第268話 幕間 女神と神託の乙女①
――闇の月5日目、エルヴィス大国の王城にて。
今年の同月15日で15歳となるエルヴィス大国の第三王女――シーラネル・レ・ヴィラ・エルヴィスは、自室の一部屋に作られたお祈り専用の部屋にていつもの様に創造神であるファンカレアへの祈りを捧げていた。
シーラネルは特殊スキルの中でも希少と言われている【神託】を持っている。
その為、エルヴィス大国の傘下にある聖教国からは”聖女”として崇められ、エルヴィス大国内でも”神託の乙女”と言う二つ名で呼ばれ国民からも愛される存在だ。
【神託】を授かる為に月に一度は王都に存在する教会へと赴き、祈りを捧げていたシーラネル。
そんな彼女が、自室に祈りの間を作る様にお願いしたのは今から二年程前の話であり、シーラネルは毎日欠かすことなく祈りの間にてファンカレアへの祈りを捧げて続けていた。
それは、家族である王族と限られた人物しか知らない秘密……。
通常の【神託】スキルとは違い、シーラネルは祈りを捧げている間、ファンカレアの都合が合う場合いつでも神託を受けられる。
その事実が判明したのは死祀達から救出されて十日以上が経過した頃。
心身共に回復したシーラネルが神殿へと赴き祈りを捧げた時にファンカレアが言ったのだ。
『シーラネルには私の加護を授けました。【神託】を持つ貴女が私の加護を持っている状態で私に祈りを捧げれば、いつでもこうしてお話が出来ます。しかし、これはあまり言いふらさない方が賢明です。出来るなら自室に私を祀った簡易神殿を作ると良いでしょう』
その言葉を聞いたシーラネルは直ぐに行動に移り、父である国王――ディルク・レ・ヴィラ・エルヴィス――へと神託の内容を伝えて自室に簡易神殿を作るようにお願いをした。
それまでは、毎日自室の寝室で祈りを捧げる日々。
神殿が無くとも【神託】とファンカレアの加護を持つシーラネルはファンカレアと意思の疎通を行えるが、その時間は神殿で祈りを捧げる時よりも明らかに短く、消耗する魔力量に関しても膨大だ。
その為、簡易神殿が完成するまでの祈りは基本的に夜に行っていた。
祈りを捧げファンカレアと会話をした後、そのままベッドへと横になり眠りに着くためだ。
その生活に慣れるまでの数か月、シーラネルの専属従者であるコルネ・ルタットはいつも眠そうにしているシーラネルの事を心配していたのだが、シーラネルは『平気ですよ』と微笑むだけだった。
シーラネルを心配しているのは父であるディルクも同じであり、一度ファンカレアから授かった神託の内容を聞こうとしたが、その問いにシーラネルは『ファ、ファンカレア様から内密にする様にと言われていますので……あっ、でも世界の危機とかそう言ったお話ではありませんので安心してください』と答えるだけだった。
しかし、その言葉にはシーラネルの嘘が混じっている。
『ファンカレア様から内密にする様にと言われています』と言ったシーラネルだが、それは嘘である。
本当はファンカレアから特に秘匿するようにとは明言されていない。
しかし、シーラネルは考えた末に”これは話すべきではない”と判断をして秘匿する事に決めたのだ。
シーラネルがそんな思いに至った原因は――その会話の内容にあった。
『あのですね? 藍くんがですね? 私に”可愛いね”って言ってくれたんですよ!!』
『聞いて下さい!! 今日は藍くんとお茶を飲んだんですけど――』
『シーラネル~!! 今日の藍くんはですねぇ~――』
シーラネルは、特に神託を授かっていた訳ではなかった。
そう……女神ファンカレアの惚気話を唯々聞かされ続けていたのだ。
事の発端はシーラネルの『ラン様の日頃の様子をお伺いしたいのですが……』という一言だった。
過分な願いだという事は重々承知だったシーラネルだったが、それでも憧れであり異性としても慕っていた藍の話をどうしても聞きたかったのだ。
そんなシーラネルにとっては無理も承知な願いだったが、ファンカレアは『良いですよ』と即答し、寧ろ自分からどんどん藍との思い出を話し始めたのだ。
最初の方はシーラネルも藍の話を聞けて喜んでいたのだが、想像していたよりもファンカレアの熱量が強く、後半に至っては完全に聞き手として立ちまわっていた。
そんなシーラネルの聞き上手な態度が逆にファンカレアを白熱させたのだが、それはシーラネル自身も知りえない事……。
そして現在。
闇の月5日目の夜、シーラネルは祈りを捧げて直ぐに眩い光に包まれて、ファンカレアとの会談をする場所へと招かれた。
そこは全てが白い世界。
シーラネルの視界の先には、白い世界に浮いている様に存在する丸いテーブルが一つと椅子が二つあり、シーラネルから見て左側に置かれた椅子には一人の女性が座っていた。
その姿を見たシーラネルは優雅な所作で歩み始めて、やがて女性の近くへと進むと寝間着である薄い布を数枚重ねた様な白いワンピースを整え、その場で両膝を折り座り祈る様に両手を合わせて頭を下げる。
「本日もお招きいただき、感謝いたします――ファンカレア様」
「気にしないでください。さあ、一緒にお茶をしましょう」
「はい。失礼いたします」
これはファンカレアとシーラネルの間でいつも行われている始めの挨拶であり、ファンカレアはしなくても良いと告げたのだが、それをシーラネルが『貴女様は、世界の母であり偉大なる女神様なのです』と言って頑なに続けているのだ。
ファンカレアからの許しを得たシーラネルはその場でゆっくりと立ち上がり、ファンカレアと向かい合う様に用意された椅子へと腰を下ろした。
そうしてファンカレアと向かい合ったシーラネルだったが。
「……あの、ファンカレア様」
「何でしょうか?」
「私の勘違いであったら良いのですが……何か御座いましたか?」
ほぼ毎日、短い時間ではあるものの素の状態のファンカレアと過ごして来たシーラネルは、今日のファンカレアの表情がいつもよりも少しだけ暗い様子に気が付いた。
当のファンカレアはというと、隠し通せると思っていたのかその目を見開きシーラネルの言葉に驚いていた。
「あ、あの、私……そんなに顔に出ていましたか?」
「いえ、その……少しだけ、どこか悲しそうな表情をしていたので……無礼であるとは思ったのですが、心配で……」
発言の後に失言であったと思ったシーラネルは恐る恐るといった風に言葉を紡ぐ。
そんなシーラネルの言葉を聞いたファンカレアは特に不快に思うようなことは無く、寧ろ少しだけ暗かった表情を変えて優しい笑みを浮かべていた。
「ふふふ、無礼だなんて思いませんよ。私とシーラネルの仲ではありませんか。貴女とはもうお友達の様なものなのですから、気にしないでください」
「ッ!? は、はぃ……(ひぃぃぃ!? め、女神様とお友達だなんて……)」
ファンカレアから告げられた言葉に、シーラネルは思わず肩を跳ねさせる。
フィエリティーゼの創造神であるファンカレアがフィエリティーゼで生まれた人間である自分に対して”お友達”と発言した事に、驚きと、畏れ多い気持ちでいっぱいになってしまっていたのだ。
そんなシーラネルの様子を見たファンカレアは、その顔を不安そうな表情に変えてしまう。
「えっと……嫌、でしたか……?」
「ッ!?!? そ、そんなことはありません!! 喜んでお友達にならせて頂きます!!」
「そ、そうですか! 良かったです……」
安堵するファンカレアを見て、シーラネルもまた心の底から安堵の表情を浮かべる。それと同時に、女神と友人になったという事実を話すべきかどうか悩んでいた。
(い、言えませんよね……誰にも、言えません……異端児扱いされでもしたら……)
「――それなら安心してください!! もし、私とお友達になった事でシーラネルが困る様な事が起こるのならば、私が直接世界の声として――「いいえ!! 大丈夫です!! ファンカレア様のお手を煩わせる様な事ではありませんので!!」――そ、そうですか? 遠慮しなくても良いので――「大丈夫です!! そ、それよりも何があったのかお聞かせいただけませんか!?」――あ、そうですね……シーラネルにお話しするべきか悩んでいた事なのですが……聞いてもらえますか?」
「はい!! 喜んで!!」
何とか世界の混乱の危機を抑えたシーラネルは、どっと押し寄せた疲労を癒す為に用意された紅茶に手をつける。
そうして、ファンカレアの話を聞きながらも、心の中で余計な事を考えない様に必死に努めるのだった。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
予定していた通り、ここから二部へと移行する前に幕間を数話挟みます。
今回はシーラネルとファンカレアのお話を……。
皆様お忘れかもしれませんが、ファンカレアはちょっとだけ天然です。それも普段はちゃんとしているのに、大切な友人や想い人の為ならば女神としての立場も忘れて何でもしてしまうというタイプの天然です……。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます