第272話 閑話 消えて、癒えない”痛み” 後編







「では、私の推測にはなってしまいすが、お話しします。ですがその前に――駄竜」

「あ?」


 無表情のまま話すウルギアは、円卓を囲む全員を一瞥してから一礼するとグラファルトの方へと顔を向けて”駄竜”と声をかける。


 日頃から呼ばれているせいか、無視すること無く威圧的な声で返事をしたグラファルトは、ウルギアの言葉を待っていた。


「貴様には心当たりがある筈だ。だからこそ、最初に私へ突っかかって来たんだろう?」

「……貴様は相も変わらず、我に対しては口調が悪くなるのだな?」

「そんな事はどうでもいい。今は私が貴様に聞いているのだ」


 ウルギアの物言いにグラファルトは再び怒りを露わにするが、いつもの事だと諦めて溜息を吐くと、ウルギアの質問について答え始める。


「はぁ……まあ、間違いなく呪いによる後遺症と見た方がいいだろうな」

「駄竜と同意見なのは釈然としませんが、私も同じ見解です」

「呪いの後遺症……ですか? でも、呪いは消えたんじゃ……」


 同じ答えを示す二人にファンカレアが首を傾げる。

 呪いは完全に消え去ったと聞いていたファンカレアにとって、二人の答えは意外なものだったのだ。


「ファンカレア、確かに呪い自体は消えましたが――呪いによって受けた経験が消えた訳ではありません」

「ッ……」

「……藍は、呪われた魂たちが経験して来た数多の苦痛を、一気に体験したらしい。これは数日前に本人から聞いたから、間違いないだろう」

「そして、これは駄竜とライナ・ティル・ヴォルトレーテの話に付随する事ですが、藍様はトワを救い出してからと言うもの、何度も夜中に目覚めています。そして、共に寝ている駄竜を起こすことなく、いつも泉まで赴いて何かを考えている様でした」


 ウルギアとグラファルトの言葉を聞いた一同は、その表情を暗くして顔を俯かせる。

 娘と触れ合い楽し気に笑うあの青年の知らない一面を知り、まだ傷は癒えていないのだとこの場に居る全員が理解するのだった。


「トワちゃんが自由になってから、僕はトワちゃんと一緒に藍とは別の部屋で寝る様になってたから……知らなかった」

「……難しい問題ね。きっと藍は私達に心配を掛けない様に話さないと思うし。それに、原因が分かったとしてもそれを治療できるかどうかは別問題だわ。これから、私達はどう対応するべきなのか……最悪の場合、シーラネルのお祝いに行くのも中止にするべきかしら……」


 黒椿は悲し気に呟き、ミラスティアは真剣な様子で今後について思案し始める。

 そんなミラスティアの呟きに反応したのは、フィオラだった。


「ミラスティア、それは悪手かもしれません」

「どういうこと?」

「ランくんは、外に出るのを楽しみにしているのです。ただでさえ傷ついている現状で、楽しみまで奪う様な事になれば……それこそ、何が起こってしまうか分かりません」

「言いたい事はわからなくもないけれど……いえ、そうね。迂闊に決めるべきではないわね。でも、外には危険がある事も確かだから……難しい問題ね」


 今の藍の状態を知り、外に出すべきではないと言うミラスティアに対して、フィオラは藍の心を乱す可能性があるならば無暗に中止にするべきではないと言う。

 その言葉を聞いて、一理あると判断したミラスティアだったが、だからと言って藍の知らない人間が居る外へ連れ出すことに多少の懸念を拭いきれないでいた。


 そうして、一同が思い思いに解決策を考えて沈黙し続けていたが、何かを決意したように顔を上げたファンカレアが他の面々に向けて声を上げる。


「……私は、藍くんに全てお話するべきだと思います」

「ファンカレア、それは……」

「僕も、ファンカレアと同じ意見かな」

「黒椿も……?」


 ファンカレアの発言に否定的なミラスティアは難色を示すが、ファンカレアの隣に座っていた黒椿はファンカレアの意見に同意する。


「結局は、藍自身の問題だから。僕たちがここで何を思っていても、言わなきゃ藍には伝わらないんだ。それに、何も言わずに何か起こってしまうよりも、予め伝えておいて、それでも何か起こってしまった時の方が対策しやすいと思う」

「……」

「何も言わずに、このまま訓練を続けさせるのを防ぐ為にも、私は全てを説明するべきだと思います。痛みを感じないのは、生きる生命にとって致命的ですから……」


 痛みに対して鈍いということは、自分が傷ついた時に、その傷が見えない場所に出来たとしたら、気づくことが出来ない可能性があるということだ。

 それは外側であっても内側であっても同じであり、手遅れになる可能性だって大いにある。

 そう言った懸念があるからこそ、ファンカレアは藍にしっかりと自覚させるべきだと、この場にいる全員に訴えかけた。


「……そうね。私達が常に監視している訳にもいかないわ。あの子だって自由に生きたい筈だから」

「それに、やっと外へ出れると思っていた矢先に外出を制限してしまうのは大きなストレスになるでしょう。理由も話さないとなると尚更です」

「だとしたら、ファンカレアの言う通りランに話してしまった方が良いかもしれないね。それに、僕たちが心配しているってことも知っておいて欲しいし」

「……問題は、痛みを感じない事に対する治療法。そもそも、治療法なんて……ある?」


 リィシアの発言に、直ぐに返せる者はいなかった。


「……はっきり言ってしまえば、分かりません。藍様の精神的な苦痛によるものだとすれば、やはり身体を休めるのと共に心も休める事が重要だと思いますが……なにぶん、特殊なケースの為、理解不能な部分が多いです」

「精神が疲労しているのは確かだろう。問題は、第三王女の祝いの席まで日は短い、藍に全てを話した上で療養生活をおくったとして効果があるかどうか……」

「あ、あの!!」

「ん? どうした、アーシェ?」


 それぞれが解決策を思案する中、アーシエルは円卓に手を着いて立ち上がる。


「解決策になるかは分からないけど――わたしの話を聞いてくれないかな?」


 そうして話し始めたアーシエルの話を、一同は静かに聞いていた。


 それはアーシエルにとって、ずっと願っていたことでもある。

 藍の療養生活、心の傷を癒す為の作戦。それと同時に、自らの願いと藍との約束を果たせる機会……それが、アーシエルが話した話の内容だった。


 数分間続いたアーシエルの話しが終わると、その場に静寂が戻る。

 しかし、その静寂は直ぐに止み、各々から賛成する声が漏れ始めた。


「良いのではないか? 第三王女の元へ向かう前の練習にもなる。それにあの国は空気もすんでいて心地よいだろうしな」

「それに、あそこの女王はアーシエルの弟子だから、藍に迷惑を掛ける様な子ではないわ。私たちも知っている人物だし、問題は無いわね」

「後は藍くんの気持ち次第ですが……まあ、大丈夫だと思いますよ? アーシエルと約束したのは藍くんですし、藍くん自身も森の外の世界を見たいと言っていましたから」


 それぞれが前向きな意見を口にして、アーシエルの提案を受け入れる。

 そんな一同の様子を見て、アーシエルは心の底から安堵するのだった。


「僕からも特に否定する理由はないかな? 二人きりがいいなら、僕はトワちゃんと遊んでいるし」

「……私は魂の修復をしなければいけないので、藍様の体に宿った状態になってしまうと思いますが、それでも良いのでしたら大丈夫です」

「僕も特に問題はないかな?」

「私も同じく」

「ロゼもー」

「……遊びに行ってもいいなら」


 そうして、次々と賛成の意見が挙げられ、皆が納得したのを確認したあと、全員を代表する形で、ミラスティアが声を上げる。


「私も勿論賛成よ。それじゃあ、全員が賛成という事で……アーシエル、藍に話に行く時には、あなたも一緒に来てもらうわね?」

「うん! みんな、ありがとう!」


 こうして、女性陣のみで始まった話し合いは終了する。


 この日話した内容について、藍が知ることになるのは……レヴィラとのお茶会が終わって直ぐの事だった。






「はぁ~~……みんなが賛成してくれて良かったよぉ~~……となれば、わたしの方でも準備しなきゃね。後でユミラスちゃんに連絡しよ~っと!!」











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 【作者からのお願い】


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