第273話 ハイエルフとのお茶会②





「――そんな訳で、俺とグラファルトは運命を共にする共命者となって、娘のトワも無事に救い出せたんだ」


 もう何杯目の紅茶だろうか?

 少なくとも800mlは入るであろうポットに三回は紅茶を淹れなおしている。


 前日の話を含めてもたった二日間の出来事だ。

 それでも昼間から日が暮れるまで、話は終わることなく続いている。

 トワを中心としたあの二日間の出来事は……日数で計れないくらい、長い物語なのだ。


 そうして、日が暮れてダイニングルームの天井に設置してある照明に明かりが灯り始めた時間帯になって、ようやく話は終わりを迎えた。


 うん、休憩を挟みつつではあったけど、本当に沢山話したと思う。口が疲れた。


 目の前に座るレヴィラはというと、空になったカップを見つめながら、今日はおさげにして肩から垂らしている二つ結びの長い髪に触れて、考え事をしている。

 多分だけど、俺から聞いた情報を頭の中で整理してるんだと思う。

 そんな俺の予想が的中していたのか、しばらく経ってレヴィラは髪に触れるのを止めると大きく息を吐いて話し始めた。


「はぁ……聞いて後悔している私と、未知の話に喜びを噛み締めている私が居るわ。前者はスケールの大きさが違い過ぎて、理解が追いつかないから。後者は、今まで聞いたことも無い話に、研究者の血が騒ぐから。一応聞くけど……実話なのよね?」

「あぁ。なんなら、証人に出てきてもらうか?」

「ちょっと待って、それってまさか……創造神様じゃないわよね?」


 怯えた様子で動こうとした俺を制止するレヴィラ。

 まぁ、ファンカレアに来てもらっても良いんだが……今回は違う。


「いや、多分ファンカレアはミラ達と一緒にいると思うから、今は呼べないと思う」


 俺がそう言うと、レヴィラは安堵して方の力を抜いた。

 そんなに嫌だったのか……もしかして、ファンカレアのことが苦手とか?


「良かった……創造神様を前にするなんて畏れ多くて無理だわ。なにか粗相でもしたりしたら、お師匠様に怒られる……」


 あ、違ったわ。単純にフィオラの事が怖いのか。


 うーん、確かに授業中は厳しいこともあるけど、基本的に笑っていて可愛いと思うけどなぁ……今度、レヴィラがフィオラと魔法の訓練をしている所を見学させてもらおうかな?

 そしたら、俺とレヴィラへの接し方の違いとか分かるかもしれないし。


「それで、創造神様じゃないとしたら、一体誰を呼ぶつもりなの?」


 そんな事を考えていると、レヴィラが首を傾げながらそう話し掛けて来た。


「ん? ああ、呼ぶとは言ったけど……もう此処に居るんだよな」

「え?」


 首を傾げたまま固まるレヴィラを余所に、俺は左の椅子に倒した状態で載せていた物を左手で握り持ち上げた。


「それって……まさか!?」


 俺が左手に持った物――漆黒の剣を見て、レヴィラはその顔を驚愕に染める。

 

 そう、俺が今左手に持っているのは、俺の【神装武具】である漆黒の封剣だ。

 レヴィラの言葉に頷いた後、俺は念話で漆黒の封剣に対して話し掛ける。


(悪い、ちょっと出てきてもらってもいいか?)

(はーい!)


 俺が話し掛けると、元気な声が返って来た。

 そうして、握れらた漆黒の封剣から漆黒の魔力が溢れると、忽ち剣はその姿を変えて小さな女の子の姿に変わる。


 宙に漂う様に現れた巫女装束を纏う女の子。

 女の子は俺の顔を見て嬉しそうに笑うと空いている左腕に飛びついて来た。


「えへへ」

「嬉しそうだな」

「うん! パパがずっと【神装武具】を発動したままにしてくれてるから、剣の時でもずっと傍には居れるけど……やっぱりこうして人の姿で会える方が嬉しいな」


 天使だ……。

 俺の左腕に天使が舞い降りた……ッ。


 左腕にのしかかる幸せを噛みしめつつ、俺はなるべく優しい笑みを心がけてトワへと顔を向ける。


「俺も、人の姿のトワの方が好きだ」

「えへへっ」


 そう言った後で、俺の足の上へと乗せてから空いた左手で優しく頭を撫でれば、幸せそうに笑みを溢してくれる。

 うん、やっぱりトワは天使だな。

 いつもなら母親である黒椿にとられてしまうが、今日はその心配もない。

 何故なら、地下施設へと黒椿が向かう際に『トワちゃんも、ママと一緒に行こう』と言った黒椿にトワははっきりと『今日は、パパとずっと一緒に居たいな』と言ってくれたのだ。


  パパと、ずっと、一緒に、居たいッ!!


 そう言ってくれたんだ!!


 まあ、その言葉を聞いた時は思わず泣いてしまって傍に居た黒椿は若干引いてた気がするけど……しょうがない。トワが天使なのだから。


「あの……もう、良いかしら?」

「あっ」

「忘れてたのね……まあ、分かってたから良いけど……」


 呆れた様に溜息を吐くレヴィラ。

 トワとの話が幸せ過ぎてすっかり忘れてた……トワが関わると俺は周囲が見えなくなるらしい。それは黒椿からも、ミラからも注意されていた。

 気を付けてはいるんだけど……しょうがないと割り切ってしまっている自分も居る。


 今までは存在は知っていても真面に触れる事すら出来なかったから、こうして触れ有れることが嬉しいんだ。


「……?」

「なんでもないよ」


 ジッと見ていた事に気づいたトワが俺を見上げて首を傾げる。

 そんなトワに微笑んだ後、左手で再度頭を撫でると幸せそうに微笑んでくれた。


「……あれ、もしかしてまた無視されてる!?」


 ……やべ。










「……それで、その子が話に出ていた女の子なの?」

「あぁ。名前はトワ。俺と黒椿の娘だ」

「トワです!」


 あの後、レヴィラを放置して二人だけの世界へと入ってしまった事を謝罪して、何とか許してもらった。

 そうして、確認するように俺とトワを交互に見たレヴィラはそう言い、俺たちはそれに答えた。


 ビシッと左手を上げて元気に名前を言うトワに、レヴィラ顔を綻ばせる。


「こうして会うのは初めましてね。私はレヴィラ・ノーゼラート、レヴィラで良いわ。よろしくね、トワ」

「はい! レヴィラお姉ちゃん!」

「ッ……なるほど、ランがデレデレなのも頷けるわね……」


 えへへと笑うトワの返事を聞いて、レヴィラは右手を胸の辺りへ持っていきグッと服を掴み出した。


 ははは、そうだろうそうだろう。俺の娘は可愛いのだ。


「ん? レヴィラお姉ちゃん、どうしたの?」

「……はっ! な、なんでもないわ!?」


 トワの可愛さに撃沈していたであろうレヴィラは、トワから声を掛けられたことで我に返る。

 恥ずかしかったのか、少しだけ頬を赤らめつつも咳払いをして話を始めた。


「ンンッ……そ、それで? トワはいま、どういう状態なのか聞いてもいい?」


 その質問は多分俺に向けられたものだろう。現にレヴィラの視線は俺へと向けられていたから。そう判断した俺はトワの頭を撫でながらもレヴィラへと説明をする。


「さっき話したと思うけど、トワの名前を決めた後でトワの願いを叶える為に漆黒の封剣とトワの魂を【改変】を使って繋げたんだ」

「【改変】……特殊スキルだったわよね? そんなことが出来るの?」

「うーん……【改変】で出来ない事はもちろんあるけど、何が出来て、何が出来ないか、具体的な事を説明するのは難しんだよね」

「どういうこと?」


 そうして、俺は【改変】についての説明を始めた。


 【改変】は無から何かを生み出せるわけではない。

 スキルを使うには必ず基となる物が必要となるのだ。だからこそウルギアは、通常スキルを【スキル複製】を使いこれでもかという程に増産し続けているのだ。


 そして、【改変】は求めるモノに対して釣り合う様に魔力や対価を要求する。

 例えば、トワを救い出す際にグラファルトとの<共命>を断つことなった時は、既に存在していた<共命>を無かった事にするのに八割の魔力を持っていかれた。


 それだけかと思われるかもしれないが、俺の魔力量はミラの十倍はあるといわれている。

 そんな俺の魔力量で八割なのだから、普通の人間が俺と同じ条件で【改変】を使おうとしても失敗するか、最悪場合……魔力では足りない分を魂で支払わされる可能性だってある。俺はそうウルギアから説明されていた。


『ですので、何か大きな【改変】する際には事前に相談してください』と。


 そして、トワの件についてもウルギアと相談をしながら【改変】を行い、小さくはあるが神格を宿しているトワを核とした漆黒の封剣が完成したのだ。


「――だから、今のトワは俺の【神装武具】と一体化している状態かな? 剣の形にも元の人の姿にもなれる……俺の新しい武器であり、可愛い可愛い愛娘だ! あ、でもトワを使って戦うつもりはないぞ? トワは常に携帯するけど、剣の状態だとしてもトワを何かにぶつけるなんてしたくないからな!」

「うう……パパ、苦しいよぉ」


 足の上に乗せたトワを左腕で抱き寄せて頬ずりをする。

 強く抱きしめ過ぎた所為か、トワが少しだけ苦しそうにしてそう呟いた。


「はぁ……色々とツッコミたいけど、まあ良いわ。それにしても……まるで”精霊剣”みたいね」

「――精霊剣?」


 抱きしめる手を緩めてトワに謝罪していると、呆れた様子のレヴィラがトワを見つめながら聞き慣れない名称を呟いた。

 俺がオウム返しをする様に呟くと、レヴィラは空になったカップをこっちに傾けながら微笑みを浮かべる。


「あー……はいはい」


 そんなレヴィラの仕草を見て、レヴィラが何を望んでいるのかを理解した俺はトワを左腕で抱えて隣の席へと座らせた後、紅茶を準備する為にキッチンルームへと向かう事にした。


「あー!! パパ!! トワもやるー!!」


 キッチンルームへと向かおうとすると、両手を上げたトワが椅子から飛び降りてそう叫んだ。

 自分の名前を嬉しそうに一人称に使うトワに思わず笑みがこぼれる。


「わかったわかった。でも、ちゃんとパパの言う事を聞くんだぞ?」

「はーい!」


 元気に返事をするトワの手を握り、俺はトワと一緒にキッチンルームへと歩き始めた。


「……本当に親子なのね」


 そんな声が聞こえて後ろを見れば、レヴィラが微笑ましそうに俺達を眺めていた。


 レヴィラの顔を見た後で、視線を下へと向けると楽しそうに鼻歌を歌うトワが映る。


 うん……普通とは違うかもしれないけど、俺達は――間違いなく親子だよ。














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 トワの仕草とか、言葉を書いているのが楽しい……!!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!


 ご感想もお待ちしております!!


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