第259話 灰色の鎮魂歌④





<<――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルから魂の共命要請が入りました。

魂の共命を承諾しますか?>>




 耳から聞こえる音も、脳裏に響いていた怨嗟の声も、全てを掻き消して聞こえて来たのは――無機質だけど、聞き覚えのある声だった。


 記憶を辿り、その声の正体を探していた俺は、それがライナが【神装武具】を顕現させる際にしていた詠唱……その中で聞こえてきたファンカレアの声だと気づく。


 確かあの時は、『創世の女神ファンカレアからの許可を受諾しました』だったか?

 ライナの時に聞こえてきたあの声は、ファンカレアが事前に【神装武具】に組み込んでいた声らしいけど……いま、俺の脳内に響いた声は一体……。




<<――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルから魂の共命要請が入りました。

魂の共命を承諾しますか?>>




「ッ!?」

「ら、藍様……?」


 やっぱり、聞き間違いではない……か。


 ふっ……おかしいな。

 割と疲労が限界を迎えて意識も朦朧としてたのに、唐突に聞こえて来た無機質な声一つで色々と吹っ切れてしまった。


 驚いてその場で立ち上がり周囲を見渡したけど、急に立ち上がった俺を不安そうに見つめるウルギア以外に人は居ない。

 そのウルギアにも、どうやら無機質な声は聞こえていない様子だった。


 さて……どうするべきなんだろうか。


 聞こえてきたメッセージの内容通りだとすれば、グラファルトとが俺との共命を望んでいるってことだよな?


 一体どうやってそんな事が出来るのかという疑問はあるのだが、それについては一つだけ心当たりがあった。


 多分だけど、俺がグラファルトとの共命を断ち切った時、グラファルトへと渡したスキルの中にあった【神装武具】を使ったんだと思う。


 心当たりと言えるものがそれしかないし、【神装武具】を使ったとするなら、さっきの無機質な声についても説明がつく。

 まぁ、それでも細かなことまでは分からないから、推測の域を超えることはないけど……あながち間違ってはないと思うんだよな。


 その上でどうするべきか、なんだけど……そもそもこれって、承諾するか拒否するかの選択はどうやってするんだろう?


 特に何か文字が表示されている訳でもない。俺の脳内に直接響くように声が聞こえるだけで、ゲームみたいに選択画面がある訳でもなかった。


 もしかして、口で宣言すればいいのかな? それとも、念話みたいな感覚で脳内で語りかけるようにすればいいのか?


 ……わ、わからない。

 唐突に選択を迫られても、動揺して頭の整理が思うようにつかないな……。




<<――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルから魂の共命要請が入りました。

魂の共命を承諾しますか?>>




 状況を把握できていない俺を急かす様に、無機質な声は三度、俺の脳内に響き渡る。


「承諾しますか、か……」

「あの、藍様? さっきから様子がおかしいと思うのですが……どうされたのですか?」

「あー……うん。意見は多い方がいいかもしれないな。実は――」


 俺を心配してくれていたウルギアに、今さっき起きた出来事について説明をした。


 俺が説明を終えると、ウルギアは「少しお待ちください」と言いその場で目を閉じて夜空の様に美しい魔力を解放する。

 しばらく目を瞑ったままそうしていたウルギアだったが、数分もしないうちにその目を開けて俺の方へと視線を向けた。


「確認しました。確かに、グラファルトだと思われる魂が藍様の魂へと干渉しようとしています」

「つまり、俺の脳内に響いたあの声は幻聴とかではないってことか」

「恐らくは藍様の予想していた通り、【神装武具】の能力を使ったのでしょう。あれには創世の女神の魔力が僅かながらに宿っていますから。その力は未知数です。藍様の魂に干渉することも可能かと思われます」

「なるほど……」


 ウルギアの見解も俺と同じような感じだった。

 さっきまでの一連の動作は、どうやら俺の言っている事が事実かどうか調べてくれていたらしい。


「それで、藍様はどうするおつもりですか?」

「…………俺は」


 どう、するべきなんだろうな……。


 ウルギアの問いに対して、直ぐに答える事は出来なかった。


 グラファルトの気持ちはすごく嬉しい。

 だが、俺は元々みんなを守る為に一人で戦う事を選んだんだ。

 だからこそ今になって誰かを頼るのは……いや、それを言ってしまえばもうウルギアに頼ってしまっている時点で駄目だよな。


「……正直、承諾しても良いかなって思ってる。ウルギアに助けて貰って、孤独じゃないって分かって、その有難さが痛いほど理解できたから」

「では、承諾されるのですね?」

「……グラファルトは、本当にそれで良いのかな?」

「なにか、気になる点でもございましたか?」


 確認する様に聞いて来るウルギアに、俺は質問で返してしまう。

 そんな俺に呆れるでもなく、ウルギアは優しい笑みを浮かべて歩み寄ってくれた。


「これは何度も言っている事だけど、グラファルトはもう十分だと思える程に辛い思いをしてきたと思うんだ。俺が承諾してしまった場合、その辛い思いをする事になった元凶と対峙することになる。そうなった時、グラファルトが今まで以上に辛い思いをするのは……なんか違う気がしてさ」

「……藍様」


 顔を少しだけ下げて、ウルギアは俺の名前を呼ぶ。

 その声に応える様に真っ直ぐにウルギアを見ると、下げた顔を上げてウルギアはその口を開いた。


「藍様は――勘違いをしています」

「か、勘違い?」

「はい、勘違いです。これは藍様の性格が原因でもある勘違いですので、仕方がないと言えばそうなんでしょうが……この場でその勘違いを正さないままにすると、今後の命運を左右する事態になりかねないと判断しました。ですので、私の率直な意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」

「……お、お願いします」


 結界にぶつかるのではと思うくらいに前のめりになりながら捲し立てるウルギアに、俺は戸惑いながらも頷いて答えた。

 俺が頷いたのを確認するとウルギアは前のめりだった体勢を元に戻し、数秒の間だけ目を閉じて考え事をする様に沈黙する。

 そして直ぐにその目を開き、俺に向けて話を始めた。


「先程お話になられた、藍様の懸念する”グラファルトの精神的ダメージ”に関するお話ですが……グラファルトは、藍様との共命を望んでいます。それを拒絶する事こそが、グラファルトの精神的ダメージをより深いものにするでしょう」

「それは……」

「そもそも、藍様は大切な方々を失いたくないという気持ちが前に出過ぎなのです。その思いは大変素晴らしいものだと思いますが……その優しい性格が原因で、周囲に居る者の気持ちに対しては鈍感になっている事が多いと思います」

「そ、そうかな……」

「はい、間違いなく。私の事を拒絶したのが良い例かと」

「うっ……」


 ……は、反論できない。

 正直、我を通しているという自覚はあったし、みんなの想いを正確に感じ取る事は出来ないけど、行かないでと言う人達に対して感情論で突き通した自覚はあった。


 自分自身の事を例題に出してジト目を向けて来るウルギアに返す言葉が思い浮かばず、視線を逸らしてしまう。

 そんな俺に対してウルギアは……そのジト目を細めてふっと優しく微笑みだした。


「藍様は、もう少し”頼る”という事を覚えましょう」

「……頼る」

「はい。心を許すだけでは、人と人とは繋がり切れないのです。心を許した上で、互いに支え合う事が大切であり……どちらか一方が全てを背負う様な行動をしてしまえば、互いの関係性に大きな亀裂を生みかねません」

「俺は……間違ってたのかな?」

「いいえ、間違ってはいなかったと思います。間違ってはいませんが、同時に――足りなかったのです」


 優しく諭す様に、ウルギアは俺に語り掛ける。

 その言葉はスゥっと耳に入って来て、もやもやとした感情を洗い流してくれるようだった。


「藍様、貴方様は決して一人ではありません。貴方様だけが前に居る訳ではありません。後ろではなく、隣を見てください。遠くに居ると勘違いしていた大切な者達は……きっと隣に立って居ますから」

「ウルギア……」

「貴方様が私たちを導いて下さるように、私たちもまた貴方様を導きましょう。貴方様が私たちを守ってくださる様に、私たちもまた貴方様をお守りします。だから、一人で抱え込まないでください」

「ッ……」


 その言葉……何処かで、似たような事を言われた様な……。




――お前が道を誤ったなら、我が手を取り道を示してやる。お前が強大な敵に一人で立ち向かうというのなら、その隣に我は立とう。




 ああ、そうだ……。

 あいつは、グラファルトは、ずっと前から……。


「……ありがとう、ウルギア。ウルギアが言いたかった事、よく分かった気がする」

「先程の言葉はとある駄竜が口にしていた言い回しをアレンジしたものでしたが、藍様のお役に立てたのなら何よりです」

「やっぱりそうだったか」


 隠すことなくグラファルトのセリフを借りたと言ったウルギアはその瞳を閉じて口角を上げる。

 そうして、ウルギアを前にして決意を固めた直後……再び脳内にあの声が響き始めた。




<<――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルから魂の共命要請が入りました。

魂の共命を承諾しますか?>>




 そうだな……お前がそれを望んでくれるのなら――――




「――ああ。グラファルトからの共命要請を承諾する」




 グラファルトからの共命要請を受け入れて直ぐに、周囲が大きく揺れ出す。

 それと同時に、外封によって生み出された結界に亀裂が入り始めて……やがて結界は砕け散った。


「藍様!! これは一体――ッ」


 俺の前では、慌てた様子で周囲を警戒するウルギアの姿があった。

 ウルギアへと言葉を返そうとしたのだが、それよりも先に視界が黄金色へと染まり始める。


 そうして、次第にウルギアの姿も見えなくなり……俺の体は、黄金色の光によって包まれていくのだった。

















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 【作者からのお願い】


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