第283話 プリズデータ大国 一日目④







 アリーシャさんが泣き止むのを待つこと数分。

 目を少し腫らした状態のアリーシャさんは申し訳なさそうにしながら俺達へ頭を下げ始めた。


「申し訳ございません……ご案内を中断させた上に、お見苦しい物をお見せした……」

「謝らなくて大丈夫、ですよ。えっと、アリーシャさん」

「ラン様、私は使用人ですので敬称も敬語も不要です。どうぞ、私の事は”アリーシャ”とお呼びください」

「……わかった。それじゃあアリーシャ、本当に謝る必要はないからな? 俺達は特に気にしてないから」


 そう言った後で俺は振り返りみんなの顔を見る。後に続く様にして並ぶみんなは俺の言葉に頷いて答えた。


「詳しくは知らないけど、アリーシャが嬉しくて泣いている事は分かるから。良かったね、アリーシャ」


 俺がそう声を掛けると、顔を上げたアリーシャはその顔を笑顔に変えて頷いた。


「はい! 私の長年の夢が叶いました!!」


 そう語るアリーシャは本当に幸せそうだった。

 俺の右隣りに戻ったアーシェもそんなアリーシャの笑顔を見つめて満足そうに頷いている。

 そうして嬉しそうな笑顔を見せてくれたアリーシャは、深々と俺達に頭を下げると「では、離れにある別邸へとご案内させていただきます!」と言い先頭を歩き始めた。







 アリーシャに案内された別邸は……一言で言えば”豪邸”だった。

 二階建ての建物は流石に王城よりは小さいが、俺達くらいの人数なら余裕で泊まれるくらいに広い。二階建てと言っても、各階とも高さは10m以上あり一階には個室が6部屋、大きなキッチンと食堂、トイレが4つに大浴場が一つとシャワールームが大浴場の左右に一つずつある。

 二階は個室が10部屋、大部屋が1部屋、トイレが2つに屋根裏への階段が右端に設置されていた。

 個室には右端に高そうなダブルベッドが一部屋に一つ備え付けられていて、部屋の左側には一人用の正方形の小さなテーブルが置かれていて、椅子は二つ置かれている。


 個室を案内された時に思わず「外観に対してこじんまりしてるなぁ」って呟いてしまったけど、直ぐに隣に立つアーシェから「ランくん……わたし達の家と比べちゃダメだよ? これが普通なんだよ? 寧ろこの別邸は世界基準で見ても高水準な方だよ? ロゼ姉の造った物を基準にしちゃダメだよ?」と念を押す様に言われてしまった。

 どうやらいつの間にか、俺の中でロゼの建造物が世界の基準になってしまっていたらしい。これに関しては俺が世界を知らなすぎる事が原因でもあるけど……ロゼが『これぐらい普通だよー?』って言ってるのを何度も聞いていたのが大きい。

 やっぱり普通じゃなかったんだね。


 でも、決して不便という訳ではないので今回の旅の中で世界の常識なんかを少しでも知れたらなって思う。特に建造物や魔道具に関して……いや、制作物に関する常識を。


 ちなみに大部屋は中央に長テーブルが置かれていて、左右に椅子が五つずつ置かれていた。左右の壁には三人くらい座れそうなソファが壁に沿うように等間隔で二つずつ置かれていて、寛げるようになっている。

 アリーシャに大部屋の使い方について聞いてみると……


「ここはリクライニングスペースです。食堂では主に朝、昼、夕の三食を食べて頂き、こちらの大部屋では奥にありますガラス張りの壁の向こうの景色を楽しんでいただきながら紅茶やお酒などを飲みお寛ぎ頂ければと思います」


 との事だ。

 確かに奥のガラス張りの向こうの景色は綺麗だった。

 この別邸は王城の横にある為、ガラス張りの向こうには自然豊かな雪景色が広がっている。まだ午前中という事もあり陽が高い位置から降り注いでいて綺麗だ。俺達が景色を眺めて居ると後ろに控えていたアリーシャが「今日は珍しく晴れましたので特に綺麗ですよ」と説明してくれた。どうやらプリズデータ大国では雪が降る事がほとんどな様で、今日みたいな天気は珍しいらしい。確かに良く見ると奥の方には曇り空が見えた。


 折角なので、案内をしてくれているアリーシャに頼んでしばらくこの景色を眺めさせてもらう事にする。

 うん、絶景かな絶景かな。








 絶景を眺め終えた後、別邸の案内はつつがなく終わり俺達は再び大部屋へと集まって長テーブルの席へと着いた。十個ある席に俺達九人が座った後、「アリーシャちゃんはわたしの隣ね!」とアーシェに引っ張られたアリーシャが恐る恐ると言った感じで最後に残った一席へと座る。


 アリーシャが座ったタイミングで、俺はアリーシャへと声を掛けた。


「案内してくれてありがとう。これで説明は終わりでいいの?」

「はい。この別邸に関してはアーシエル様に全ての権利が御座いますので、自由に御使い下さい。身の回りのお世話に関してはどういたしましょうか?」

「身の回りのお世話……料理とか、掃除とかってこと?」

「はい。後はシーツの取り換えや、頼み事をされた時に迅速に対応できるようにと言った意味合いもあります。貴族方であれば護衛なども御付するのですが……皆様には不要だと判断いたしました」


 椅子に座った状態で軽く一礼するアリーシャに、俺以外の面々が小さく頷いている。まあ、そうだよね……みんな強いから。


 うーん……身の回りのお世話ねぇ……。


「正直、身の回りのお世話に関しては必要ないかな。家事に関しては俺が出来るから」

「いや、藍。せめて一人は頼んでおくべきだ」


 俺の右隣りに座るグラファルトが俺の言葉に反応してそう口にする。そんなグラファルトの発言に、何故かアリーシャ以外のみんなも頷いていた。


「ええ……でも、知らない人が寝泊まりしているって落ち着かなくない?」

「そうは言うが、我らはこの別邸へ初めて宿泊するのだぞ? お前が普段使っているキッチンではないのだ。右腕が使えない事を考慮しても家事が出来る者を一人か二人はつけておいた方がいいだろう。部屋の掃除くらいなら我らの”浄化魔法”でも出来るしな。お前が無理をする事はない」


 どうやら、俺の事を考えて進言してくれたみたいだ。

 いつもダラダラと寛いでるだけに見えるけど、意外と俺の事を見ていて考えてくれてるんだよな。

 そんなグラファルトの気遣いが嬉しくて「ありがとう」と伝えた。

 俺が感謝の言葉を口にすると、グラファルトはふっと小さく笑みを溢す。


「そもそも今回の旅はお前の療養を兼ねているのだぞ? それなのにお前が忙しなく動いていたら本末転倒であろう?」

「あ、そっか」


 普通に忘れてた……。

 そう言えば旅行の目的は俺の療養だったな。

 アリーシャが戻った後で直ぐに軽く掃除でもしようかなとか考えてた。


 その事を伝えると、グラファルトだけではなくアリーシャ以外の全員がやれやれと言った風に溜息を溢し、アリーシャに関しては苦笑を浮かべていた。

 あんまりみんなに心配かける訳にもいかないし、今回はグラファルトの言葉に甘えるとするかな。


「そうなると何人か分の部屋を空けておく必要があるのか?」

「あの、気になるようでしたら王城から直接向かわせるようにすることも出来ますが……」

「でも、それじゃあ大変じゃないか?」

「いえ、そんなことは……」


 俺の言葉にそう答えるアリーシャだったが、その表情から察するに大変なんだろうなと思う。

 王城の近くにあるとはいえ、歩きだと十分は掛かる。

 それに朝早くに起きるのも大変だろうし、一々呼び出すのも気が引ける。


 うーん……どうするべきか……。

 俺が考えていると「あ、それなら!」と正面の右側に座るアーシェがテーブルを軽く叩きながら立ち上がった。


「アリーシャちゃんにお願いしようよ!!」

「アリーシャに?」


 俺がそう聞くと、アーシェは大きく頷く。そんなアーシェの右隣りではアリーシャがその目を見開き驚いていた。


「アリーシャちゃんは料理も掃除も出来るってミザちゃんが言ってたよ? それに、全く知らない人よりもここまで案内してくれたアリーシャちゃんの方が安心でしょ?」

「確かに……でも、アリーシャ的には大丈夫なのか? 仕事とか」

「えっと、皆様が御越しになると決まった日から、私を含めたユミラス様直属の者達は通常の業務を免除され、いつでも皆様の為に動ける様に配慮されてますので大丈夫ですが……私で良いのでしょうか?」


 最後の方で不安そうな顔を作り聞いて来るアリーシャ。

 その隣に立つアーシェは俺の方を見て懇願する様に見てくる。

 他のみんなの顔を見てみるが、小さく頷くだけで特に何かを言う事はなかった。

 いつの間にか俺が決める感じになっている様だ。


 アリーシャとの付き合いはまだ短くて、人柄を完全に把握した訳ではない。

 でも、アーシェとの仲は良好みたいだし、知らない人が来るよりは断然アリーシャの方が良いだろう。


「……それじゃあ、アリーシャにお願いしようかな。アリーシャはそれで大丈夫かな?」

「ッ!! はい! 精一杯務めさせて頂きます!」

「やった~!! ありがとうランくん! 良かったね、アリーシャちゃん!」

「はい!!」


 俺が身の回りのお世話をお願いすると、アリーシャは花が咲いたように笑みを浮かべて引き受けてくれた。そんな俺達のやり取りを聞いたアーシェも嬉しそうに笑顔を見せてアリーシャに抱き着いている。


 使用人が居る生活なんてしたことがないからちょっとだけ不安だけど、楽しそうにしているアーシェと嬉しそうな顔をするアリーシャを見ていたら、まあ良いかと思えた。

 アリーシャは料理も出来るみたいだし、この旅行を機にプリズデータの料理を教わるのも良いかもしれないな。

 そう考えると、この旅行の楽しみにが増えて来た。


 一通りの話が纏まったところで、アリーシャは一度ユミラス様の元へ戻り別邸の使用人に指名された事を報告しに行くと言った。


 アリーシャの見送りをする為に玄関へと向かった際に昼食に関して聞かれたので、俺は持ってきたのがあるから大丈夫だと断った。と言うのも、王城にある食堂で食べると言われてちょっと気が引けてしまったのだ。

 アリーシャは俺の心情を察したのか苦笑を浮かべて一礼する。だけど、夕食に関しては既に料理長が下準備を始めてしまっているらしい。「ユミラス様も皆様との晩餐を楽しみにしておりますので、夜に関しては是非王城でお願いいたします」とアリーシャにお願いされてしまった。そこまで言われたら断る訳にもいかず、俺はアリーシャの言葉に頷いて答える。

 毎日だったらちょっと気が重いけど、夕食だけだしみんなも居るから何とかなるだろう。



 そうしてアリーシャが別邸から去った後、夕食まで暇となった俺達は部屋割りを決めるべく話し合う事になった。

 そうして話している時に気づいたんだけど……今は俺の中に居る黒椿達の事を説明し忘れてる。


 慌ててアーシェにその事を言ったら「ああ、念話で人数に関しては伝えてあるから大丈夫だよ! ”ちょっとだけ特殊な子も居るから”って言っておいたから!」と教えてくれた。

 まあ、確かに特殊な存在ではあるけど……大丈夫かな?


 まあ、ファンカレアみたいにフィエリティーゼで有名な女神ではないから心配はないだろうけど……王城に向かう前にアリーシャには面通ししておいた方が良いかもしれない。


 そんな事を考えながら、俺達は絶景を眺めつつミラが淹れた紅茶を飲んでのんびりと部屋割りを決めて行った。













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