地面の上で土下座するわ"と宣言し始めたので、俺は渋々ではあるが納得して早速行動に移すことにした。


「えっと……ユミラス」

「ッ……は、はぃ」


 うっ……なんか今にも泣きそうなんですけど!? 本当に大丈夫かなぁ……。


 不安ではあるが、視線を下に向けるとレヴィラが"早くやりなさい"と念話を送りながら睨んで来るので、俺は覚悟を決めてレヴィラから聞いた事を実行することにした。


「……心配してくれてありがとう。すっごく嬉しかったよ」


 ユミラスに心配してくれたことに関して感謝しながら、その綺麗な金色の頭に手を置いて優しく撫でる。


 これが、レヴィラから教えて貰ったユミラスのして欲しい事の内容であり、俺は半信半疑の状態でユミラスの様子を見守って居た。


「…………」


 ユミラスはその目を見開き、呆然とした状態で俺の事を見つめている。

 その間にも俺の左手はユミラスの頭へと置かれていて、何度も優しくその金色の髪を撫で続けていた。


 え、全く反応が無いんだけど……大丈夫なのかこれ!?


 そう思い、俺がユミラスへ声を掛けようとした直後――ユミラスの瞳から一粒の涙が零れ始めた。


「うっ……うぅ……」

「「…………」」


 そして、その一粒の涙が零れ落ちて直ぐにユミラスは泣き声を漏らしその瞳からは溢れる様に涙がポロポロと零れ続ける。




 よし、レヴィラ……約束は守ってもらうぞ。









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 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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