第278話 閑話 慌ただしいプリズデータ大国





 ――フィエリティーゼの北西に位置する氷雪地帯。


 その土地は常に雪で覆われていて、ほとんどの気温は氷点下を下回る。世界で一番暑い時期であったとしても、その最高気温は5度と低めだ。


 そんな氷雪地帯の中心地には、フィエリティーゼに存在する五大国の一つ……プリズデータ大国がある。

 "氷結の魔女"アーシエル・レ・プリズデータが建国した国であり、長き歴史を持ちながらも国の象徴となる王が二代目までしか存在しない珍しい国だ。


 王が二代目までしか存在しない理由は単純であり、二代目……現女王であるユミラス・アイズ・プリズデータがハイエルフに並ぶ長命種だからだ。


 吸血種の始祖であるユミラスには、寿命という概念が存在しない。通常の吸血種の様に、魂の存在する生命の血液、体液、魂を喰らう事で生き長らえる訳でもなく、太陽にも打ち勝つ強さを兼ね備えた不死の女王。


 彼女は300年前に他の弟子たちが師である”六色の魔女”から王位を継ぐその前から王として君臨していた。

 それは、ユミラスの師であるアーシエルが【闇魔力】に魂を浸食された暴徒達の襲撃騒動の後にその心を閉ざしたのが原因である。


 心を閉ざしたアーシエルは常に王城の一室へと引き籠るようになった。

 外へ出る時には必ず”認識阻害魔法”を使いその表情を偽る。そんな師の姿を見たユミラスは何度もアーシエルへと声を掛けたが「ごめんね」と謝られるだけだった。

 そうして、王であるアーシエルが表に出る事がなくなった事で、その代わりを務めたのがユミラスだった。

 他の魔女達から政治について学び、圧倒的強さとカリスマを持って国を束ねる。


 師である氷結を侮辱する者を断罪し、いつか帰って来るであろう師を想い数千年もの歳月を偽りの王として君臨し続けたのだ。


 そんなユミラスも、300年前に突如として帰って来たアーシエルに王位を譲ると言われた際にはその心に深い傷を負ったが、今ではその傷もすっかり癒えている。

 ユミラスにとって一番大切な、”認識阻害魔法”を解いたありのままのアーシエルを見る事が出来たからだ。








――闇の月15日の夜。




 プリズデータ大国の王城、ユミラスの私室にて。


「御呼びでしょうか、女王陛下」

「ああ……」


 長きに渡り王城に努めて来たエルフ種の女性は、部屋に入ることなく開いた扉の前で一礼している。

 体を折り曲げたままの体勢でユミラスからの言葉を待っていた女性だったが、うわ言の様に呟かれた言葉の後で一向に声を掛けて来ないユミラスを不審に思い、恐る恐るその体を元に戻す。


「あの……女王陛下?」

「ッ……ああ、すまぬ。入ってくれ。それと、今日の公務は終わりここも公式の場ではないのだから普段通りに言葉を崩せ」

「はい、ユミラス様」


 女性は再び体を折ると、すぐさま体勢を戻して部屋へと入る。


 ユミラスの私室は扉の先に広々とした空間が広がっており、扉から見て正面奥の壁に二つの扉が付けられている。右が寝室で、左が浴室だ。

 私室に浴室が備え付けられているのは、ユミラスの趣味である飲み歩きが原因である。酔っぱらって朝帰りも辞さないユミラスの為に、急遽浴室をこしらえたのだ。


 広々とした空間には、煌びやかな装飾が施されたカーテン、床にはエンシェントシープの下位互換とされるグランドシープの毛皮を赤く染めた絨毯が敷かれており、中央には長ソファが二つと、長ソファに挟まれる形で背の低い長テーブルが一つ置かれている。

 女性が部屋に入ると、窓際に立って居たユミラスはその美しい蒼いドレスを靡かせて女性の方へと体を向け、窓際に置かれていた酒の貯蔵棚を開き一本のワインを取りだす。


「ユミラス様、お酒は……」


 そんなユミラスの行動を見て、その表情を曇らせた女性はやんわりとお酒を断ろうとした。


「ん? ああ、これは我だけで飲むつもりだから大丈夫だ」

「…………はぁ」


 ふっと小さく笑みを浮かべるユミラスに、女性はお酒を控えるようにと言おうとした自分の口を無理やり閉じて、溜息を溢した。


 この人には何を言っても無駄。

 ここで無理にでもお酒を取り上げようとすると駄々をこねて面倒な事になる。


 そう考えた女性は、一本位なら許そうと判断したのだ。


 長ソファに腰掛けたユミラスは、亜空間からグラスを一つ取り出してコルクを外したワインボトルをグラスへと傾ける。

 女性は嬉しそうにワインをグラスに注ぐユミラスに溜息を吐きながらも、向かい合う様に席に着き、亜空間からティーセットを取り出して自分用の紅茶を用意し始めた。


 この一連の行動を他の貴族が見たら不敬と思われるだろう。

 しかし、このやり取りが行われているのは他ならぬユミラスの私室であり、長年ユミラスに仕えて来たエルフ種の女性はユミラスから”非公式の場では楽にするように”と言明されている。

 その為、ユミラスが止めろと言わない限り、女性が罪に問われることは無いのだ。


「~~♪」

「……上機嫌ですね?」

「ふっ、分かるか?」

「……えぇ、鼻歌を歌われておりました」


 ワインを飲みグラスを揺らして上機嫌に歌うユミラスに女性は目を伏せ淡々と答える。


「実はな、先程アーシェ様から念話が入ったのだ!」

「……アーシエル様からですか?」


 足を組み上機嫌に語るユミラスの言葉に、女性は首を傾げた。


「うむ! 何でも、明後日に他の魔女様方を含めた十数名でプリズデータへお越しくださるそうだ!!」

「………………は?」


 ユミラスの言葉を聞いた女性は、その衝撃的な内容に思わずそんな声を漏らす。しかし、既に酔い始めていたユミラスには女性の声は届かなかったのだろう。

 敬愛するアーシェから掛かってきた念話の内容を嬉しそうに語り続けた。


「どうやら、魔女様方は心身を休めるためにいらっしゃる様だな、23日には帰ると言っていたな!」

「……い、いや、それはいつ頃聞かされた話で――」

「そうそう!! 聞いてくれ、ミザ!! なんと、今回は魔女様達と共に偉大なる御方もいらっしゃるのだ!!」

「……偉大なる、御方?」

「うむ!! 聞いて驚け……なんと、アーシェ様をお救い下さったあの”ラン様”が御越しになるのだぞ!?」

「…………………」


 酔っ払ったユミラスから"ミザ"と呼ばれた女性は言葉を発する事を止めた。

 手に持っていたカップをそっと亜空間へとしまい、テーブルに用意したティーセットもしまう。

 ついでにユミラスの前に置かれたワインボトルと肴のチーズや燻製肉もしまう。


 そうして徐ろに立ち上がると、ユミラスの背後へと移動し……その頭を片手で鷲掴みにした。

 先程までは上機嫌であったユミラスだったが、頭に感じる手の感触と目の前に居たはずのミザが居ない事に気づいてその顔色を青くする。


「え、えっと、ミ、ミザ……」

「……何時ですか?」

「え?」

「アーシエル様から念話が届いたのは、何時ですかと聞いているんです」

「さ、さっきだ!! 本当にさっき!! 嘘は言っていないぞ!?」


 頭を鷲掴みにしている手に力が込められたのを感じて、ユミラスは慌てて声を上げた。


「本当ですね?」

「ほ、本当だ!! 我らが創造神に誓おう!!」

「……分かりました」


 ユミラスの誓いを聞いたミザは、その禍々しいオーラを霧散させて、鷲掴みにしていた頭から手を離した。

 そうして再び向かい合う様に腰掛けたミザを見て、ユミラスは脱力した様にその体をソファの背へと預ける。


「申し訳ございません。ユミラス様がサプライズと称して重要な案件を私に隠してしまう事が過去に数件御座いましたので」

「…………色々と申し訳ない」

「いえいえ、ユミラス様のお元気な姿が見られるだけでミザは幸せですから」


 ミザにとっては遥か昔の話になる。ミザはまだユミラスが女王となる前から共にいる存在だ。

 通常のエルフ種であれば不可能なことではあるが、それをユミラスの吸血種の始祖として能力を用いて可能としている。

 これは、ハイエルフであるレヴィラ・ノーぜラートとユミラスが話し合い、ミザがそれを望んだからこそ生まれた奇跡の結果なのだ。


 エルフ種でありながら、ユミラスの眷属となった存在……それがミザという女性の正体だ。

 見た目は三十代くらいで停滞し、透き通るような青白い肌。色素が抜けた様な白く長い髪を持ち、エルフ種には存在しない紅い瞳を宿している。


 世間から見れば珍しい存在である彼女は、同族のエルフ種からは奇異の目で見られる。もう里へと帰ることは出来ないと、遥か昔に里の長から告げられていた。


 その話をミザから聞いたユミラスが激怒し里の長へと文句を言いに行こうとしたが、ミザはそれを止めたのだった。


『この身が変わり果てた事で、里に戻れないことは重々承知していました。それでも私は、貴女様とアーシエル様にずっとお仕えし続けたいと思ったのです。今日からこの城が私の居場所であり、私が帰るべき場所です』


 清々しい表情で嬉しそうにそう語るミザを見て、ユミラスは溜飲を下げたという。


 それはミザの本心であり、数千年が過ぎた今でも変わらない気持ちであった。


 だからこそ、ミザは今のユミラスを見て嬉しく思っている。

 悲しみくれるユミラスを見てきたミザだからこそ、幸せそうに声を上げるユミラスが愛おしくて堪らないのだ。


「ミザ……」

「ですが……呑気にお酒を飲んでいる場合ではありませんね」

「……え?」


 微笑みあっていた二人だったが、ミザはその笑みを崩すことなくユミラスへ話し続ける。


「さあ、これからアーシエル様御一行をお迎えする為の打ち合わせを致しましょう。まだ就寝時間前で良かったです。急いで城の管理者各位を第一会議室へ招集しましょう」

「い、いまから?」

「はい、今からです。あぁ、ご安心ください……たった一日徹夜すれば間に合いますので」

「………………わ、我は役に立たぬだろうから、先に寝室へ行って休もうかな」


 満面の笑みを浮かべるミザに、ユミラスは寒気を覚えた。その寒気から背くように立ち上がり寝室へと向かおうとするが……。


「――逃がしませんよ?」

「ひっ」


 目では追えない速さで移動したミザによって両肩を掴まれる。


「役に立たないなどご謙遜を……そもそもアーシエル様から直接ご連絡を賜ったのはユミラス様です。ささ、我らが女王様……どうか会議の行く末を見守っていてください。ね?」

「………………ひゃい」


 力強く掴まれた両肩を見て、ユミラスが泣きそうな顔で小さく声を上げた。

 そんなユミラスの両肩を背後から掴んでいるミザは、そのままユミラスを押すようにして進み出し、二人で私室を後にする。


 そこから会議室へと移動し、ミザが城の管理者各位へ念話を送り、慌てて駆けつけた管理者各位を混じえて会議が開かれる。


 その会議は結局朝になっても終わらず、その日の予定の全てを返上してようやくお昼頃に会議が終わると、そのまま会議室を後にした管理者達が下の者へと指示を出して慌ただしく動き始める。


 ちなみに、会議中はユミラスは一言も喋ることなく……終了後に掛ける予定だった号令に関しても、ミザに奪われてしまった。


「………………私、要らなかったよね?」


 誰も居ない会議室。

 女王の為に用意されたお誕生日席に座るユミラスは、豪華な装飾が施された椅子の上で三角座りをして普段の口調を崩した言葉遣いでそう呟いた。


 いじけたユミラスが籃達がやって来る前日の夜まで部屋に引き篭り続けたのは言うまでもない。












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【作者からの一言】


 今回はプリズデータ大国側のお話です。

 そして、メイド長の女性の名前がミザと判明しましたね。

 ミザはプリズデータ大国のお話を書く上で結構登場する予定ですので、よろしくお願いいたします。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!

 ご感想もお待ちしております!!


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