第227話 望み望まぬ明日が来る②
俺とウルギアを連れて、ファンカレアは家から離れた場所まで転移してくれた。
他のみんなにはまだ内密にしたいと言ったら、ファンカレアが家から北へ数km行った所に花畑が広がる綺麗な場所があると教えてくれたのだ。
本当はファンカレアが一人で観賞する為に創造した場所らしいのだが、落ち着いて話すのにはもってこいの場所あという事でひとまずそこへ転移することにした。
一応、みんなには"明日の作戦に関する打ち合わせ"という名目で話し合いをすると伝えてある。
もしかしたら誰かがついて行くと言い出すのではと心配していたのだが、幸いなことにみんなやる事があったり、興味が他のことへと向けられていたりしていたので、そこまで疑問を抱かれることなく移動することが出来た。
そうして、ファンカレアに連れられて転移した先には……とても綺麗な光景が広がっている。
沈む夕日とは反対に昇り出す月が作り出す、夕焼けと夜空が合わさった幻想的な空の下――まるで雪原のように白い花がその一帯に咲き誇っていた。
「綺麗だな……」
「この花の名前はラフィルナ。陽の光を吸収し夜になるとその花びらを発光させる特性を持っていて、フィエリティーゼでは”
「私も初めて見る花ですね。おそらく、フィエリティーゼのみに生息する花なのでしょう」
「ええ、なんせ私が創造しましたから」
「ちなみに一輪で白金貨が動きます」と茶目っ気を込めて言うファンカレアに思わず苦笑してしまう。ああ、本当にファンカレアには癒される。
本当であれば、ずっとファンカレアやウルギアとこの景色を眺めて居たい。
だが、いつまでもこうして綺麗な景色を眺めている訳にもいかないよな。
そう思った俺は、名残惜しくは思うが二人の女神の前へと数歩進み振り返る。
振り返った先には幻想的な景色と比べても見劣りしないくらいに美しい二人の姿があった。
まるで太陽と月の様に並び立つ二人の女神。
そんな二人の姿を、俺は見惚れる様に……この目にしっかりと焼き付ける様に、真っ直ぐに見つめた。
「それじゃあ、話をしようか」
「「……」」
俺の言葉に、二人はその顔を真剣なものへと変えて一度だけ頷いた。
そうして、俺は全てを隠すことなく話し始める。
話して、話して、全てを語り終えた頃にはすっかり空は星々が煌めく夜空へと変わっていた。そんな俺達の足元ではラフィルナの花が静かに光を帯びている。その光に照らされた二人の表情は、正直見ているだけで苦しくなった。
俺の話に二人は口を挟むことはしなかった。ただ、それでも話が進んで行き……そしてプランBの説明へと移った直後、ファンカレアの瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちていくのがラフィルナの花の光によって見えてしまった。
ウルギアもウルギアで、その表情を悲痛なものへと変えていき、時より何かを言おうと口を開いては思いとどまる様に閉じるといった動作を繰り返している。
正直、怒りや悲しみと言った感情が俺に対して向けられることは想定していた。
勝手に決めて、勝手にやろうとしていたんだ。そう言った感情を抱かれるのは仕方がないと理解している。
そのつもりだったけど……実際に、こうして目の前で二人の表情を見ると胸が締め付けられる様に苦しくなる。二人に対しての罪悪感や、申し訳なさでいっぱいだった。
「――これで全部話し終えた。一応二人には話したけど、事が事だけに他のみんなには内緒にしていて欲しい。特にグラファルトには」
あいつの事だから、絶対に止めに来る。
それこそ【白銀の暴食者】を使ってでも。
そうなったらあいつとの長期戦が始まってしまう事になり、もしかしたらそれが原因でプレデターを救う事が出来なくなってしまう可能性だってある。それだけはどうしても避けたかった。
「……それ自体は問題ありません。それが藍様の願いであるのなら」
「ありがとう、ウル――「ですが、作戦自体には賛成できません」――……まあ、そうなるよな」
ウルギアが反対するのは予想していたので、そこまで驚きはしなかった。
だからこそ、俺はウルギアの説得を始める。
「みんなには悪いと思ってる。でも、時間が無いんだ」
「……」
「俺だってみんなとしばらく会えないのは寂しいけど、他に方法がある訳でも無い。時間が限られている中で、誰も失わなくて済む方法がこれしかないんだ」
「……それでも、認められません」
何とか説得をしようと試みるが、それでもウルギアは首を縦には振ってくれなかった。でも、いつもと少しだけ様子が違うような気がする。
説明するのが難しいのだが、いつものウルギアならもっとこう……論理立てて相手の付け入る隙を作らない様にする方法で話していた筈だ。しかし、今のウルギアはそうではない。
俺は、その少しの変化を不思議には思ったが、それでも説得を続けることにした。
「それじゃあ、ウルギアは何か方法を思いつくのか? グラファルトも、プレデターも、誰も失うことなく”呪い”を消し去る方法を」
「それは……思い、つきません……」
「だったら――」
そう口にした直後、俺の胸に何か柔らかい物が当たる感触を覚えた。
そうして視線を下へと向けると、そこにはファンカレアの姿があり、ファンカレアはその体を震わせて俺に縋る様に抱き着いていた。
「藍くん……行かないで……」
「ファンカレア……」
顔を上げたファンカレアはその瞳から大粒の涙を溢い続けている。
いつからかは不明だが、恐らく創世の女神としての力を完全に制御出来る様になったあたりからだと思う。ファンカレアの瞳はいつの間にか黄金色で統一されていて、それは正しく彼女が女神としてもう一段階覚醒した証拠ではないのかと思う。
そんな彼女の瞳はいま涙によって光が反射して美しく輝いている。
これがもっと良い雰囲気の時だったとしたら、俺は幸せだったんだろうな……。
「私も、ウルギアと同じで何も代案など思い浮かびません……ですが、それでも、藍くんに行って欲しくないんです……」
「それは……」
「もう、私の所為で苦しむ貴方を見たくありません!!」
俺の事を見上げてそう告げるファンカレアの声が、周囲に響き渡る。
そうか、ファンカレアはずっと後悔していたのか。
気にしなくて良いと何度も行って来たつもりだったけど、それでも彼女は気にしていたのだろう。俺に、転生者達の命を奪わせたことを。
「もう、貴方は十分に苦しみました……それなのに、何故これ以上貴方が苦しみ続けなければならないのですか!? 何故私は何もしてあげられないのですか!?」
「ファンカレアの所為じゃない。あれは、怒りに囚われてしまった俺自身の所為だ」
「藍くんがそう言おうとも、私の心の中にある罪悪感は消えません……ここで貴方を行かせてしまったら……もし、貴方を失う様な事になれば……私は、わたしは……」
嘆く様にそう呟くファンカレアの事を、俺は抱きしめる事しか出来なかった。
俺がゆっくりとその体を抱きしめると、ファンカレアは堪えていたものを曝け出す様に泣き出してしまう。
そのタイミングで、ウルギアも俺とファンカレアの傍へと歩み寄って来た。
「――藍様から真実を打ち明けて頂いた時から今の今まで、ずっと考えていました」
「ウルギア?」
話し始めたウルギアの顔を見ようとしたのだが、少しだけ俯いているウルギアの表情は見る事が出来ず、陰に隠れてしまっている。
「何か策はないのかと、ずっと、ずっと考えていました。ですが、それでも思いつきません。藍様の魂の奥深くに存在する”呪い”を消す方法も、プレデターと呼ばれる存在やグラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルを救い出す方法も、そして――貴方様の作戦を超える代案も。何も、思い浮かびません」
「仕方がない事だと思う。俺も【叡智の瞳】を使わなければ分からなかったから」
「……何も思いつきませんでした。本当に、何も、思いつきません……」
「ウルギア……ッ!?」
俯いていたウルギアはゆっくりとその顔を上げた。
そして、上げた事によってその全貌が明らかになる。
「ですが、それでも私は――貴方様に行って欲しくはありません」
月明かりとラフィルナの光によって照らされた夜の中――目の前に立つウルギアの頬に涙が伝う。
初めて見たウルギアの涙と懇願する様に告げられたその言葉に、俺は強い胸の痛みを覚えていた。
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普段冷静で、感情表現が少なかった親しい人の涙。
そういうのに弱いです。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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