第224話 全てを守る覚悟 後編




『今からでも遅くねぇ、作戦を変えるべきだ』

「……それは出来ない」


 胸倉を掴み作戦をやめる様に説得して来る【漆黒の略奪者】に、俺は一言そう返した。


『なんでだよッ!! そんな作戦で上手く行くわけねぇだろ!!』

「今更やめる事は出来ない。他に方法は無いんだ……それとも、他に何かいい方法があるのか?」

『ッ……そうだ! ファンカレアや黒椿、それにウルギアだって居るだろ!? あいつらに頼んで、お前の魂の回廊に入って貰えば――』

「魂の回廊内では神族はその力を最大限に使用できないんだろう? もし、お前の作戦が可能なら、今頃プレデターの傍に居る黒椿が何とかしている筈だ」


 俺に反論された【漆黒の略奪者】はその顔を歪めて下を向いてしまう。

 まあ、【漆黒の略奪者】もウルギアに向かって言ってたから、直ぐに気づいたんだろうな。


『それなら、グラファルトの持つ【白銀の暴食者】はどうだ!? あれは万物を喰らい魔力へと変換する力を持っていた筈だ、その力を使えば――』

「……残念だが、過去に何度も試したが俺が【白銀の暴食者】を使う事は出来なかった。その理由――お前が一番分かっているんじゃないのか?」

『ッ……ああ、よく知ってるよ』


 【漆黒の略奪者】が胸倉を掴む力が次第に弱まっていき、そして遂にその手はするりと力無く下ろされた。


「会った事はあるのか? その……【白銀の暴食者】と」

『いいや、無いな。仮に【白銀の暴食者】がオレと同じだとしても、そもそも会えねぇ』

「会えない?」

『ああ。お前とグラファルトは”共命”によってスキル・魔力量を共有している状態にあるが、魂が一つになっている訳じゃねぇ。それは知ってんだろ?』


 【漆黒の略奪者】の言葉に俺は頷いて答える。

 俺達の魂は魔力で生み出された糸の様な物で繋がっている状態であり、俺は俺、グラファルトはグラファルトと言った風にちゃんと個々に魂が存在しているのだ。


『まあ、簡単に言やぁ……オレみたいな自我を持ってるスキルってのは、最初に宿主を決めちまうんだよ。そいつから感情や情報を読み取って”オレ”って存在を作るんだ。ある程度読み取り終えたら、そこからオレ自身の個性を作り上げていくって感じだな』

「なるほど……?」

『ま、そいつの為に力になるかどうかは自由だけどな。見限って【漆黒の略奪者】という能力を持つ存在として独立してもいいし、魂を喰らってそいつの体を乗っ取っちまうのもありだ』

「ああ……さっきのお前みたいに」


 俺がそう呟くと、【漆黒の略奪者】は苦虫を嚙み潰したような顔をして俺を見て来た。


『まあ、間違っちゃいねぇけどよぉ。オレは別にお前を喰ったりなんかしねぇよ』

「素朴な疑問なんだけど……お前はどうして俺に力を貸してくれるんだ? さっきの話を聞く限りだと、別に体を乗っ取らないにしても独立は出来た訳だろう?」


 【漆黒の略奪者】の話では、宿主に害を及ぼす者の他に宿主から離れて個として行動する者もいるらしい。だが、【漆黒の略奪者】はずっと俺の中に居てくれた。

 興味本位ではあるが、その理由について知りたかったのだ。


『まあ、外へ行かなくても面白かったて言うのはあるな。オレは別に外への興味がそこまでなかったからな。ここからお前の目を通して見る外の世界でも十分だったんだよ。後はまぁ……あのガキが居たからって言うのもある』

「……そうか」


 そこで俺達は再び現実へと引き戻される。

 楽しい雰囲気は一瞬で消え去り、俺達の間には気まずい空気が流れていた。


「ごめん。今はこんな質問してる場合じゃなかったな」

『……いや、オレも答えちまったし。あー、どこまで説明した?』

「えっと、自我を持つスキルの性質については理解したから――」


 そうして、俺達は本題へと移る為に話を再開した。








 【漆黒の略奪者】の説明によると【白銀の暴食者】は間違いなく自我を持つ存在らしい。ウルギアから既に説明されていた事でもあるのだが、【白銀の暴食者】の管理者権限を奪ったのはやっぱり【漆黒の略奪者】では無い様だ。


 そして、これは安心した事なんだけど――


「【白銀の暴食者】はグラファルトに危害を加える可能性が低い?」

『ああ。宿主を喰ってやろうと思ってる奴なら、自我の形成が終わり次第直ぐに宿主の魂を喰らい尽くすだろう。それをせずに黙って使われているのは明らかにおかしいからな。普通は一回目で暴走する』


 これは初めて知ったことだが、【漆黒の略奪者】に限らず自我を持つスキルというのは、宿主が自分のスキルを使う際に力の調整を行ってくれているらしい。

 もしも仮に【白銀の暴食者】が害意を抱いていた場合は、一度目の発動時――白色の世界でグラファルトに追われて逃げていたあの時点で、既に暴走していたのだとか。


『まあ、仮に最初の内は油断させる為に従順なフリをしていたんだとしても、年単位は長過ぎる。力の調整って結構しんどいんだぜ? 特にお前とグラファルトの場合は魔力量が多いからな。幾らでも力を引き出せる分、細かな調整が面倒だ』

「なんか、申し訳ない……」


 だけど、それに関しては俺にもどうしようもないからなぁ。


『まあ、別にオレは気にしてねぇけどな。ただ、力の調整をしないと大変な事になるのは間違いない。お前も一回経験してるだろ? お前が森に籠る理由になったあれだよ』

「……ああ、あれの事か」


 俺が森に籠る原因と言えば一つしかない。

 そう言えば、あれ以来特に問題なくスキルを使えてたな。てっきり魔力制御が上達したからだと思ってた。


『あん時は全ての管理を一時的にあのガキに任せてたからな。あの時はまだ呪いの浸食も起こってなかったし、大方黒椿の所で遊んでて忘れたんだろうよ』

「うん、プレデターらしいっちゃあらしいな」

『とはいえ、直ぐに気づいてオレが調整したからそこまでの被害は無かっただろ?』

「いや、世界規模の被害があったんだけど……」


 まあ、一応死者はいなかったみたいだけどさ……。


『死者が出てねぇなら被害は少ない方だろ? まあとにかくだ、【白銀の暴食者】に害意があったとしたら今頃は体を乗っ取られているか、わざと【白銀の暴食者】を暴発させて周囲の物を片っ端から喰らい続けて力を蓄えたりするだろう。未だにその事態に陥っていないんだとしたら、【白銀の暴食者】が今の生活を気に入っているって事だから、宿主に危害を加える可能性は低いと思うぜ?』

「そうかぁ……良かったぁ……」


 【漆黒の略奪者】の話を聞いて、俺は心の底から安心した。正直、【白銀の暴食者】に関しては不安に思っていたから、同じ様な存在である【漆黒の略奪者】からの意見は心強い。

 大きな懸念事項が減ったことで、少しだけ心にゆとりが出来た。


「さて、聞きたい事は聞けたし……そろそろファンカレア達の所まで戻ろうかな」

『まぁ……なんだかんだで話し込んじまったからな』

「もう止めたりしないんだな?」


 何だかスッキリした感じの【漆黒の略奪者】にそう聞くと、【漆黒の略奪者】は軽く鼻を鳴らしてから答えてくれた。


『何を言っても無駄だと思っただけだ。それに悔しいが……お前の言う通り、代案も思い浮かばねぇしな』

「まあ、最初の作戦が上手く行けばプランBを実行せずに済むから、それを祈るばかりだな」


 軽く笑を零しながらそう言ってみるが、【漆黒の略奪者】は真面目な顔をして俺を見続けていた。


『――プランBを実行することになったら、グラファルトはどうするつもりだ?』

「……大丈夫だ。それについてもちゃんと考えてある」


 【漆黒の略奪者】は懸念は尤もである。共命状態であるグラファルトについてはちゃんと対策を考えていた。


「実は、グラファルトとの共命は【改変】を使って簡単に解除できるんだ」


 二回目のクリスマスパーティー以降の話。

 誤って俺だけが白色の世界に転移してしまい、魔力欠乏症に陥ってしまった後の事、俺はウルギアに共命をどうにか解除する方法はないかと聞いてみた事があった。

 その結果、【改変】を使う事で共命状態を解除する事が出来るとウルギアから説明されたのだ。


「ただし、魂に宿るスキル――グラファルトの場合は【白銀の暴食者】だな。【白銀の暴食者】と竜種だけが使える固有スキルに関してはコピーする事が出来ないから、共命を解除した時点で俺のスキル欄から消えてしまうらしい」


 まあ、それでもお互いの魂には特に弊害は無いし、魔力量に関しても互いに今の状態のままで居られるようだ。


「だから、もしも俺の体に何かあったとしても、グラファルトは大丈夫だ。まあ、グラファルトからは恨まれてしまうかもしれないけど、命には代えられないからね」

『そうか……そこまで考えていたんだな』


 俺の言葉に【漆黒の略奪者】はそう返すと顔を下げて大きく溜息を一度つき、今度は勢いよく顔を上げる。

 そこには不敵な笑みを浮かべる顔があり、そんな【漆黒の略奪者】は何処か吹っ切れた様に見えた。


『わかった。もしもプランBを実行する事になったら、お前の言う通りにオレは動く事にする』

「ありがとう。まあ、その時は一緒に怒られてくれ」

『はっ……お前よりも先にオレが怒られそうだけどな。それで、作戦はいつ実行するんだ?』

「早い方が良いと思うから、明日には実行するつもりだ」


 本当なら今すぐにプレデターを助けに行きたいけど、みんなに説明をしないといけないしな。もしかしたら、しばらく会えなくなるかもしれないし……。

 【漆黒の略奪者】は『そうか』と呟いた後、足元に落としたままの双黒の封剣を両手に持ち、俺へと渡して来た。


『だったら、早く戻ってやれよ。それと……俺以外にも何人かには事実を伝えておいた方が良い。少なくとも【改変】を使うつもりならウルギアには説明しておくべきだな』

「……そうだな。反対されるだろうけど、頑張って説得してみるよ」

『ああ。それじゃあ、また明日な』

「ああ。また明日」


 【漆黒の略奪者】は俺の肩を軽く小突くと軽く笑みを浮かべて別れの挨拶を口にした。そんな【漆黒の略奪者】に、俺も軽く笑みを浮かべて返す。

 そうして、俺は双黒の封剣に魔力を込めて、魂の外へと出る事にした。



























 藍が現実世界へと戻った後、【漆黒の略奪者】は一人となった空間で大きく溜息を吐く。


『全く……最悪だぜ』


 そうして思い出すのは、藍から告げられたプランB に関する内容だ。




――もし外封で呪いを封じ込める事が出来なかったら、内封にプレデターやお前を封じ込めて俺に呪いを流し込む。


――そして、俺以外の全員を内封ごと外へと追い出して、俺は外封の中で少しずつ呪いを魔力へ【改変】し続ける。


――お前には、外でみんなの事を守っていて欲しい。特に、グラファルトが暴走しない様に見てやってくれ。



『ッ……呪いの数は500もあるんだぞ。【改変】し終えるのにどれ程の年月が掛かると思ってやがる……』


 【漆黒の略奪者】は誰にもぶつける事が出来ないその怒りを、嘆きを吐き捨てる様に呟く。

 誰も居ないその薄暗い空間で、【漆黒の略奪者】は膝を着き悲痛な表情を浮かべていた。


『ふざけんなよ……オレは確かにあのガキを救ってくれと望んでいた。だが、こんな結末は望んでなんかいない……わかってんのか、呪いに浸食されるって言う事は、あのガキがそうであるように、お前だって――絶え間ない負の感情に襲われるって事なんだぞッ!!』


 固く黒い地面を【漆黒の略奪者】は力いっぱいに殴りつける。

 【漆黒の略奪者】の顔の下にある地面には、水滴がポタポタと垂れ続けていた。



 そうして、【漆黒の略奪者】は何度も地面を叩きつけながらも嘆き続けた。



 口は悪いかもしれない、時には手もあげるし皮肉も言う。

 それでも、【漆黒の略奪者】は決して嫌ってなどいなかった。



 自身の基となった存在である制空藍と言う人間を、【漆黒の略奪者】は誰よりも気に入っていたのだ。

 それはまるで――血の繋がった兄弟であるかのように……。









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             【作者からのお願い】


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