第275話 ハイエルフとのお茶会④
赤面したレヴィラの怒りの暴風を受けた俺は、そのまま地面へと転がってしまう。
慌てて駆け付けてきたトワに心配されるが、痛み自体は全くなかった。多分、レヴィラが手加減してくれたんだと思う。
その後は心配するトワの頭を左手で撫でていると、ふと背中に風が舞うのを感じて気がつけば俺の体は宙へと浮いていた。
驚く間もなくそのまま座っていた椅子へと運ばれ、俺は元の席へと着地する。
座った席の向こうには顔を赤くしながらもバツの悪そうな表情をするレヴィラのすがたがあり、後方からは「パパが飛んだー!!」と嬉しそうに叫ぶトワの声が聞こえた。
きゃっきゃと喜んでいるトワを呼び俺の隣の席(亜空間から出したクッション付き)に座らせて、再びレヴィラへと視線を戻す。
「あ、あの……」
「…………」
「レヴィラさん?」
ジーッと睨み続けるレヴィラに声を掛けてみるが、全く返事は返って来ない。
これはもう手遅れなくらいに怒らせてしまったかな……そう思って落ち込んでいると、睨み続けていたレヴィラが大きな溜息を吐いた。
「はぁ……ねぇ、ランっていつもそうなの?」
「え?」
「いや、だから……その……お、お師匠様達の前でも、こんな感じなの?」
もじもじと体を動かしながら視線を俺へと向けるレヴィラ。
その顔は未だに赤くはあるが、怒っている様には見えなかった。
レヴィラに対する態度とミラ達に対する態度に違いはあるのかって事かな?
「はっきりとは言えないけど、多分変わらないと思う」
「そ、そう……はぁ、そりゃお師匠様も惚れるわけよ……」
「ん? なんて言ったんだ?」
返事をしてくれたのはわかったが、最後の方は上手く聞き取れなかった。
「なんでもないわ!! 全く……どうせお師匠様達にも"大切な人だ"とか"可愛い"とか言ってるんでしょ?」
「え? まあ、実際そう思うから言うことはあるけど……」
「あのねぇ……そう言うのはあまり言わない方が良いわよ? 勘違いする人も居るんだから」
「……勘違い?」
なんの事か分からず首を傾げると、レヴィラは呆れた様な表情で俺を見始める。そして再び溜息を吐くと、カップに紅茶を注いで飲み始めた。
「いいわ、もういいわよ……私からお師匠様に警戒するように話すから……」
「んん?」
「何でもないわ……でも、私にはお師匠様達みたいに無理して声を掛けなくて良いわよ? 私は研究ばっかりして来た変わり者で、言い寄ってくるのは私の地位と肩書きを利用したい馬鹿ばっか。まあ、だからこそ結婚も恋も無縁なんだけどね……可愛げがないのだって自覚してるし」
おぉ……なんか、レヴィラからどんどん光が失われていく……。
よく分からないけど、レヴィラって自己評価が低くないか?
本人は諦めてるみたいだけど……そんなに卑屈になることはないと思うけどなぁ。
「俺は、レヴィラは可愛いと思うよ?」
「なっ……あんたはまたそうやって――「レヴィラは可愛いよ」――〜〜ッ」
ぼっと音が聞こえてきそうなほど顔を赤らめて俺を睨むレヴィラに、思わず怯みそうになるが……俺はどうしても、レヴィラの勘違いを正しておきたかった。
「研究熱心なのはいい事だと思うよ。それだけ打ち込めるものがあるなんて、羨ましいとも思う。変わり者だなんて思わないよ。それと言い寄ってくる相手に関しては、もしかしたら出会いの場所が良くなかったんじゃないか? 勝手なイメージだけど、レヴィラが他人と話すのって格式の高いパーティーとか貴族同士の話し合いの場だったりしたんじゃ……」
「…………た、確かに、そうだけどぉ」
「やっぱり……これは俺の偏見かもしれないけど、そういう場所って政治絡みな事が多いんだと思う。だから、純粋に人を見るんじゃなくてその人の家柄とか武勲とか爵位とか、人間そのものを見ずに功績を見て損益感情込みのお付き合いが当たり前の世界なんじゃない? そんな世界で、レヴィラの人となりをちゃんと見てくれる人は中々居ないんじゃないかな。俺はこうして遊びに来てくれる形でレヴィラと出会って、話してるけど……」
そこで一旦話を止めて、テーブルに左手を着いて前のめりになり、レヴィラへと近づいてみる。
「ッ!?」
「……うん。やっぱり、俺にとってのレヴィラは、優しくて可愛い……魅力的な女の子だよ」
真っ赤になってしまっているが、その透き通る様な白い肌は女性の憧れだと思う。そして艶のあるエメラルドグリーンの長い髪も、マリーゴールドの瞳も、女性特有の細くて華奢な体格も、全てがレヴィラを表す魅力なんだと、心からそう思った。
「あ、あんたねぇ……!! あんたねぇ!!!!」
「えっ!? は、はい!!」
バンッとテーブルを叩いたレヴィラが、前のめりになって近づいてきた。
いま、俺とレヴィラの顔は鼻がぶつかりそうになるくらいに近くなっている。
まずい、こうやって見ると、レヴィラは本当に綺麗で可愛らしい顔立ちをしているというのがよく分かった。
至近距離で見てもシミひとつない綺麗な肌に長いまつ毛。マリーゴールドの瞳は真っ直ぐに俺を見ており瞳の中に薄らと驚いている俺の姿が見える。
流石に近すぎる距離にドギマギしていると、レヴィラとしてもこんなに近づくつもりは無かったのか、次第に驚いたように見開かれた瞳が俺から逸れてその顔は湯気でも出そうな程に赤く染る。
「あっ……ご、ごめんなさい……」
「い、いや、俺は別に……」
「「…………ッ」」
互いに視線を逸らしながら話していると、チラリとレヴィラを見た時にマリーゴールドの瞳と目が合った。
そうして再び見つめ合う事で、レヴィラだけではなく、俺まで顔が暑くなっているのが分かる。互いに少しだけ荒くなっている呼吸音が聞こえ、不意にレヴィラの口元を見てしまった。
先程まで紅茶を口にしていた小さな口。微かに濡れているピンク色をした唇が少し動く度にキラキラと光っているように見える。
このままじゃまずいと判断して直ぐな視線をレヴィラの瞳へと戻すが、俺はなんて声をかけたらいいか分からず、ただ見つめ続けていた。
「……その、さっきの話は……本当なの?」
「え?」
「だ、だから、わ、私が……その……魅力的な……って……」
「……本当だよ」
自分で言うのは恥ずかしかったのか、チラチラと俺を見るマリーゴールドの瞳は震えていて、レヴィラの顔は未だに赤いままだ。
そんな彼女に嘘をつく理由はないと思い、俺は正直に話す。
「レヴィラは魅力的な女の子だと思う。まあ、年上に対して女の子って言うのは失礼かもしれないけど……」
「そ、そんなことないわ!! その、う、嬉しい……と、思う、から……」
「そっか、それなら良かったよ……」
そうして、 至近距離で見つめ会い続ける俺たちは、顔を話すタイミングが分からないでいた。それどころか、いま俺の左手にはレヴィラの小さな右手が重なるように置かれている。
そこから伝わる少しだけ高い体温が何故か心地よくて、俺は自分から離れるという選択肢を遠ざけ始めていた。
次第に重ねられた手は、絡むように握り直され……俺たちは互いに顔を――
「――あらぁ、随分と楽しそうですね……レヴィラ?」
「「!?!?」」
レヴィラの後方から突然聞こえて来た冷えきった声。
その聞き覚えのある声に視線をゆっくりと上へ向けると……そこにはフィオラの姿があった。
「お、お師匠様……」
「はい、どうしたのですか……レヴィラ?」
「ひっ……」
「あらあら、何を怯えているんです? 私は別に怒ったりしていませんよ? えぇ、例え貴女が……師よりも先に進もうとしていたとしても、ね?」
「ッ…………」
「そう言えば、今日の鍛錬はまだでしたね? まだ夕食の時間まで余裕があります。今すぐに森へ向かいましょう」
「い、いえ、ですが――「行きますよ?」――……ひゃい」
そうして、レヴィラは笑っている筈なのに目が座っているフィオラに連れ去られて俺の前から消えてしまった。
そんな光景に呆然としていた俺だったが、ふと背後から感じる複数人の気配に気づいて慌てて振り返る。
「あっ……」
そこには、地下施設に居たであろうファンカレア、黒椿、ウルギア、グラファルト、ミラ、ロゼ、アーシェ、ライナ、リィシア、そして黒椿に抱き抱えられているトワの十一人が勢揃いしていた。
その光景に俺が顔を青ざめていると、黒い笑みを浮かべる女性陣を代表するようにグラファルトが一歩前へ出てくる。
そして一言――
「――そこに座れ」
黒い笑みを浮かべながら、親指を逆さにして地面を指さし低い声で告げるのだった。
逃げてもいいのだろう。
この黒に染る女性陣と真っ向から対立し、戦いに身を任せることも出来るだろう。
そうして数多ある選択肢の中から、俺は最善策である一つを選ぶ。
女性陣達をの前に立ち上がり、そして……綺麗な所作で正座をした。
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【作者からの一言】
藍くんは数ある経験を経て学びました。
目が笑っていない女性に抗ってはならないのだと。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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