第280話 プリズデータ大国 一日目①
――プリズデータ大国 王城 謁見の間
広々としたホールは華やかな装飾で飾られており、出入り口となる大きな扉から反対側に作られた玉座へ続く低い階段へと幅5m程の青い絨毯が真っ直ぐに伸びている。
三段からなる段差の低い階段を上った先にある玉座。そこでは、一人の美しい女性が落ち着かない様子で玉座の後方を右往左往していた。
その後ろでは、一人のエルフ種の女性が落ち着かない主の様子に呆れながらも待機している。
「あの……女王陛下。そんなにソワソワとしていてもアーシエル様御一行がいらっしゃる時間は変わりませんよ?」
「わ、分かっている!! た、ただ……楽しみで……」
子供の様に口ごもるプリズデータ大国女王――ユミラス・アイズ・プリズデータ。そんな彼女の仕草を見て、ユミラス専属の従者兼メイド長のミザは子供を見守る様な優しい笑みを浮かべる。
それはおよそ数分前の事、約束の時刻が近づいた事で玉座に座りながらもソワソワと落ち着かなくなったユミラスの為に、ミザは直属の部下を招集し王城の入口で待機するように命じた。
ミザはユミラスに「到着次第、私の部下がお知らせします」と告げたが、それでもユミラスの挙動は落ち着きを見せず、まもなく約束の時刻となった現在はその玉座からも立ち上がりウロウロと歩き始めてしまったのだ。
プリズデータ大国の国民がいまのユミラスの姿を見たら、あれはユミラスの偽物ではないかと疑う事だろう。
しかし、いま目の前に広がるユミラスの姿は長年ユミラスに仕えて来たミザにとって良く見る光景であった。
ユミラスは師であるアーシエルが来ると分かると、現在の様にソワソワと落ち着きがなくなる。そして、アーシエルが現れると「アーシェ様っ!」と子供の様に笑みを浮かべて抱き着くのだ。
その光景を知るのは、長年世代交代を繰り返しながらも王城に努める使用人しかいない。
冷徹で、冷酷なる氷の女王も……師の前では唯の弟子であり、永遠に子供なのだ。
そうして、ミザがユミラスを見守っていると、謁見の間の扉が叩かれる。
その音を聞いて慌てた様子で玉座へと座ったユミラスは凛とした声で「入れ」と告げるのだった。
入って来たのは先程ミザが入口で待機させていた部下の一人。
清潔感のある黒いワンピースタイプの給仕服の上に白いエプロンを付け、長いスカート部分からはみ出した足にはぴったりと肌を包み込む黒いタイツが履かれていた。
揺れるショートボブの茶髪の上には、深い蒼のカチューシャが付けられている。それは王城仕えの女性使用人に贈られる魔道具だ。
茶髪の女性は慌てながらも長いスカートを折り曲げて、女王であるユミラスに跪きその頭を下げて宣言する。
「女王陛下! アーシエル様御一行が城門前に到着した様です!!」
「そ、そうか!! 丁重にお迎えしろ!!」
「はいっ!!」
ユミラスの声に一礼した茶髪の女性はすぐさま後方へと振り向き謁見の間を後にした。
この時、ユミラスはしっかりと応対が出来たと鼻を鳴らすが……ユミラスの後方に立って居たミザはそうは思っていない。
アーシエル達が到着したと報告を受けた直後、ユミラスは子供の様にガバッと立ち上がり、嬉々とした声で叫んでいたのだ。
後方に居てユミラスの顔を見る事が出来ないミザであったが、きっとユミラスはその瞳をキラキラと輝かせているのだろうと考える。
何故なら……。
「アーシェ様が来たっ……それに、憧れのラン様もっ……」
茶髪の女性が扉を閉めた直後、ユミラスの嬉しそうなそんな呟きを――ミザははっきりと聞いてしまっていたからだ。
そうして、ミザは心の中で願うのだった。
(ああ、どうか……まだ見ぬ我らが英雄様……ユミラス様に幻滅なさらないで下さい……)
アーシエルの心を救ってくれた英雄が国を、女王を、嫌わない様にと。
「ここが私の故郷――プリズデータ大国だよ!!」
――アーシェの”転移魔法”によって、俺は見知らぬ土地へとやって来た。
転移は一瞬で眩しいと思った後には冷たい空気が俺の体を巡る。
知らない土地の空気を噛みしめて目を開けば、目の前には嬉しそうにこっちを見て両手を広げるアーシェと、そんなアーシェの後方に聳える鉄の門があった。
「~~寒いッ」
氷雪地帯だとは聞いてたけど、こんなに寒いのか……。
「だから言ったじゃない。”変温魔法”なしだと厳しいわよって」
呆れた様にそう呟きながら、ミラは俺に右手を翳して”変温魔法”を掛けてくれた。
”変温魔法”によって徐々に体から寒さが消えていく。次第に暑くもなく寒くもない快適な温度になって、極寒の寒さから抜け出すことが出来たのだった。
ちなみに、俺以外の全員は既に”変温魔法”を使用済みである。
「ここがプリズデータ大国かぁ……あれ?」
とりあえずぐるっと一周してみたが……左右、後方に建物らしくものは存在しない。
あるのは王城を囲む様に聳える鉄の壁と大きな門のみだ。
「王城の周囲って、どこもこんな感じなのか?」
「こんな感じって……ああ、お城以外に建物がないのかってこと?」
俺の疑問に答えてくれたミラに頷くと、ミラはアーシェの立つお城側とは反対に振り返り歩き始めた。そしてチラリと俺を見て顎を動かし「ついて来い」と目で訴える。何があるのか分からないけど、とりあえずミラに従い俺は後を追う事にした。
100m程前に歩くとミラはその足を止めて下を見始めた。後ろをついて行っていた俺は足を止めるミラの隣に移動して、同じように下を見る。
すると、そこには緩やかな下り坂が続いていてその先の方には何やら大きな塀が見える。そして、その塀の向こうには広々とした街並みが広がっていた。
「――国によって違うけれど、王城とかは大体王都とは少しだけ離されているわ。それはまあ敵の侵入を妨げる為であったり、王としての威厳を示す為であったりと様々だけれどね」
「へぇ、そういうものなのか」
「一番王都に近いのはエルヴィス大国の王宮かしら? まあ、それでも王宮の周囲には深い塀と高い堀が一周するように作られていて、出入口は四つの橋があるけれどそのどれもが通常時は橋が上げられた状態になっていて、王都側の出入り口には門番役の衛兵が常駐。王宮に用事がある場合はその門番に話をして、門番が王宮側の出入口に居る衛兵に念話をして、念話を聞いた兵が王宮の使用人に説明……そこから上へと話が行って許可が下りれば橋が下ろされるって感じかしら?」
うん、聞いただけで時間が掛かってめんどくさそうだなと思う。まあ、王宮に住むのは当然王族であり、国の頂点たる存在なのだから仕方がないとは思うけど……。
「もしかして、シーラネルのお祝いに行く時ってその長々とした方法で連絡を取るのか?」
そうだとしたらちょっと物々しい感じになりそう……というか、ミラ達に気づいた衛兵の人とかが騒いだりして目立ちそう。是非ともご遠慮したい!!
そんな俺の気持ちを察したのか、ミラは苦笑を浮かべつつも「大丈夫よ」と話し始めた。
「安心しなさい。私達が行くときは転移して行くから」
「あ、そうなんだ。転移で行ける王宮って……大丈夫なのか?」
「ああ、その辺りは問題ないわよ。王宮には転移阻害の術式が展開されていて、簡単には侵入できないから」
「……なんか、矛盾してない?」
今さっき「転移で行くから」とか言ってましたよね?
転移阻害の術式が展開されているなら、転移できないんじゃ……。
「転移阻害って、要は”転移魔法”を発動する為に送りこまれた術者の魔力を弾く仕組みなのよ。そもそも、”転移魔法”は馬鹿みたいに魔力を消費する魔法だからSランク冒険者の魔法使いでも一日に一回……それも最大で五人だけしか対象に出来ない魔法よ。エルヴィス大国の王宮の転移阻害はフィオラが展開したものだから、もし”転移魔法”で王宮に入りたいのなら通常の”転移魔法”五回分の魔力量を込めないと入れないわよ」
「うーん……それってどれくらい難しいの?」
「そうねぇ、レヴィラが王宮に潜入したい賊だとしたら……侵入は出来るけど、王宮に入って直ぐに”魔量欠乏症”で倒れるわ」
……あれ、それって森ではいつもの光景なんじゃ?
未だに森へ転移して来るだけでぶっ倒れてるレヴィラを何度か見ている。そしてその傍には「情けない……」って呟きながら弟子を見下ろすフィオラ付き。
でも、普通に考えたら魔女の弟子であるレヴィラが倒れるくらいの魔力量って……途方もない量なのか?
「まあ、王族やレヴィラには転移阻害を無視して転移できる魔道具が配布されているから、あまり関係ないことだけれどね」
「ああ、そうなんだ」
良かった……てっきりレヴィラが森で虐め――もとい鍛錬を受けて倒れた後も、王宮に転移する度にぶっ倒れてるのかと思った。
「――お~い!! もう中に入るから~!! 戻って来て~~!!」
そうしてミラと話をしていると、後方から俺達を呼びアーシェの声が聞こえて来た。
アーシェの嬉しそうな声に思わずミラと顔を合わせて笑ってしまう。
「ふふ、それじゃあ行きましょうか」
「あはは、待たせる訳にも行かないからね」
そうして自然に差し出されたミラの右手を左手で掴み、俺達はアーシェたちが待っている城門前へと歩き始めた。
さて……確かユミラス様? だったっけ。
アーシェが言うには”可愛いい、良い子”って事だけど……どんな人かな?
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【作者からの一言】
なんでしょう……百年とかではなく、途方もない年月を過ごして来た長命種の方々は精神年齢が若くなるイメージがあるんですよね。
若々しいと言いますが、性格が無邪気と言いますか。
でも、ユミラスさんに関してはアーシエルに似たのかもしれません。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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