第282話 プリズデータ大国 一日目③
「――ハ、ハハハ……終わった……終わってしまった……私の威厳と品位は消え失せたのだ……」
「――大丈夫です、ユミラス様。寧ろ……ラン様に素の御身を曝け出せた事を喜ぶべきでしょう」
「嘘だ……だって、アーシェ様以外の魔女様が頭を抱えていたもん!! ”ああ、駄目だこの子”って感じに、昔と変わらない仕草で見てたもん!! 私は、もう手遅れなんだ……」
『…………』
えっと……どうすればいいの?
謁見の間に入ってすぐのこと。
部屋の奥に一つだけ存在する玉座、そこには座る見目麗しい女性が凛とした佇まいで俺達を見下ろしていた。
そして、女性が立ち上がり口を開いたと思ったら――盛大に言葉を噛んでしまう。
それも、取り返しがつかないほどに大きな声で。
女性が言おうとした言葉が『よく来てくださいました』と言う簡単な文章なだけに、噛んでしまった瞬間の衝撃はそれはもう俺の脳内に一発で記録される程に強いものだった。
そんな女性の発言に対して、アーシェ以外の"六色の魔女"達は頭を抑えるようにして溜息をついていた。よく見れば、レヴィラとグラファルトもやれやれと言った感じに頭を抑えて首を振っている。
その様子を横目に見て、俺はこれが目の前の女性の通常運転なんだなと察した。
当の本人である女性――ユミラス・アイズ・プリズデータ様は、自分が言葉を噛んでしまった事に対して顔を赤らめながらその瞳に涙を溢れさせた。
しかし、その顔色は赤から青へと変わり始めて、ユミラス様は玉座腰掛ける訳でもなくその場にへたりこんでしまい、遠い目をして乾いた笑みをこぼし始めるのだった。
そんなユミラス様の元へ後ろで控えていたミザさんが駆けつけて、ユミラス様を励まし始めたのが今から10分前。
その間、俺たちは何をしているのかと言うと……謁見の間の右端の方で円卓を囲んで座り紅茶を飲んでいる。
いや、俺は止めましたよ?
流石に不敬なんじゃ……って止めたけど、円卓を置いたミラが「いいのよ、あの子ああなると長いから。それに、私達はあの子より偉いのよ?」と言って紅茶を淹れ始めたのだ。
他のみんなも特に否定することなく円卓に座り始めて、アーシェでさえ「まあ、仕方がないね……」と零した。
それでも、謁見の間でティータイム――しかも背後には意気消沈中のユミラス様の声付き――と言うのはどうしても落ち着かない俺は、ユミラス様と同じ弟子の立場であるレヴィラに確認したのだが……。
「本当に気にしなくていいわよ? あの子はその……見た目に反して子供っぽいというか、不器用なのよ……」
そんな返答がレヴィラから返ってきて、誰も止める人は居ないのだと悟った。
「えっと、不器用って言うのは?」
「ユミラスが他者に向ける感情って極端で、知り合いでも無い興味もない相手に対しては本当に上辺だけ、全く仲良くしようとはしないのよ。でも、お師匠様達やミザみたいに尊敬している人や仲の良い人に対しては全力で好意を向けるの。まあ、同じ弟子である私には何故か辛辣だけど……それでも、仲が良い事には変わりないわ」
「……それと今の状況にどんな繋がりが?」
いまいち理解出来なかった俺がそう聞くと、レヴィラはミラの淹れた紅茶を美味しそうに飲みながら答えてくれた。
「ユミラスはね、貴方と仲良くしたいのよ。でも、あの子は不器用で尊敬していたり好意を抱いている人に対してはとことん臆病だから……昔からこう――気持ちが空回るっていうの? 極度のあがり症なのよ」
「あはは……悪い子じゃないんだよ? すっごく可愛くて、良い子なんだけど……今日は多分、ランくんにかっこいい姿を見せようとしたんじゃないかな?」
レヴィラに続くように話すアーシェに俺は「なるほど」と呟きながら頷く。
「まあ、ミザちゃんが慰めてくれてるから大丈夫だよ! しばらくすれば元に戻るから」
「……わかった。要は俺と仲良くしようとしてくれてたって事だよな? それで、意気揚々と王として振舞おうとして失敗した………………ん?」
俺がユミラス様の行動に関して推測を述べていると、俺の右前方に座るアーシェが慌てた様子で口の前に両手でバッテンを作りその頭を左右に振っている。
よく見れば円卓に座っているみんなは苦笑を浮かべていたり頭を抑えていたりと、ユミラス様が言葉を噛んだ時の様な動きをしていた。
そんな皆の様子を訝しめに眺めていると、アーシェの視線が俺ではなく、俺の頭の少し上……背後を見ている気がした。
一体何が………………あっ。
「……………………」
手に持っていたカップを円卓に置いて振り向くと、そこにはユミラス様が立っていました。……全く気づきませんでした。
その体をプルプルと震わせるユミラス様は、その顔を赤らめてポロポロと涙を流し始める。
ま、まずい……何もしてないけど、いたたまれない。何か話さないと……。
「あ、あの――」
「うわぁぁぁあん!!」
……………………駄目でした。
声を掛けようとしたら全力で逃げられました。
泣き声を上げながらユミラス様は謁見の間の玉座の傍に居るミザさん目掛けて走り去ってしまった。
そしてユミラス様に両足をホールドされたミザさんは子供をあやす様にユミラス様の頭を撫で始める。
そんなミザさんと目が合うと、ミザさんは困った様に笑いながら俺に頭を下げ始めた。俺はそんなミザさんと現在進行形で泣いてしまっているユミラス様に申し訳なくなり深々と頭を下げる。
そして、円卓へと体を戻すとミラ達から声を掛けられた。
「……これ以上拗らせてどうするのよ」
「いや、足音とか聞こえなかったから気づかなかったんだよ」
「【気配察知】は常に使いなさいって言ったでしょう? あれはこういう時の為にあるんだから」
いやいやいや……仮にもアーシェの実家―しかも王城―で【気配察知】は必要ないと思ったんだよ。
でも、これからはミラの言う通り常に使うことにしよう。とりあえず半径5mくらいでいいか。
結局この後もユミラス様はまともに話せる状態には戻ることなく、「先に宿泊するお部屋へご案内させていただきます。部下を外へ呼んでおきましたので、ここはお任せください」というミザさんの言葉に従い俺達は謁見の間を後にした。
ミザさんの指示のもと俺達は謁見の間を出て外へ、そこには城門前に居た人とは別の人が待機していて俺達が泊まる部屋へと案内してくれた。
アーシェが気を利かせて人数を知らせておいてくれた為、一応人数分の部屋を抑えておいてくれた……というより、王城の隣にある別邸を準備してくれていたみたいだ。
何の為に建てられたのかは教えて貰えなかったけど、結構昔からある建物らしくてここ数百年は扉を開けられてすらいなかったのだとか。アーシェの隣に並んで歩いていたら先頭に立つ使用人さんが気を利かせて話し相手になってくれてその際に教えてくれた。
建物が建てられた理由を聞いていた時に隣に並ぶアーシェが気まずそうにしていたから、多分アーシェが関係しているんだと思う。まあ、無理に聞く必要もないので「そうですか」と返事を返すだけに留めた。
「あ、ですがしっかりと掃除などは済ませてありますのでご安心ください」
「あはは……迷惑かけちゃってごめんね? アリーシャちゃん」
「い、いえ!! これが私達の仕事ですので!! アーシエル様にお名前を憶えて頂けて光栄です!!」
肩まで伸びた桃色の癖毛が特徴的な少女――アリーシャさんは、アーシェの言葉を聞いた直後に慌てふためく。
どうやら、アーシェが自分の名前を憶えてくれているとは思ってもみなかった様だ。
そんなアリーシャさんの言葉にアーシェはにんまりと笑顔を浮かべて後ろからアリーシャさんに抱き着いた。
「ユミラスちゃんから聞いたよ。わたしが落ち込んでた時に王城まで来てくれた女の子なんだよね? あの時は会ってあげられなくてごめんね? そして――ユミラスちゃんとわたしの為にこの王城を守り続けてくれて、ありがとう!」
「~~ッ……も、勿体無き、お言葉を、ありがとうございますッ……」
「これからはちょくちょく遊びに来るつもりだから、もっといっぱいお話しようね!」
「はい……はいッ……」
アーシェが背後から抱きしめた際にアリーシャさんの足が止まってしまった為、俺達は足を止めて二人のやり取りを見守って居た。
アリーシャさんは涙を流しながら、アーシェの言葉を噛みしめるように何度も強く頷いている。
二人の間に何があったのかは分からないけど、今の二人の表情を見るに特に心配する様な事はないのだろうと思う。
アーシェに頭を撫でられているアリーシャさんは泣きながらも……本当に幸せそうに笑っているから。
――私の名前はアリーシャ。
メイド長――ミザさんの次にユミラス様の眷属となった人種です。
ユミラス様に眷属にして頂くまでの十数年は、今でもよく思い出せます。
初めてその姿を見た時、私はまだ四歳の子供でした。
大好きな”まじょさま”――もとい、アーシエル様が会いに来てくれなくなった後、そのお顔を見に行く為に何度も王城へ続く坂道前の塀へと訪れていた時の事です。
子供だった私は、”おしろにいけば、まじょさまにあえる!”と勘違いして毎日王城へと続く坂道の入口、そこに駐屯する門番さんに話し掛けていました。
『まじょさまはー?』
私がそう声を掛けると、屈強な門番の男性はわざわざしゃがみ込んで困った様な顔をして私に話してくれるのです。
『ごめんね、氷結の魔女様はいまお休みしているんだ』
その声に私は大きく肩を落としてがっかりしてしまいます。
今となってはとっても恥ずかしい思い出です。
でも、当時の私はどうしてもアーシエル様に会いたかった。
私が四歳だった頃、プリズデータ大国は【闇魔力】を持つ暴徒達によって大きな被害を受けていました。それを止めてくれたのがアーシエル様とその弟子であるユミラス様だったのです。
私は当時、母親に抱き着き泣くことしか出来なかった。
事の顛末を知ったのは、母と父が夜に話しているのを偶々聞いていたからです。
四歳児には難しい内容でしたが”氷結の魔女様が助けてくれた”、”ユミラス様も助けてくれた”、それだけは分かりました。
だから、私はお礼を言いたかったのです。
私達を守って下さったアーシエル様に、ユミラス様に、どうしても感謝を伝えたかったのです。
『そっかー……じゃあ、まじょさまにつたえて? たすけてくれて、ありがとーって! あと、ゆみらすさまにもー! ありがとーって!!』
苦笑しながらも頷く門番さんに一礼して、私は家に帰り始めます。
それが、私の日課となっていました。
お礼を言う毎日が続いて一年が過ぎた頃。
私は、ユミラス様に初めてお会いする機会を得ます。
その日は日が昇る前で、早起きをした私は門番さんを驚かせようと思いまだ暗い時間にも関わらず坂道へと向かいました。
まだ五歳で幼かった私は、いつでも門番さんが居ると思っていたのです。
向かった先に居たのは、美しい女性でした。坂道へと続く門を開き外に出ようとしている所だった女性は、私の姿に気づいて静かに見下ろします。
『おねえちゃん、だれー?』
『…………』
私の質問に答えることなく、ただただ女性は私を見下ろしていました。
何も言ってくれない女性に対して、子供だった私は愚かにも頬を膨らませ怒ってしまいます。
『おねえちゃん! ここはね、まじょさまのおうちなんだよ!! しらないひとがかってに――ッ』
『…………帰れ』
知らない人と言った直後、女性は見下ろしていた視線に殺気を込めて睨んできました。そして、低く唸るようなその声に私は恐怖して、泣き声を上げながら逃げ出してしまうのです。
家に戻ると泣いている私に気づいた両親が驚き事情を聞こうとします。そんな両親に対して私は”まじょさまのおうちのそばに、しらないおんなのひとがいた!””にらまれて、こわかった!!”と泣き続けました。
私の容量の得ない話に首を傾げるだけだった両親は、その後日が昇ると何処かへ行って一時間程で帰って来ます。王城へと続く坂道前へ行っていたのです。
両親はその時駐屯所で休んでいた門番さんに話を伺い、その時に聞いた話を私にしてくれました。
私が出会った女性がユミラス様だった事、ユミラス様はアーシエル様の弟子であり知らない人ではない事。両親は、子供の私でも分かるように簡潔にまとめて話してくれます。
その後で『もう、坂道の前には行かない様に』と言われていたのに、私はその言いつけを守りませんでした。
『――また来たのか』
『…………』
翌日も日が昇る前に私は坂道の前へと向かいました。
そして、そこにはユミラス様が居たのです。
これはユミラス様にお仕えするようになってから知ったのですが、当時のユミラス様はアーシエル様の代わりに政務をこなし、他の魔女様に助言を貰いに行ったりしていて、私が出会った時は魔女様の元へ向かう予定だったのだとか。
そんな事も知らない私は、ユミラス様の声を聞いて体が震えてしまいます。
それでも、ちゃんと謝りたい……そう強く願った私は震える声で必死に話しました。
『き、きのうは、しらないひとっていって、ごめんなさい……ゆみらすさま!!』
私の声を聞いて、ユミラス様は一瞬だけ驚いたように見えました。しかし、その後すぐに無表情な顔へと戻ってしまいます。
『……分かった。だからもう帰れ』
冷たい声音に泣きそうになりましたが、私はまだ帰る訳には行きませんでした。
『あと、もういっこだけ……』
『…………はぁ。なんだ?』
私には、伝えなければいけない言葉があったのです。
『ゆみらすさま……まじょさまといっしょに、こわいひとたちからたすけてくれて……ありがとう』
『ッ…………』
ユミラス様は今度こそ驚いたまま固まってしまいました。
子供だった私は、その様子に困惑して何度もユミラス様のお名前を呼んだのを覚えています。
そうして我に返ったユミラス様は、ふっと優しく笑みを浮かべて私の頭を撫でてくださいました。
『そうか……わざわざ礼を言いに……そうかそうか……』
その時、ユミラス様が何を考えていたのかは分かりません。
それでも、ユミラス様に撫でて頂いたその感触だけは……温かな感情と共に私の心に深く刻まれたのです。
そうして、それからと言うもの私は何度もユミラス様に会いに行きました。
当時はご多忙だった筈です。それなのに、私が会いに行くとユミラス様はわざわざ足を止めてお話をしてくださいました。
こうして、私はユミラス様に会いに行くにつれて……ある覚悟を決めるのです。
それは、私が15歳となった時。
親元を離れる覚悟を決めた私は――ユミラス様の前に跪きました。
『どうか――私を貴女様の眷属にしてください。この命……ユミラス様の為、そしていつの日か帰ってきてくださるアーシエル様の為に使いたいのです』
そんな私の発言に対してユミラス様は丁寧に眷属になる事の意味について教えてくださいました。
曰く――血液を飲む事で永久の命を得ることが出来る事。
曰く――それは異端と見られ恐れられる可能性がある事。
曰く――敵対者を殺める事になるだろうという事。
曰く――普通の家族、恋人など……普通の幸せは手に入らないであろう事。
それ以外にも細かな弊害について説明をしてくださり『それでも、良いのか?』と聞いて下さいました。
その優しさに、私は思わず笑みを溢してしまいましたがそれでもはっきりと言いきりました。
『――私にとっての幸せは、御二方にお仕えし続ける事である』と。
こうして、私はユミラス様の眷属になったのです。
使用人として働き始めてからは目まぐるしい日々でした。
メイド長であるミザさんに出会いました。
ユミラス様のお仕事の大変さを知りました。
アーシエル様の悲劇を知りました。
数千年の時を経て、アーシエル様が王を辞めました。
その後に……ユミラス様はその御心を閉ざしました。
辛い日々もありました。
疲労と無力感に苛まれる日もありました。
ですが……私はいま、幸せです。
敬愛する御二方の笑顔が、この王城に戻って来たのですから。
どうか、いつまでもお仕えさせてください。
私は……アリーシャは、幼い頃から御二方の事をずっとずっと――お慕いしています。
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【作者からの一言】
初登場にして一話の半分を使ったアリーシャさん。
お気づきの方もいるかもしれませんが、アリーシャさんは『その氷は、静かに溶け始めた③』に登場した小さな女の子です。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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