第253話 『精神世界』 深淵を灯す夜空






 ……案外、痛くないんだな。


 いや、色々な”痛み”を体験したから……、もう痛いとも思わなくなっただけか。


 斬り落とした右腕は地面に転がっている。

 腕のない右肩あたりを見るが、血が流れている様子は無かった。ここが精神世界だからかな?


 そんなことを考えながら地面に転がる右腕を見ていると、やがて右腕だったそれはその形を大きく歪ませていき、赤紫色の煙へと変わっていった。


『オノレェ……!! オノレオノレェェェェ……!!』

「……うるさ」


 地鳴りのように響く低い声に、心底嫌気がさす。

 止むことのない恨み言を聞いてやる義理もないので、赤紫色の煙に目掛けて膨大な魔力を放ち、俺はすぐさま【改変】を使った。


「……こんなに減るのか」


 今までの比にならない量の魔力を消費して、何とか赤紫色の煙を消し去ることが出来た。

 【改変】を使い赤紫色の煙を魔力へと還元しても、残りの魔力量は四分の一もない。


 赤紫色の煙の正体は呪われた魂だ。俺の魂の一部である右腕を切断したことで幾許かの呪われた魂も俺から切り離されたのだろう。


 折角切り離されたんだから、この際切り離された分だけでも一気に改変してしまおうと思った結果がこれだ。


「切り離された魂は、精々十数人ってところか。今まで改変してきた人数を考えると……まだ400人以上も居るんだよな」


 正直、十数人程度の魂を魔力へと改変するのに、こんなに魔力を消費するとは思わなかった。

 今更ながらに、自分の選んだ道が想像以上に過酷な道だったと実感している。


「それにしても……何も感じないな」


 右腕を斬り落としてから、妙に冷静になっている自分が居る。


 地獄の様な痛みを受け続けて、さっきまであんなに苦しみもだいていたのに、今は全く痛みを感じない。


 確か、暗闇で痛みに苦しんでいた時にふと視界が開けて……そしたら俺の右手が左手の薬指にはめられてる指輪を触ろうとしてて……それで呪われた魂である転生者達の会話が聞こえて……気がついたら、右腕を斬り落としていた。


 許せなかった。


 俺の大切なものを奪おうとする声に苛立ちを覚えた。


 人の苦労を知ろうとせず、ただただ幸福を妬み他人の幸せを奪おうとする声に憎悪を抱いた。


 その邪な意思で、指輪に触れようとした行為に殺意を覚えた。



 大切なものを奪うものは許さない。


 たとえ、この命が消えてしまうことになったとしても……俺は大切なものを傷つける存在を消し去る。


 そう決意した瞬間にサーッと血の気が引いていくように痛みは消え去り、俺は迷うことなく右腕を斬り落としていた。


 恐怖も、不安も、後悔もない。

 目の前の悪意を排除し、全てを終わらせる為だけに行動する。



――グッ……全ての権限を奪われたか……化物め!!



「化物でいいさ……お前達を消すことが出来るなら、俺は怪物でも化物でも構わない」



――分かっているのか!? 貴様は異世界を守るなどと言う理由を盾に、同胞である我らを殺したのだぞ!?



「分かってるよ。お前らの言う通り、俺は人殺しだ。だから英雄と呼ばれるつもりも、救世主と呼ばれるつもりもない。それでも、汚れたこの手で大切なモノを守れるのなら……喜んで同胞殺しの殺人者に成り下がってやる」



――許さぬ……貴様だけが幸せになることなど、許さぬぞ!!



「許してもらうつもりはない。恨めばいい、憎めばいい、痛めつけたいならそうしろ。だが、お前達は必ずここで消し去る――この魂を懸けてでも」


 お前達をこのまま放置するわけにはいかない。

 大切な人、大切な場所、大切なモノに危害を加える事を企てる様なお前達を。


 だから――俺の全てを懸けて【改変】してやる!!



――ッ……狂ったか!? そんな量の魔力を解放すれば、貴様の命も……。



「別に構わない。みんなが平穏に暮らせるのなら……俺は命を捨てる覚悟がある」



――させるか!! 貴様が我らを浄化するよりも早く、我らが貴様の魂を喰いつくしてやる!!



 漆黒の魔力が体から溢れるのと同時に、赤紫色の煙も溢れ出てくる。


 体が重い……呼吸も乱れて来た……。


 でも、止める訳にはいかない。


 魂を代償に、膨大な魔力を生み出して――呪われた魂もろとも、この魂を消し去る。


 これは……贖罪だ。


 同胞を殺した罪を償う贖罪。


 異世界を救った英雄なんかじゃない。

 みんなを守るヒーローになるつもりもない。

 俺はただの人殺しで――略奪者だ。


 俺のしてきた選択によって生み出されたこの呪いを甘んじて受け入れよう。



――藍くん、本当にこれでよかったのですか?



「ッ……良かっ、たんだ……」



――われは、もう……大切なモノを失いたくないんだ!!



「俺もだよ……俺も、大事な家族を失いたくないんだ……」



――わたしとランくんの約束だから!



「ごめん、アーシェ……約束、守れなかった……」



 もう直ぐ、自分が消えてしまうのだと分かった時……別れる直前のみんなの顔が浮かんだ。

 これが最善の選択だなんて思わない。

 でも、俺はみんなの事が何よりも大事なんだ……。


 最後の最後で、約束を守り切れなくてごめん……。


「でも、これで終わりだ……俺一人の命でみんなが救われるなら、安い代償だよな――」































「――いいえ、貴方様を一人になんてしません」

「…………は?」


 なん、で……。


「――例えそこが銀河の彼方であろうとも、私は貴方様の傍に居続けます」


 視界の先に、いつの間にか人が立って居た。

 結界に阻まれて一定の距離で立ち止まる女性。


 波立つように微かに揺れる星空の様に美しい長い髪。

 その髪によく似合うフィッシュテールタイプのドレスを纏い、黄金色の瞳をこちらに向ける美しい女性は……見覚えのある人物だった。


「なんで……此処に居るんだよ――ウルギア!!」


 夜空の化身……落星の二つ名を持つ女神は、当然の様にそこに立って居た。














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 閑話であった伏線? の回収です。


            【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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