第229話 望み望まぬ明日が来る④
ラフィルナの花畑の上で、俺と黒椿は並んで座り夜空を眺めながら話をする事にした。
途中でミラやグラファルトなんかから念話が入ったので、黒椿が帰って来たから少し話す事を伝えて、先にご飯を食べていて欲しいとも言っておいた。
そうして俺達は、綺麗な景色を前にお互いが知らない会えなかった日々について話し始める。
最初は俺から話をした。
とは言っても、黒椿はこの場所でファンカレアとウルギアに話した内容については聞いていたらしいので、それまでの話――森の外へ出た時の事や、色々あってミラと恋人になった事、そして【神装武具】を使った時のことなどを中心に話したけど。
そうして俺の話が終わると、次は黒椿の番となった。
そもそも黒椿がプレデターの状況に気が付いたのはここ最近の話だったらしい。俺は知らなかったのだが【叡智の瞳】には事前に指定していた出来事が起こった際に自動で発動する効果があるらしく、それが黒椿の場合は”俺の生命が脅かされる可能性がある事柄に対して”だった様だ。
そこで漆黒の鎖に繋がれたプレデターの姿を視る事が出来た黒椿は直ぐに俺の魂の回廊へと移動し、【叡智の瞳】を常時発動し続けながらプレデターの居場所を探していたらしい。
「それで気づいたら十日以上も掛かっててね、それでも粘り続けてようやく見つけることが出来んだ」
そこで黒椿はずっとプレデターと話をしていたらしい。
本当は直ぐにでも助け出して解放してあげたかったようだが、場所が俺の魂の内部という事で当然ながら黒椿も本来の力を解放する事が出来ず、黒椿は黒椿で悔しい思いをしていた様だ。
ただ、それでも諦めきれなかった黒椿はまた【叡智の瞳】を使い続けていたらしい。そんな黒椿の話を聞いて真っ先に思い浮かんだのが、副作用であるあの激しい頭痛だった。
「あー……僕の場合は藍程じゃないよ」
笑ってそう言う黒椿ではあったが、久しぶりに会った黒椿が疲弊している事に気づけない程鈍くはない。多分、俺よりも長く使っていた黒椿は心身ともにボロボロなんだろうなと思った。
【叡智の瞳】をいくら使ってみようとも、結局黒椿だけで解決する方法は見つからなかったらしい。
それでも無理して【叡智の瞳】を使おうとしたところで、【漆黒の略奪者】に止められたんだとか。
「そこで【漆黒の略奪者】に教えて貰ったんだー、藍が――自分を犠牲にしてまでプレデターちゃんを守ろうとしているって」
「……あいつ、言っちゃったのか」
どうやら【漆黒の略奪者】は黒椿とプレデターに俺がやろうとしている事について言ってしまったらしい。
黒椿には、俺から言うつもりだったんだけどな……。
俺がやれやれと溜息を吐いている様子を見ていた黒椿はクスクスと数秒笑った後、三角座りをして俯き黙ってしまう。
黒椿の顔は見えなかったけど、その雰囲気は何処か不穏な感じがして、俺も特に口を出すことは無く黒椿の言葉を待つ事にした。
そうして、どれくらいの時間が経過しただろうか。
少なくとも五分以上は過ぎていたと思う。
長く沈黙していた黒椿は顔を上げる事無く足で顔を隠す様にして話し始めた。
「実はさ……僕はここにプレデターに頼まれてきたんだ。”パパ”を止めて欲しいって」
「……」
何となくだけど、そんな気はしていた。
【漆黒の略奪者】から話を聞いていた時、そこには間違いなくプレデターもいた筈だから。俺が命を懸けてでも助けに来ようとしてると分かったら、そりゃ止めるよな。
「僕もね、本当は止めるつもりだったんだ。僕にとっては藍は一番大切な人で、一番に失いたくないと思える存在だったから」
「そう、か……」
これに関しても、何となくだけど分かってはいた。
黒椿は基本的に俺の意見を尊重してくれる。俺の事を第一に考えて、今までだって俺が望む事を叶えようと必死にサポートしてくれていたから。
その気持ちは嬉しいけど――
「黒椿、俺は――「でもね、おかしいんだ」……え?」
覚悟を決めていた俺が黒椿を説得しようと、黒椿の方へと体を向けて座り直し声を掛けるが、俺の声は黒椿の声に遮られる。
そうして話し出した黒椿は、明らかに震えている様だった。
「僕にとって、藍は一番だ。それは昔からずっと同じで、転生者達を前に邪神に浸食された時も、もし藍が助からないと言うのなら僕は世界を終わらせるつもりだった。今回の事だって、もしプレデターちゃんを救う事で藍が危険な目にあうなら……最悪の決断を下すしかないと思ってた」
「……」
「でも、おかしいんだ。藍が一番である筈なのに……君が居ればいい筈だったのに、異変に気づいてから今もずっと……頭の中はプレデターちゃんの事でいっぱいなんだッ」
何かに怯える様に両手で頭を抑えてそう声を上げる黒椿。
そんな黒椿の話を、俺は一文字も逃さない様にと聞き続けた。
「こんな気持ち初めてで、苦しくて、もう頭の中がぐちゃぐちゃで……プレデターちゃんに”パパを助けて”って言われた時も、僕は直ぐに動けなかったんだ……!! どっちも失いたくなくて、でも僕には……何も出来なくて……」
「黒椿、落ち着け!」
頭の上に置いていた手に力を入れたかと思ったら、黒椿は唐紅色の髪を力いっぱいに掴み始めた。そんな黒椿の姿に驚いていた俺だったが、流石にまずいと思い黒椿の両手に重ねる様に手を置いて力が入らなくなった頃合いを見計らって頭から外した。
「ッ……プレデターちゃんに頼まれて回廊を抜け出した後も、ずっと考えてたんだ。僕はどうすれば良いのかって……それでも答えは見つからなくて、何もかも分からなくなった僕は――君に会いに来たんだ」
「……それで、答えは見つかったのか?」
黒椿はずっと答えを探していたんだろう。
プレデターを救う方法を、俺を救う方法を、みんなが笑顔で居られる方法を。
それはウルギアやファンカレアがそうであった様に、大切なモノを守りたいと思っていたんだと思う。
俺が黒椿に質問すると、黒椿は今まで伏せていた顔をゆっくりと上げた。
そして――
「おねがい、らんッ……たすけて……」
涙を流しながら、そのレモンイエローに瞳を潤ませて黒椿は震える声でそう答えた。
「間違ってると思う……僕が一番、藍には危険な目に遭って欲しくなかったのに……でも僕は、藍と同じくらいにプレデターちゃんを失いたくない……あの子を守りたい……役に立たない僕だけど、僕に出来る事なら何でもするから……おねがい……たすけて……」
それが、黒椿が出した結論だった。
娘の事を思い涙を流して話す黒椿は、本当の意味で母親なんだろう。そんな黒椿の言葉を聞いて、俺はなんだか嬉しくなった。
胸の前で両手を握り合わせ泣き続けている黒椿を俺は抱きしめる。
「大丈夫だ。プレデターは……俺達の娘は必ず救って見せる。そして、俺もちゃんと戻って来るから。だから、俺と一緒に娘を救い出そう」
「ッ……ありがとう……本当に、ありがとう……」
俺の背中に手を回した黒椿が力強く抱きしめ返してくれた。
そうして俺達はラフィルナの上でプレデターの救出を誓い合う。
泣き止んだ黒椿と一緒にみんなの元へ戻るのは、それから十分くらい後の事だった。
藍と黒椿が話し合いをしている頃、ファンカレアとウルギアが戻った家では全員が藍達の帰りを待っていた。
念話をしていたミラやグラファルトが食事を先に済ませても良いと言われた事を全員に告げたのだが、アーシエルを筆頭に『折角だからみんなが揃ってからがいい』という話にまとまり、藍達の帰りを待つ事となったのだ。
そうして藍達を待っている現在、空腹の状態で待つのは辛いだろうと言うミラの配慮から藍が用意した料理とは別にお茶菓子用のクッキーや紅茶がソファに囲まれたテーブルへと並べられ、元々良く食べる方であったグラファルトや最近食に興味を持つようになったロゼが軽食替わりにクッキーをつまんでいた。
戻って来たウルギアやファンカレアも皆に合わせる様にお茶菓子や紅茶を楽しんでいたのだが、その心境は複雑なものである。
明日になれば、藍が魂の回廊へと向かい長い年月を眠り続ける事になるのだ。
そんな話を聞いた後で、直ぐに切り替えることが出来ないでいたファンカレアは、皆と並び座る中で上の空になる事が多かった。
(どうしたの?)
(へッ!?)
そうして、紅茶を片手に持ちながら皆の声をぼーっとした状態で聞いていると、ファンカレアは頭の中で不意に声を掛けられる。その声の正体はファンカレアの右隣りに座るミラスティアであり、ミラスティアは心配した様子でファンカレアに話し続けた。
(戻って来てから様子が変だったから心配してたのよ。何かあったの?)
(あ、いえ……その……)
ミラスティアの言葉にファンカレアは言いよどんでしまう。それは、藍から”みんなには内緒にしていて欲しい”と言われていたからだ。
そうしてファンカレアが黙っていると、ミラスティアは声のトーンを少しだけ下げて話し始める。
(――藍に何か言われたのね?)
(ッ……それは……)
(藍の様子がおかしい事には気づいていたわ。何かを隠している事にもね。それは私だけじゃなく、アーシエルもよ)
(ア、アーシエルもですか?)
ファンカレアはその言葉を聞いてビクリと体を震わせた。
勘の良いミラスティアなら気づいていてもおかしくはないと思っていたが、まさかアーシエルも気づいているとは思いもしなかったのだろう。
(アーシエルは人の感情の変化に敏感なのよ。それに、あの子にとって藍は特別だから――もちろん、私にとってもね?)
(ッ……そう、ですね……)
特別という言葉の意味が分からないファンカレアではない。
その気持ちは、誰にも負けないと思える程にファンカレア自身が持っている感情でもあった。
だからこそ、ファンカレアは怒っている様な声音のミラスティアの言葉に胸を締め付けられる。もし、自身がミラスティアの立場だったとしたら――同じように怒っていたと思うから。
(教えて、ファンカレア……藍は一体何を隠しているの?)
ミラスティアは真っ直ぐにファンカレアへそう聞いた。
その言葉にファンカレアは、しばらくの間答えることが出来ず沈黙し続ける。
秘密にしていて欲しいと言う最愛の人からの願い。
最愛の人を想うからこそ、ちゃんと知っておきたいと言う気持ち。
そんな二つの想いに挟まれた彼女は――沈黙を破り、やがて決断をするのだった。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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