第262話 灰色の鎮魂歌⑦
『許さぬ……許さぬぞぉぉぉぉ!!』
「くっ……たかが呪いの分際で……!!」
藍がグラファルトとの再会を果たしていたのと同時刻、外封による結界が崩れ去った魂の回廊の深淵部にて、ウルギアは赤紫色の煙と対峙していた。
――それは今から数十分ほど前の事だ。
『――馬鹿なッ!? 何故、我らが外へ……!?』
藍が黄金色の円柱に包まれて直ぐの事、まるで円柱から弾き出される様に呪われた魂の集合体が赤紫色の煙となってウルギアの前へと現れたのだ。
その現象を目の当たりにしたウルギアは直ぐに円柱が影響しているのだと推測し、円柱が現れた理由は分からず仕舞いではあるが藍の魂から呪いが抜け出た事実を考慮し円柱は害のあるものでは無いと判断を下した。
『おのれぇ……我らの計画をことごとく台無しにしおって……!!』
赤紫色の煙から、何重にも重ねた様な声が漏れ出る。
その声を聞いたウルギアは、静かに警戒を強めその様子を伺っていた。
そして、その憎悪を膨らませた様に唸り続けていた赤紫色の煙は――ウルギアを見るや否や突然に襲い掛かったのだ。
そうして時は現在に戻り、呪われた魂から繰り出される触手をウルギアは余裕の様子で避け続けていた。
繰り出す攻撃をことごとく避けられたことで、呪われた魂から苛立ったような声が漏れる。
『くそ!! 何故当たらぬのだ!!』
「ふっ……たかが呪いの分際で、私に攻撃を当てられると思わない事だ!」
『おのれぇ……貴様を殺めれば、あやつの心も壊れると言うのに……!!』
「……外道め」
呪われた魂から発せられた言葉に、ウルギアは冷ややかな視線を送りその身に溢れる魔力を解放する。
『ッ……!?』
「貴様らの様な存在は、害悪でしかない。藍様がお戻りになる前に……消えてもらおう!!」
ウルギア目掛けて放たれた赤紫色の触手にウルギアが解放した魔力が触れる。
そして、魔力が触れた瞬間――魔力に触れていた部分の赤紫色の触手が砂のように粉となって消え去った。
『ば、馬鹿な……!! 何故貴様が呪いの浄化を出来る……!?』
「ッ……流石に連続は不可能か……」
目の前で起こった事態に慌てて触手を引っ込める呪われた魂は、理解が出来ないと叫び声を上げた。
そんな呪われた魂を前にしてウルギアは、膨大な魔力を消費してその表情を歪めても尚、目の前に居る敵を睨みつける。
ウルギアが行ったのは、藍が自身の全てを懸けてまで行おうとしていた【改変】の下位互換に位置する荒業だ。
呪われた魂から繰り出される攻撃を退けつつも、自身に【改変】を使い小さな神格を生み出す。
そして、その神格を消費して生まれた莫大な魔力を利用して呪われた魂を【改変】するという、ウルギアだからこそ行える戦い方だった。
しかし、当然ではあるが決して簡単な方法ではない。
神格を生み出すのには最低でも十分以上は掛かり、神格を消費した際に掛かる魂への負荷は計り知れないものだ。
その効果は絶大ではあるが、加減を間違えると確実に存在の消滅へと繋がる諸刃の剣。
それは確実にウルギアの魂を蝕み始めていた。
(意識が朦朧と……恐らく、呪われた魂の総数は残りわずか。今すぐに同じ攻撃を今度はあの煙へと直接当てれば……呪いを消すことは出来るでしょう)
今までのウルギアだったら、迷うことなく連続で攻撃を仕掛けていただろう。
封印が解かれた呪われた魂の危険性と藍のためを思えば……ウルギアは間違いなく命を懸けてでも同じ攻撃を直ぐにでも繰り出していた筈だ。
しかし、実際には追撃を行うことなく、ウルギアは目の前で困惑している呪われた魂を睨みつけて牽制するだけに落ち着いていた。
何故、ウルギアは追撃をしなかったのか……その答えは――ウルギアの自我の成長が起因している。
(以前の私であれば、直ぐにでも行動を起こしていたでしょう。藍様の為ならば命は惜しくありません。ですが……今はまだ、消えたくないと思ってしまう私がいます)
それは言うなれば当然の考えではあった。
落星の女神と謂われていた彼女は、もう藍の忠臣ではない。
その優しさに触れて、ウルギアもまた――藍の恋人となったのだから。
(私はまだ、貴方様と生きて行きたいのです。どうか、私の我が儘をお許しください)
心の中で祈る様に、ウルギアは声に出さずにそう願う。
藍と仲間たちが騒がしくも楽しく過ごすあの輪の中に……自分の姿を加えた光景を思い浮かべながら。
『グゥ……我らはまだ、消える訳には――ッ!?』
「……ッ!?」
――二つの存在が対峙するその空間に、突如として重々しい魔力の波が訪れる。
そのあまりのプレッシャーに、呪われた魂だけではなくウルギアまでもがその場で一歩の動けなくなっていた。
『一体……何がッ』
「…………」
突然の事に理解が及ばない呪われた魂。
それとは正反対に、ウルギアは一点を見つめてその動きを止めていた。
ウルギアの視線の先には黄金色の円柱があり、周囲一帯を押しつぶす様に揺れる魔力の波が訪れると同時に、黄金色の円柱にも変化が訪れていた。
半径2m程の大きさで広がっていた円柱が、徐々にその大きさを縮小して行く。
そうして人ひとりが入れる程度の大きさまで縮まると、円柱は人型に纏まり始めてやがて殻が破れるように黄金色が剥がれ始めた。
初めに姿を現したのは――白銀を受け入れて、その黒髪を灰色へと染めた青年の顔だった。
「ああ……よくぞ、ご無事で……」
髪色が変わってはいたが、ウルギアがその青年の顔を見間違う事はない。
荒れ狂う膨大な魔力と共に姿を現した青年に、ウルギアの顔が綻ぶのは当然の事だった。
――しかし、それをよく思わない存在も居る。
『馬鹿な……まるで、別物ではないか!! ここに来て、魂の進化など――認めるかァァァァ!!!!』
「ッ……藍様!!」
怒り狂う呪われた魂が、赤紫色の煙の全てを動かし青年へと向かい進撃を始める。
肉体を襲う負荷の影響で、一歩遅れてしまったウルギアは慌てて声を上げるが、その時にはもう手遅れの状態だった。
青年の目の前まで迫った赤紫色の煙は青年を包み込む様にしてその呪いを青年へと向けて浸食させようとする。
その光景に、先程までの笑顔は消えウルギアの顔に緊張が走るが――。
『ッ!?!? ど、どういうことだァ!!!!』
「……?」
青年を襲った赤紫色の煙は、驚いた様な声と共に青年の体から離れていく。
離れる際に赤紫色の煙からは、灰色の砂の様なものがパラパラとこぼれ落ちていた。
「……思えば、これは俺達の起原でもあったんだ」
瞳を閉じた青年――制空藍がひとりでに語り始める。
藍の体を覆うのは、漆黒の魔力ではなく……藍が愛する竜種が宿す白銀の魔力であった。
「俺とグラファルトが出会う要因となった存在であり、俺とグラファルトが繋がりを得ることになった要因でもある。俺達にとっての始まりであり――共通する敵でもあった」
『――ひっ』
浮遊する赤紫色の煙から小さな悲鳴が上がる。
その原因となっているのは赤紫色の煙の正面――膨大な魔力を解放した藍がその瞼を開いたことによるものだった。
溢れ出る魔力は、やがて藍の背後へと集まり浮遊する小さな少女の影を生み出す。
「『さあ、長い長い俺(我)らの戦いを――終わらせるとしよう!』」
『や、やめ――』
重なる様に響くその声に、呪われた魂は恐怖しながら後退する。
しかし、呪われた魂の言葉が終わる前に解放された白銀の魔力の全てが藍の体内へと吸収されると、藍はおもむろに左手を正面へと翳し、呪われた魂である赤紫色の煙に対してスキルの名前を口にするのだった。
「『――喰らいつけ……【白銀の暴食者】ッ!!』」
翳された左手から竜となった膨大な魔力の塊が解放される。
その魔力は漆黒と白銀が混ざり合い灰色となって呪われた魂へと放たれた。
必至に逃げようとする呪われた魂であったが、追従する魔力の竜は呪われた魂よりも早く動き、やがて呪われた魂である赤紫色の煙を喰らい尽くした。
『ぐ……ぐあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』
呪われた魂の断末摩が、魂の回廊の深淵に響き渡る。
魔力の竜にその全てを喰らわれて……遂に呪われた魂は跡形もなく消え去った。
「……終わ、った」
呪われた魂の存在が消滅したことを確認した藍は、一言だけそう呟くと意識を失い、その場に膝を着いて前へと倒れ――なかった。
『全く――魔力のほとんどを使いおって……』
藍の傍で守る様に佇んでいた魔力で出来た少女が、前方へと倒れそうになる藍を背後から引っ張り、ゆっくりと仰向けへ倒し始める。
『さて、我は先に戻っている……後は頼んだ』
そして、少女は倒れている藍の顔を愛おしそうに眺めると奥に居るウルギアへとその顔を向けて一言だけそう呟いた。
「…………」
ウルギアは、少女の正体に気づいていた。
だからこそ、警戒する事もなくその姿勢を正した後で、少女の言葉にゆっくりと頷いて答えた。
ウルギアの頷きを見届けた少女は、魔力の粒子となってその姿を消す。
少女が消えて居なくなったことを確認したウルギアは藍の元へと進み始め、やがて横になる藍の隣に移動すると丁寧な所作で正座をする。
そうして眺めるのは心地よさそうに眠る藍の寝顔であり、優しい笑みを浮かべたウルギアは、そっと藍の頬にその右手を触れさせた。
「お疲れ様です……ふふ、もう少しだけ、この贅沢を味わわせてください」
呟いたウルギアは、幸せそうに笑みを浮かべて藍の頬を愛おしそうに撫で続ける。
その行動は現実世界へと戻る直前――藍が目覚めるまで行われていた。
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遅くなってしまい、申し訳ございません!!
灰色の鎮魂歌はこれにて終了です。
そして、一部もいよいよ終へ……!!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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