第269話 幕間 女神と神託の乙女②






 ファンカレアとシーラネルは向かい合って座ったテーブル席で紅茶を飲みながら話し続けている。


 話の内容はファンカレアが最近目の当たりにした出来事――プレデター……現在はトワと名乗り変えた幼子に関する一連の騒動について。


 ファンカレアはシーラネルに藍が大切にしている小さき子を助ける為にその魂に大怪我を負った事。

 一連の騒動の影響で髪の色が変わり、代償として右腕を動かすことが出来ないことなどを説明した。


「ラン様が大怪我を……」

「ええ、今は友人が頑張って治療を試みているところです。幸い治療は出来るそうなのですが、下手をすれば長期的な治療になると……」

「……一体、何があったのですか? というよりも、私は詳細を聞いても良いのでしょうか?」

「……申し訳ありませんが、私の独断ではお話する事はできません。藍くんはもちろんのこと、ミラ達にも許可を取らないといけませんから」


 いくら相手が親しいシーラネルとは言え、事細かく説明する訳にはいかない部分も多い。その為、ファンカレアが話したのはあくまで"藍が何をしようとしたのか"と"その行動の結果、藍の体に何が起こったのか"という二つのみ。


 それでもシーラネルは、悲し気に俯き語るファンカレアを見て事態は深刻なものなのだと察する事ができた。


「……ファンカレア様が悲しみに暮れるのも納得ですね」

「すみません。本当なら楽しいお話をする予定でしたが、どうしても……」

「謝らないでください! ファンカレア様のお気持ちを全て理解できると言うのは烏滸がましいと思いますが……私にも理解できる事はありますから」


 そうして、シーラネルはぬるくなってしまったカップを両手で包み込み、その脳内に藍の姿を思い浮かべる。


(もし、私の傍であの御方が傷つくことがあれば私もきっと……悲しみに溢れてしまうでしょうから……)


 優しく笑い、自分を救ってくれた漆黒の英雄。

 三年前に見たその姿を思い浮かべて、シーラネルはその顔に憂いを浮かべた。


(きっと、私の時の様に……沢山無茶をしたのでしょうね……貴方様は、優しい御方ですから……)


 救われた身であり、まだ真面に話すらしたことのない想い人。

 そんな青年の行動に対して何かを言う権利はない。そんな事は十分に理解しているシーラネルであったが、想い人を心配する気持ちはどんどん強くなっていく。


(偉大なる女神……ファンカレア様であったとしても何も出来なかったと言うのに、私もその場に居たかったなんて……烏滸がましいにも程がありますよね)


 俯いたシーラネルはカップに注がれた赤い紅茶の水面を見る。

 そこには悲しげに微笑む時分が映っており、水面に映る自分は今にも泣きそうだった。


(駄目ですね……ラン様のお話を聞かせて頂いただけでも感謝しないといけないのに……こんな顔、お見せする訳には――)


「シーラネル……良いんですよ」

「ッ……」


 そこでシーラネルは、またやってしまったと後悔する。

 口を開き話していない沈黙の間に、またもや心の声をファンカレアに聞かれてしまったのだ。


 いつも間にかシーラネルの右隣へと移動していたファンカレアは、その場で軽く腰を曲げるとシーラネルの頭を優しく左手で撫で始めた。


「貴女が藍くんのことを好きなのは知っています。それは私だけでなく、ミラも知っている事です。そんな貴女が、藍くんのことを思い憂うのは当然の事ですし、何も出来なくても傍にいたいと思うのは当たり前では無いですか」

「ですが、私の想いは一方的なもので……」

「今はそれで良いんです。藍くんはこれからどんどん外の世界へと歩み始めます。その時に、貴女が藍くんと触れ合い、その気持ちを伝えて、互いに思い合える事を目指せば良いんです。私は、シーラネルの味方ですよ」

「ファンカレア様ぁ……」


 涙を流すシーラネルの頭を撫で続けるファンカレアは、慈悲深い笑みを浮かべてシーラネルが落ち着くまで見守っていた。


「ふふ、いつかこの場所で……同じ立場の女性としてお話出来る日を楽しみにしていますね?」









「も、申し訳ございません……子供みたいに泣き続けてしまって……」

「良いんです良いんです。貴女はまだ子供なのですから」


 しばらく泣き続けたシーラネルは、優しく頭を撫でられていた事実に顔を赤らめて俯く。そんなシーラネルを見て、元の席へと座り直したファンカレアは優しく微笑み言葉を返すのだった。


「ふふふ、シーラネルのお陰で私も少しだけ元気が出ました。やっぱり聞いてもらう事も大切ですね……」

「ファ、ファンカレア様のお役に立てたなら良かったです……」

「ふふふ……あ、シーラネルもおかわりしますか?」

「では、お言葉に甘えて」


 ニコニコとご機嫌な様子で空になった自分のカップに紅茶を注ぐファンカレアはシーラネルの方へとティーポットを傾け、シーラネルが手に持っていたカップをテーブルに戻したのを確認すると、紅茶を注ぎ始めた。


「あ、あの……大怪我をしたと言う事は、ラン様はしばらくは療養されるのですよね?」

「え? あ、はい。恐らくはそうなるかと思います」


 その綺麗な所作を見ながら、シーラネルはおもむろに口を開く。

 突然の質問に一瞬遅れてしまったが、ファンカレアは笑顔を崩すことなくそう答えてシーラネルへと紅茶の入ったカップをテーブルの上でスライドさせた。


「そうですよね……それじゃあ、今年もやっぱり」

「えっと……ああ、前々から決まっていたシーラネルのお誕生日の事ですか?」

「ッ……は、はい……」


 落ち込んだ様子のシーラネルを見て、ファンカレアは思い出したようにシーラネルの誕生日の事を口にする。

 シーラネルはその言葉に一瞬だけ体を跳ねさせるが、隠し通せないと判断して正直に肯定し頷くのだった。


「確か、レヴィラ・ノーゼラートを通して招待状が来たと藍くんが言ってました」

「……今年は森の外へ出られるとの事でしたので、お父様が王宮に招待してみないかと言って下さったんです。流石に当日は人が多くなってしまうので、闇の月の中旬……遅くとも生誕祭が終わる35日までの何処かで、身内のみのパーティーをと思い招待状をお送りさせていただいたのですが……」


 そこまで話した後、シーラネルは再びその顔を伏せてしまう。

 本当であれば、直接お祝いして貰いたいと願っているシーラネルだったが、ファンカレアから聞いた話からして藍が来てくれる可能性は低いと考えていた。


 今年こそはと楽しみにしていた分、その落胆は大きな物だろう。

 我が儘と取られるかもしれないと自覚してはいるが、それでもシーラネルは落ち込まずにはいられなかった。


 しかし、そんなシーラネルを見ていたファンカレアは、何もない空間から突如として一通の手紙を取り出し、シーラネルの前へとその手紙を置き始める。


「シーラネル。その手紙は昨日……藍くんが直接書いた物です」

「…………え?」


 ファンカレアから告げられた言葉を理解するのに時間が掛かり、シーラネルは直ぐに反応する事が出来なかった。

 しかし、その言葉の意味を理解すると伏せていた顔を少しだけ上げて、テーブルに置かれた一通の手紙へ視線を向ける。


 飾りも何もない、真っ白な長方形の手紙。

 その右下には少しだけ歪な小さな文字で『シーラネルへ』と書かれていた。


「ふふふ、私が昨日”シーラネルとお話しするんです”と言ったら、慌ててその手紙を用意したんですよ? ”左手しか使えなかったから汚い字だけど、これを渡して置いて欲しい”と頼まれたんです。あ、この空間から元の自室へ戻った際にはちゃんと贈り物として手紙も贈りますので安心してくださいね?」


 さあさあと言って手紙を読む様に促すファンカレアに従い、シーラネルは丁寧な所作で中にある一枚の折り畳まれた便箋を取り出し開く。


 そこには、歪ながらもしっかりとした筆圧で書かれた文字が並んでいた。




『 シーラネルへ


 元気かな?

 王族に送る手紙の書き方とかが分からないから、知人に書く様な形式で書かせてもらうね。

 ファンカレアが今日シーラネルと話をするって聞いて、その時にもしかしたら今の俺の事情も話すかもしれないって聞かされたから急遽この手紙を書かせてもらった


 まず、シーラネルの誕生日を祝う為の招待状をくれてありがとう。

 もしかしたら、俺の事情を知ったシーラネルは俺が祝いに行けなくなると思っているかもしれないね。


 確かに今は右腕が動かないし、これからどれくらいの時間が掛かるか分からないけど、大丈夫だよ。


 俺はちゃんとシーラネルに”おめでとう”って言いに行くから。

 もしかしたらお祝いに持って行く予定だったケーキとかは作れない、又は不格好な物になっちゃうかもしれないけど……それでも、ちゃんと会いに行くから


 とりあえず、これから数日は様子を見なきゃいけないけど、近いうちにフィオラを通してそっちに行く日付を伝えるから、それまでちゃんと良い子にしてるんだぞ?


 会える日を楽しみにしてる。


                            ラン・セイクウ』



 手紙を読み終えたシーラネルは、ゆっくりと便箋を元に戻して藍から送られた手紙を抱きしめる。


「ふふふ、どうやら良い事が書いてあったようですね?」


 手紙の内容を知らないファンカレアだったが、目の前に座るシーラネルの様子を見て微笑んでいた。


「はい……はいっ……本当に、嬉しいです……」


 涙を流しながらも心の底から嬉しそうに笑うシーラネルを見て、ファンカレアも満足そうに頷いていた。


 その後もシーラネルはファンカレアとのお茶会を続け、最初こそ暗い話から始まってしまった今日の会談であったが、最後は楽しい雰囲気で終わりを迎える事ができ、シーラネルは嬉々とした様子で手紙を見てはニコニコと笑っていた。


 そうして、談笑を続けていたファンカレアが「そろそろ限界の様ですね」と呟くと、シーラネルの体が黄金色の粒子へと変わり始めた。

 これはシーラネルの【神託】が一日の限界を迎えた事を示す合図でもあり、ファンカレアとの交信が終わりを迎える合図でもある。


「それでは、明日は少しやる事がありますので明後日にでも会いましょう」

「はい! 本日は本当にありがとうございました!!」


 お互いに席を立った後、ファンカレアはテーブルセットを片付けてシーラネルへと微笑む。

 一方のシーラネルも満面の笑みを浮かべて返した後、深々とその頭を下げるのだった。


「今日もありがとうございました――ああ、そうだ」

「はい? 何でしょう?」





「藍くんがシーラネルのお祝いをしに王宮へ向かう日には――私も同行しますので」





「………………えっ」


 視界が薄れゆく先で衝撃的な発言をするファンカレアに、シーラネルは声を詰まらせる。


「え!? ファ、ファンカレア様が!?!?」

「ふふふ、シーラネルに会えるのを楽しみにしてますねぇ~」

「な、何でいまそれを言うんですか!? ファ、ファンカレアさまぁぁぁぁ!?」


 最後に手を振り見送るファンカレアに叫ぶシーラネルだったが、その声がファンカレアに届いたかどうかは不明だ。


 そうして、自室の祈りの間に視界が戻ったシーラネルは、夜中だと言うのも気にせず淑女としては相応しくない速さで駆け抜けディルクとその妻であるマァレルが眠る寝室へと向かった。


 そして夜中の王宮では、王族と呼び出されたレヴィラのみの緊急会議が開かれ……それは朝方まで続いたのだとか。












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 これにてファンカレアとシーラネルのお話はおしまいです。

 今後の更新についても基本毎日更新を目指しますが、体調と応相談とします。

 あしからず。


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!


 ご感想もお待ちしております!!


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