第254話 『精神世界』 愛しているからです






「何故、と言われましても……元はと言えば、そう言う約束だったではありませんか。”最後まで、お傍に居させて頂く”と」

「で、でも、一体どうやって……」


 然もありなんと言った風に話すウルギアだが、それでも納得できなかった。


 何故なら、この魂の回廊は外部からのアクセスを完全に遮断している。呪われた魂たちが勝手に外へ出ない様に、それと外で待つグラファルト達が勝手に侵入して来ない様に、一人になったタイミングでそう仕組みを施しておいたのだ。


 だから、この場にウルギアが居るのはおかしい……筈なんだ。


 そうして戸惑う俺にウルギアは「ああ、その事ですか」と特に隠すことなく種明かしを始めた。


「確かに藍様の魂の回廊には、外部からの侵入を防ぐ仕組みが施されていました。ですので――私の権能を使い、その仕組み自体を無かったことにさせて頂きました」

「ッ!?」

「それと同時に、断たれた藍様との繋がりも修復させて頂きました。その代償として神格を失いましたが……まあ、以前と同じく藍様の持つスキル【改変】を依り代とさせて頂いているので、特に支障はありません」


 続けざまに聞かされた事実に、驚きを隠せない……。

 そもそも、ウルギアの持つ権能とは何なのだろうか?

 てっきり、権能=スキルだと思っていたから【改変】なのかなと解釈していた。でも、話を聞く限りだとそういう訳でも無さそうだよな……以前と同じく【改変】を依り代にって言ってたし。


 その事について聞いてみると、ウルギアはその顔に小さな笑みを浮かべて答えてくれた。


「藍様に宿るスキル【改変】と、私が女神として使える権能は同系統であることに違いはありません。そうですね……権能はスキルの上位互換だと捉えて頂けるとわかりやすいかも知れません。神属性の魔力を使える分、権能の方が万能なのです」

「……そ、そうなのか」

「もちろん制約はあります。権能は私しか使えませんし、消費魔力も多いです。藍様が保有する【改変】は、元々女神だった私の存在を隠すために用意したスキルだったので、必然的に神の権能よりも弱体化してしまっているのです」


 そうしてウルギアに権能とスキルについての説明をして貰っている間に、俺は落ち着きを取り戻すことが出来た。


「……とりあえず、ウルギアがこの場所に来れた理由は分かった。でも、俺はもう――「ご安心を。もう対策済みです」――魂と引き換え…………は?」


 魂と引き換えに呪いを浄化するつもりだ……俺がそういう前に、ウルギアの声が割って入って来た。


 言われてすぐにはウルギアの言葉の意味が分からず首を傾げることしか出来なかったが、自分の体の異変に気づいて、その真意を知ることとなる。


「魔力が……消えた?」

「――勝手だとは思いましたが、藍様の命が危ないと判断しましたので【改変】の制御を藍様から私へと戻させて頂きました」

「ッ……そう、か……」


 やはり、ウルギアの仕業だったか。

 正直、あれだけ死を覚悟してちょっとカッコも付けちゃったし、生き残ってしまったことが恥ずかしくも思えるけど……それと同時に、生きていられる事を喜んでいる自分もいた。


 死を覚悟したつもりだったけど……やっぱり、心の奥底では死にたくないって思っていたのかもしれないな。


 でも……。



――人殺しがッ!!



 ……分かってる。


「出来れば、みんなに危害を加えようとする呪われた魂を……一気に片付けたかったんだけどな」

「……あのまま、死ぬつもりだったのですか?」

「まぁね。俺一人の命で、みんなが救えるならって」

「……そんな事、私たちは誰も望んでいませんよ?」

「わかってる」


 それでも、俺は許せなかった。


 みんなを不幸にする存在を。


 世界を混沌へと誘う存在を。


 そして、何よりも――。


「――俺さ、早く死にたかったんだ」

「え……?」


 ウルギアはその黄金色の瞳をめいいっぱいに見開いて驚いていた。


 それはそうだよな。

 ウルギアからしたら、いきなり死にたい宣言をした変な人物に映ってるかもしれない。


 でも、これは紛れもなく俺の本心だ。


 それは、自己満足の贖罪。

 呪われた魂を生み出した元凶……それは間違いなく俺だ。


 絶え間ない苦しみを味わい続けてきた転生者達の魂を無慈悲にも奪い去り、新たな生を得るチャンスすら奪ってしまった。


 そして何より、俺は同郷の仲間を殺したんだ。


「呪われた魂に侵食されて気づいたんだ。俺のしてきた事は、結局は人殺しだって……割り切れていると思い込んでいただけで、本当は割り切れてなんかいなかった」

「……」

「このまま生きていても、きっと俺は人を殺めたという事実から逃れられない。それはいつの日か、俺自身を狂わせることになるかもしれない……そう思ったら、勝手に体が動いてた」


 いつか、狂ってしまうのなら。

 それで大切な人達に迷惑を掛けるのなら。


 自分が冷静でいれる今この時に……せめてもの償いとして呪われた魂共々、消えて居なくなろう。そう思っていた。


「結局、ウルギアに止められちゃったけどね」

「……」

「でも、俺の気持ちは変わらない。正直……俺は狂ってしまった時の事を考えると怖いんだ。【漆黒の略奪者】って言う強大なスキルを持ったまま、フィエリティーゼで暴走してしまったら……きっと死祀よりも大きな災害になる」


 そうなったら俺を倒せるのは……家族であるグラファルト達だけだ。家族に迷惑を掛けるのはもちろん嫌だけど、なによりも嫌なのは――グラファルトに、家族を殺させる事だ。


「あいつはもう、十分なくらい苦しんだ。出来れば、これからの人生はなるべく悲しいものであって欲しくないんだ」

「……」

「幸いなことに、グラファルトの周囲にはグラファルトを支えてくれる仲間がいる。俺一人が居なくなっても、きっと大丈――ッ」

「……本気で、言っているのですか?」


 話し終える直前にウルギアを見た俺は、思わず話を中断してしまった。

 先程まで無表情を貫いていたウルギアが、その表情を険しいものへと変えて、震える声で話し始める。


「藍様が消えても、グラファルトが……私たちがその悲しみをいつか乗り越えられると……本気で言っているのですか?」

「ウル、ギア……?」

「そんな訳……ないじゃないですか!!」

「ッ!?」


 ウルギアの叫びが、静かな部屋に響き渡る。

 それは、今までに見たことのない悲しみを帯びた怒りの表情。

 初めて向けられるその表情と感情に、俺は思わず言葉を失った。


「たとえ、何千年、何万年が経過しようとも……貴方様を失った悲しみは消えることなく私たちの胸に刻み込まれ続けます!! どうして……貴方様はいつもそうなのですか!?」

「……」

「貴方様はいつもいつも……その全てを一人で背負い、誰にも渡すことなく抱え込んでしまう……。自分がどれだけ傷ついたとしても、私たちの前では気丈に振る舞い弱さを見せようとはしません……どうして、私たちを頼って下さらないのですか!?」

「それ、は……」


 ただ、守りたかったんだ。

 誰かが傷つくのを見たくないから、それならば、自分で全ての傷を背負おうと思った。


「……みんなに、傷ついて欲しくなかった」

「それは私とて同じです!!」

「ッ……」

「貴方様が傷ついても平気だと思っているのですか!? そんな訳ないでしょう!? いつも心配していました!!」


 ……わかってた。

 俺のことを心配していてくれるのも、ずっと傍で守り続けてくれていたのもわかってた。


 ただ、怖かったんだ。

 その優しさが、温かさが、いつか消えてしまうかもしれないと思うと……本当に怖かった。


「……私は貴方様の為に生きています。これからも、その意思は変わりません」

「どうして……そこまで俺に尽くしてくれるんだ……?」


 わからなかった。

 自分にも降りかかるかもしれない呪いが存在するこの場所に、どうしてウルギアが戻ってきたのか。

 自分の身を顧みず、自由を放棄してまで戻ってきたのその理由が……俺にはわからなかった。







――でも、それは簡単な事だったんだと思う。







「――そんなの……決まっているではありませんか」


 だって……ウルギアは俺に微笑みかけて言ったんだ。


「――グラファルト達と同じです」


 その瞳を微かに潤ませて、その頬を朱色に染めて……美しい笑みを浮かべて――はっきりと言ったんだ。


「――貴方様を、愛しているからです」

「ッ……」


 あ、れ……なんで……泣いてるんだ?


「……もう、貴方様を一人になんてしません」

「ぅあっ……ッ」


 溢れ出るように流れる涙は、止まることなく流れ続けている。

 でも、不思議と心は満たされている気がした。


「これからは、私も一緒です。もし仮に消えることになったとしても……愛する御方と共に逝けるのなら本望です」

「馬鹿、やろぉ……ッ!!」

「そうですね――私は貴方様を愛せるのなら、馬鹿者にも愚か者にもなり下がれます。ですからどうか……」


 結界に触れているウルギアの両手が、バチバチと音を立てている。


 気づけば遠くに居たはずのウルギアが、すぐ目の前まで迫っていた。


 だが、それは俺の勘違いだ。

 何故ならば……近づいていたのは、俺の方なのだから。


 目の前に立つウルギアの両手に、合わせるように掌を重ねる。触れることの無い掌同士は、一枚の結界を隔てて重なり合った。


「――どうか、貴方様の生きる理由に……私を加えて下さいませんか?」

「あり、がとう……ウルギア……愛している……!!」

「それは、私もですッ……」


 一人ぼっちになってから、絶望しか無かった。

 ずっと苦しくて、辛くて、寂しくて……気づけば死ぬことばかり考えていた。



 でも、今は死にたくないと思った。


 目の前で微笑みながら涙を流すウルギアと、もっと生きていたいと……そう思えたんだ。
















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             【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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