第258話 灰色の鎮魂歌③







 ああ、これはまずいな……。



 結界を背にしてしゃがみ込み、俺は朦朧とする意識の中何もない上空をぼんやりと眺めて居た。


 ウルギアとの再会を果たし、彼女の強い意志を受け入れた後。

 依然、俺の魂を消し去ろうとする呪われた魂たちとの戦いは続いていた。


 痛覚はもうほとんど何も感じない。

 絶え間なく続いた拷問によって、肉体的痛みに対する耐性が著しく上昇したおかげだろう。


 しかし、ウルギアから話を聞いた時は驚いたな……。

 俺の魂の回廊に戻ってくるまでに結構時間が掛かったんだなぁと思いウルギアに聞いてみると『そこまで時間を掛けたつもりはありませんでしたが……遅くなったとしたら申し訳ありません』と言葉を返された。


 僅かではあったがウルギアの返しに違和感を覚えた俺はちょくちょくと外のことについて説明してもらう事にして、色々な事実を知ることとなる。


 まず初めに、プレデターについて。

 どうやら黒椿により無事に外へと出ることが出来たみたいだ。その後は昏睡状態が続いているようだが命に別状はなく、ウルギアが知る限りでは神格の移植も無事に終わりそうだったとのこと。


 そして、グラファルトについて。

 これについてはウルギアも途中から、それも俺の魂の回廊へと移動する一瞬しか確認できなかったらしいが……どうやら、グラファルトは暴走してしまったらしい。

 今までに見た事ないような姿をしていたらしく、容赦なくミラ達を攻撃していた様だ。

 その話を聞いて、俺は居ても立っても居られなくなったのだが、ウルギアは一言『大丈夫でしょう』と言った。


『ミラスティア・イル・アルヴィスの他にも、ファンカレアや黒椿も居ます。グラファルトの暴走を止めることくらい容易いでしょう。それに、目的は違ったのですが私の方でも準備していた事があるので、心配は無用です』


 その準備していた事に関しては特に説明してくれなかったが、自信ありげにそう告げるウルギアの言葉を信じて、不安な気持ちを抱きながらも俺は渋々納得する事にした。



 そうしてウルギアと話をしていく中で、俺が所々に感じていた違和感の正体は唐突にウルギアの口から告げられる。


「しかし、色々な事が外では起き始めてるんだな」

「ええ……これらの出来事が起きているのですから、慌ただしい一日だと言えるでしょう」

「……い、一日? 外の世界では、まで日付が変わってないのか?」

「はい。まだ藍様が回廊へと至ってから日付は変更していませんが……何かおかしなことでも?」

「……」


 ウルギアが然もありなんと言った風に話すのを聞いていた俺は、唯々絶句するしかなかった。


 魂の回廊にやって来てから、まだ一日も経過していない……?


 それが呪われた魂たちによる策略だったのか、それとも俺の時間感覚がおかしくなってしまったのかは分からない。

 だが、振り返って見たウルギアの顔を見る限り嘘を吐いている様には見えなかった。

 つまり、俺は何日も……何か月も耐え続けていると思っていたのに、実際にはたった数時間しか経過していなかったって事か……。


「藍様?」

「俺さ……てっきり数か月とか、下手したら一年以上経過していると思ってたんだ」

「……そうだったのですか」

「うん。だから、ちょっと驚いて……でも、もしかしたら呪いの所為で色々な事が狂い始めているのかもしれないな」


 痛覚に関しても時間の経過感覚に関しても、そして……俺の精神に関しても。

 様々な部分に呪いの影響が出始めているのかもしれない。

 そう思うと、もし仮に助かったとしても……俺は、前みたいに暮らして行けるのだろうか?


「――藍様、どうか気を強く持って下さい」

「……ウルギア」

「貴方様の傍に、私は居ます。ですから……呪われた魂などに負けないでください」


 首だけで振り向くと、そこには不安そうな顔をするウルギアの姿があった。

 どうやら、俺が自暴自棄になっていると勘違いしている様だ。


「大丈夫だ。俺は負けるつもりはない……ちゃんと、みんなの所に帰るつもりだから」

「……はい」


……無理やり笑っている事に気づかれたかな?

 返事をするウルギアは何処か寂しそうに見える。


 でも、それ以上なんて声を掛ければ良いのか分からなかった。


 それくらいに、俺はもうボロボロの状態で……肉体的な痛みとは別に、精神的な苦痛に耐える事が難しくなっていた。



――死ね、死ね、死ね、死ね!!


――許さない、許さない、お前だけは、絶対に許さない!!


――よこせ……お前の魂を、肉体を、全てをよこせぇぇぇ!!



 ウルギアと話している間も、油断していると聞こえて来る呪われた魂たちの怨嗟。

 脳裏に響くように言われるその言葉に、俺は心を休める事が出来ず、精神的に不安定になってきている事が分かった。



――人殺しめ、同胞殺しめ、お前だけが生きて、我らだけが死ぬことなど許さぬ!!


――お前も苦しめ!! 呪えるだけ呪ってやる!!


――お前が無事に戻ったところで、穢れた魂を持つお前を愛する者などいない!!



 ああ、そうかもしれないな。

 でも、帰らないと……もし、愛してくれる人が居ないとしても、それでも約束は守ろう。

 呪われた魂の怨嗟は、その数が減るにつれて焦ったように叫び続けていた。

 その様子が何だか可笑しくて、乾いた笑みが零れる。



――お前を愛していた者も、どうせ離れて行くだろう!! 所詮お前は……。


「――人殺しだ」

「藍様!? しっかりしてく――」


――そうだ、お前は人殺しだ!! 殺人者め!! お前を愛してくれる者などいない!!


「そうかもな……いや、でもウルギアは……」

「ら――ま!! ――こえ――ッ!?」


――誰もお前を愛してくれない! たとえ今は愛してくれるとしても、結局全てが終わった後で捨てられるだろう。裏切られるだろう。そうやってお前は一人になってしまうのだ……。


「……」


――殺人者にはお似合いだな? お前はこれから一人でずっと……ずっと生きて行かなきゃいけないのだ。


「……それは、寂しいかもな」


――ならば我らを受け入れよ!! そうすれば、お前を仲間だと認め……。


「――いや、それでも俺は……お前達を改変する」


――ッ!? 何故だ!! お前は一生、孤独になるのだぞ!?


「そうだな……俺みたいな人殺しと、最後まで一緒に居てくれる奴なんて居ないかもしれない……それでも」


 それでも、約束したからな。

 ちゃんと、全部片づけて終わらせるって。


「独りぼっちになってもいいさ。それで、みんなを守れたなら……俺は喜んで一人で生きて行く事を選ぶよ」


――くぅ……!! 認めぬぞぉぉ!!


――許さぬ、許さぬ、許さぬ!!


――よこせ、よこせ、よこせぇぇぇ!!


「ちょっと寂しいけど……みんなが平穏に暮らして行けるなら……俺は――」



――離れ離れになったとしても……愛されなくなったとしても……俺がみんなを愛している事は、確かなのだから。












































<<――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルから魂の共命要請が入りました。

魂の共命を承諾しますか?>>




…………は?












@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!


 ご感想もお待ちしております!!


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る