第255話 灰色の鎮魂歌①







――遥か昔、我は人間が嫌いだった。


 卑しい種族、生まれてからしばらくして訪れた集落でわれが最初に思った人間への感想だ。


 初めて人間と話した時、人間たちは無知な我を利用して自らの集落の存在を大きくしようと画策していた。

 当時は常闇たちが国を作り上げている最中であり、そもそも国と言う概念すらない時代だ。

 常闇たちから離れた小さな人里では、里同士が水面下で争い続けている状態で、そんな時に現れた強大な力を持つ我を、人間は戦争の駒として利用しようとしたのだろう。


 まあ、早い段階でその事に気づき、直ぐに懲らしめてやったが。


 それから、我は人間を常に敵視するようになった。

 元々人里に興味があったからこそ、人の姿に変化して生きている獣に【人化】の存在を教えて貰い、悪さをする獣や我に戦いを挑む魔物を【悪食】で喰らい続けて【人化】を手にしたが……最初の接触が尾を引いて、あまり深くは溶け込むことが出来なかったのだ。


 だからこそ、【人化】を得て直ぐの頃は月に二桁は越えていた人里への訪問もその数を減らして行き……数百年に一度と言う頻度に落ちた。


 それから数千年も経てば流石に人間へ思う所もなくなってはいたが、それでも警戒心を解く事は出来なかったのだ。


 やがて、我は竜の渓谷へと永住を決めほとんど人里へ降りる事はなくなり……そのまま人間への評価も変わる事はない。


 このまま特に変わることなく、魔竜王として同胞である眷属たちと共に人里離れた渓谷で暮らして行く……そう思っていた。



――だが、そんな我の心を変える人物が居た。



『――あら、もしかしてこの子の親かしら?』



 ミラスティア・イル・アルヴィス。

 厄災の蛇を倒した功績を創造神ファンカレアに認められ、<使徒>の称号を賜った”六色の魔女”の一人。


 ”常闇の魔女”と呼ばれ畏れられる人間との出会いが――我の心を大きく揺れ動かしたのだ。


 常闇は愉快な性格をしていた。

 その強大な力で我ら竜種を屈服させるでも、使役する訳でも無く、友として接してくれたのだ。


『あら? あなた達、こんな狭い穴に全員で固まって寝ているの? それじゃあ窮屈でしょう? 私が全員分の部屋を作ってあげるわ』


 時には、我らの生活習慣を見て世話を焼いてくれた。


『あなたは魔法が使えるようになりたいのね? 良いわ。私がグラファルトよりもわかり易く教えてあげる』


 時には、魔法が使いたいと縋る子竜に魔法の使い方を教えてくれた。


 何かと我を揶揄う様な発言を繰り返すことが多々あったが……それでも、我が初めて会った人間とは違い、常闇からは卑しい視線を感じることは無かった。


 それがあまりにも意外で、驚きで……いつの間にか、警戒するのも忘れるくらいに常闇と過ごす日々を楽しんでいた。


 その後もほかの魔女たちと接触し、それぞれの大国へと遊びに行き……親友が出来て、我の日常は大きく変化していく。


 そうして、我は人間への考えを改める様になり――次第に人間への警戒心を失くしていた。




『……常闇?』

『人の恐ろしいところはね――その傲慢さよ』




 ……そうだな。

 常闇のその忠告を忘れた所為で――我は同胞を失ったのだ。















―――――――――――――














「……うん。特にランの時みたいな問題はないようだね」


 ファンカレアが創り出した神界――ラフィルナが咲き誇る花畑にて。


 グラファルトの様子を見ていたライナがそう呟くと、周囲で様子を伺っていた一同は安堵の表情を浮かべた。


「良かったぁ〜。グラちゃんの体からずっと魔力が溢れたままだから、何かあったのかと思ったよ……」


 安堵する一同の中でも、特にグラファルトの身を案じていたアーシエルがため息混じりそう呟くと、隣に座るファンカレアがラフィルナの上で横になっているグラファルトの頭を撫でながら話し始める。


「アーシエル、【神装武具】の発動状態としては、グラファルトの状態が普通なんですよ?」

「そうなんだぁ! あれ、じゃあランくんの時って……」

「あれは、ほら……【漆黒の略奪者】が細工をしていたらしいから」


 こてんと首を傾げるアーシエルにライナは苦笑をしながらそう声を出した。

 そんなライナの言葉を受けて、自然と全員の視線は横になるグラファルトの足の先……グラファルトを見守る一同から少し距離を置いて胡座を組んで座る半透明の青年へと向けられた。


『……あぁ、あん時はまだ藍と直接会って無かったからな。連絡手段として使えそうな【神装武具】を利用したんだ』

「な、なるほどぉ……」

『あ? なんか言いたいことでもあんのか?』

「い、いやぁ……そのぉ……」


 【漆黒の略奪者】の説明にオドオドしながら返事をするアーシエルは、その視線を半透明な姿になった【漆黒の略奪者】と、グラファルトの右隣で黒椿による治療を受けている藍の肉体へと彷徨わせる。


 そんな様子を不審に思った【漆黒の略奪者】が鋭い目付きで睨みつけながらアーシエルに声をかけると、もごもごとしながらも、アーシエルは素直に答えた。


「ランくんとは口調が全く違うから、なんか違和感が……」

『ああ、そういう事か。まぁ、そこら辺は慣れてくれとしか言えねぇな。これはオレの個性みてぇなもんだから』

「うーん……それもそうかぁ〜」


 拭いきれない違和感に戸惑うアーシエルだったが、見た目や声は藍と一緒でもその中身は別である。

 それを改めて理解して、これからは藍とは別人として扱えるように努力する事を密かに誓った。



「ふぅ……とりあえず、藍の外傷は治せたかな」


 アーシエルと【漆黒の略奪者】がそんな話をしている中、藍の左側に座り濃い神属性の魔力を使った"回復魔法"を全力で使い続けていた黒椿は、額に流れる汗を拭うと疲れたように肩を落としてそう呟いた。


「どうですか?」

「うーん……外傷は膨大な魔力を流し続けて何とか治せたけど、魂の修復をした訳じゃないからやっぱり完治とはいかないかな。多分だけど、右腕はまだ動かせないと思う」


 黒椿の説明を聞いたファンカレアは、完治した訳では無いと分かるとその表情を少しだけ曇らせる。

 そして、黒椿と二人でなら何とかできるのではないかと一瞬考えたが、藍の現状を考えると余計なことはしない方が良いと判断し、その思考を捨て去った。


「そうですか……お疲れ様です。グラファルトの方は特に問題ありませんでした」

「そっかそっか。それじゃあ、後はグラファルトに任せるしかないね」

「そうですね……グラファルトにとっては辛い試練とも言えるでしょうから」

「どういうこと?」


 ファンカレアの言葉の意味が理解出来ず、首を傾げる黒椿を見て、ファンカレアは【神装武具】の特性について話し始める。


「【神装武具】は、使用者の魂の全てを読み取り使用者が最も望んでいる願望を、武具として具現化するスキル……それは理解できますか?」

「うん。だからこそ、グラファルトが藍のことを救いたいって強く思っていないと駄目なんだよね? でも、それって辛いことかな?」


 黒椿には、藍の事を思い願うのがどうして辛いことなのか理解できなかった。


 そんな黒椿の言葉を聞いて、ファンカレアは黒椿が勘違いしていることに気づき、その勘違いを訂正し始める。


「ああ、違うのですよ。問題なのは藍くんを強く思うことでは無いのです。問題なのは――グラファルトが"過去と向き合わなければならない"という所なんですよ」

「……ッ!! そっか……そういう事か」


 ファンカレアの言葉の意味を理解した黒椿は、思わずその視線を凄い速さでグラファルトへと向ける。

 そして、悲しげな笑みを浮かべながら、その小さな頭に手を置いて撫で始めた。


「グラファルトには、確かに辛いかもしれないね……」

「えぇ……けれど、私たちには何も出来ません。後は、グラファルトが無事に戻ってくるのを祈るのみです」


 そうして、二人の女神は眠り続けるグラファルトへと視線を向けて、静かに祈り始める。


――どうか、グラファルトが試練を乗り越えられますようにと……。









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 まだ体調が治り切らず、少しだけ遅れました……。

 長きに渡ってきたこの章も、最終局面です。


             【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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