第261話 灰色の鎮魂歌⑥







 黄金色の光に包まれた後、白銀の髪をくすんだ灰色へと変えたグラファルトと再会した俺はお互いが離れていた時の出来事について話し合った。


 グラファルトは内封に封印されていたウルギアとは違い、最初から全てを見て体験していた為、俺の知らない話がどんどん出てくる。


 【白銀の暴食者】の行動によって、ミラ達は結構な重症を負ってしまったとか。

 最終的には【漆黒の略奪者】が【白銀の暴食者】を止めた事とか。

 プレデターの容態についてとか。

 様々なことを教えてもらった。


 その話の中で知ったのだが、やはり俺とウルギアの予想通り……今の状況を生み出せたのは、グラファルトの【神装武具】のおかげらしい。


『我は願ったのだ。お前と共に有ることを』


 【神装武具】について話すグラファルトはなんて言うか、凄く大人っぽい笑みを浮かべていた。何か大切な思いをその心に抱えている様な、確固たる決意を宿した笑顔。


 その笑顔を見て、俺はあることを思い出す。


「そう言えば、俺が驚いたせいでグラファルトの話を遮っちゃったな」

『ん? 嗚呼、お前がこの髪色を見た時の話か』


 自身の前髪を指さすグラファルトの言葉に俺は頷いて答える。

 背後にいたグラファルトが俺の前へ移動してきた時、グラファルトは何かを話す途中だったと思う。

 それを俺が邪魔してしまったのだ。


 その事について俺が謝罪をすると、グラファルトは特に気にする様子も見せずに『平気だ』と笑みを浮かべて言った。


『まあ、我もお前の後ろ姿を見た時はかなり驚いたからな。これでも、驚かす側に回りたいから必死に我慢したのだぞ?』


 いや、そんな事で胸を張って威張られてもな……。


「ってそうじゃなくて、結局グラファルトは何を言おうとしてたんだ?」

『おお、そうだったそうだった』


 また話が脱線しそうになった所でグラファルトに声を掛けると、グラファルトバツが悪そうに後頭部に右手を置いて苦笑を浮かべる。


 その後、一歩だけ俺との距離を詰めたグラファルトはその表情を優し気な笑みへと変えていった。


 距離が近くなったことで、その小さいながらも整った可愛らしい顔が良く見える。髪の色は灰色に染まってしまったが、宝石の様に光る朱色の双眸や幼さの中にある凛とした雰囲気を感じる顔立ちは、よく見覚えのあるものだった。


『まぁ、なんだ……以前までの我はな、お前に変わって欲しいと思っていたんだ』

「変わって欲しい?」

『うむ……身勝手な話だ。自分が変われないと決めつけて、他人に変わって欲しいと縋り続けていたのだからな。我は自分の弱さを知っている。力の暴走、闇に囚われる、トラウマとなっていた過去の出来事が、我を恐怖させていたのだ』


 悲しげに笑みを浮かべグラファルト曰く、彼女は俺と暮らすようになってからも、度々悪夢にうなされては夜な夜な一人で竜の渓谷へと赴き泣いていたらしい。


 同胞たちを救えなかった自分が、同胞たちの願いを履き違えていた自分が、グラファルトは心底嫌いだったようだ。


『だからこそ、我は力を制御する事に固執した。もう後悔も、過ちも犯さない様にする為に……全てを御しきれる程に肉体的に強くあろうとしたのだ』

「……」

『だが、幾ら肉体が強くなろうとも、魔力制御を熟知しようとも……精神的な弱さを克服できず、結局は皆に迷惑をかけてしまった』


 そう話すグラファルトの表情は後悔という二文字がハッキリと連想できる程に歪められていた。


『我は――弱い自分が、嫌いだったのだ』

「……グラファルト」


 小さく呟くグラファルトの頭に、俺は左腕を伸ばした。そうして、いつものようにその小さな頭を撫でようと思ったのだが……それをグラファルトに止められた。


 伸ばした左手はグラファルトの両手によって拘束され優しく包まれる。

 その予想外の行動に首を傾げていると、顔を上げたグラファルトが吹っ切れたように微笑みを浮かべていた。


『そんな悲しそうな顔をしなくて良い。言ったであろう? 嫌い"だった"と』

「あっ……」


 "だった"の部分を強調して言うグラファルトの言葉に、俺は誤解をしていた事に気がついた。

 俺の顔を見つめていたグラファルトは、俺の小さな呟きに頷くと『そういう事だ』と話し始める。


『それはあくまで過去の話であり、少なくとも今は嫌いなどとは思っていない。今回の騒動をきっかけに、その弱さを素直に受け入れることが出来たのだ』


 そうしてグラファルトが話してくれたのは、グラファルトが【白銀の暴食者】に体を乗っ取られていた時の出来事についてだった。


『常闇とアーシェに教えられたのだ。弱さを否定するだけでは駄目だと。弱さから逃げるのではなく、その弱さを認め、受け入れ……弱さを抱えそれでも前へと進み行く。その弱さの先にある強さを……我は教えてもらった』


 そこまで話すとグラファルトは両手で包むように握っていた俺の左手を離し、おもむろに足を動かし始める。

 移動を始めたグラファルトは、ゆっくりとした動作で俺の左隣へ移動すると、横から俺の顔を見上げて真っ直ぐに視線を合わせてきた。


『なぁ、藍――我はな、お前の隣がいいのだ』

「ッ……」

『――前でもなく、後ろでもない、いつでも共に歩める……お前の隣がいいのだ』


 朱色の双眸を細めて幸せそうに笑うグラファルトはそう言うと、俺の左手を右手で掴み、指を絡めるようにして握り始めた。


『お前一人に抱え込ませて、すまなかった。これからは、我が共にその全てを背負おう。今度は言葉だけではなく、我の全てをかけてここに誓う』


 優しくも芯のある声で、グラファルトが誓いを立てる。


『”この命、そしてこの魂は、未来永劫――制空藍と共にある。グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルが、此処に誓おう”』



<<グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルより”運命の誓約”が交わされました。承認しますか?>>



 魔力がこもった声がグラファルトから発せられて直ぐに、俺の脳内で無機質な声が響く。

 突然の出来事に俺が驚いてグラファルトを見ると、グラファルトは少しだけ頬を赤らめた顔をしていた。


「グラファルト、”運命の誓約”って?」

『……別に、藍が必要ないと思ったら承認しなくてもいいぞ。これはな、我の一方的な誓いであり願いなのだ。承認されれば、我と藍の繋がりがより強固なものとなるが……我が望んでいても、藍が望んでいないのなら――「承認する。そして……”この命、そしてこの魂は、未来永劫――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルと共にある。制空藍が、此処に誓おう”」――ッ!?!?』


 グラファルトが言い終わる前に、俺は迷うことなくグラファルトの”運命の誓約”を承認して、その後で俺からも”運命の誓約”を行った。

 多分、グラファルトの脳内にも俺と同じように無機質な声が響いたのかもしれない。

 俺が誓いを立てると、グラファルトは驚いた様子で俺の顔を見ていたから。


 ”運命の誓約”をやり返されるとは思ってもいなかったのか、グラファルトの動揺は大きかった。小さな声で何度も『え? え?』と繰り返し、空いている左手をわなわなと動かして彷徨わせている。


 そんなグラファルトの様子がおかしくて、俺は思わず笑みを溢してしまう。


『ら、藍……?』

「ごめんごめん、さっきまで堂々としていたグラファルトが凄い慌ててるから、なんかおかしくてさ」

『ッ!? そ、それは慌てるに決まっているであろう!? ま、まさか誓約をやり返されるとは、思ってもいなかったのだ……それに、もし拒絶されたらどうしようって……ちょっとだけ、不安でもあったのだ』

「……」


 顔を赤らめたグラファルトはその視線を少しだけ下へ向けた。

 堂々とした佇まいからは想像も出来なかったが、グラファルトはグラファルトでその心に大きな不安を抱えていたらしい。

 俺に断られたら……拒絶されたら……と、内心では怯えていたのかもしれないな。


 その気持ちは、俺にもよくわかるものだった。

 だから――


「ありがとう、グラファルト」

『うわっ!?』


 ――そんな彼女の不安を消し去る為に、俺は握られたままの左手をぐいっと後ろへ引っ張り、グラファルトの体を引き寄せる。

 そして、左手をグラファルトから離して直ぐ、グラファルトの背中へと回してその小さな体を抱きしめた。


「グラファルトが俺を想ってくれている様に、俺もグラファルトの事を大切に想ってる。お前が傍に居てくれるのなら……隣に居続けてくれるのなら――俺も誓約を以て此処に誓う」

『藍……』

「もう、絶対にグラファルトとの繋がりを断ったりしない!! お前が俺を嫌うその時まで、俺はずっと……お前の隣に立ち続けるよ」

『ッ……わ、我も……』


 震える声で呟くグラファルトは、その体も微かに震わせながら俺の体に抱き着いて来た。


『我も、同じだ。お前が嫌だと言うその時まで……我はずっと……お前の隣に立ち続けようッ!!』





























<<共命作業が完了しました。魂の回廊が繋がりました。肉体の再構築が完了しました。共命剣”ファルート”の発動を停止します。>>











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 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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