第284話 閑話 他国からの来訪 前編





――闇の月17日の昼頃。



 そこはエルヴィス大国の王都。

 王宮の会議室には、エルヴィス大国国王――ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスとエルヴィス大国第三王女――シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスを中心に、宰相――ローレン・ファルト・エレンティア、エルヴィス大国の騎士である"栄光騎士団"団長――ルーカス・セーリッヒ、副団長――アリン・モルダーク、宮廷魔法師代表――マティアス・メイルーク、ディルク専属従者――ヴァゼル・ルタット、シーラネル専属従者――コルネ・ルタットの八名が集まっていた。


 そして、会議室に置かれた楕円形の大きな長テーブルの半分をエルヴィス大国の重鎮達が囲み、空いた扉側の半分に視線を向けている。


 かれこれ十分以上の時間も緊迫した空気が流れる中……会議室の扉が外から叩かれた。


『ご報告いたします! ヴォルトレーテ大国から御客様がご到着いたしました!』

「……お通ししろ!」

『はっ!!』


 そこから響く声にディルクが答えると扉が開かれる。

 

 開かれた扉の先から会議室に足を踏み入れたのは、金色のマントを纏った銀色の鎧騎士。その後方には先頭を歩く銀色の鎧騎士よりも軽装の女性が二名。


「遅くなって申し訳ありません。エルヴィス大国国王――ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィス様」


 案内役の兵士が扉を閉じると、銀色の鎧騎士はその頭を覆うヘルムを取り会議室の奥に座るディルク王に深々と頭を下げる。

 ヘルムが外された頭部から長い金髪が垂れて揺れる。顔を上げた女性の顔を見たエルヴィス大国の重鎮たちは、その女性の美しさに思わず息を呑んだ。


 そうして数秒の沈黙が続いた後で、我に返ったディルクが咳ばらいをしながら女性に向かって声を掛ける。


「んんっ……謝罪は不要だ。よくぞ我が国へ参られた――キリノ・ミナガワ・ヴォルトレーテ嬢」

「”嬢”はお止め下さい。これでも今年で19になるのです」


 ディルクに名前を呼ばれたヴォルトレーテ大国第二王女のキリノはその頬を微かに赤らめながらも苦笑を浮かべる。そんなキリノの発言にディルクは柔らかな笑みを浮かべて「そうか、もうそんなに経つのだな……」と感慨深げに頷くのだった。


「では、キリノ王女と呼ばせて頂こう。それにしても美しくなられた……我ら一同驚いて口を噤んでしまったぞ」

「か、揶揄うのはお止め下さい……私など、剣を振るうことしか出来ない女なのですから」

「そう謙遜することはないであろう。なあ、シーラネル?」

「はい! キリノ様はとてもお美しいです!!」

「シーラネルまで……」


 ディルクから話を振られたシーラネルは両手を合わせながらキリノの美しさに対して称賛の声を上げる。


「最後にお会いしたのが十年も前の事なので記憶も朧気ですが……それでも、キリノ様が美しくなられたのは事実です!!」

「そ、それを言うならシーラネルもそうだろう? 昔はよく私の傍を走り回っていた女の子がここまで美しい少女になるとは……」

「うっ……昔のことは忘れてください! あの時はまだ王女としての自覚が無かったのです……」

「そうだな。あの頃は良く王都へと抜け出して――」

「キリノお姉様!!」


 キリノが過去の話をしようとした直後、先程までは"キリノ様"呼んでいたシーラネルが、焦ったようにキリノの事を"キリノお姉様"と呼んで話を中断させた。


 慌てふためくシーラネルを見て、キリノはその口元に笑みを作り謝罪の言葉を述べる。


「あはは、随分と懐かしい呼び名だ」

「うぅ……」


 満足そうな顔をしてキリノがそう言うと、シーラネルは赤くなった顔を手で覆い隠してしまう。そんなシーラネルの姿を見て、会議室に居る全員が楽しげに微笑み和やかな空気が会議室を支配した。





 和やかな空気が流れる中、会議室ではディルクはキリノから受け取った手紙を読み終えて、それをテーブルへと置いた。


「うむ、ワダツミ王からの手紙は確かに受け取った。この手紙によると、キリノ王女が今回の件にヴォルトレーテ大国の代表として向かうという事だが?」


 出された紅茶に口をつけていたキリノはゆっくりとカップを下ろして首を縦に振る。


 今回キリノがエルヴィス大国へと訪れたのは、プリズデータ大国へと向かう前にエルヴィス大国の代表者と行動を共にする為だった。

 そもそもプリズデータ大国が他国から人を招くこと自体が異例の事である。


 プリズデータ大国の女王――ユミラス・アイズ・プリズデータが、他国の人間を自国へと招くのを嫌っていたからだ。


 しかし、三大国が連盟を結んだ直後、ディルクの元にユミラスからの書状が届く。そこには”三大国の親交を深める為に、我が王城へ二大国の者達を招待したい”と書かれていた。その数日後にはヴォルトレーテ大国からも書状が届き、ヴォルトレーテ大国国王――ワダツミ・ミナガワ・ヴォルトレーテの文字で”ディルク王の所にも、プリズデータ大国からの招待状が届いたか?”と書かれていた。

 それに対してディルクは直ぐに返事を書き、ユミラスには招待を受ける旨を伝える手紙を、ワダツミにはエルヴィス大国がプリズデータ大国からの招待を受けるつもりであるという旨を伝える手紙を送ったのだ。


 そうして時期を見計らい三大国間でやり取りを繰り返していき、プリズデータ大国へと向かう日程が決められたのだった。

 今回、先にキリノ達がエルヴィス大国へと訪れたのは、ワダツミが娘を心配してエルヴィス大国と共にプリズデータ大国へ向かうように指示したからだ。


「今回のプリズデータ大国への訪問の目的は、各大国間で結束を高める為だと父上が言っていました。父上は容易に国を出る訳には行かない様で、兄であるカゲロウも公務でしばらく動けそうにありません。一番時間に余裕のある私が向かうのが良いだろうとなり、私が父上より指名されました」

「うむ、エルヴィス大国としても今までとは違い他国を警戒しなければならない状況だからな。ワダツミ王と同じく余も国を動く訳には行かない。本来であれば第一王子である息子を向かわせようと思ったのだが……」

「何かあったのですか?」


 困ったように唸るディルクの様子を見て、キリノは首を傾げる。

 そんなキリノにディルクは苦笑を浮かべながらも事情を話し始めた。


「いや、実はな……ユミラス様からシーラネルを連れてくるようにと頼まれたのだ」

「彼の女王自らが指名なされたのですか!?」


 キリノは驚きを隠すことが出来ずにそう声を上げる。


「うむ……だが、正直理由が思い浮かばなくてな。念の為手紙を受け取った際にノーゼラート様にも伺ってみたのだが、特に問題はないであろうと」

「そ、そうですか……では、今回のプリズデータ大国への訪問にはシーラネルが?」

「はい! 私とルネ……従者のコルネ・ルタットと副団長のアリンが」


 シーラネルに名前を呼ばれた二人が、座っていた席から立ち上がり深々とその頭を下げる。

 二人が席を戻ったところで、ディルクは話を再開させた。


「キリノ王女も持っておると思うが、ユミラス様から受け取った転移の魔道具で共に行けるのは三名が限界の様でな。騎士団長と宮廷魔法師には国の防衛の仕事がある。今回はシーラネルの従者としてコルネを、騎士団長の推薦で副団長であるアリンを付ける事にした。同じ女性同士の方が何かと都合がいいと思ってな」

「父上も同じような事を言っていました」

「ははは! ワダツミ王なら確かに言いそうではあるな。キリノ王女の事を偉く可愛がっていたからな、先日も手紙に書かれていたぞ?」

「父上はディルク王に対してそんな個人的なお話をしていたのですか!? お、お恥ずかしい限りです……」


 顔を赤くしてしまったキリノは項垂れる様にその頭を下げた。

 そんなキリノに対してディルクは「気にするな。それほどに我らの仲は良いという事だからな」と楽し気に答えた。


 そうして会議室での細かな打ち合わせが始まり、それが終わるとキリノが訪問した事を祝い小さな歓迎会が王宮で開かれた。

 シーラネルとキリノは明日に迫ったプリズデータ大国への訪問の為に英気を養い、宴の席も早めに抜けて眠りに着く。










――そんなエルヴィス大国の裏では、連盟から脱退を宣言した二大国が不穏な動きを見せていた。









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 【作者からの一言】


 という訳で、第二部からはフィエリティーゼを舞台とした騒動も起こります。

 国と国の問題などは書くのが難しくて大変ですね……。

 次回は後編と言う事で、不穏な動きを見せる二人の王のお話です。


※2022 6/17 次話は後編と記載されていますが、作者の都合により前編 中編 後編の三構成とさせて頂きます。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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