第263話 娘は生きる意味を見つけた①
「……あれ?」
目が覚めると、体が横に倒されている。
視線の先には月明かりに照らされた木製の天井があり、背中には心地いい感触が伝わっていた。
ここは、俺の部屋の寝室か?
暗い部屋に射す月灯り。
薄暗いが部屋の細部は何とか見える。
見慣れたベッドに定位置にある扉。間違いなく俺の部屋の一つである寝室だ。
えっと、確か俺って……ああ、そう言う事か。
ぼんやりとしていた頭が程なくして鮮明になっていく。
「そうか、帰って来れたんだな……」
はっきりとした視界で天井を見つめながら、俺は小さく呟いた。
――魂の回廊の深淵にて、黄金色の光に包まれた世界が無機質な声の後に元に戻ると、そこには驚いたような表情をしているウルギアとウルギアの正面に浮かぶ赤紫色の煙が映った。
俺の姿を見て、ウルギアはその顔を綻ばせ、最初に見た時よりも小さく感じる赤紫色の煙は俺の方へ目掛けて攻撃を始めた。
以前までなら、有効手段のない防戦一方であっただろう。
しかし、今の俺は違う。
その思いに応える様に……背後からグラファルトの気配を感じた。
温かくて、優しい気配。
背中に感じるその温もりが”共に居るぞ”と言ってくれている気がして、なんだか嬉しかった。
グラファルトの存在を感じた事で俺は一瞬だけ口元に笑みを浮かべるが、直ぐに笑みを消して目の前に迫る赤紫色の煙に向かって自身の魔力を解放する。
そして、襲い来る呪われた魂の集合体を【白銀の暴食者】で喰らい尽くし――遂に呪われた魂を消し去ったのだ。
「まぁ、大変だったのはそれからだけど……」
いや、本当に大変だった。
いつの間にか魂の回廊で意識を失っていて、目が覚めたらウルギアが俺を膝枕してくれていた。
その時のウルギアは本当に幸せそうな顔をしていて、思わず見惚れてしまったくらいだ。
正直、精神的にはクタクタだったから、このまま柔らかいウルギアの膝の上で眠り続けたいと思った。でも、そういう訳にもいかないので、ウルギアにお礼を言って起き上がる事に。
その後はもう一回【神装武具】を使えるかの確認をして、とりあえず双黒の封剣は使える様だったからウルギアと一緒にみんなが待って居るであろう現実世界へ戻ったんだよな。
そしたらまぁ、外は大騒ぎだった。
『ええい!! 貴様らいい加減にしろ!!』
目を開けて直ぐに感じたのは、癒される様な花の香りとグラファルトと思われる少女の怒号。
背中に感じる花の感触を確かめてから上半身だけ体を起こすと、体を起こした視界の前方でグラファルト以外の女性陣が背を向けるようにして立って居たのだ。
そしてそんな女性陣の奥には俺側に顔を向けているグラファルトの姿があり、その顔を煩わしいと言わんばかりに顰めていた。
それから数分はグラファルトと女性陣の言い合いが始まり、話を聞く限りだと姿の変わった俺とグラファルトに女性陣が驚いている様子だった。
グラファルトが【神装武具】によって作り出した黄金色の円柱が消えたかと思えば、灰色の髪となった俺とグラファルトが倒れていたらしい。
その後、直ぐに目を覚ましたグラファルトが起き上がると、女性陣からの質問攻めにあった様だ。
その時ばかりは、魔力を使い果たして意識を失っていた自分に感謝した。
「まあ結局、その後で意識を取り戻した俺にグラファルトが気づいて、俺もグラファルトの隣に座らされて説明を求められたんだっけ……」
説明を求められたけど、俺は承認しただけだからあまり詳しくは分からないんだよな。グラファルトも使い方は知っていてもその詳細までは把握していなかったらしくて、最終的には黄金色の円柱に包まれてからの事を統べて話して何とか納得してもらった。
で、その後でみんなから涙ながらに”おかえり”って言って貰えて、もみくちゃにされて……安心したらどっと疲れが押し寄せて来て意識を失ったんだ。
「ベッドで寝てるって事は、誰かが運んでくれたのか。後でお礼を言わないとな。ていうか、今何時だ?」
そう思って懐中時計を出す為におもむろに右手で亜空間を探ろうとしたが、全く動かなかった。
よく見れば、俺の右手……というか右腕全体には包帯が巻かれていて、白い布地のいたるところに幾何学的な模様が書かれてる。
「何だこれ……うおっ!?」
いつの間にか巻かれていた包帯に左手で触れようとすると、バチッと静電気が起こったような音がなり伸ばした左手が弾かれてしまった。
あれ、これもしかして結界魔法か?
見覚えのある現象を体験してそんな予想が浮かび上がる。
念のためにもう一回試してみよう。
そう思いまた左手を右腕へ伸ばそうとしたのだが、右腕の先に映る人影がもぞもぞと動いたことに気が付いた。
「んん……」
そこには、グラファルトの姿があった。
体温が上がって暑かったのか、掛けられていたシーツを放りこっちに体を転がす小さな少女。その寝顔は安心しきっている様で、小さく笑みを浮かべている。
うん、それは良いんだけど……。
「何で、服着てないのかな……はぁ」
今に始まった事ではない。
だけど最近は俺に注意される前にちゃんとシャツ一枚を身に纏っていたのに、今日は何も身に着けずに気持ちよさそうに眠っている。
いや、一応グラファルトとは夫婦だから良いっちゃあ良いんだけどさ……もうちょっとこう、恥じらいをね? 女の子なんだからさ。
「でも、それでこそグラファルトって感じもするけど」
そう言いながら、変わらない性格とは裏腹にすっかり変わってしまった灰色の頭を優しく撫でる。
しばらく撫でると今度は反対側へと体を転がして行ったので、俺は放り出されたシーツを左手で掴み、慣れないながらもグラファルトの体へと掛けた。
そのタイミングで、俺の脳内に一人の女性の声が響く。
(お目覚めですか? 藍様)
(ウルギア? 俺の中に居るのか)
(はい、藍様の魂の損傷を修復しています。黒椿も一緒です)
(はいはーい! 僕も一緒だよ!!)
ウルギアが言い終わる同時に、元気な少女の声が脳内に響いた。
そう言えば、あの黄金色の光に包まれていた時もそんな事を言われた気がする。
えっと……確か、魂に損傷を確認しました、修復には時間が掛かります……みたいな感じだったと思う。
損傷として思い当たるのは斬り落とした右腕だ。
今も動かないし、なんか不思議な包帯でグルグル巻きにされてるし、間違いないだろう。そう思ってウルギアと黒椿に聞いてみると、やっぱり予想通りだった。
(今、ウルギアと一緒に修復してるけど、僕達だけじゃ時間が掛かりそうだよ……)
(力及ばず、申し訳ございません)
(いや、元はと言えば俺が右腕を斬り落としたんだし、二人の所為じゃないから)
正直、右腕を斬り落とした時は自暴自棄になってたからな……二人が謝る必要はない。寧ろ斬り落とした時は、治るだなんて期待もしてなかったから治るんだって感じだ。
そんな訳で、特に気にしてないから気長にね? と言ったんだけど……ウルギアが納得してくれなかった。
(いいえ、藍様の早期回復は私の願いでもあります。ですので、二名程助っ人を呼びました)
(助っ人……?)
あれ、他に俺の魂に宿ってるのって誰だ?
思い当たる人物を探すためにウルギアの発言に唸っていると、その助っ人らしき人物から声を掛けられる。
(よう、無事に帰ってきて安心したぜ?)
(あれ!? なんで!?)
助っ人の一人は【漆黒の略奪者】だった。
相変わらずオラオラした口調ではあるが、その言葉の端々には全くもって悪意を感じず、今も楽しげに笑っている。
えっ、なんかさも当たり前かのように声掛けてきたけど……喋れるの!?
(えぇ……こうやって連絡取れたのか……)
(あぁ、そうか。お前とはこうしてやり取りをしたことは無かったな。オレは基本的に隠れてたから、まぁしょうがねぇか)
どうやら普通に連絡は取れるらしい。今まではその存在を黒椿やウルギアから隠していた為、表立っての行動は控えていたようだ。まぁよくよく考えれば【改変】と同じ存在だし、ウルギアが出来ることが【漆黒の略奪者】に出来ないわけないよな。
(あれ、となると二人目ってまさか……)
(――こうして話すのは初めてだな、我は【白銀の暴食者】だ。説明は要らぬと思うが一応な)
ですよねー……。
その声音は限りなくグラファルトではあるが、なんとなくグラファルトよりも低めか? いや、普段は出てないだけでグラファルトもこういう声音を出せるのかもしれないけど。
イメージ的にはグラファルトをもうちょっとお姉さんっぽくした雰囲気だな。
(えっと、それじゃあ二人が俺の魂の修復に手を貸してくれるってことか?)
(そうなるな。つっても、オレ達はあくまで補助だ。こまけぇ作業は面倒だし、そこら辺はウルギアと黒椿じゃねぇと治せねぇからな)
(というと?)
(魂の修復には、どうしても女神の力が必要なのだ。神属性の魔力を少しだけ混ぜて治す必要がある。我らの様な特殊スキルは女神の力など扱えぬからな)
【漆黒の略奪者】と【白銀の暴食者】は代わる代わるそう答える。
うーん……いまいち俺には理解できないけど、大部分となる細かな作業と仕上げの作業では手順が違うのか?
そして、細かな作業は元女神であるウルギアや女神へと昇華した黒椿の力が必要で、それ以外なら【漆黒の略奪者】と【白銀の暴食者】にも手伝えると……。
(何にしても、二人が手伝ってくれるなら有難いよ)
(いやまぁ、あのガキを救ってもらった恩があるからな……そう易々と返せる恩でもねぇし、これくらいはどうって事ない)
(そ、そうか……特に気にしなくてもいいんだけどなぁ。【白銀の暴食者】はどうして手伝ってくれるんだ?)
(我が主はお前を伴侶として認めているのだ、その伴侶を守るのもまた我の役目と言えよう。それに、今回の一件で我は迷惑をかけてしまったからな……)
(……あぁ、グラファルトの体を乗っ取ったってやつか)
言いにくそうにそう語る【白銀の暴食者】の言葉に、俺はグラファルトから聞いた話を思い出していた。
現実世界に戻ってきて、もしまだ何かしら問題があるのなら俺も介入しようかと思ってた案件だったので、【白銀の暴食者】の反省した様な声を聞いて一安心する。
(まぁ、俺はその当時絶賛呪いと格闘中だったから特に口出しはしないけど……もう、グラファルトを困らせるようなことはするつもりはないんだよな?)
一応確認のためにそう聞いてみると、【白銀の暴食者】から"もちろんだ"と即答される。
(今回の件で、色々と学んだのだ。今はちゃんと反省している。皆にも謝罪をして、許してもらった)
(うん。なら俺もその件に関しては特に言うとは無いな)
(そうか。まぁどちらにせよ、我に敵対する意思はない。これからも、我が主共々よろしく頼む)
(こちらこそ、早速魂の修復に手を貸してもらってるみたいだし、よろしく頼むよ)
そうして、俺は二人との簡単な挨拶を済ませつつも、継続して魂の修復をして貰えるようにお願いした。
――そう言えば、【漆黒の略奪者】との会話で気になることがあった。
それは、今回の主役とも言える人物……愛娘であるプレデターの事だ。
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第一部、終幕のサブタイトルです。
そこまで長くするつもりはありませんが……長くなってしまったら申し訳ございません。
メインは当然――愛娘です!!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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