第230話 望み望まぬ明日が来る⑤





 俺と黒椿が神界にある家へと戻ると、いつも食事をしているダイニングルーム長テーブルには汚れていない取り分け用の食器だけが置かれていて、長テーブルとは反対にある右側のソファ席にみんなは座っていた。どうやら、俺達の事を待っていてくれたらしい。


 俺達が帰って来たのを確認したフィオラとリィシアは長テーブルへと移動すると、料理を亜空間から出して並べ始める。

 それに続く様にロゼ、アーシェ、ライナも手伝いを買って出て、あっという間に長テーブルいっぱいの料理が綺麗に並べられていた。


 そうして、その日の夕食は大人数で行う事になった。

 俺とミラ達”六色の魔女”にグラファルト、ファンカレアに黒椿、そしてウルギアに加えて、ファンカレアとミラが地球の管理をしているもう一人の女神――カミールを入れた合計十二人だ。

 俺が途中から料理を追加したのは言うまでもない……。


 最初はおどおどとしていて、ミラとファンカレアの後方に隠れてしまっていたカミールだったが、二人と一緒にみんなと顔合わせをしていくにつれて笑顔になっていき、最終的には楽しそうに食事をしていた。


「あ、藍!! 凄いです!! これ、美味しいです!!」


 俺が料理の追加をし終えたタイミングで俺の傍へと駆け寄って来たカミールが右手にガラスの容器に入れたイチゴのパフェを持ってそう言った。

 笑顔で俺に話し掛けて来たカミールの口元にはべっとりとイチゴで作ったソースと生クリームが付いている。


「それが気に入ったのか?」

「はい! とっても美味しいです!!」

「……それじゃあ、カミールにプレゼントをあげよう」

「プレゼントですか?」


 首を傾げるカミールの前に俺は小さなテーブル置いて、そのテーブルに置けるだけの量のイチゴパフェを置いて行った。


「カミールも確か亜空間を使えるよね? これをあげるから、亜空間にしまっておきな?」

「えっ!? えっ!? こ、こんなに貰っても良いんですか!?」

「カミールとは会えない日も多いからね。そんなにイチゴパフェが好きなら予め渡しておこうと思って。でも、一日で食べきったりとかしないようにな?」

「は、はい!! ありがとうございます!!」


 一日で食べきらない様にと釘を刺すと、ビクリと体を跳ねさせたカミールだったが、俺にお礼を言いながら嬉しそうに亜空間へとイチゴパフェをしまいだした。

 そうして、カミールは”自慢してきます!!”と言いながらみんなが居る所へと走ってしまい、俺は再び一人になってしまう。


 そうして一人になって眺めて居たのは、俺の料理を食べているみんなの姿だった。

 いつもよりも人数が多く、賑やかな夕食。そこにはみんなの笑顔が広がっていて……幸せだと思うと同時に、どこか寂しくも感じてしまった。


 そうか……しばらくは、こんなに楽しい食事もお預けなんだな。


 こうしてみんなの笑顔がしばらく見れないのは寂しいけど、だからと言ってもう後戻りはできないんだ。

 そんな決意を胸に抱いて、俺はいま目の前に広がる光景を焼き付ける。


 この幸せを忘れない様に、全てが終わった時――この笑顔をまた創ってあげられる様に……。










 夕食が終わった後は、明日の俺の行動について話す事になった。

 と言っても、朝になったら再び魂の回廊に入って作戦を決行するだけなんだけどね。

 ちなみに、カミールは既に地球の管理層へと戻った後だ。何も知らないあの子に余計な不安を与えたくなかったし、カミールはカミールで地球の管理という仕事があって忙しい様だったから。


 そうして簡潔に明日についての話し合いが終わった後は、グラファルトと共に自室のお風呂に入り、寝室に移動してグラファルトが眠ったのを確認してから俺は自室を後にした。

 グラファルトは緊張していたり泣いてしまったりと忙しかったせいか直ぐに眠ってしまい、俺が寝室を抜け出しても気づくことは無くて正直ほっとした。


 グラファルトを寝かしつけた後で俺が向かったのは、今日何度目か分からないラフィルナの花畑がある外。

 一度家から出て転移した先では、三人の女神が待っていた。

 まあ、その内の一人は眠ってしまっているみたいだけど……。


「黒椿は寝ちゃったのか」

「はい、藍くんがこっそり教えてくれていた通り、疲労が溜まっていたんだと思います。ここで待っている間に倒れる様に眠ってしまって」


 ファンカレアが用意してくれたのだろう柔らかそうなクッションに頭を乗せて、その体には毛布を掛けられていた。


「ファンカレアが用意してくれたの? ありがとう」

「いえ、きっと神格を消耗して無理をしていたんだと思ったので……私に出来るのはこれくらいですから」

「神格を消耗って?」


 黒椿の傍に腰を落とし唐紅色の頭を撫でていたファンカレアの言葉に俺は首を傾げる。すると、いつの間にか俺の隣へと移動していたウルギアが口を開いた。


「藍様、我々神族は生まれたその時に一つの神格を宿している物なのです。神格とは我々にとっての魔力源であり、魔力を生み出す機関でもあります」

「その神格が消耗するなんて事……普通あり得るのか?」

「いえ、通常時であればほぼ無いでしょう。あるとすれば……神格が魔力を生み出すよりも早くに魔力が消耗した時だけです」

「ッ……そう言う事か」


 ウルギアの言葉を聞いて、俺は黒椿の神格が消耗している原因を直ぐに理解できた。黒椿が魔力を消耗した原因は、間違いなく【叡智の瞳】だろう。

 十日以上も使い続けていたと言っていたし、その消耗は途方もない量になっていたんだと思う。それこそ、ファンカレアと同じ”創世”の力を保有する黒椿であっても。


「このままで、黒椿に何か問題が起こったりはしないよな?」

「神格の消耗を直すのには一定量の神属性の魔力が必要となります。消耗したままでも日常生活には問題ありませんが、しばらくは倦怠感が続くと思われます」


 深刻な問題はない様で、俺は心底安心した。

 でも、しばらくは体調不良が続くのか……。


「なあ、ウルギアとファンカレアの力でどうにかしてやれないか?」

「藍様が望まれるのなら可能です。先程黒椿の体を調べた際に不足している神属性の魔力量についても調べましたが、あれくらいの量であれば私とファンカレアで直ぐに満たせるでしょう」

「そうか……それじゃあ悪いけど、お願いできないかな? ファンカレアも頼む」


 そうして俺が二人に対して頭を下げると、二人は大きく頷いて快諾してくれた。

 無理して頑張っていたみたいだし、これ以上黒椿が苦しむ道理なんてないからな。


 二人は俺に返事を返した後で、早速黒椿へと神属性の魔力を分け与え始めた。

 神属性の魔力の受け渡しには最低でも一時間は掛かるらしく、本来の目的であった明日に向けての準備に関しては黒椿が回復するまでは一時中断となった。


「……ん?」


 特にやる事が無く二人が魔力を黒椿へと流し続けているのを見守って居ると、不意に背後から人の気配がする事に気づく。

 その気配に俺が振り返ると――そこには、ミラとアーシェの二人が立っていた。


「「……」」

「えっと、これはその……」


 ミラとアーシェは無言で俺を見つめ続けていて、ミラは不満そうな顔を、アーシェは不安そうな顔を浮かべていた。

 何故二人が此処にいるのか、そしてどうしてこの場所を知っているのか、そんな疑問が頭の中でグルグルと回り続ける。


 それでも何か話さなければと口を開くが、上手い事言葉が出てこなかった。

 そんな中、慌ててしどろもどろになっていた俺に不満そうな顔を浮かべていたミラが声を掛ける。


「藍、私達に隠している事があるわね?」

「ッ……い、いや……そんなことは……」

「藍くん、わたしね? 人の表情とか声音とかで、嘘ついているかとか隠し事をしているかとか、わかっちゃうんだ……」


 ミラの言葉を否定しようとしたのだが、俺が隠し事をしていることはもう既にバレている様で、ミラとアーシェは退く気はないらしい。

 これは、嘘を吐き通しても良い事は無さそうだな……。


「……ファンカレアやウルギアから教えて貰ったのかと思ったよ」

「ファンカレアに教えて貰うつもりだったけれど、あの子は頑なに話そうとしなかったわ。でも、私がしつこく聞いたら夜にアーシエルとこの場所に来るようにと言われたのよ」

「そう言う事だったのか……」


 そうして視線を右へと送ると、そこには少しだけ居心地悪そうにしているファンカレアの姿が映った。

 別にファンカレアが悪い訳じゃないので、俺は目が合ったファンカレアに怒ってないよという意味を込めて笑みを浮かべる。そうして安心したように微笑んだ後で黒椿へと視線を戻したファンカレアを確認した後、俺も視線をミラ達の方へと戻すことにした。


 そこには真剣な様子の二人の姿があり、凛としたその姿を見て……俺は覚悟を決める。


「そうだな……バレているなら仕方がない。ちゃんと話すよ」


 ファンカレアやウルギアが話した訳ではなく、自分たちの力で俺の変化に気づいた二人。

 そんな二人に俺は”ここでの話は内密にすること”を条件にして全てを話す事にした。







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 ちなみにウルギアさんが【漆黒の略奪者】に拘束されていた時は、神格から生み出された魔力を奪っていただけなので、ウルギアの神格が消耗するようなことはありませんでした。

 なんだかんだで優しい【漆黒の略奪者】というオチです。



             【作者からのお願い】


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