第二部 療養の旅―プリズデータ―

第270話 序章 ハイエルフとのお茶会①




――闇の月15日の昼。



 同月の10日には神界から我が家である森へと帰ってきていた俺は、二階のダイニングルームにある長テーブルに座り、同様に対面に座る少女と会話をしていた。


「――それじゃあ、25日に来るのね?」

「うん。一応、そのつもり」

「そう、じゃあディルクとシーラネルにはそう伝えておくわ。十日間も猶予があるし、色々と準備出来るでしょう」

「……うん」


 今日はシーラネルの誕生日であり、フィオラから聞いていた話通りならエルヴィス大国の王宮では今頃シーラネルの生誕を祝うパーティーが開催されている筈だ。

 それなのに……。


「あら? どうしたの?」

「いや――何でレヴィラが俺の家でお茶を飲んでるんだ?」

「え?」


 俺の対面で淹れてあげた紅茶を美味しそうに飲むレヴィラ・ノーゼラートは、アポなしで今日……森にある我が家へと遊びに来ていた。

 いや、何でレヴィラが驚いた顔をしてるんだろうか……。


「え? じゃないだろ!? 今日はシーラネルの生誕を祝うパーティーの日じゃなかったっけ?」

「あー、その事ね? 良いのよ別に。ディルクには言ってあるから」

「えー……」


 本当に良いのかな?

 またディルク王からの愚痴が増えるのはちょっと困るんだけど……。


 レヴィラが定期的に遊びに来る時には、必ず二通の手紙を持ってくる。

 その手紙の差出人はディルク王とシーラネルであり、最近はシーラネルよりもディルク王の方が分厚いんだよね。


 内容は三大国連盟の事とか、ディルク王の子供三人の事とかが最初の方に書いてある。でも、これは前座の様なものなのか細かく書かれている訳ではなく”今月は忙しくなりそうだ”とか”昨日は息子と一緒に剣の鍛錬をした”とか、そんな感じだ。

 一枚目はそんな他愛もない話で終わるんだけど……二枚目以降がもう酷い。


 話の主役はいま目の前で紅茶を飲んでいるレヴィラだ。


 レヴィラ・ノーゼラートの生存が世界に知らされてから、ディルク王はてんてこ舞いらしい。傘下にある小中国家や、連盟国の傘下にある小中国家の貴族達からのレヴィラに対する謁見要請。そして、レヴィラが独身であり、もう王族ではないと知れ渡ると同時に送られた見合い話。

 それらが起こること自体は問題ではない。多かれ少なかれ必ずあるとディルク王も予想していたようだ。

 しかし、あろう事かレヴィラはその全ての対応と処理をディルクへと押し付けて、今では宰相の仕事も辞めて用意された自宅で魔法の研究に没頭している様だ。


 まぁ、時々王宮に顔を出して仕事を手伝ったりもしているらしいが、それでも忙しいことには変わりなく、ディルク王はレヴィラの自由奔放な性格に辟易しているらしい。


 そんな愚痴のような長たらしい手紙を読み続けてきたから、レヴィラの言葉を聞くと頭を抱えるディルク王の顔が思い浮かぶんだよね。


「私は人の多い場所は嫌いなの。【偽装】していた頃はよぼよぼのおじいちゃんに姿を変えてたから楽だったけど、今は隠してないからちょっとねぇ……ディルクの話だと、私に会う事が目当ての貴族が沢山いるみたいなのよ。そんなところに顔を出したくなんて無いわ」

「あー……まあ、気持ちは分からなくもないけど」


 困り顔で微笑むレヴィラに、俺は苦笑で返す。

 ”六色の魔女”の一人、フィオラの弟子であるレヴィラはちょっと前まで行方不明扱いだったらしいからなぁ。

 そんな人物が生きていると知れたらそりゃ会いたいと思うし、話したいとも思うよな。

 でも、レヴィラがそれを嫌う気持ちも分からなくもない。

 俺だって知らない人からいきなり話し掛けられるのは苦手だし、しかもそれが相手がこっちを一方的に知っている状況だとしたら尚更だ。


 ディルク王には申し訳ないけど、今回の一件に関しては俺はレヴィラの味方かなぁ。


 俺が同情的な態度をとると、レヴィラは嬉しそうに微笑み頷いている。


「そうでしょう? あ、でも安心して? 貴方が来る日は王宮の一室を貸し切りにして少人数で行う予定だから」

「助かるよ」


 それはシーラネルの手紙にも書いてあったなぁ。

 確かレヴィラとディルク王とシーラネル、ディルク王とシーラネル二人の従者と王妃様、後は都合がつけばシーラネルの兄と姉二人が参加だったっけ?

 俺個人の感情的にも少人数なのは助かるし、まあエルヴィス大国的にも大々的に行う訳には行かないだろうしな。


「ああ、そうそう。ランにお願いと聞きたい事があったんだけど?」

「ん?」


 参加するであろう人数を考えていると、レヴィラからそんな事を言われた。

 そうして話を促すと、申し訳なさそうな顔をしたレヴィラが話し始める。


「一応お師匠様からはもう許可を貰っているんだけど、ランに許可を貰わないといけないって言われてね……誕生日会に呼びたい子がいるのよ」

「それって、俺の知ってる人?」

「ううん、私の推薦で宰相になった子よ。名前はローレン・ファルト・エレンティア。爵位は公爵だけど公爵領は息子の一人が継いでるから、今は宰相として国に仕えて貰っているわ。今回は顔合わせとして貴方に会わせておきたいと思ったのよ。私に恩義を感じているらしいから裏切る事はないし、もし仮に何かしでかしたとしても私が責任を取るわ」


 うーん、正直知らない人が居るのは……と思ったけど、ディルク王の家族についても知らない人が多い。王妃様も四人いる子供の内の三人とも会った事が無い。

 となれば、一人増えても特に問題ないのか?


「まあ、他のみんなが良いなら大丈夫だよ」

「そう、ありがとう」


 俺の返事を聞いてレヴィラは安心したように溜息を吐く。


「それで、もう一つの聞きたい事って?」

「ああ、それに関しては沢山あるんだけど……そうね、まずは誕生日会に関する話からにしましょうか」


 どうやら沢山あるらしい。

 まあ、レヴィラになら話せない事は特にない……よな? フィオラの弟子だし、俺の事に関してはフィオラからきつく言われてるだろうから。


「それじゃあ早速だけど――創造神様が来るって、本当なの?」

「…………あー、その事か」


 神妙な顔をしていうレヴィラの言葉に俺は十日前の話を思い出した。


「俺もこの前聞いたばかりだよ。なんか、シーラネルとは友達だって言ってたけど?」

「いや、まぁお師匠様達からランと創造神様の間柄についてとか、色々と話は聞いているから事実なんでしょうけど……最初シーラネルが私たちに話してくれた時は驚いたわよ」


 まあ、驚くよね……。

 普通女神様が一国に赴いたりとはしないだろうし、そもそも女神様と友達とかあり得ない話だと思う。

 でも、実際にあるんだから仕方がない。そう納得するしかない。


 レヴィラの話によるとシーラネルは【神託】を使ってファンカレアと話している時に”藍くんと同行しますので”と言われたらしい。

 俺はその後で神界に遊びに行ったときに聞いたけど、その話をミラにしたらファンカレアに説教を始めたんだよな。


『あのねぇ……世界の創造神であるあなたが一国の王族に肩入れする様な真似は止めなさい!!』

『で、でも、シーラネルはお友達で……』

『お友達だとしても、公に出来ないでしょう!? それに同行なんて尚更駄目よ。藍とエルヴィス大国へ向かう時は、王都の観光もする予定なんだから……あなたを連れて行く事は出来ないわ』

『うぅ……』


 泣きそうになってるファンカレアを擁護してあげたかったんだけど……俺も死祀達の時にやらかして今まで森で過ごす事になってたから、何も言えなかった……。

 まあ、それでも何とか譲歩してお祝い自体は出来る様になったんだよな。


「まあ、実際に同行する訳じゃないよ? 誕生日会の会場に入ったら、タイミングを見て降臨させるだけだから」

「いや、何処に創造神様を降臨させられる人が居るのよ」

「……呼ぶ?」

「やめて!!」


 おお……そんなにか。

 レヴィラがテーブルを強く叩いたから、レヴィラの手元に置いていあるカップが揺れていた。


 やっぱりこの世界で生まれた人達にとっては畏れ多い存在なのかもな。

 実際に会って話したら、普通の可愛い女の子だけど。


 興奮気味のレヴィラを落ち着かせて亜空間から取り出したポットをレヴィラのカップへと傾ける。

 出来立て同様の紅茶がカップに注がれると、レヴィラはお礼を口にして少し冷ましてからカップに口を付けた。


「ふぅ……まあ良いわ。それにしても美味しいわね」

「普通だよ」

「そう? ここで出された紅茶はいつも美味しいけど……茶葉は?」

「あー……フィオラに任せてる」


 ちょっと考えてみたけど、毎回フィオラがエルヴィス大国へ行く際に買って来てもらっている物を適当に淹れてるだけだからなぁ。


「なんか、王都で買って来てるって言ってたけど?」

「ええ? 私これでも紅茶は沢山飲んできたのよ? 王都で買った物だとしたら気づかない筈ないんだけど……今度、お師匠様に聞いてみるわ」

「そうしてくれ」


 コクコクと早いペースで飲み続けるレヴィラに苦笑しつつも、一々左腕を伸ばすが面倒になったのでポットごと渡しておいた。ここからはセルフでお願いします。


 そんな俺の意図を察したレヴィラは小さく微笑むと空になったカップにポットの紅茶を注ぎ始めた。


「さて、それじゃあ次の質問ね」

「おー」


 お茶請けに置いてたクッキーを左手でつまみ口にくわえながら答えると、呆れた様に溜息を吐きながらもレヴィラは話し続けた。


「答えにくかったらいいけど、何があったのか聞いてもいい? ランの髪色が変わってたり、右腕が動かないって言うのは事前にお師匠様から聞いていたけど、それ以上の事は本人に聞く様に言われてて……」

「あー、そう言えば俺も今日ミラ達に言われたよ。”私達はちょっと話し合う事があるから、代わりにレヴィラに聞かれたら色々説明しておいて?”って」

「そうなの?」


 そうなのだ。

 だからこそ、今日は俺一人でレヴィラの前に座っている。

 ミラ達女性陣は現在、地下施設を使って話し合いをしている頃だろう。俺が聞いても『内緒』って言われたし、多分いつぞやの『第〇回 制空家 家族会議』を開催しているんだと思う。……俺も制空なんだけどな。


 レヴィラの問いに俺が「うん」と頷くと、レヴィラは「はぁ……」と溜息を吐いて紅茶を一気にあおる。


「もう! お師匠様が結構深刻そう話すから、遠慮しちゃったじゃない!!」

「いや、実際結構深刻だったんだぞ? 今はようやく落ち着いて来たけど……」

「……はぁ、分かったわ。取り乱してごめんなさい。それじゃあ、聞かせて貰える? ああ、勿論ここでの話については口外しないわ。お師匠様とはそう言う約束だからね。シーラネルには申し訳ないけど」

「ん? シーラネル?」


 口外しない事で、どうしてシーラネルに申し訳なくなるのか分からず首を傾げていると、レヴィラは苦笑を浮かべつつもその理由を教えてくれた。


「あの子、【神託】で創造神様とお話した際に、貴方の現状を聞いたらしいのよ。でも、その理由は”本人の許可なく教えられません”って言われたらしくてね? まあ、あの子の場合はまだまだ若くて、色々と魔法に対する耐性もとかも低いから仕方がないと言えばそうなんだけど」

「耐性?」

「要は、あの子の記憶を無理やり覗こうとする連中もいる可能性があるって事よ。精霊を使ってそう言う事が出来る者も居るし、そうなった時に耐性や手段を知らないと筒抜けになるから」


 まあ、言ってる事は分からなくもないけど、そこまで秘匿する事でも……いや、あるか。

 まあ、みんなに許可を貰えたら誕生日会の時にでも俺から話そうかな?


 その事をレヴィラに伝えると、レヴィラは優しい笑みを浮かべてうんうんと頷き始める。


「そうしてあげて? まあ、とりあえず今日は私の番ね?」

「わかった。それじゃあまずは――」


 そうして俺はレヴィラに神界であった出来事について話し始めた。

















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 今日から第二部始動!!


 そして久しぶり? のレヴィラさんです!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!


 ご感想もお待ちしております!!


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