第226話 望み望まぬ明日が来る①





 魂の回廊から無事に出る事が出来た俺が目を覚ますと、視線の先には不安そうに俺を見つめるグラファルトの姿があった。どうやら、俺が目が覚めるまで膝枕をしてくれていたらしい。


「藍ッ!! 目が覚めたのだな……本当に良かった……心配したんだぞぉ……」


 俺が目を覚ました事に気づいたグラファルトは、その瞳に涙を浮かべて喜びの声を上げた。そんなグラファルトに俺は言葉を返そうとしたんだけど、グラファルトの声で俺が目覚めた事に気づいたファンカレア達が一斉に押し寄せて来て、それどころではなくなってしまう。

 俺を膝枕していたグラファルトも気づけば押し寄せて来たファンカレア達によって後方へと押し出されていて、そして俺はいつの間にかファンカレアに抱えられ、何故か草原の広がるこの神界に移動している森に建てられていた筈の家へと運ばれて行く。

 後で知った事なのだが、神界にある家は森から移動させた訳ではなく、俺が目を覚ましたら少しでも休めるようにと、ファンカレアが気を使って森に建てられている家の地下施設以外をコピーして創造してくれた様だ。


 そうしてファンカレアによって家の中へと運ばれた俺は、二階のダイニングルームにある長ソファへと運ばれて、ファンカレアに横になるようにと言われた。

 俺は平気だからと起き上がろうとしたんだが、ファンカレアに運ばれる最中も後方について来ていた他のみんなに駄目だと言われてしまい……結局横になる事に。


 横になりながらにはなってしまうが、仕方がないと思い俺はみんなに【神装武具】を使ってから起こった出来事について説明する事にした。

 と言っても、どうやらウルギアによって最初の方の説明は既にされていた様なので、ある程度は端折る事が出来たのでそこまで苦労はしなかったけどね。


 そんな訳で、俺はウルギアを外へと送り出してからの事について話し始めた。

 【叡智の瞳】を使い、管理者権限についてとグラファルトとプレデターを救う方法について調べた事、【漆黒の略奪者】と話し合い協力関係にある事、【神装武具】の能力について、そして……明日に行う作戦についても。

 もちろんプランBについては話していない。あれは最初の作戦が失敗した時の最終手段であり、俺の体内に呪いを封じ込める必要がある作戦だからな。余計な心配を掛けたくないし、絶対に反対されると思うから言わなかった。


 そうして全てを話し終えた後の反応は……やっぱり、不安そうにしている人が多かった。

 不安そうにしていないのはグラファルトとウルギアの二人だけ。

 ウルギアに関しては不貞腐れているだけだけ……原因は【漆黒の略奪者】だった。ウルギアは【漆黒の略奪者】に負けた事を未だに根に持っているらしい。もしも【漆黒の略奪者】が本気で俺の魂を消すつもりだったとしたら俺を守り切れなかったと、自身の不甲斐なさを痛感したと言っていた。

 後は純粋に俺に蹴りを入れた【漆黒の略奪者】が許せないらしいけど。

 そんな訳で最初は怒りモードだったウルギアに【漆黒の略奪者】は良い奴だからと説得をして、何とか今の不貞腐れた状態にまで落ち着かせることが出来たのだ。


 グラファルトに関しては、自分自身に対しての安堵の気持ちからかホッとした様子で胸をなでおろしていた。

 多分、説明の途中で伝えた【白銀の暴食者】についての内容がグラファルトの安堵へと繋がった様だ。

 あくまで暴走する可能性が低いと言うだけで確定している訳ではないけど、グラファルトにとっては何も分からなかった時よりも可能性が低いと分かった今の方が心にゆとりが出来るのだろう。


「あの、藍くん……その作戦は、本当に成功するんですか?」


 不安に思っている人の中から一人、フィオラが俺の傍へと寄りそう聞いてくる。


「成功させるしかない。このままプレデターを放って置くことは出来ないし、俺も呪われるつもりは無いからな」

「そこで登場するのがその【神装武具】って事だね?」


 俺は心配させない様になるべく笑顔を作ってフィオラにそう告げた。すると、フィオラの隣へと移動して来たライナが興味深そうに俺の両手へと視線を向ける。

 そこには俺の【神装武具】――双黒の封剣が握られていた。

 目が覚めてから今までドタバタしていたせいで、しまうのをすっかり忘れていたのだ。

 【神装武具】について説明している時からライナの視線が手元に向いているのに気づいていたが、やっぱり同じ【神装武具】の所有者としては気になる様だ。


「触ってみる? 魔力を流しさえしなければ能力が発動する事はないみたいだし」

「ッ!! それじゃお言葉に甘えて……」


 おっ、一瞬だけだったけどライナの子供みたいな満面の笑みを初めて見たかもしれない。普段はもっと爽やかな笑顔だったから、なんか新鮮だな。


 そうして笑みを浮かべた後に俺から双黒の封剣を受け取ったライナは俺達から少しだけ離れた場所へ移動し、軽く剣を構えて見たり振ってみたりしていた。

 そのライナの周囲にはグラファルトとロゼの姿もあり、どうやら二人も双黒の封剣が気になっていた様だ。

 一応二人にも魔力を流さない様にとだけ伝えて俺は双黒の封剣に群がる三人の姿を見守っていた。


 さて、後は……。


「よいしょっと」

「藍くん、もう少しだけ休んでいた方が……」


 俺が起き上がって長ソファに座り直すと、ファンカレアがオロオロとした様子で俺にそう声を掛けて来た。


「大丈夫だよ、それにもうすぐ日暮れだから夕食の準備でもしようと思ってさ」


 そうして窓へと視線を向けると青かった空はすっかりオレンジ色へと変わっていた。白色の世界同様にこの場所も神界ではあるが、基本的には時の流れはフィエリティーゼと同様であり、滅多な事がない限りは時間を停止させることは無いらしい。


 そんな訳で、目が覚めた時から考えていたのはみんなの夕食についてだった。

 どうやら俺はこんな時でさえも日課となっていた事を忘れる事が出来ない性格らしい。

 そうして俺は立ち上がったのだが、そんな俺の前にフィオラとリィシアが立ち塞がる。


「それなら私達がやりますので、ファンカレアの言う通り藍くんはここで休んでいて下さい!」

「……準備は私達でも出来る」

「うーん……それじゃあ、お言葉に甘えようかな」


 いつもなら遠慮するのだが、今日はそんな二人の申し出を受ける事にした。

 とりあえず、全員が満足できるくらいの量の料理や飲み物を俺の亜空間からフィオラの亜空間へと移していった。

 そうして移動させていると、隣にいるリィシアが頬を膨らませて不満そうにしているのに気づく。どうやら、二人に頼んだのにフィオラにだけ渡していたのが気に入らなかった様だ。

 しかし、料理に関しては既に渡し終えてしまっていた為、俺は考えた末に食後のデザート数品と食器類をリィシアへと渡す事にした。


「さて、とりあえずこれで全部だ。それじゃあ頼むな」

「はい、任せてください」

「……任せる」

「二人だけじゃ大変だろうから、ミラとアーシェも手伝ってあげてくれ」


 フィオラとリィシアが笑顔で頷き長テーブルが置かれた場所まで移動するのを見送った後、俺の前に残っていたミラとアーシェにそう頼んだ。

 しかし、俺の言葉に二人は何とも言えない表情を浮かべている。


「ミラ? アーシェ?」

「……え?」

「いや、フィオラとリィシアだけだと大変そうだから、アーシェと一緒に手伝ってあげてくれって言ったんだけど……どうかしたのか?」


 二人の様子が気になり、もう一度名前を呼んでみるとミラから返事が返って来た。そうして俺は先程と同じ様にフィオラとリィシアを手伝って欲しいと告げて、その後で何かあったのか聞いてみたのだが、ミラはその首を左右に振る。


「いえ、何でもないわ。それじゃあ、手伝って来るわね?」

「そうか……それじゃあ頼む」

「ええ。ほら、アーシエル」

「え!? あ、うん!!」


 快諾してくれたミラに肩を叩かれたアーシェが驚いたように声を上げた後でミラの後に続いてフィオラとリィシアの居る長テーブルへと移動して行った。移動している最中、アーシェはチラチラと後ろを振り返っては俺の方を見て不安そうな顔を浮かべている。

 どこか気になる点でもあったのだろうか? それとも……いや、ここで変に考え続けていても時間がもったいないな。


 アーシェの様子は少し気にはなるが、今はそれよりもやるべきことがある。


 そうして覚悟を決めた俺は、ソファに腰掛けた状態で視線を少し上へと向けた。

 そこには、二人の女神の姿がある。


「ファンカレア、それにウルギア」

「どうしました?」

「なんでしょうか?」


 俺が二人の名前を呼ぶとそんな返事が返って来る。

 そんな二人の顔を見ていると、胸が苦しくなって来た。


 でも、今更引き下がるわけにはいかない。


「今後の事で、大事な話があるんだ」

「ッ……大事な話ですか……」

「……」


 俺の言葉にファンカレアは不安そうな顔を浮かべて、ウルギアは沈黙で答えた。


 重苦しい空気が流れる中、こうして俺は――二人に全てを打ち明ける事となる。






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             【作者からのお願い】


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