第222話 略奪者と略奪者
(あーあ、これくらいで挫けちまうんじゃ、無理かもしれねぇな)
藍が絶望に打ちひしがれる最中、空中へと移動した【漆黒の略奪者】は怒りの形相で睨み付けて来る女神へと覚醒したウルギアの攻撃を防ぎつつも、そんな事を考えていた。
(たく、しっかりしてくれよ……全てはお前に掛かってるんだぜ?)
そう心の中で思いながら、【漆黒の略奪者】は呆れた様な笑みを浮かべて膝を着き動かなくなった藍を見つめていた。
「余所見をしている暇があるのか?」
『ッ……しつこい奴だなぁ!!』
藍へと顔を向けていた【漆黒の略奪者】の背後からウルギアによる星空の様に美しい魔力が降り注ぐ。
流星群の様に降り注ぐその攻撃を、【漆黒の略奪者】は目の前に漆黒の魔力を大量に放出して奪っていった。
しかし、ウルギアの攻撃はそこで終わりではない。
【漆黒の略奪者】が漆黒の魔力を霧散させた直後、漆黒の魔力で隠れていた【漆黒の略奪者】の目の前に移動していたウルギアは、魔力でコーティングした右手を【漆黒の略奪者】へと向けて振り下ろした。
『グッ……!?』
咄嗟に自身も漆黒の魔力を両腕に集めて守りの体勢をとる【漆黒の略奪者】だったが、その衝撃を受け止めきれず数十m先の地面へと叩きつけられた。
『くそっ……』
「戦いから退いて長いが、徐々に感覚を取り戻せている。これに関してだけは、貴様に感謝するべきかもしれないな」
『はっ! 思ってもねぇ事を言ってんじゃねぇよ』
しかし、実際問題ウルギアの戦闘能力は徐々にではあるが上昇傾向にあった。その事を理解していた【漆黒の略奪者】はここに来て戦闘経験の差を痛感する。
(チッ……めんどくせぇ……だが、そもそもここで勝つ必要はない。目的が果たせれば、それで良いんだ)
苛立ちを感じ始めていた感情を落ち着ける様に、【漆黒の略奪者】は心の中でそう呟く。そうして心の落ち着きを取り戻した【漆黒の略奪者】はその場で浮かび上がり、高らかに声を上げた。
『それに知ってるんだぜ? お前や黒椿が魂の回廊の中では自由に力を使えねぇ事はなぁ!!』
「…………」
【漆黒の略奪者】の言葉にウルギアは何も答えない。
だが、その表情は険しくそして苦々しい物へと変わっていた。
女神としての本来の力とは、計り知れないほどに強力なものだ。創世の女神であるファンカレアや黒椿はもちろん、神格を取り戻したウルギアも含めてその力の行使には細心の注意を払う必要がある。特に魂の回廊の内部では、普段よりも力を抑えて行動する必要があるのだ。
魂の回廊内で神威の全てを解放すると、その魂は神力に耐えきる事が出来ずやがて神の威光を受けて成仏して消えてしまう。ウルギアと黒椿が500にも及ぶ転生者の魂をまとめて浄化する事が出来ない理由がこれなのだ。
魂の内部に潜む呪いを消し去る事は女神の力を以てしても困難であり、時間を掛けながらに少しずつ減らしていくしかない。
そんな理由からウルギアは、呪いの短期的な浄化も今この場で【漆黒の略奪者】を組み伏せる事も出来ずにいて歯がゆさを感じていた。
『今のお前に何が出来る? あのガキを救う事も、オレを倒す事も出来ないお前が……舐めた口を聞いてんじゃねぇぞ!!』
「ッ……それでも私は、藍様を守って見せる!!」
『はっ……守る、ねぇ……』
ウルギアの言葉を聞いて、【漆黒の略奪者】はその視線をウルギアの後方に座る藍へと向けた。
『そう言えば、そいつはオレの事を随分と怒鳴りつけてくれたよなぁ? おい、何か言ってみろよ?』
「…………」
『はっ、だんまりか……ムカつく野郎だぜ。いっそここで殺しておくか?』
「ッ!?」
【漆黒の略奪者】からの殺気を感じたウルギアは、即座に藍の正面へと転移して臨戦態勢を取り始める。
『なんだ? それで守っているつもりか? 今のてめぇなんぞ、オレが本気で攻めれば一瞬で消し去れるんだぜ?』
「……ッ」
『大体、てめぇらの事はずっと気に入らなかったんだ……”守る”だの”守れ”だの、好き勝手言いやがって……何が”最後まで守り続けろ”だ、人の気持ちも知らねぇで』
感情をむき出しにして、【漆黒の略奪者】は目の前の二人に対して言葉を投げ掛け続ける。漆黒の鎧で包まれたその手を、力いっぱいに握りしめて。
『守りたかったに決まってんだろ』
【漆黒の略奪者】は、制空藍と言う人間の魂――その一部の感情を基に生まれた存在である。
『最後まで、傍に居たいと願い続けたに決まってんだろ』
それは、”たとえ他の何を犠牲にしようとも、大切なモノを守りたい”と言う、全てを捨て去る覚悟を持った感情だ。
【漆黒の略奪者】の”魔力装甲”が騎士の様な姿をしているのも、”守りたい”と言う意思の表れだった。
『オレがどれだけ手を差し伸べても、あのガキは笑顔でそれを拒絶し続けた。何故だかわかるか?』
だからこそ、【漆黒の略奪者】は許せなかった。
『あいつはな……大好きなパパを守る為に自分の”命”を懸けて戦ってんだよ!! 命張って、お前なんかを守る為に必死に戦ってんだよ!! 守るって言うのはな……そんなに軽々しく使っていい言葉じゃねぇんだよ!!』
何の策もなく、守るという言葉を使う藍の事を【漆黒の略奪者】は許せなかったのだ。
そして、それと同時に【漆黒の略奪者】は期待していた。
自身の基となる藍ならば、自分が守りたいと願う存在を――プレデターを救ってくれるのではないかと。もし、救ってくれるのであれば、自身の全てを捧げてでも手助けすると……【漆黒の略奪者】は制空藍と言う人間に対して期待していたのだ。
だからこそ、【漆黒の略奪者】はプレデターとの約束を破ってまでも藍に全てを話そうとしていた。【神装武具】の管理者権限を奪い、藍自身が魂の回廊へと来れる道を造り出したのだ。
しかし、今までの流れを見守って来た【漆黒の略奪者】は、その期待を捨てた。
(ここまで言っても無反応か……。こりゃ、オレが期待し過ぎただけかもしれないな……)
【漆黒の略奪者】の視線の先に居るウルギアの背後、微かに見えるその青年は一歩のその場から動く事なく座り込んでいる。
そんな様子に【漆黒の略奪者】は落胆の意味を込めた溜息を小さく吐いて、漆黒の魔力を大量に解放した。
『正直がっかりだ。無駄に時間を使っただけだったな……しょうがねぇが、予定変更だ』
「……何をするつもりだ」
『あ? 簡単な事だよ。そいつの魂を奪って、オレがこの体も魂も頂くだけだ』
「なっ……」
ウルギアは【漆黒の略奪者】の言葉に目を見開き驚きを露わにする。
「貴様ッ!! そんな事をして、ファンカレアや黒椿が気づかないとでも思っているのか!!」
『んなもん、関係ねぇよ。オレはただあのガキを守れれば何でもいい……そいつが何もしねぇなら、オレがそいつに変わって動くだけだ』
「そんなことを……させるわけがないだろう!!」
ウルギアはその身に星空の様に煌めく魔力を纏わせて【漆黒の略奪者】へと向かい殴りかかる。
「……一体何処――ッ!?」
『悪いが、ここからは本気でいかせてもらうぜ?』
しかし、殴った先に【漆黒の略奪者】の姿は無く、気づいた時には背中に鋭い蹴りを喰らってしまっていた。
その場に倒れたウルギアの両手両足首に漆黒の魔力で出来た鎖を巻き付けた【漆黒の略奪者】はウルギアの背中を右足で踏みつける。
「ウッ……」
『ここが外だったら、オレがやばかったかもしれねぇな。だが、ここは違う。他人のお前とは違って、あいつの魂の一部から生まれたオレは自由だからな』
「クッ……藍、様……」
巻きつけられた漆黒の鎖は【漆黒の略奪者】の右手へと繋がっており、ウルギアは漆黒の鎖によってその魔力の全てを奪われていた。神格を宿しているウルギアは無尽蔵ともいえる魔力を生み出す事が出来るが、それを知っている【漆黒の略奪者】は魔力が生み出される瞬間にウルギアの体に巻き付けた漆黒の鎖を利用して奪い続けているのだ。
力なく地面に倒れるウルギアは最後の最後まで守ると決めた藍の事を思いその右手を藍へと伸ばす。
そんなウルギアの姿を見下ろしていた【漆黒の略奪者】は、声高らかに嘲笑するのだった。
『はっ! 無様だなぁ? てめぇが守りたいと思っている相手は、唯々絶望に打ちひしがれてるって言うのによぉ。ま、最後まで守るって言う意思は貫けたんだから、そこに関してだけは喜べよ』
「ッ……」
『もう喋る事も出来ねぇか。それじゃあ、まずはお前から消えてもらおうか』
そうして、【漆黒の略奪者】はその左手をウルギアへと向けて翳し始める。
『まあ、落ち込むことはねぇよ。直ぐにあいつも、お前の後を追う事になるからな。所詮あいつにとって、お前やあのガキは大して重要な相手じゃなかったんだろうよ。なんせ、今にも消えそうなお前を見ても動こうともしねぇ――』
【漆黒の略奪者】はウルギアの事を見下ろしながら悪態を吐き続けていた。
『そうだよなぁ……あのガキは元々生まれる筈じゃなかった存在だ』
いつでもウルギアの事を消し去れる自信があるからこそ、直ぐに手を掛ける事無く、これまで溜まっていた鬱憤を晴らす様に言葉を投げ掛け続けていた。
『あのガキが消えようとも、別に困る事はねぇもんなぁ!!』
だからこそ、気づかなかった。
気づけなかった。
「――黙れよ」
『あ?』
「ら、ん……さま……ッ」
ウルギアを見下ろしていた【漆黒の略奪者】は、気づけなかったのだ。
自分の前方に立ち、右手を翳す青年の姿に。
「――ウルギアから、離れろ」
『ッ!?!?』
青年は漆黒の主の様に、その力を行使する。
ウルギアの両手両足首に巻き付けられていた漆黒の鎖は砕け散り、【漆黒の略奪者】の周囲に溢れ出ていた膨大な量の漆黒の魔力は青年の願いを叶える様に【漆黒の略奪者】を彼方へと弾き飛ばした。
【漆黒の略奪者】が飛ばされた後、漂っていた漆黒の魔力は力なく横たわるウルギアを守る様に【漆黒の略奪者】が飛ばされていった方向に向かって壁となって留まっている。
青年はゆっくりとその足を進めてウルギアが横になる場所まで辿り着くと、片膝を着いてウルギアと視線を合わせた。
「大丈夫か?」
「は、はい……。魔力のほとんどを持って行かれましたが、存在が消え去る程ではありません」
「そうか。でも心配だから、念の為に俺の魔力で【女神召喚】を使ってウルギアには先にみんなの所へ戻っていてもらう事にするよ」
「そんな、お待ちください!!」
ウルギアが反論する前に、藍は留まっていた漆黒の魔力を右手で吸収すると【女神召喚】を使う事を強く念じて、止める様に言い続けていたウルギアを体外――つまりは藍の肉体がある神界へと飛ばした。
そうしてウルギアを避難させる事に成功した後、ウルギアが戻って来ない様に藍は自身の魂の回廊へ外部からアクセスできない様に一時的に仕掛けを施して置く。
仕掛け自体は藍の魂である為、簡単に施すことが出来た。
「……さて」
やる事を終えた後、藍は視線を正面……【漆黒の略奪者】が飛ばされた方向へと向けてそう呟いた。
『てめぇ……やりやがったな』
そうして正面を見ていると、低い声でそんな言葉が藍の元へと聞こえて来る。
スポットライトによって照らされた暗闇の空間、その先から現れた漆黒の騎士の姿をした【漆黒の略奪者】は不敵な笑みを浮かべていた。
『ずっと伏せているだけかと思ってたが、まさか【叡智の瞳】を使っていやがったとはなぁ……ッ!!』
「……」
【漆黒の略奪者】が睨み付ける藍の右目は、黄金色に染まりその目尻からは赤い血が流れていた。
【叡智の瞳】とは、黒椿が使用する権能の一つだ。
黒椿の庇護下にある唯一の存在である藍は、【叡智の瞳】をスキルとして使用することが出来る。
しかし、その力は人間である藍にとっては非常に危険な力でもあった。
権能として宿す黒椿でさえも長時間の使用は出来ないその力の使用は、黒椿によって固く禁じられており、使用すると脳が焼き切れてしまう可能性があるときつく言われていたのだ。
だが、藍はその禁じてを使った。
プレデターを、グラファルトを、ウルギアを、全てを救う方法を探す為に禁忌の力を行使したのだ。
藍が【漆黒の略奪者】を弾き飛ばすことが出来たのも、ウルギアが魂の回廊へと戻って来れない様に仕掛けを施せたのも、全ては【叡智の瞳】でその方法について知り得る事が出来たからなのである。
「ッ……」
『どうやら時間切れの様だな』
【漆黒の略奪者】の言葉通り、藍の右目は黄金から黒へと色を変えていく。
そうして右目が元の黒色へと変わると同時に、藍はその激しい頭痛に耐えきれず片膝を着くのだった。
『まあ、その心意気は認めてやるよ。まさか、オレから【漆黒の略奪者】の権限を奪うとはな』
そう軽い口調で話す【漆黒の略奪者】だったが、内心では冷や汗をかいていた。
(まさか、さっきの一撃で半分も持って行かれるとは思わなかったぜ……気づくのが遅れて、抵抗できずに居たら……全部持って行かれてたかもしれねぇな)
管理者権限とは、元々は全て藍が保有している筈のものだ。
だが、莫大な数のスキルを藍が制御する事は不可能だと判断したウルギアがスキルの管理を担っていた為、今まではウルギアが【漆黒の略奪者】や【白銀の暴食者】といった一部スキルを除いた全ての管理者権限を保有していた。
今まではスキルについて無知に近い状態の藍だったが、【叡智の瞳】でその事を知り直ぐに行動に出た。
その結果が先程【漆黒の略奪者】に喰らわせた一撃であり、油断していた【漆黒の略奪者】は管理者権限を奪われるのに抵抗するのが遅れて、その権限の半分を藍に渡してしまったのである。
とはいえ、普通のスキルでは抵抗することなど出来ない。
これは自我を持つ【漆黒の略奪者】だからこそできる特例であり、通常のスキルであれば宿主が望んだ直後に全権限を委ねるものなのだ。
(全く……黒椿は厄介なモノをこいつに渡したな……)
【漆黒の略奪者】からは先程までの余裕の表情は消え、常に警戒を解くことなく藍を見続ける。
『それで、これからどうするんだ? 管理者権限を全て奪ってオレという存在を消すのか?』
「……いや、そんなことはしない」
片膝を着いた状態からフラフラと立ち上がり、藍は【漆黒の略奪者】の言葉にそう返した。
「お前から管理者権限を奪ったのは、あくまで……ウルギアの安全を、確保するのとッ、俺とお前が……対等であると示す為だッ」
『あぁ?』
「……俺は、お前を消すつもりは無いッ」
【漆黒の略奪者】が首を傾げてその動向を見守る中、藍は激しい頭痛に襲われながらも言葉を紡ぎ続ける。
「――分かったんだ」
『…………ッ!? お前、まさか……』
それは、【漆黒の略奪者】が失いかけていたモノ。
無理だと決めつけて捨て去った感情。
「覚悟は、決めた……」
苦しみを堪えながらもその言葉を止めようとしない藍を見て、【漆黒の略奪者】の心にその感情が蘇り始める。
(たく……全くよぉ……)
【漆黒の略奪者】は震える体を抑えるが、その顔には笑みが零れる。
そんな【漆黒の略奪者】を見て、藍も小さく笑みを溢していた。
「俺はプレデターも、グラファルトも――みんなを守って見せるッ」
揺れ動いていた代償の天秤。
どちらかを決めるその瞬間は、もう訪れる事はない。
何故ならば、選択という絶対的な運命を――
「だから、力を貸してくれ……【漆黒の略奪者】!!」
『良いぜ……良いぜ良いぜ!! その目、気に入った!!』
漆黒の主たる青年が奪い去ってしまったのだから。
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執筆……難しい!!
でも、頑張り続けます!!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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