第265話 娘は生きる意味を見つけた③





「……プレデター」

「ッ!!」


 何だか怯えた様子のプレデターの前に一歩だけ歩み寄る。

 俺が前へ進むと、プレデターは僅かに体を震わせて、レモンイエローの瞳で俺の右腕を見つめていた。


 そう、黒椿と同じ――レモンイエローの瞳で。


「あのさ、プレデター」

「……」

「その瞳の色――「ごめんなさい!!」――どうしたん……え?」

「え……?」


 俺が瞳の色の変化について聞こうとしたタイミングで、プレデターが唐突に謝罪をしてきた。

 そして、俺の言葉を聞いたプレデターは驚いた様な表情をしている。


 え、もしかしてプレデターが俺の右腕を見て体を震わせてたのって……俺に怒られると思ってたのか!?

 いや、まさか……でも、確認はしておくか?


「えーっと、どうして謝ってるんだ?」


 なるべく優しくを心がけて声を掛けてみる。

 すると、恐る恐ると言った風にプレデターはその口を開いた。


「パ、パパが右腕を怪我したの私の所為で、それに色々と迷惑もかけて……怒られると思ったから……」


 はい、当たってました。しかも結構重めに捉えてました。


 うーん、でも気持ちは分からないでもないか。

 俺がプレデターの立場だったらって考えると、同じ様に迷惑を掛けたと思って罪の意識に囚われると思う。


 気持ちが分かるだけに、こういう時どう言葉を返したらいいものか……とりあえず、怒っていないことを伝えよう。

 そうして、俺はプレデターの前まで近づき、同じ目線になる様にしゃがみ込んだ。


「あのな、プレデ――」

「ッ……」


 そんな俺の動きを見て、娘が一歩下がってしまう。

 ……泣いていいかな?


「ら、藍? どうしたの?」

「娘に嫌われた……ッ!!」

「き、嫌ってないよ!?」


 両手を地面に着いて、四つん這いになっていた俺の背中をさする黒椿に嘆いていたら、プレデターから大声で否定の言葉を掛けられる。

 良かった……嫌われてなかった!!


「もう、プレデターちゃんが嫌うわけないでしょ? それくらい僕にだってわかるよ?」

「だって、逃げて行っちゃうから……」

「それは嫌ってるからじゃなくて、寧ろプレデターちゃんの方が不安だったんじゃないかな?」

「それって、どういう……」


 黒椿の言葉に顔を上げると、目の前には不安そうに俺を見下ろすプレデターの姿があり、恐る恐ると言った感じではあったが俺の方へと近づいてくれていた。


「……プレデターちゃんはね、ずっと不安だったんだよ。藍に嘘をついて騙していた事、自分の所為で藍が怪我をしてしまった事、他にも沢山迷惑をかけてしまった事について凄く後悔して、嫌われてしまうって思ったんだと思う」

「……そう、なのか?」


 俺の左隣で話す黒椿の言葉を聞いた後プレデターに確認してみると、プレデターは小さな頭をコクコクと縦に振り頷いていた。


「……ごめんなさい。私、パパやママだけじゃなくて、色んな人に迷惑をかけちゃった」

「そんなの、気にしなくていいんだぞ? 俺がお前を助けたいって思って、自分で行動したんだ。みんなには俺から説得して納得もしてらっていたし、プレデターは何も悪くない。それとも、誰かに何か言われたか?」


 俺がまた質問をすると、泣きそうな顔をしながらもプレデターはその首を左右に振り否定をする。


「みんなに謝りに行ったけど、誰も私を怒らなかったの……みんな、パパが私を助けたいって言ったから私達も助けたいと思えたんだって……本当に無事で良かったって……」

「そっか、ならもう気にしなくていい。俺は全く怒ってないし、プレデターの事を嫌いになったりもしないから」

「もちろん、僕もね!」


 俺と黒椿はしゃがんだ体勢になると、プレデターに対して声を掛ける。

 俺達の話を聞き終えたプレデターは、驚いた様に目を見開くと、ぽつりぽつりと声を漏らした。


「なんで……許してくてるの……?」

「え?」

「私、パパを危険な目に遭わせたんだよ? もしかしたら、死んじゃってたかもしれないんだよ?」

「そうだな……確かに今回ばかりは俺も危ないかなぁって思ったよ」


 実際、ギリギリだったのは確かだ。


 もし【神装武具】が発動したなかったら、もし呪いがもっと強力なものだったとしたら、もしウルギアやグラファルトの介入がなかったら……制空藍という人間は二度目の死を迎えていたかもしれない。


「なら、どうして? どうしてパパは、私を叱らないの?」


 真っ直ぐに俺を見るプレデターの顔には、戸惑いや混乱が見えるようだった。

 命の危険を感じたと言ったのに、そんな目に遭わせた自分を叱らないのはどうしてか、その理由が知りたいのだろう。


 そんなの、理由は一つしかないと思うんだけどなぁ。


「あのな? プレデター」

「……」

「娘のピンチに駆けつけるのは、親として当然のことなんだ」

「ッ……パ、パ?」


 不安そうに目を瞑るプレデターの両手を引いて、そっと抱き寄せる。


「言ってたじゃないか。魂の回廊で"パパと生きたい"って。俺だって同じだ。プレデターと一緒に生きたいって思ったから、俺は頑張れたんだぞ?」

「でも、私は……生まれるはずのなかった存在で……血の繋がりだって……」

「生まれ方とか、血の繋がりとか、そんなのはどうだっていいだ。お前が俺を"パパ"と呼んで、俺がお前を"娘"だと認識したその瞬間から――俺達は親子なんだから」

「ッ!?」


 身動ぎ俺から離れようとするプレデターを強く抱きしめる。


「怒る訳ないだろう? 寧ろ俺が謝らないといけないくらいだ。こんなに小さな体で俺の罪を背負わせてしまった……本当にごめん」

「ッ……」

「辛かったよな。苦しかったよな。痛かったよな。でも、もう良いんだ。何も背負わなくていい。だから――」


 抱き寄せていたプレデターの体をゆっくりと離す。

 目の前には、そのレモンイエローの瞳に涙を溜めたプレデターの顔が姿を見せた。そんなプレデターの両頬に手を添えて、俺は優しく微笑んだ。


「――今日からは俺と黒椿の娘として、一緒に生きて行こう」

「ッ……うん……わ、私も……パパとママと……一緒がいぃ……!!」


 不安の糸が切れた様に、プレデターはわんわんと大声で泣き出してしまった。

 そんなプレデターの涙を、俺は優しく何度も拭い続ける。そんな俺の左隣りでは、優しい笑みを浮かべながらもその瞳には涙を溢れさせた黒椿が、プレデターの頭を優しく撫でていた。


 地面に咲き誇るラフィルナの花にプレデターの涙が落ちて光を反射する。

 月明かりに照らされる夜。

 雲一つない星空の下で、俺達は本当の意味で親子の絆を手に入れた。












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