第274話 ハイエルフとのお茶会③
「よし、トワ……ゆっくりだ、ゆっくりだぞ……」
「う、うん……」
紅茶の準備を終えて、ポットを乗せたトレーを両手で持つトワに俺は何度も注意をする。
うーん、流石に火元に近づけるわけにもいかないからポットを運ぶのを任せたけど……心配だ。
「焦らなくていいからな? 向こうの椅子に座ってるレヴィラお姉ちゃんに渡すだけでいいからな?」
「ゆっくり、ゆっくり……」
「そうだ、ゆっくり……ゆっくりだ。偉いぞ、トワ!!」
「えへへ……うわっ!?」
「危ない!!」
俺が褒めてしまったせいで気を抜いてしまったトワは、トレーに阻まれて足元が見えない事も重なって、自分の片足に片足をひっかけると言う痛恨のミスをしてしまう。
慌てて駆け寄るが、普通に走っただけじゃ間に合いそうにない。
こうなったら【神速】を使って……。
「――全く、何やってるのよ……」
「……わぁ!!」
俺が【神速】を使おうとした直後、ダイニングルームに風が舞い、トワと地面に落ちそうになっていたトレーとポットを風が浮き上がらせる。
やがて風はトレーとポットをテーブルへと運び、風に揺られてきゃっきゃと楽しそうにしているトワをレヴィラの元へと運んだ。
「ほら、パパに褒められて嬉しかったのかもしれないけど、ちゃんと気を付けて運ばなきゃ駄目でしょ?」
「ご、ごめんなさい……」
「別に良いわ。今回は怪我はなさそうだし。でも、次からは気を付けるのよ?」
「はーい! レヴィラお姉ちゃん、ありがとう!」
足の上に乗せる様にしてトワに言い聞かせていたレヴィラは、トワにお礼を言われるとその表情を綻ばせてトワの頭を撫で始めた。
レヴィラに頭を撫でられたトワが気持ちよさそうに目を細めている。
うん、とりあえず怪我とかの心配はなさそうだな……良かった。
そんな二人の様子を眺めていてようやく気付いたのだが、ダイニングルームを舞う風に混じっている魔力が、レヴィラの周囲から薄っすらと流れている感じる。
どうやらこの風はレヴィラが生み出した物だったようだ。
「これは……風魔法?」
「似てはいるけど、正確には違うわね。これは私の固有スキルよ」
俺の質問に答えたレヴィラは周囲を舞う風を止めると空いている左手の掌を上へと向ける。すると、掌の上に小さな竜巻が生み出された。
「これは【風の加護】っていう固有スキルなの。使用者の魔力を使って気体を操る事が出来るわ。不純物が混じっていたり、動かす気体の規模が大きかったりすると消費する魔力量も多いから便利なスキルとは言えないけど……まあ、こうやって小さな子供を守れるくらいには使えるスキルね」
「固有スキル……レヴィラはハイエルフなんだっけ?」
「ええ、魔竜王と似たような立ち位置ね。ハイエルフはこの世界で私しか存在しないから……」
そう話すレヴィラは、気のせいかもしれないけど……何処か寂しそうに見えた。もしかしたら、俺なんかじゃ理解できない苦労がレヴィラにはあったのかもしれない。
レヴィラとはこれからも仲良くして行きたいから、俺に何か出来る事があればいいんだけど……。
「レヴィラお姉ちゃん……悲しい?」
「えっ?」
そんな事を考えていたら、レヴィラの顔を見上げていたトワがいきなりそう口にした。その発言には、俺だけじゃなくトワが声を掛けたレヴィラも驚いている。
驚きを隠せないでいるレヴィラに対して、トワは心配するようにレヴィラを見つめながら再び話し始めた。
「その……レヴィラお姉ちゃんの顔が悲しそうに見えたから……間違ってたら、ごめんなさい……」
トワはそう話しながらも、最後は弱々しく声を小さくしていき最後には謝罪の言葉を口にする。
そんなトワの様子を見ていたレヴィラは、ふっと笑みを溢すと右手をトワの頭に置いた。
「謝らないで。ただ、トワに気づかれると思っていなかったから、ちょっと驚いちゃっただけなの」
「……そうなの?」
「ええ、そうよ。まあ、トワが言う”悲しい”とは違うんだけどね」
置いた右手を動かして、優しくトワの頭を撫でるレヴィラは苦笑を浮かべながらそう言う。
そして瞳を閉じると、独り言を呟く様に話し続けた。
「創造神様の手によってこの世界が生まれてから、少なくとも五万以上の年月が流れているわ。お師匠様達が<使徒>として活動を始めたのがおよそ二万年程前、そこから五大国が生まれて、人が増え、国が増え、歴史はその厚みを増して行った……私が生まれたのがいまから数千年も前の事よ」
「数千年……」
「私は最初、エルフ種として生きて来た。当時は
「何をきっかけに気づいたんだ?」
「――寿命よ」
聞くべきではなかったのかもしれない。
寂しそうに微笑み俺を見るレヴィラを見て、そう思った。
「そんな顔しないで?」
「ごめん……」
「良いのよ。もう踏ん切りはついているから。それに、別れは悲しいけど、出会いは素晴らしいわ。こうしてランやトワと出会えた事で、私はまた新しい刺激を貰えてる……この寿命がいつまで続くか分からないけど、今はこの人生を楽しんでいるわ」
真っ直ぐに俺を見て微笑むレヴィラは嘘を吐いている様には見えない。
そんなレヴィラの気持ちを聞けた事で、俺はなんだか嬉しく思えた。
「まあ、勿論寂しいとも思うけどね。ハイエルフの私は周囲の人たちよりも長生きだから、知り合いが増えれば増える程に別れも増える……仕方がない事なんだけど、別れの瞬間は――ちょっとね」
「……」
「レヴィラお姉ちゃん……」
「それに、ハイエルフは世界で私しか存在しないの。私には家族は居ないから、お城でも一人だし、今はもう気楽に思えるようになったけど昔はよく寂しく思っていたわ……」
それは仕方がない事だ。そう割り切れれば楽なんだろうけど……感情が存在する俺達にとっては難しい事なのかもしれない。
別れは辛い物だ。
地球で死を迎えた時に、それは痛いほどに実感した。
たった一度の別れでさえ、苦しいほどに辛い物なのだ。
数千年の時を生きて来たレヴィラは……一体どれ程の苦しみを味わってきたのだろうか……。
そんな彼女に、俺が出来る事は……あるのかな?
俯かせていた顔を上げれば、そこには泣きそうになっているトワを宥めるレヴィラの姿がある。
その優し気に微笑む彼女の姿を見て……俺は無意識のうちに呟いていた。
「――俺なら、ずっと一緒に生きていけると思う」
「………………へ?」
俺の呟きにレヴィラはトワを撫でていた右手を止めて、普段よりも高めの声音で驚いたように声を上げた。
「俺は【不老不死】のスキルを持ってるから多分死なないと思う。見た目もこのままだから普通に世界で暮らして行けば奇異な目で見られるかもしれないけど……それでも、レヴィラより早く死ぬことは無いと思う」
「え? ちょ、何を――」
「寂しくなったらいつでもこの家に来ればいい。もし、俺が居なかったら念話を使って連絡をしてくれればいい。レヴィラが悲しむような事があれば、俺は迷わず駆け付けるから。俺にとって、レヴィラは大切な人なんだ」
「~~~~ッ!?」
…………あれ?
「あ、あんたねぇ~~!!!!」
俺の話を聞いていたレヴィラは顔を赤面させながらも睨んでくる。
そして、左手に【風の加護】で生み出したと思われる風を纏わせ始めた。
あ、あんた……?
「い、いきなり何言ってんのよ!! そ、そそそれも、こ、子供の前で……ッ」
「え!? 待て待て、何で怒ってるんだ!?」
「あ、あああんたが、娘の前で私を……く、口説いて来たんでしょうが!!」
「…………あっ」
ああああああああ!
そうか……これって口説いているって事になるのか……。
俺としては、レヴィラにはお世話になっているし、これからも仲良くしていきたい大切な人って意味だったんだけど……これは俺が悪いな。
「あの、レヴィラ? 俺は別に口説いていた訳じゃなくて――」
「口説いてたじゃない!! ”俺にとって、レヴィラは大切な人だ”って……口説いてたでしょう!?!?」
「…………」
うん。この文面だけ聞くと本当にそうだと思う。
でも、本当にそんなつもりはなかったんだよ……。
「いや、信じて貰えないと思うけど、本当にそんなつもりはなくて……あ、勿論レヴィラの事が大切じゃないって訳じゃないぞ!? 俺にとってレヴィラは間違いなくかけがえのない人だし、これからも――」
「あ、あんた!! 性懲りもなしにぃ~~ッ!!」
「あっ、違っ――」
「問答無用!!」
そうして、顔を更に赤くしたレヴィラは左手を俺へと翳し、掌から突風をぶつけて来た。
避けられなくもない速度ではあったが、俺はそれを甘んじて受け入れる。
突風によって俺の体はキッチンルームへと吹き飛ばされ、床へと転がり倒れる。
不思議と痛みは無く、呆然と天井を見つめる中で――俺は自分の発言に対して心の底から反省するのだった。
あ、視界の端でトワがこっちに近づいて来るのが見える……うん、トワはやっぱり天使だな。
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【作者からの豆知識】
レヴィラは恋をしたことがありません。初心です。
そして藍くんは既に四人の妻を持ち、恋愛経験が豊富。何より、恋愛に関して言えば天然誑しの気質があります。
初心+天然誑し=立派なフラグ。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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