第228話 望み望まぬ明日が来る③





 涙ながらに俺に「行って欲しくない」と告げるウルギアは、とても辛そうな顔をしている様に思える。


 正直、ウルギアが涙を流すとは思っていなかった。

 それはウルギアの感受性が乏しいからとか、そいう訳ではなく……感情を表に出す事が苦手であった時の印象が強くて、涙を流すところなんて想像もできなかったのだ。


「ウルギア……」

「私は貴方様に、危険だと分かっている場所へ行って欲しくありません。どうか、お考え直し下さい……」


 そう言って、ウルギアはその頭を下げて俺にお願いする。

 初めて見たウルギアの涙には動揺したが、だからと言ってウルギアの頼みを聞く訳にはいかない。

 心苦しく思うが、もう後には引けないのだ。


「ごめん。いくら頼まれようとも、ウルギア達の願いを聞き入れることは出来ない。もう、プレデターには時間が残されていないんだ。例えみんなが止めに来ようとも、俺はプレデターを救いに行く」


 俺の意思が固いと分かると、ファンカレアは更に泣き出してしまい、俺の胸に顔をうずくめてしまった。ウルギアは既に涙を止めていたが、その表情は相も変わらず悲しげに見える。


「どうしても、行かれるのですね……」

「あぁ、必ず行く」

「…………ならば、条件があります」


 再度確認を取った後、ウルギアは真っ直ぐに俺を見つめてそう言った。


「条件?」

「はい。まず、既に確定していることではありますが、藍様がプレデターと呼ぶ幼子をお救いになる際に、私も同行させて頂くこと。そして、仮に最初の作戦が失敗しプランBへと移行することになった暁には……私も最後までお傍に居させていただく事です」

「それは……」


 条件の内容を聞いて、俺は返事に困ってしまう。

 元々ウルギアには一緒に来てもらうつもりだった。それは最初の作戦の内容で伝えている通り、現地で黒椿と合流してプレデターの安全をいち早く確保して欲しかったからだ。

 俺の魂の中を自由に行き来してきた存在であるウルギアなら上手く立ち回ってくれると思っているので、ウルギアの口から付いてきてくれると聞いて、正直安心していた。


 しかしながら、最後の条件に関しては承諾しかねる。

 ”最後まで傍に”と言う事は、俺が呪いを魔力へと【改変】している間も共に居たいと言う事だ。それはつまり、数年……下手をすると数十年も掛かってしまうかもしれない長い年月を無駄にさせてしまうと言う事だ。

 神格を取り戻したウルギアは現在、俺の魔力を使わなくても自由に外の世界で生活することが出来る。だから、わざわざ魂の回廊の中で過ごす必要はないんだ。


 だから、ちゃんと断ろう。


 そう思って口を開こうとしたのだが……それよりも先にウルギアが口を開いた。


「二番目の条件を無くすつもりはありません」

「ッ……」

「藍様の事ですから、私の事を案じて断るつもりだったのでしょう。ですが、そんな心配は不要です。私は、貴女様の傍に居ます」


 どうやら、ウルギアには俺の考えなどお見通しの様だ。

 俺が口に出す前に念を押す様にそう言われてしまった。


「私は貴女様だけの女神であり、貴女様に全てを捧げる覚悟があります。貴方様を支え、そしてスキルとしてではなく神の権能として、呪いを魔力へと還元して見せます」

「…………そう、か」


 嬉しかった。

 真っ直ぐと伝えてくれるウルギアの言葉が、その姿が、俺の心に深く刻まれていく。


「――それは、きっと」


 でもな、ウルギア……。


「きっと……心強いし、頼りになるんだろうな」


 俺は――お前には外で、自由に生きていて欲しいんだ。


「ッ……はい! 必ず、必ずお役に立って見せます!!」


 俺の言葉を肯定と捉えたのか、ウルギアはその顔に笑顔を見せる。

 だが、俺は決して肯定した訳ではない。

 騙すような形になってしまって申し訳ないと思うが、それでも……俺の所為でウルギアが縛られる様な自体は避けたかったんだ。


 幸いな事に、俺の周囲には沢山の家族とも言える仲間が居る。

 ウルギアには呪いに苦しむ俺の姿を見守っているよりも、そんな仲間たちと過ごしていて欲しいと思った。


 恨まれるかもしれない。嫌われて、全てが片付いたその後は俺の傍を離れて行ってしまうのかもしれない。

 でも、それでも仕方がないと思った。


 自分の全てを懸けてでも、大切なモノの全てを守ると決めたのだから。


 そうしてウルギアとの話が纏まった後に、今度はファンカレアから「私も行きます!」と言われたが、それに関しては断った。


「ど、どうして……」

「ファンカレアには、別で頼みたい事があるんだ」


 断られた事であからさまにショックを受けた様子のファンカレアだったが、俺が頼み事があると言うと「なんでしょうか?」と言い話を聞いてくれた。


「俺とウルギアが魂の回廊に入った後、俺は【改変】の力を使ってグラファルトとの<共命>を断つつもりだ」

「ッ!?」


 これは、もう既に決まっていた事だった。

 呪いが魂に宿るものだとするのならば、俺の魂と魔力によって繋がっているグラファルトの魂も危険かもしれない。そんな事から俺は魂の回廊に入って直ぐにグラファルトとの<共命>を断つつもりだったのだ。


「出来るよな、ウルギア?」

「可能です。私が使うのではなく、藍様自身が【改変】を使うのでしたら。スキルに関してはどうするおつもりですか?」

「うーん、とりあえず複製できるものに関しては、もしもの事を考えて【不老不死】【状態異常無効】【精神汚染耐性S】【物理耐性EX】以外は全てグラファルトに渡すつもりだ。後、【神装武具】に関しても保有し続ける必要があるだろうし……細かい事は後で調整する事にしよう。一緒に相談に乗ってくれ」


 俺がそう言うと、ウルギアは一度だけ頭を下げて了承してくれた。

 さてと、話が逸れてしまったな。

 俺達の淡々としたやり取りをオロオロとした様子で聞いていたファンカレアへと顔を向けて、俺は話を再開する。


「グラファルトの安全を考えて、<共命>は断つつもりなんだ。もちろん<共命>が断たれたからと言って俺とグラファルトには何も問題もないから、安心してくれ」

「わ、わかりました……ですが、グラファルトは悲しむでしょうね……」

「ああ、嫌われても仕方がないな」


 ファンカレアの言葉に俺がそう答えると、先程まで泣き続けていたファンカレアが突然笑みを溢して「ふふ」と小さく笑いだした。


「ファンカレア?」

「グラファルトは悲しむと思いますし、怒るとも思います。ですが、嫌いになる事は絶対にありませんよ。だって、グラファルトは藍くんの事が大好きですからっ」

「……そうだと嬉しいな」


 満面の笑みでそう告げるファンカレアに、俺はそう返すことしか出来なかった。


 その後は笑顔を見せるファンカレアへ頼み事に関しての話し続けて、無事引き受けてもらえる様になった。


「それでは、私は藍くんの周囲に強固な結界を張れば良いんですね?」

「ああ。グラファルトだけじゃなくて、他のみんなも入れない様に出来れば強力なものを頼みたい」

「わかりました。話を聞く限り数年は掛かるんですよね? その間、グラファルトやミラ達の事に関してはお任せください」


 そう、俺がファンカレアに頼んだのはグラファルトやミラ達の心のケアについてだった。今回の事で一番心配なのは、作戦の途中で妨害が入る事。

 それだけは、どうしても避けたかったのだ。

 だからこそ、俺はこの神界の主であるファンカレアに頼んで、外からのサポートをしてもらう事にした。

 ファンカレアならみんなとの仲も良好だし、<使徒>である六色の魔女達の主でもある。いざという時には、力尽くでも止めてくれると思ってお願いしたのだ。


「ファンカレアがすんなり受け入れてくれてよかったよ。てっきり、もう少し嫌がられると思っていたから……」

「もちろん、藍くんと離れ離れになるのは寂しいですし、嫌ですよ? でも、それ以上に嫌だったのは――私が藍くんの為に何も出来ない事だったんです。私は、それがどうしても嫌だった」

「ファンカレア……」


 自分の行動にずっと責任を感じていたんだろう。

 もしも俺に転生者達の事を任せなかったら……自分がもっと女神としてちゃんとしていたら……。ファンカレアからそんな言葉を聞いたのは一度や二度ではない。

 責任感の強いファンカレアだからこそ、何も出来ない自分の事を責め続けていたんだと思う。


「それに、藍くんはちゃんと戻って来てくれるんですよね?」

「ああ、それについては約束する。例えどれだけ時間が掛かろうとも、全てを片付けて帰って来る」

「なら、私は待ち続けます。安心してください、こう見えても私は藍くんが生まれた時から転生して来るまで、長い長い年月を待ち続けて来た経験がありますから!」


 そうして、えっへんと胸を張り自信満々に答えるファンカレア。

 ただ、その瞳に溢れる涙だけは隠せなかった様で、俺の為を思って無理に気丈に振る舞っているんだと気づいて、申し訳なくなった。


「大丈夫だ……俺は必ず戻って来るから」

「ッ……はぃ……ずっと、待っています……」

「安心してください、ファンカレア」


 気丈に振る舞っていたファンカレアだったが、俺が傍へと手繰り寄せて抱きしめると、再びポロポロと涙を溢してしまう。そんなファンカレアに声を掛けたウルギアは、俺に抱き締められているファンカレアの頭に手を置いてゆっくりと撫で始めた。


「私は内側から、藍様の事をサポートします。ですから、外側からのサポートは……貴女に任せましたよ?」

「ッ……はい! 任せてください!」


 優しく話し掛けるウルギアは、本当に成長したと思う。

 神格を宿し覚醒してからのウルギアの感情表現は、そう実感させるには十分だと思える程に豊かなものへとなっていた。


 そうしてウルギアに撫でられながらも、ファンカレアは声高らかにウルギアへと返事を返すのだった。













 話が纏まった事で、俺達は家へと戻る事にした。

 流石に時間が経過しているし、これ以上は心配させてしまうと言うファンカレアの判断によるものだ。

 そうしてファンカレアは俺達を纏めて家へと転移してくれようとしたのだが、俺はそれに待ったを掛けた。


「ごめん、ちょっとだけ一人で考えたい事があってさ、先に戻っていてくれないか?」

「何か悩み事が? それでしたら、是非私に――」

「わ、私も相談に乗りますよ!?」

「ありがとう、二人とも。でも、そうじゃなくて……最後にこの景色を眺めながら、自分の進もうとしている道について、しっかりと考えておきたいんだ」


 俺がそう言うと、二人は何とも言えない表情を浮かべた後で「わかりました」とだけ答えて先に転移して行った。


 二人が転移した後で、俺は上空に浮かぶ月と地面に咲き誇るラフィルナの花へと目を向ける。

 そして――


「――心配したんだぞ」

「…………うん、ごめんなさい」


 俺の背中に抱き着く少女――黒椿へと声を掛けるのだった。






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             【作者からのお願い】


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