第257話 灰色の鎮魂歌②






――あの時の惨劇は、今でも夢で何度も見る。


 同胞が死んだ。


 家族を失った。


 残虐な手口で、見せつけられる様にして。


 怒りが、恨みが、悲しみが、苦しみが、我の心を掻き乱す。


 あの時の感情は――未だに我を苦しめ続けるのだ。



『魔竜王様』



 ッ……昔までは当たり前であったその呼び名を聞く度に、我はその心の内で恐怖を抱く。



『我らが王よ』



 昔までは当たり前であったその独特な敬称を聞く度に、我はその心の内で罪悪を抱く。



 消える事のない失う事への恐怖。

 消える事のない同胞たちへの罪悪。


 ……夢とは恐ろしい物だ。

 どれだけ現実世界で幸福を得ようとも、ひとたびその悪夢を見てしまえば幸福は奪われこの身は恐怖に見舞われる。


 そうして、堪えきれる感情を曝け出す為に……我はいつも、同胞たちの眠る竜の渓谷へと足を運んでいたのだ。


 泣くことしか出来なかった。

 今は亡き同胞たちを想い、霊廟と化した渓谷で泣き続ける事しか出来なかった。



『我は――無力だ』



 そうだ、我は無力だ。



『我は――人間に同胞たちを殺されたッ』



 そうだ、我は人間に家族を殺されたのだ。



『我は――人間が嫌いだ!!』



 ……我は。

 ……我は、人間が――

















『――安心しろグラファルト』



 ッ……嗚呼……。



『――お前の罪も、憎悪も、復讐も、願いも、想いも、全て俺が引き受ける』



 ……そうだ。

 お前は、最初から……そうであったな。



『――だから、もう少しだけ待っていてくれ』



 差し伸べられたその手に、我は縋りついだのだ。


 お前の笑顔が、我に勇気をくれた。

 お前の強さが、我を救ってくれた。

 お前の優しさが……我に安らぎを与えてくれた。






『――あなた様は救われたのです、あなた様に良く似た――あの優しき青年に』


 そうだな、アグマァル……。

 我は、藍に救われたのだ。


『――この世界は広く、そして多くの未知で溢れています。きっと、貴女様にふさわしい相手がいずれ現れますよ』


 嗚呼……お前の言う通りだった。

 弱き我をその優しさで包み込んでくれる……大切な相手が出来たのだ。


『――ふふふ、我らが王の隣に立つ者は……一体どんなお方なのでしょうね?』


 それはな? アグマァル。


 それは――――。














―――――――――――――

















 眠り続ける藍とグラファルト、そして黒椿によって藍の隣へと寝かせられたプレデターが並ぶその場所に、”六色の魔女”と二人の女神――そして二つの自我を持つスキルは眠り続ける三人を見守る様に座って居た。


 グラファルトが眠りに着いてから、既に一時間が経過している。


 ライナから”問題ない”と言われていた一同は安心してグラファルトの帰還を待ち続けていたが、一時間が経過している現在は違う。


「ねぇ、少し遅すぎない?」

「わたしもちょっと心配になってた……大丈夫かな?」

「ラーナ、【神装武具】とはここまで時間が掛かる物なのですか?」

「どうだったかな……一時間も掛かった記憶はないけど、もしかしたら個人差があるかもしれないから何とも言えないね……」


 三人の言葉に、ライナは難しい顔をしてそう答えるだけだった。

 そうして、一同が不安を募らせていると……グラファルトの肉体に変化が起こる。


『むっ』


 その変化を先に感じ取った【白銀の暴食者】は小さく声を上げると、その場で立ち上がりグラファルトを見下ろした。


『どうした?』

『……いま、我が主の体内で膨大な魔力が消費された』


 その一言に、全員が緊張した面持ちでグラファルトへと視線を向ける。

 すると、その視線に応える様に、眠り続けていたグラファルトの体が微かに震えた。


「んっ……ここ、は……?」

「グラちゃん!! よ、良かっだぁ……」

「良かった……心配したわよ?」

「……我は、どれくらい眠っていたのだ?」

「一時間くらいよ」


 ゆっくりと体を起こしたグラファルトに、涙を流したアーシェが抱き着き、ミラスティアがグラファルトの問いに答えた。

 その答えを聞いたグラファルトは「そうか」と一言答えると、抱き着いて来るアーシェを優しく離し、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、隣で眠る藍を見つけると優しく微笑みその体を抱き上げる。


「グラファルト?」

「藍くんをどうする気ですか?」

「我の【神装武具】は対象を選択する必要があるのでな、少しだけ皆と距離を取ろうと思ったのだ」

「と言う事は……無事に成功したんだね?」


 ライナの言葉に一度だけ頷いたあと、グラファルトは藍を抱えたまま50m程前方へと直進した。

 そこで足を止めて藍を下ろすと、その意識を研ぎ澄ませ――白銀の魔力を解放させる。


「――来い、【神装武具】!!」


 グラファルトの叫びと共に、白銀の魔力がグラファルトの右手へと収束されていく。

 やがて集まった白銀の魔力には黄金の粒子が混ざり始め、その形は全長150cm程の剣へと変わり出した。

 剣を模る魔力、その柄の部分グラファルトが右手で握りしめると、まるで弾ける様に魔力は霧散し、そこには一本の両刃剣が残っている。


 それは、灰色の剣。

 灰色の刃には白銀と漆黒の線が幾何学模様を生み出していた。


「あれが、グラファルトの【神装武具】ですか……」

「やっぱり、個性というか、僕やランのとは全く違うみたいだね」

「ど、どういう能力があるのかな?」


 グラファルトが【神装武具】を発現させた所を見ていたフィオラとライナ、そしてアーシエルが各々にそんな声を上げる。

 他の面々もその光景を真剣な様子で見守っており、これから何が起きるのかと不安に思いながらも待ち続けていた。


 灰色の両刃剣を右手に握るグラファルトは、【神装武具】がちゃんと発現した事を確認すると、おもむろに両刃剣の刃を下に向けるようにして両手で握り……そのまま地面へと突き刺した。


 そして……藍の方へと体を向けた状態で片膝を折り――グラファルトは、祈る様に言葉を紡ぐ。


「”――我、グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルが此処に誓う”」


「”その運命を、その命を、その魂を……未来永劫、共に過ごす事を此処に誓おう”」


「”我が魂を――制空藍と共に……その全てを共に背負う『共命者』となろう”」


 優しい声音で告げられる詠唱に呼応するように、グラファルトと藍を中心に上空に黄金色の魔法陣が展開される。


 すると、グラファルトの体から光の粒子が魔法陣に向かう様に溢れだし、やがて光の粒子がグラファルトの体から出なくなると、グラファルトの体がフラフラと揺れ始める。


「藍……たとえ遠くに居ようとも、離れ、離れになろうとも……死を迎える、その時も……共に歩み続けよう……。我は、義理堅い性格なのだ……ずっと、ずっと一緒だ、ぞ……」

「グラちゃん!?」


 小さくグラファルトがそう呟き終えると同時に、灰色の剣は粒子となって消え去った。

 そして力が抜けた様に藍の体へ向けて倒れ込むグラファルト。そんなグラファルトの姿を見て、慌てて駆け寄ろうとしたアーシエルだったが……そんなアーシエルの歩みは、魔法陣から放たれた眩い光によって止められる。


「な、なに!? どういうこと!?」

「わ、わかりません!! 一体何が……」

「恐らく、グラファルトの【神装武具】の能力だろうから、大丈夫だとは思うけど……」


 不安な様子の一同の前で、魔法陣から発せられた黄金の光の円柱がグラファルトと藍の二人を包み込んでいた。

 そんな様子に驚きを隠せない面々だったが、それがグラファルトの【神装武具】による力だと判断し、見守る事を決断する。


 そうして、円柱を見守る全員が祈る様に手を握り、グラファルトと藍の無事を心から願い続けるのだった。












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