第286話 閑話 他国からの来訪 後編
クォンとガノルドの酒を飲みながらの話し合いが始まる。
二人はそれぞれの目的の為に動いている為、基本的に仲がいい訳では無いがお互い利害の一致から手助けをする関係ではある。
だからこそクォンもガノルドも、お互いの事は嫌いだが自らの計画には必要な人物ではある為、危害を加えることはせずに協力関係を築いているのだ。
「……それで? 今日わざわざここまで来た理由はなんだ?」
「相変わらず無愛想な人ですね。少しは会話を楽しもうとは思わないのでしょうか?」
「……チッ、こっちはお前のせいで作業を中断させられてんだよ。用がないなら戻らせてもらう」
自分を揶揄っている事を理解したガノルドはそんなクォンの態度に嫌気がさし、テーブルに置かれた蒸留酒の瓶だけを掴むと椅子に付けられた足掛けから足を離して飛ぶようにして席から立った。
そのまま部屋の出口へと歩いていくガノルドにクォンは溜息を吐くと、ガノルドを呼び止めるのだった。
「ただの冗談じゃないですかぁ……これだからドワーフ種は嫌ですね。その短気な性格はどうにかならないのでしょうか?」
「……チッ」
「それにしても、今日はやけに機嫌が悪いですね。何か不都合な事でも?」
「…………お前に話すような事じゃねぇ」
「そうでしょうか……必要な鉱石が足りないのではないですか?」
クォンの言葉を聞いたガノルドは一瞬ではあったがクォンに背中を向けた状態でその体を強張らせる。
そして振り返ったガノルドは愉快そうに微笑みを浮かべるクォンを睨み付けた。
「てめぇ……俺の国に犬をばら撒きやがったな?」
「酷い事を言いますねぇ? 私達は仕事仲間じゃないですか。わたくしにとって大切な貴方の事を部下に頼んで御守りして貰っているだけですよ……まあ、その時に副産物として色々と情報も手に入りますけどね」
「……見つけ次第ぶっ殺してやる」
「まあ、宣戦布告ですか? わたくしは構いませんよ? ですが――これが手に入らなくなるのは、困るのではないでしょうか?」
ふふふと楽し気に笑いクォンはグラスのワインを上品に飲む。そして、空いている左手で亜空間を開き、中から虹色に光を放つ黒い鉱石を取り出した。
その鉱石を目にしたガノルドは目を見開き、ゆっくりとした足取りでテーブルの置かれた席へと戻る。そしてテーブルの上に置かれた鉱石を見て、顎髭をさするのだった。
「こいつは素直に驚いたな……精霊石、それも五色か?」
「ええ、わたくしは精霊との相性が悪い様で"新緑の魔女"の様に簡単には行きませんでしたけどね。手に入れるのには苦労したので現物はこの一つしかありません」
「こいつは単色の精霊石よりも遥かに貴重だろうからな。普通の精霊石の百倍以上の価値がある。俺も五色の精霊石を見たのは初めてだ」
ガノルドは興奮気味に語りながらテーブルに置かれた精霊石を見つめ続けている。
精霊石とは、魔石の上位互換に値する鉱石であり、その正体は上位精霊が亡くなる際にその周囲で起こる魔力の飽和によって物質化した塊だ。だが、精霊と友好的な関係を築くと稀に複数の同じ魔力色の精霊が集まり同時に魔力を解放することで、精霊石を生み出す事もある。どちらの方法をとるにしても、貴重な功績であることには変わりのない代物と言えるだろう。
その生産過程から、精霊が好んで住むと言われる自然が多いヴィリアティリア大国の特産品の一つだ。
基本は単色の精霊石が主流であり、稀に精霊同士による争いで両方が亡くなり精霊二人分の魔力が一つの精霊石に物質化することもある。
中でも三色以上の精霊石は自然に生み出されることは無く、精霊との交流が深い者であっても難しい。
ガノルドはこの精霊石を求めていたが手に入れる事が出来ず、代用品として魔石を使ってみた物の上手く行かず悩んでいた。
そんなガノルドの悩みを知っていたクォンは、ヴィリアティリア大国の特産でもある精霊石を持ってきていたのだ。
しかし、精霊石の存在に興奮していたガノルドだったが、すぐに冷静さを取り戻しクォンの手にした精霊石の異質さに首を傾げ始める。
「しかし、この精霊石は何でこんなに黒いんだ?」
そう、通常の精霊石は透明なのだ。ガラスのように透明な石の中に生み出した精霊の魔力色が光り輝くのが精霊石であり、クォンが出した精霊石は微かに透けてはいるもののその色自体は黒に近かった。
そんなガノルドの質問に対して、クォンは簡潔に答えを口にするのだった。
「あぁ、それは――呪われてしまっているからですよ」
「……呪いだと?」
「ええ、呪いです。わたくしには効きませんけれど」
詫び入れる事無く当然の事のように話すクォンに、興奮していたがノルドの気持ちは一気に冷め始める。
「つまりあれか? お前は俺に呪いをかけようとしたってことか?」
「いえいえ、元々説明するつもりではありましたよ? 呪いと言ってもそこまで強い物ではありませんからね。どうやら、精霊石が作られる際に魔力と共に精霊の怨嗟まで取り込んでしまった様ですね…聖水に三日も浸し続ければ清められるでしょう」
「精霊の怨嗟……まさかお前、精霊を……」
信じられないと言わんばかりに言葉を濁らせたガノルドを見て、クォンはその口角をさらに上げて不敵に笑いながら答えるのだった。
「――えぇ、殺しました。何か問題でも?」
「……ヴィリアティリアから精霊が居なくなるぞ?」
「それがどうしたというのです? わたくしにとって精霊などという存在はどうでもいいのです。元々あの精霊達はわたくしが王位を継いで独立を宣言した直後、国から離れて森に隠れた臆病者の集まりですからね。偶然にも貴方が精霊石を欲していたので今回はわざわざ王であるわたくしが森まで出向いたの言うのに……あの虫どもめ、わたくしの要求を断りやがったんですよ? そんな虫に、何故慈悲を与えてやらないといけないのでしょうか? だから殺しました。目に映る妖精を全てね? あの時の妖精たちの声と言ったらもう……」
長々と語るクォンの様子を眺めて、ガノルドは悪寒が止まらなかった。
これ以上、クォンのそばに居るのは危険だと感じたガノルドは亜空間か呪い耐性のある手袋を取りだし手に着けるとテーブルに置かれた精霊石を持ち、未だに恍惚とした表情で話すクォンの話を遮る。
「とにかく、助かった。こいつは有難く使わせてもらう」
「え? あぁ、申し訳ありません。どうやら一人で盛り上がってしまっていたようです。精霊石に関しては私は必要ないのでどうぞご自由に。しかし、見返りとしてそちらには武器や防具を提供して頂きたいのですが……」
「……なるべく応えてやるが、期限にもよるな。数と質によっては素材が足りるかどうか分からん」
「期限はそうですね……来年まででしょうか? 素材は鉄で構いませんが、それなりの質は欲しいものです。そして数に関しても多いに越したことはないので、期限までに作れるだけお願いします」
「……まあ、俺が声を掛ければこの国にいる職人は動くだろう。定期的に数に関しては報告することにする」
そう言うと、ガノルドは椅子から飛び降りて出口へと歩き始めた。
それに続くようにクォンも歩き始めてガノルドの隣に並ぶ。
「それで構いません。ですが、わたくしは明日から数日は忙しいので連絡は取れないと思って下さい」
「……大量の武器防具から察するに戦争でも始める気か?」
「どうでしょう? わたくしの国はまだ動きませんよ? まあ、わたくしが誑かした小国がどう動くかは分かりませんけどね?」
「相変わらずの手口だな。数年前もタルマだかダルマだか忘れたが、そんな名前の豚を誑かして失敗したばっかりだろうに」
「確かにあれは失敗でしたねぇ。あの豚さんが上手く動いてさえくれれば、今頃エルヴィス大国は崩壊していたと言うのに……残念です。転生者達も上手く誘導していたつもりでしたが、まさか世界そのものを消そうとするとは予想外でした。わたくしの予想よりも女神様は転生者達に恨まれていたようですねぇ」
家の階段をゆっくりと降りながらクォンとガノルドは数年前に起きた死祀の騒動について話し始める。
失敗と語るクォンであったが、その表情には焦りはなくただただ楽しげに微笑んでいた。
「ですが、今回は大丈夫でしょう。エルヴィス大国のすぐ側にある小国ですが、あそこの王は欲望に忠実ですから……エルヴィス大国の第三王女様はモテモテですねぇ」
「またあの小娘が騒動の鍵なのか? 女神に愛された存在だと言うのに随分と災難に巻き込まれるな……いや、その災難を作っているのはお前だから、単純に運がないのか」
「そうですねぇ、わたくしとしても流石に予想外でしたから。まあ、小国は間違いなくエルヴィス大国と争うことになるでしょう。ですが……少しだけ懸念すべき事もあります」
「懸念すべき事か?」
一階の玄関口に辿り着いたクォンはガノルドの方へと振り返りその顔を真剣な表情へと変えて呟いた。
「転生者達を倒した人物についてですよ。本当であれば会議でエルヴィス王に聞く予定でしたが……話す素振りを見せませんでした。恐らくは"六色の魔女"だと思うのですが……部下の話では五色の魔女たちは苦戦を強いられていたと聞いていたので、どうにも気になるんですよね」
「……魔女よりも強い者が現れたと?」
「……いや、それは無いでしょう。まあ、この件に関しては徹底的に調べるつもりなので大丈夫です。邪神が現世に降臨した際に転生者達を殺したという線もありますしね。数年前に起きた黒い魔力の件も邪神が倒された余波によるものだと言うことですので、信憑性は一番高いでしょう。それでも、気にはなりますがね……」
クォンはそう言うと肩を竦めて苦笑を浮かべた。
クォンの話を聞いたガノルドはしばらく考え込むように顎髭を撫でるが、直ぐに興味を失い一階の奥にある工房へ向かおうとクォンに背を向ける。
「俺には詳しい事は分からねえが、まあ武器防具は用意しておく」
「ええ、よろしくお願いしますね。これも、わたくしたちに力を授けてくれたあの御方の為ですから」
「……」
ガノルドはその頬を赤らめ恋する乙女のような顔をしたクォンを気味悪そうに一瞥した後、片手を軽くあげてそのまま玄関口から姿を消した。
一人取り残されたクォンも、直ぐにその顔をいつもの微笑みを浮かべた表情に戻して外へと歩き始める。
「相変わらず、この国は暑いですねぇ……まあ、明日は凍える程の寒さに見舞われるのですが」
夜でも照明の魔道具によって明るく、金槌を叩きつける音が各所から聞こえる職人街でクォンは歩きながらそう呟いた。
「さて……わたくしの勧誘を断り続ける魔女の弟子を、どう説得しましょうか。まあ、あの方の弱みは知っているのでどうとでもなりますかね。ふふふ、会議の一件を見る限りでは師を失い心を閉ざしたにも関わらず、まだその心は師の存在を求め続けているのでしょう。そんな哀れな氷結の弟子には甘い誘惑をお贈りしましょうかね……全ては――様の為に」
楽しげにそう話した後、クォンは"転移魔法"を使ってラヴァール大国を後にした。
――闇の月17日の夜。
各国の王族が、それぞれの目的の為にプリズデータ大国へと向かう為に動き始めたのだった。
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【作者からの一言】
遅くなりました……!
これにて閑話は終わり、次回はプリズデータ大国二日目からのお話となります。
2022/7/04 クォンの一人称を”私”から”わたくし”に変更しました。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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